第22話 眼前の壁を超えてゆけ
殺戮を楽しんでいた興奮状態の大和は気付かなかった。その光景に気分を悪くしていた進も勿論気付かなかった。
燃え上がる炎は家の周りを大きく囲うように円状になっている。
「囲まれた……?」
進は急いで家の扉を開けて外を見渡す。
「燃えてる」
その火は立ち塞がる壁のように見えた。これでは大和の想定した退路である林へ行くには、この業火の中を潜らなければならなくなった。
大和は火の無い場所を見つけ、目を凝らす。その少し先に人影が見えた。敵の本拠地である。
炎に囲われ、唯一の出口から敵が迫る。状況は最悪、袋の鼠となった。
「退路は全て塞がれたってわけか」
(本当に火を掛けるとはな。そこまで殺したいかねぇ……)
炎の壁は徐々にこちらへ迫っている様な気がした。メラメラと燃える火を進はただ見つめるしかできない。
(こんなとこじゃ死ねない。……優次郎が待ってるんだ。何がなんでも生き延びてみせ――)
「――進ッ!」
その声に振り向くと真上から火矢が飛んできた。
――その時、火矢の速度は小さな鋼に殺された。
間一髪のところで大和の投擲に弾かれたのである。
「気を抜くな。早く入れ、そこは敵から丸裸だ」
進はすぐに家へ入ろうとした瞬間――。
花火にも見紛う程の大量の火矢がこちらを目掛けて飛んできた。
「進! 家の裏手に回れ!!」
――鋭利な矢尻が風穴を開けんと急落下。
火、轟音、轟音。
火矢は悲鳴に似た落下音を響かせながら、家の天井や壁に鋭く突き刺さる。大和と進は家の背に回り、火矢を凌いだ。
家は直ぐさま燃え上がる。家の瓦は元々脆く、砕けていたり剥がれている部分も多くあり、屋根は凄まじい速さで焼け落ちる。
「大丈夫だ。さすがにずっと飛ばせるほど矢は無いと思うぜ? というか、子ども一人に大盤振る舞いすぎるな。やっぱり幕府からたんまり金貰ってるみてぇだ」
とは言ったものの、大和も余裕がなくなってきた。
(最悪のケースだ。奴らは袋の鼠になった俺達を数の暴力で殺すわけか。もう家の中では戦えない。この明るさに、障害物の無さ、地の利は何も活かせない。……数の差がそのまま効いてくる。……まともに戦えば死ぬ)
二人とも、覚悟を決めるしかない。
「進、そのまま後ろの林へ走れ。林を少し進めば目印がある。もう逃げる順路はある程度確保してる」
「それじゃあ、師匠は?」
「前方から敵が来てる。しかも強い、家の中で戦った奴とは比じゃない。きっとあいつらが本命だ。お前の速さじゃ追いつかれるだろうよ。……お前が逃げる時間を稼いでやるからさっさと行け」
「…………」
「死なねーよ。俺を誰だと思ってる? すぐに追いつくから早く行け」
進は別れかのように真剣な眼差しで「ご武運を」と言って林へ向かう。
「馬鹿野郎、討ち死にする奴みたいな言い方しやがって。……まだ俺は死ねねーんだよ。こんなとこじゃ死にきれん」
大和は敵の方へ歩く。
十五人の精鋭も大和へ迫る。その精鋭達の背にある火の壁が、彼らの迫力を更に引き上げた。
「お前ら知ってたか? 家を燃やそうと思ってたのは俺なんだよ。無意味になっちまったじゃねーか、このクソッタレ! 爆薬と設置時間返せ!」
大和は憤慨している。設置していた爆薬の誤爆を恐れ、安全装置を厳重にしていたが、火矢のおかげでそれを解除しに行けなくなった。
あれだけ「家を燃やす」と言っていたが、結局は知らない奴に勝手に燃やされたのだ。
戦闘態勢に入るにはまだ距離のある敵に向け、大和は怒りと共に強烈な速さで削った石を投げつける。
――音を殺したブレない豪速ストレート。
敵は首を少し傾けて避けてみせた。
「おお、見えてるねぇ」
