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第23話 命を奪う

 その技の名を“修羅しゅら馬速ばそく”、大和が林の中の特訓で見せた技。高速で足踏みをし、段々とギアを上げていくことで人間離れした移動速度を可能とする。移動法は戦闘で一番と言えるほど大事なものだ。無能力の進が生き抜く為には確実に必要になる。


(あの技……)


 大和叫びは進の耳に届いた。


「やるんだ。……大丈夫、俺ならできる。思い出せ。精神を整えろ。全てを研ぎ澄ませろ」


 鍛錬により精神の統一、深い集中領域に沈むことは慣れていた。そして今、危機的状況により集中は更に深くへ沈み込む。


 足は重力を忘れたかのように軽く、小刻みに足踏みをし、体は進行方向へ傾ける。足の速さは段々と上がっていく。



 一方大和は、敵を食い止めるべく最後の抵抗に掛かる。


(秘密兵器、くれてやるよ)


 大和を越え、進の元へ向かう十人の精鋭達に大和はそれを投げつける。


――耳鳴りが残る程の破裂音が複数回響く。


 その正体は爆破式の煙幕弾。中には撒菱マキビシが入っており、爆破と共に勢いよく飛び散り、敵の肌を傷つける。 


 それだけではない。真の狙いは一時的に視界を潰すこと。闇がないのならば闇を作る。煙幕弾は黒い煙幕を辺りにただよわせ、視界を殺す。その中で誰よりも速く正確に動けるのは、煙幕を仕掛け、熟知した大和だ。


 大和は一時的な闇の中、投擲や斬り付けを繰り返す。煙幕が無ければ避けられた投擲を敵は次々と食らう。


(負傷者多数だぜ。でも煙が引いたら流石にまずい)


 逃げるには十分の負傷を負わせた大和は、残る煙幕弾を全て使い、自分が逃げる時間を作る。


 敵は身動きを取れなかったが、その中の一人が“風”の能力を使い、煙を吹き払う。


「クソ! もうあんな遠くに!」


 大和逃げ足は最速である。予定より速く敵が活動を再開したが、もう遅い。

 

「進めッ――!!」


 それは進が“修羅しゅら馬速ばそく”で大炎を越える掛け声。


 進は今までの自分を越える。

 前に進むための一歩を力強く踏み出した。


――“修羅しゅら馬速ばそく”、かべを突き破る。


 自己最速で炎をかける進にとって、炎の熱さよりも風を切る涼しさが先へ行く。

 

(俺にはできる! 俺にできないことは無いッ!!)


 炎を渡る時間は一秒程、体感では少し長かった。その中で自身を鼓舞し続け、乗り越えた。


「よくやったな! 進!」


 炎を越えた進の後ろから声がする。


「師匠!!」


 大和は容易く炎をくぐってみせ、二人は林へ駆け出す。


「木々を飛んで渡るぞ! できるな!」


「はい!」


 危機的状況は進に数々の不可能を可能にさせた。二人は林の中を縦横無尽に飛び回る。


(足の回転が止まりそうで怖い!)

 

 恐怖も不安もあるものの、爽快感と達成感が進の背中を押してくれた。


 大和は弟子の成長を感じながらも順路に沿って走り抜ける。


 しかし、敵の精鋭達からすればここで逃すわけには行かない。二人の後ろから凄まじい速さで追ってくる。


「来やがったな」


「敵ですか」


「ああ。お前は速さを落とすな。俺はちょくちょく迫撃するが、気にせず進め!」


 進は自身に全ての集中を注ぐ。目の前に広がる林、常に次踏む足場を探し、障害物は全て避ける。でなければ止まり、死へと繋がる。直感も身体能力も神経も全てが全力で活動し、研ぎ澄まされていく。急速に進は成長していく。


 最初は敵との距離があったというのに、徐々に詰められる。敵も速さは異常であった。


 敵は二人を見逃さないように速さを最大限にしているため、大和の投擲は先程よりは当たりやすく、効きやすかった。


(くそッ、まだ追ってきやがる)


 林の奥に入れば入るほど、敵の離脱率は高くなり、深追いはできなくなる。  


(結構奥まで来たな……)


 ここは林というより、もう森に近い。


 森が深くなるにつれ、月の明かりは差し込まなくなる。大和の領域となっていく。追っている敵はもう六人程度に減っていた。


 もう戦わずとも逃げ切れると思った大和は迫撃をやめ、先頭の進に合流し、共に駆け抜ける。


「ここまで深くに来れば増援はもう来れないだろう。あとは後ろの六人を倒すか、逃げ切るかだ」


「追って来れなくなるまで逃げるのはアリだと思います」


 進的には逃げ切れるならそれに越したことはない。わざわざ真っ向から戦う危険は避けたいのだ。


 それから十五分が経つ。


 だが逃げても逃げても六人は追い続けてくるのである。それ以上に距離も詰められている。敵の追跡能力は人間離れしすぎていた。


「進、こりゃそろそろ追いつかれる。止まれ」


 二人は大木の上で止まった。敵もその周辺で動きを止め、機会を見計らっている。


「体力消費は既にこちらが大きい。走るのも奴らの方が慣れてる。……だから体力が死ぬ前に、今ここで倒すぞ」  


「……分かりました」


「いい訓練だ。お前も一人殺せ」


 一人と言っても相手は手練れ、普通に戦わせれば進は負けるだろう。


「森の中での投擲で致命傷与えた奴がいる。傷だらけだが相手は強い。やれるな?」


 大和は、進に戦闘経験をさせたいのもあるが、それ以上に命のやり取りを体験させたかった。進はまだ人を殺したことがない。本番で躊躇ちゅうちょしてしまえば自分が死ぬ。だからここでトドメを刺させる意味がある。


