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第25話 一生懸命、今を生きる

 大和は進を見つけ、木々を飛び移りながらやってくる。


「任務完了だ進! これでひとまずは安心できるな」


 元気のない進を見て、無事に敵を倒したことを察した。


「今日はもう夜遅いからここで、と言いたいところだが、安全の為にもう少し進んだところで休憩しよう」


 二人は更に森の奥へ。

 

 少し歩いたところで、今日は野宿となった。またも大和はささっと簡易テントを作る。無論落ち葉でフカフカである。

 大和がそれを作ってる間に進は火を起こし、二人は火を囲うように座る。


「そういえば師匠。さっき二手に別れた後、こんな暗いのによく俺の場所が分かりましたね。目印もないのに、さすがです」


「俺はどれだけ暗かろうが空間を把握できる。そして、戦いであれば一度見た地形は忘れない」


 大和の能力が超人的すぎたため、おかしさと疲労が相まって進はクスッと笑う。


「師匠、何者なんです?」


 笑いで裏返りそうな声を抑えながら進は聞く。


「何者って言われてもな……身の上は鍛冶屋の孫だ」


「鍛冶屋のお孫さんが武術に長けてるのはなんとなく分かりま……す?」


 語尾が疑問系だった。


「刀工だったから、な?」


「刀工だからか……」


 何も理解できなかった。

 確かに武器の手入れは欠かさないし、投擲とうてき用の石の削り方は上手いが、それが刀工と関係があるかは分からない。


「そうそう。お前も投擲とうてき石を作るぞ。削り方で持ちやすさ、投げやすさ、殺傷能力が大きく変わる。……あとは愛情持って削れ」


「愛情……」


 なんとも物騒な愛情だ、と進は思った。

 けれども相手を倒すための道具は自分を守るためにある。武器自体が悪というわけではない。使い手が悪かどうかである。


「……どうだった? ……初めてだろう、人をあやめるのは」


 一番触れてほしくないであろう話題に、大和は敢えて触れてみた。進は数秒黙り、数秒考え、口を開く。


「最悪な後味でした。……殺す瞬間は善悪なんて考えられませんでした。戦うのも躊躇ためらいました。でも、結局は自分に都合の良い理由を作っては、殺せてしまいました。……きっとどんな理由があっても、言い訳をしても、必ず最低最悪な気分だと思います」


 進の唇は震え、手先に力が入らない。焚き火の温かさだけがかすかな安らぎを与えてくれた。


 大和は進の言葉と様子を見ては、「そうか」と言って、何とも言えない安心を感じていた。

 

「……人を殺して、何も感じない奴はもう人じゃない」


 これは大和の実体験である。大和は昔、人を殺しても何も感じないことがあった。動物を殺す事と何が違うのかが分からなかった。“命”の重みなど考えても無意味だと思考を放棄していた。

 そして今でさえ時折それに戻ってしまう。戦闘時は特にだ。何も考えない方が楽だからと、勝手に思考は止まり、昔の自分に戻るのだ。


(俺なんかに比べてお前は……立派な奴だよ)


「俺はな、別に何か信念を持ち、自分の正義の物差しで測り、正しいと思って誰かを斬ることはない。ただ生きるために斬ってんだ。それ以外の理由を持ち合わせてない」


「生きるため……」


「まあ、昔は“信念”だの“正義”だのよく分からないことで自分の行動を正当化、というより、自分自身を鼓舞していたこともあった。それは前へ進むためだ。でもな……それはてめぇの中だけの話でしかない。てめぇの世界でしか生きられないのに、それを外の世界に持ち込むもんじゃねぇ。そいつは数え切れない大勢が生きる世界に自分の世界かちかんを押し付けるってことだ。……今の俺は生きる為に人を斬る、それだけだ。相手が悪でも俺が善でもない」


 大和はおもむろに刀をさやから抜き、眺める。それは大和にとって魂ではない、ただの殺人道具である。

 刀工の孫であるが故に、世に作り出される多くの刀の使い道で悩むのかもしれない。


「俺はな、命のやり取りをしたくてしてる訳じゃない。楽しくもない。あまり考えない様にさえもしてる。でもな……本当は悩まなきゃいけないんだ。……人を殺すことはどんな理由があったって間違いに決まってんだろ? どんな大義名分があっても、どんなに人々に幸福があるとしても、どんな理由でも、絶対に正しくないんだよ。俺はそう思う」


 自分でもこんな語り出すとは思わなかったが、進が真剣に聞いているのを見て大和は続ける。


「……これは経験則だが、残念なことに、誰を殺しても、苦しめても、けがしても、きっと天罰や裁きなんてものは来やしない。というか、天罰も不運も、悪人でも善人でも誰でも等しく起こるんだよ。裁けるとしたら、法か、己の罪悪感だろうな」