敵の身体能力がどのくらいかを把握した大和は、両目を見開き、“鬼眼・見極り”を発動する。けれども敵の超能力を識別できなかった。
(そりゃそうか。……一流が能力開示をさせてくれるはずもねーよな。暗殺者なら尚更そうだろうさ)
特異能力及び超能力は、鑑定能力などによって能力の内容をある程度把握できる。しかし、強い者の中には能力の鑑定ですら見抜けないように壁を作れる者もいる。今回はそれだろう。
つまり大和は情報さえも優位無しに多勢に挑むしかない。そして大和は無能力者、敵はもちろん有能力者、勝てるかどうかは分からない。
敵達は林へ向かう進を補足し、逃さないよう凄まじい速さで地を駆ける。その前にいる大和を気にしていないようにも見えた。
そして敵達が大和の射程圏内に入った刹那、
「――俺を無視するとはいい度胸だな」
十五人の敵に的確な十五の投擲を同時に繰り出した。
狙いは確実だった、けれどもその全ては避けらる。
(俺の射程内で避けるとは――)
敵は避けたが、その投擲の正確さと速さは警戒に値するものだった。大和に近い五人は瞬時に臨戦態勢に入り、攻撃を仕掛ける。
五人は大和にも引けを取らない速さの投擲を繰り出す。投げられたのは棒状の手裏剣、五人の合計で十七本。
(“鬼眼・見極り”)
大和のこの技は敵の技を見切るものではない。魔力や殺意を感知するものであり、毒物さえも殺意が見えれば感知できる。
(――ちッ、毒塗ってんな)
手裏剣に付着した毒を見抜き、後方へ大きく跳躍をして避ける。
それを見た敵は追撃で更に投げつける。
(埒が明かねぇ、避けても投げられ続けたらいつかは当たる。それに、他の十人が俺を無視して進の方へ行っちまう!)
大和は後方へ飛んだことで、まだ燃えている家のすぐ隣に来ていた。家の裏手へ走り込み、敵の追撃を家を壁に防ぐ。そして進の様子を見ると、大炎の前で止まっている進がいた。
(あいつ……)
進は林に入る前に立ちはだかる大炎を突き抜けるしかない。それは十メートル以上の幅のある燃え盛る壁。
炎は高くそびえ立つ。この炎は火矢ではなく、超能力で起こされたものである。渡れないように強力にしてあり、コントロールされているため他の雑草に火は移らない。
常人であれば焼け焦げるのは目に見えている。近くで見ると迫力は絶大で、その大きさと、熱に、進は怯えていた。
(これを渡る? ……待ってくれよ。こんなの、絶対死ぬ……)
進は未だに覚悟を決められなかった。
その炎は江戸の城からも見えていた。優次郎は自分の家が燃えていることに気付き、老爺もそれを見た。
(早く行かないと師匠が死ぬんだ。……行け、行け、行け! 動けよ体!!)
止まる進の背中を見て、大和は大声で叫ぶ。
「走れぇ! 進! あの技を思い出せ!!」
弓矢、その他は依頼主が費用を負担していた。それだけ依頼主は本気なのだ。無駄遣いにならなければいいが……
――ひと休みの後日談ズ――
『剣道場』
進が通っていた剣道場は元々は古武道の道場であり、そこから剣術中心に派生した道場で、古武道の名残を多く残している。
現代の剣道場とは練習も色々と違う。
剣道としての勝ち負けではなく対人を想定した練習で、木刀や練習用の模造刀などを使うこともある。
種類にもよるが日本刀は反りがあり、主に衝撃を与えるためではなく、肉を斬ることに特化している。この道場はそれに倣い、反りのある木刀を用い、斬ることに重きを置いていた。
体術、柔術、槍術、棒術、弓道なども習う。様々な武術は一見異なって見えるが似たところもあり、どれも剣術に活かすことができる。
ある程度までいくと練習の大半が剣術になり、実践的な技を学べる。




