第21話 てるてる坊主と地獄の番人
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進の家を襲撃する二時間ほど前、老爺の元へ一人の刺客が送られる。
「精鋭達が来ない? どういうことじゃ」
老爺は声を荒らげることなく、低い声で平静を持って尋ねる。
「石楠花。精鋭達は京で仕事を終えた後、江戸へ来て休む暇もなく新たな仕事を終えました。それも貴方の指示でです。本来風月の精鋭は軽々しく動かないのに、ですよ」
「軽々しい? 大殿の命令と言ったじゃろうが。どの任務よりも責任重大ではないか」
「それが……暗殺には任務の詳細を伝えるのが鉄則。彼らに伝えたところ、『童一人を取り逃した尻拭いのために我々を呼ぶとは何事か』と、激怒されてしまいまして」
(どこの者も上まで行けばプライドが高いのぅ……。唯我独尊というか、いや、あれは誤用か)
老爺は思う気持ちを飲み込み、小さく息を吐いた。
「案件で選びよったか。……それが彼らの流儀なら致し方あるまい」
「かたじけない」
「して、精鋭ではないのは分かったが、それで万が一逃したらどう責任を取るつもりじゃ」
「そこはお任せを。今回は要望通り大人数で確実に仕留めさせます。育成も兼ねて経験の浅い者も多いですが、“追跡の魔眼”もいます。逃すことはないでしょう」
「風月の崇高なる顔に泥を塗るなよ」
「分かっております」
そして、刺客は老爺の元を去る。
(若手の育成の場にされてしまうとは、儂の威厳も落ちたものじゃな)
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大和が使う技の名を、“てるてる坊主”。可愛らしい名前だが、とても残酷な技である。無論、晴天を祈るものではない。
大和が部屋の中央に飛び込んだ後、進には何が起こったのかを把握できなかった。
分かった事といえば、生々しい肉の音と、痛々しい単発の悲鳴、そして大和が中心部へ飛んでから約三十秒程でケリがついたことだ。
ケリが付いた後、大和は部屋の中心にて手に持っていた紐を引っ張り上げる。すると屋敷内に残存していた敵の大半は紐に括られ、体は上がる。天井付近まで浮き、足をぷらんと揺らし、血が垂れる。……脳天を剣で刺される者、血みどろになる者もいた。
それは文字通り地獄絵図。吊るされる様子は悪趣味過ぎるてるてる坊主である。
進の顔に一滴の血が垂れ、身の毛がよだつ。
「馬鹿が。多少広いとは言っても、ここに大勢で押し掛けるたぁどんな間抜けだ」
(ま、それだけ指揮官が本気なんだろうが。その指揮官とやらは暗殺をなんも理解できてないな)
「……え?」
それはあまりにも衝撃的すぎた。進は暗闇に少し慣れた目で辺りを見回すと、若干ぼやけながらも見えるぶら下がる物体。血の落ちる音、鼻に纏わりつく臭い。部屋の全容など見たくもなかった。
(ここが地獄か……)
進の研ぎ澄まされた直感は、大和の殺気を感知する。
「三人ほど逃がした。あわよくばここに増援が来るはずだ」
(敢えて? もう次を考えてるのか。……宙吊りの死体達といい、貴方は一体何者なんだ)
いくら強い剣士と言えど、一人でここまでやってのけるのは異常であった。けれどもここは戦場、進は考えるのを辞め、目の前に集中する。
この家の中で動ける者は大和と進の二人だけになった。
「敵の頭もそこまで馬鹿じゃないだろう。増援すら三人しか帰還できなければ異変に気付くはずだ。……もう増援は来ないか? 俺が敵の指揮官なら迷わず火を掛けて敵を炙り出すが、さあどう来る?」
(とはいえ、江戸から離れた雑草ばっかのトコだが、さすがに夜だと火は目立つ。江戸の町民にバレるような事はしないか?)