 残酷で強引な大和、彼にはそんな時がよくある。戦闘時であればより多くなる。


 進は生きるための抵抗として殺すのではなく、命令で人を殺すことに違和感を覚えた。


「師匠、致命傷の敵を殺す意味――」


 大和は進の言葉を聞く前に飛び去ってしまった。


 広がっている刺客の六人の中央付近に飛び込む大和は、彼らに向けて言葉を放つ。


「お前ら知ってるか? 弓以外の手裏剣とかそういう飛び道具と、毒はクソ雑魚って話」


 大和は空中で体をひねりながら人差し指と中指に挟んだ棒状に尖った石を投げ付ける。


――豪速球のそれは速度を落とさずに曲がり、刺客の首に突き刺さる。


 木の裏で隠れていた致命傷を負ってるいる男の首に深く刺さり、男は息が出来ずにもだえながらも石を抜き、一命を取り留める。


 凄まじい速さ、有り得ない曲がり方を可能とする投擲とうてき技術、大和の極めた攻撃手段である。


「飛び道具は俺もなんだが。使いようでは変わるよな? でも毒は有能力者の強靭な体には効かない。なのにわざわざそれを持ってきたってのは、狙ったガキが無能って知ってるからなんだろ?」


 続けて第二射――。


――投げられた石は稲妻の如く宙を走り抜け、威力はそのままに地面へと撃ち込まれる。


 第一射で変幻自在の投擲に警戒をした刺客達にはさすがに当たらなかった。


 大和は舌打ちをして、


「つくづく下衆ゲスな奴らだよ。まあ、戦場にずるいもクソもねーけどさぁ」


 と言って木の枝の上に着地する。

 敵の手段を下衆と言うのなら、大和も相当下衆だろう。


「お前ら本当に一流か? 既に殺した奴らよりは強くなってるのは分かるんだが、一流の暗殺集団にはやっぱり見えないぜ? つか、お前らの後輩? 弱い方? 雑魚すぎだってーの」


 本心ではなく、挑発が目的である。そして刺客達は狙い通り大和に飛び掛かる。


 大和の言う通り刺客達は一流ではない。増援の順番は階級の低い順、今まででは一番強い者達ではあるが、一流ではない。そして“後輩”とは実質間違いでもない。暗殺者育成の里で共に過ごした者達だ。


「進、言った通り頼んだぞ」


 大和は追われるように森を飛び回る。刺客達は大和を追うが、一人だけ追えない者がいた。致命傷を負わされ、先程首に投擲とうてきされた男だ。しかし仲間の刺客達は怪我人に構うことは決してない。


 残ったのは進と、まだ息のある致命傷の男のみ。進にとって、脅威になり得ない彼を殺す意味が分からなかった。


 彼は大和を追えないが、近くにいる進を殺そうと立ち上がる。瀕死でありながら、暗殺者としての役目を全うしようとしているのだ。


「傷が深過ぎる。……寝てた方がいいよ、俺は君を殺す気はない」


 同情か、哀れみか、進は剣を抜かずにそう声をかけた。けれども敵は目を血走らせながら短剣を向け、少しずつ迫る。


 一歩、また一歩。

 ゆっくりと近づいてくる。


「……そこまでして殺したいのかよ」


 一撃で死ぬと思われる男だが、殺気はまだ十分に伝わってくる。


 また一歩、体を揺らしながら。


 やっと進は自分の愚かさに気づいた。失礼にならないように、侍として刀を抜く。


「ごめん」


 その謝罪は殺すことに対してではない。必死に任務を全うする敵に対して哀れみを向けてしまったことへの謝罪である。

 

(俺は今、全身全霊で立ち向かうんだ。相手と向き合うんだ)


 命を奪おうとも、相手の尊厳を奪うことは許されない。


「うおおお!!」


 進は駆ける、敵を殺すために。


 敵は歯を食いしばり、荒い呼吸のまま進を睨む。

  

 敵との距離が残り五歩程度に迫った時、敵はそでに隠していた棒状の手裏剣を投げつける。進は敵の腕の予備動作を察知し、投げられた瞬間に刀で弾いた。


 進は隙を与えないように素早く刀を振り上げ、足を大きく前に出す。


(隙のない動作、見事だった。傷が無ければ更に速かったのだろう……)


――進は渾身の力で大袈裟に斬り掛かる。


 そして切先は敵の左肩へ――。


 敵は即座に左手を犠牲にして刀を防ぐ。


 左手は両断され、速さを殺された刀は左肩を薄くしか切れなかった。


 敵は最後の力を振り絞り、右手に持っていた短刀を進の首元へ――。


(左手を犠牲に。でも、想定です――)


 進は地面へと降りていく自身の刀の向きを転瞬てんしゅんの間に反転し、


――先程と逆方向から斬り上げる。


 上へ、上へ。

 天へと翔ける、昇龍しょうりゅうを思わせた剣技。


 これは元国宝が見せた二撃の必殺の技。一撃目で殺せないのは想定内という確実性を持つものである。


 敵の短刀は進の首元へ届かず、血しぶきを上げながら後ろへ倒れていく。その顔はやり切ったと言わんばかりの晴れた表情だった。


 立っているのは生き残った進のみ。

 刀の血を振り払い、静かに納刀する。


 進は初めて人を殺めた。顔に付いた返り血を拭うと、死んだ男に一礼し、その場を去った。

――ひと休みの後日談ズ――

『技の名前』

 技に名前を付けるのは弟子に教える為、書物に記す為などあるが、大和は別にそういうことはない。


 大和は戦闘時、自分の“技”という手札を臨機応変に繰り出している。瞬時に技を繰り出すために脳内で確立化する必要があり、名前を与えることで、いついかなる時も技を認識しやすくしたという。

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