 大和の刀には歪んだ進の顔が映る。進は落ち込みも安心もせず、ずっと黙ったままだ。


「不思議だよな……天下平定って言っても、まだまだ物騒な時代だぜ? 人殺す武器ぶら下げて、何が命の重みだよな。……人間が武器を持っている内じゃ、命の重みなんてきっと分からん。もし分かってるなら、そんな危ない物作らんし持たんからな」

 

「……じゃあ、侍は命を軽んじてますかね」


「俺はそう思うぜ? 見栄だの大義だの、命の前じゃ言い訳にしかならねぇ。殺人道具を持ってる奴らが街中いるってのは本来は異常だと思うぜ?」


 と、刀を眺める大和が言うのである。


 そして刀を鞘に収め、数秒考えてから問う。


「敵を殺すってのは立派だと思うか? 仇討ちは正義だと思うか?」


「……戦争って敵を殺して立派ってなりますけど、英雄って呼ばれる人達は多くの人を殺してたたえられて……ちゃんと考えてみると、怖いです」


「命軽すぎだよな、戦争って。頭おかしい奴らの祭りさ。……さっきの質問の正解は俺にも分からん」


 大和口ぶりは軽く、息を放つように言葉を放つ。


「答えなんてありませんよね」


「でも事実はある。てきだろうが、かたきだろうが、全ては人が見てる色だ。本当は透明なのに、色んな区別によって色を付けてる。だが本質はただの人なんだよ。誰かを殺すってことは、てきでもかたきでもなく、ただ人を殺すってことだ」


「じゃあなんで俺は剣を握るんでしょうか……」


 剣を握る意味、剣士である意味、侍を目指す意味、それを乗り越えなければ本当の意味で侍にはなれないのだろう。


「悪だろうがなんだろうが、本質は人だ。殺すのは人の命だ。お前の弟の命と誰かの命は変わらなく重い。お前が誰かを殺す時、その重さは弟を殺すのと同じなんだ。……剣を握る以上、それを忘れるな」


 進は先程人を殺したばかりだ。その時の肉の感触は未だ手に残っている。その命の重みは大切な誰とも変わらない、そう思うともう刀を持てなくなる気がしていた。きっと進が殺した人にも、進が優次郎を愛するように愛してくれる人がいたのだろう。


 考えれば考えるだけ、辛さは増していくばかり。だがだからと言って考えることを放棄するのは正解ではなく、ただの逃げだ。そんな者に刀を持つ資格などないはずだ。


「でもな、誰も傷つけないで生きるのは難しいんだよ。人は優しさを与えられる代わりに、傷も与えてしまう。生きていれば必ず誰かを傷つける」


「俺の目指してたものって……」


「これからも、うんと悩め。俺はお前が剣を捨てたって、それが最善だと考えたなら怒らねーよ」


 大和は柔らかい表情で弱まっていく火を見つめる。進も燃え上がる火をじっと見つめて、それから口を開く。


「俺は、一生(つぐな)い切れないことをしてしまいました……」


「そりゃあそうさ。……どんな理由わけがあっても、人の命を奪うことは許されねんだからよ」


 その言葉は、進の兄が言っていた言葉とよく似ていた。


「だからこそ、自責の心を忘れるな。命の重さもはかなさも全て忘れるな……。奪った命、そしてお前の生きていく命、全てを背負って、その一生を懸命に生きるしかないんだ」


 進は落ちていた目線を持ち上げる。


「……俺は全身全霊全力で生きます」


 少しだけ晴れたような、少しだけこたえを見つけたような様子の進を見て、それだけで話した甲斐があったと思えた大和であった。


「そうだな。……そのためにはまず――」


「「寝ましょう・寝るか」」


 そうして二人はフカフカの簡易落ち葉テントで眠りにつく。


(俺は一生()やみ続ける。ずっと抱えて生きていく。一つの尊き命を奪ったのだと、それがせめてもの……)


 その思いを胸にしまって、進は目蓋を閉じた。


“命の重さ”はこれからの戦いにおいても、進の心の成長においても凄く大事なことだったので、一話丸々使いました!


――ひと休みの後日談ズ――

『出江戸!』

 前進全霊は作者の投稿より一年ほど前から練っていて、ピンチはチャンス、コロナによって執筆時間が確保でき、初投稿が可能になった。


 元々は全話の平均文字数は五千文字程度を想定していたとか。web小説ということでそのニーズに合わせて文字数を減らし話数を増やしたらしい。


 なんと、初期では“江戸を出るまで”の話は六話くらいにまとまっていた!!

  

 作者いわく「いつか三話ごとくらいで合体したい」と。


 まあ今はとりあえず、


「江戸よ、ありがとう、また会う日まで」

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