もし火を掛けられた場合、大和と進は家から強制的に出なければならない。
火の明かりがあれば暗闇での利点は作り出せない。周りに隠れる場所もない。無策で地の利もなければ数の差に潰される。体力の消耗だってある。大和も危機的な状態にいた。
今はただ、敵が再び屋敷の中に入ってくることを祈るしかない。
「おっ? 十ニ、いや、十三人を偵察に来させたか」
大和は戦闘で空いた壁の穴から、迫る敵の数を把握した。
(あの十三人を仕留めれば敵はもう警戒して屋敷には入らないだろう)
「逃がした三人が部屋の中の状況を伝えているだと考えた方がいい……。しかもあいつらは強そうなオーラが漂ってやがる」
用心、想定は戦闘前にしなくてはならない。最悪のケースを真っ先に考えることが重要だ。
「きっとお前では太刀打ちできない。身を潜めていろ。決して前に出るな」
「お言葉ですが師匠。奴らの中には道場の皆を殺した者がいるかもしれません。……敵を取るためにも、どうか――」
「戦いに私情を持ち込むな。命懸けだということを忘れるな。……それに今のお前では足手纏いでしかない。黙って見てろ」
大和の殺気に圧倒的され、進は何も言い返せなかった。
(俺が弱いからだ。……もっと強くなるんだ。強くなるしかないんだ。……今は、必死に観察して自分の力にするしかない!)
そう胸に刻みながら進は静かに身を潜める。
部屋の中は大和の呼吸音すら聞こえない程の静寂に包まれている。この状況は敵からすれば相当な恐怖だろう。
一方その少し前、敵が控える場所では。
「増援すら三人しか返らなかった、だと?」
「……この恥晒しが」
「中はどうなっている!?」
「敵は一人、多くても二人という情報はどうした! あの人数で殺られたのか?」
「……中の様子ですが、肉の斬り裂かれる音のみが聞こえ、何も見えませんでした」
彼らは何も分からなかったのだ。
予め状況把握し、見えない場所から敵を一方的に狩る彼らからすれば、この状況は圧倒的不慣れであり不向き。異常であった。
彼らの頭の中は“中で何が起こっている?”という疑問のみ。
そして家へ向かった十三人の暗殺者は到着した。彼らに余裕はなく、誰もが慎重に任務を遂行する。
一人が右手を挙げて合図を出す、その瞬間に彼らは屋根裏と一階の扉から侵入した。
彼らは“暗さ”“異様な静けさ”“血生臭さ”を感じ、敵の所在も掴めなかった。
彼らの暗闇での空間認識能力が悪いのではない。それが意味を成せなかったのだ。なぜなら、数十体の死骸が上下左右に吊るされていたからだ。彼らは研ぎ澄まされた空間把握力によって生温かい肉の塊を至る所に認識し、混乱に陥っていた。
訳も分からず、部屋の中へ進んでいく。深く入れば入るほど、この地獄からは抜け出せなくなるというのに。
(司令塔みっけ)
大和は標的を見つけた。
それは屋根の上から穴を覗いているだけの男。
――音を立てずに首の肉が斬り裂かれた。
その男は部隊の司令塔である。大和は彼を音を立てずに後ろから羽交い締めし、首を斬った。
しかし、部屋の中の彼らは、居ないはずの大和を探すことに必死になり、司令塔が殺された事に誰も気付かなかった。
その様子を見た大和は、抑えようとしても口角が上がってしまう。
(もう逃げ場はなくなったな)
大和が部屋の中に再び入ると、わずか九秒間で三人殺された。そして、それも誰も気付かない。
一人目は投げられた短刀で脳天を串刺し、
二人目は左脇から右腰にかけて斜めに一刀両断、
三人目は紙を切るかのように喉を掻っ切られた。
二人目が床へ転げ落ち、悶え叫んだことで周りは敵に攻撃を受けていることを知る。
だが周りの者は、暗闇の中で微かに差し込む月光を頼りに辺りを見渡すしかなかった。死体が吊るされている恐さ、敵が神出鬼没という恐さが彼らの判断力を更に落とす。
それに加え、吊るされる者達はまだ瀕死でありながら生きている者が多く、声を上げたり体を動かしたりと、大和以外の者に恐怖を与えるのだ。
彼らは混乱の中、吊るされた味方にさえも刃を向けた。
そんな中で縦横無尽に飛び回れた者は大和だけだった。それを可能にしたのは備わっている身体能力、技術、そして仕掛けた罠である。
静寂を作り相手の恐怖を煽る、首吊りの屍達の血の垂れる音の反響で辺りを察知、床に垂れた血溜まりを踏む敵の音で位置を認識、部屋の全ての物の位置を自ら設置し記憶、差し込む月光を首吊りの屍達で遮る。
首吊りの屍で身隠しながらの移動を可能とし、張り巡らされた紐で移動中の足掛けや攻撃の手段とした。
先着の敵の武器を床や壁、吊るした屍に刺しておくことにより、移動中に取り、即座に投擲を可能にし、壁に刺した剣は移動中の足掛けにもなる。
ただの少し広い部屋を、完璧な自分の領域にしたのだ。“てるてる坊主”はこの状況を作るための技である。
(有利な場を作る事こそ、勝利への最大条件だ)
室内は彼らが侵入してきた時には、既に逃げられない蟻地獄と化していた。砂の中で動けない蟻を番人は自由に狩り続ける。
林の中の特訓で見せたような移動速度、それ以上を優に出せる大和であれば、全滅させるのに三分も掛からないだろう。
けれども大和は昔の悪い癖が出た。絶対的有利を楽しんでいたのだ。
目を潰し、耳を切り取り、関節を折り曲げ、口に短剣をねじ込み、バタバタと暴れる足に剣を何度も突き刺す。
背中から腹までを貫き、首を跳ねては他の敵へ投げつける。それを触った者の悲鳴を合図に飛びかかる。
一人一人丁寧に殺していく、悲鳴や返り血は更に敵に恐怖を与える。この暗闇から抜け出すことすら叶わない。自らが一流の暗殺者であることを忘れ、嘆く者や許しを乞う者も出てきた。
こうなってしまえばもう勝負はついた。もう戦況は覆らない。
「……これが一流か、ぬるいな」
彼らは敵の顔も見れずに死んでいく。大和の顔を見れた者はその冷たい眼に恐怖してから死んでいく。
殺戮を楽しむ大和が命乞いなど聞く訳がない。命を狙った者は殺す。殺しかけた彼らは、殺されても文句は言えない。
(一流の暗殺者を一方的に殺す……師匠)
進は部屋の隅で一部始終を見ていたが、技を盗む以前に気持ちが悪かった。けれども戦場では精神的にも耐えられなければならない。
「夜を制する者は、全てを統べる……」
進は呆然としてそれを口にする。
ただ悲しかった。大和が残酷だからではない。暗殺者があまりにも滑稽だったからだ。道場の仲間達を簡単に殺した者達が、こんな簡単に一人の男になす術もなく屠られる。
進はやるせなかった。なんと下らないのだろうと。なんと脆いのだろうと。
絶望した彼らは、体を掠った首吊りの屍にすら悲鳴を上げ、仲間の判別も出来ずに攻撃をしたりと、もう進でも倒せると思う程に弱っていた。
進は敵に、“もっと強くあれ”と思ってしまったのだ。
さりとて、どんなに強い者であれ“見えない敵には勝てない”のだ。故に、暗闇を制する者は強い。
そして大和は気付く、己が殺害以外の目的で敵を痛めつけていることに。正気に戻った大和は全ての敵に留めを刺した。なるべく一撃で殺した。
敵は全滅。こうして地獄は終わった。
その後大和は屋根の上に飛び、外を見渡す。
「……周りが燃えている。囲まれた」
大和の言葉に進は「えっ」と、力弱く呟いた。
十三人の刺客達。二人目に殺された女性は一刀両断されても即死せず、悶え苦しんだのは、“無痛”という能力によるものです。
痛みによるショックを無くせるものの、体を両断された痛みを感じず、ただ助からないという事実のみを自覚するのはとても辛い……。
――ひと休みの後日談ズ――
『虜休と石楠花』
老爺は“わび茶の虜休”と呼ばれ親しまれている茶道の人間国宝でもある。
石楠花とは、裏社会でよく耳にする武器商人の名前だ。
虜休と石楠花の関係は未だ定かではない。故に作中では固有名詞ではなく、“老爺”と書いてある。
ただ、人間国宝が幕府の上級職の者達と仲が良いことは異例である。




