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第19話 ここが墓場に変わるまで

「あの、師匠。騒ぎを起こしたことは謝ります。……家は焼かないでください」


 進、心からの土下座。


「うるせぇ、家に入るぞ」 


「待ってぐだざぃー!」


 家を守ろうと涙目になる進は、大和の服の袖を引っ張りつつも、二人は家へ入った。そして二人は居間にて向かい合って座る。


「……()()燃やさないから」


「まだ!? ずっと燃やさないでください!」


 大和は軽くため息をつき、涙目と鼻水でぐちょぐちょになりそうな進に説明を始める。

 

「話すから待てって。まずは今日、なんで会議がこんな早く終わったかだ」


「確かに早すぎましたよね。まだお昼ですし」


「そう。本当だったら江戸を燃やしたい連中と止めたい連中の乱闘になってるはずだった」


 今、点と点が繋がった。


「江戸を燃やさない代わりに俺の家を燃やす!?」


「ちげーよ」

 

 自分の家を燃やして済むなら仕方ない、なんて覚悟も無意味に終わった。


「まず乱闘にはなり得なかった。なぜなら過激な連中は既に死んでたからだ」


「倒幕派の仲間割れ、ですか?」


「いいや、幕府御用達の暗殺集団“風月”によるものだった。それもお前の弟が連れ去られたあの夜だ。……お前の弟、そして道場、倒幕派、一夜にして大量の暗殺が行われていたことになる」


 あの夜、もし大和が進と出会わず、宿に泊まっていたとしたら襲撃に遭っていたかもしれない。


「風月は大きな組織だ。二手に別れることもできただろう。だとすると道場があれだけ一方的なのも理解できる。……奴らは私情も感情も仕事に挟まない。もし風月がこちらに回っていたら、お前は俺が来る前に手短に殺されてたろうな」


 風月が道場に行かなければ進は死んでいた。道場を襲撃したのは進と接点があったから。なんとも皮肉な結果だった。


 嫌なモノが喉に詰まり、息をさせまいとしてくるような感覚。進の呼吸は少し浅く、わずかに速くなる。


「これまた皮肉だが、風月に殺された倒幕派は江戸を燃やしたい過激な者達だった。日頃の野蛮な言動で元から目を付けられていたか、はたまた運命だったのか。……そんなわけで、今日の会議は少数になった過激派には落ち着いてもらってすぐに終われた訳だ」


 大体の流れは分かったものの、肝心の“進の家を燃やす”理由にはなっていない。


「家を燃やすというのは?」


「仕事が終わって手の空いた風月は、取り逃した二人の侍を追っているらしい」


「それって?」


「バカ、俺らだよ」


「え!?」


 やはり進は頭が悪い。大和は呆れた顔で次の説明をする。


「今日の倒幕派の会議に来た“診断”の能力者にてもらったが、どうやら敵の“追跡の魔眼”によって俺の位置は把握されてるらしい。そしてお前は本命の兄だ。もっと前から“追跡の魔眼”は作動してると思うぜ」


「ヤバイじゃないですか!」


「“追跡の魔眼”がいる以上、このままどこへ逃げても無駄だ。……というわけで、今夜は返り討ち大作戦だ!!」


「敢えての返り討ち……」


 先程から聞く風月の仕事ぶりに、不安と恐怖しかない進。既に元気はない。


「そのためにお前の家を燃やす!」


「なんでそーなるのー!!」


 ここ数日で生活が一変しすぎた進は、気が動転しそうな様子で頭を抱える。


「俺の予想が正しければ、風月の仕事も落ち着いた今日が襲撃の日。“追跡の魔眼”があろうと日を開けすぎるのは奴らにとって危険だろうからな。……そして奴らは大好きな夜に来る」


「……迎え撃ちましょう!」


 逃げたい気持ちは山々だが師匠を信じるしかない、というのが進の正直なところだ。


「あの、なんでさっきから家の内装をジロジロ見てるのでしょうか……」

 

 大和は家の中を歩き回り、見渡す。


「この家に敵をおびき寄せる。そしてここを爆破したら一網打尽にできるだろう?」


(そういうことかーッ)


「それならそうと早く言ってくださいよ。……生き残るためにこの家が無くなるなら、仕方ないです」


 少しだけしょんぼりとした顔で、進は家を眺める。この理由ならきっと優次郎も許してくれることだろう。


 ちなみに家とは言っても、大きな倉庫のような空き小屋を優次郎と住めるように改装したもので、部屋自体は広く、一階だけで普通の家の二階分弱に相当し、屋根裏も広い。


「戦うにはここ最っ高だな。燃やすのにも最高だ」


「あの、全然嬉しくないのですが……」


 脳内で再生されていた幼き日々が、大和の“燃やす”発言ですぐにさえぎられた。


「とりあえず、敵をある程度倒したら林の方へ逃げる。できれば“追跡の魔眼”を持つ者を倒す」


「分かりました」


「お前は敵を倒すよりも自分の身を守れ。俺はここを敵の墓場に変えられる自信しかない。だから邪魔しないように生き延びててくれ」


(墓場……俺の家……)


「あと、前に俺が見せた何個かの技、あれ使えるようにしろ。林とか飛び回るからな」


 唐突の言葉に目を見開く進。大和からすれば“あれぐらいの技は一度見れば習得してて当たり前”……というわけではない。実践ほんばんはどんな修行よりもタメになるため、単純に良い機会だと思っているのだ。


 襲撃が予想されるのは夜である。大和はそれまで準備をするらしく家を出た。進には、


「お前は疲れない程度の鍛練かイメージトレーニングでもしておけ。できるだけ精神を安定させておくんだ」


 と伝えるだけだった。

 家に一人、進は不安に襲われる。本来、戦闘において敵が予め来ると分かっているのは有難いことだ。対応を考える時間もある。しかし弱者しんにとっては違う。戦闘の予告は、ただ気を擦り減らすだけだった。


(落ち着け。大丈夫だ、大丈夫だ……)


 時間の進みが早すぎる。心臓の鼓動が早すぎる。このままでは進の精神は統一するばかりか、保てなくなってしまう。


(師匠は言っていた。『敵も視覚情報に大きく頼っている。だから明かりを全て消し、相手を混乱させ、数の力を消滅させる。そして俺は五感を使い、敵を一網打尽にする』と……)


 この家の内装も、周りの地形も、全て把握済みだ。この戦場が初見の敵よりは確実に有利だ。


 それでも進は、頭の中で何度も想定を繰り返す。 

 そうして、いつの間にか日が落ち、大和が帰ってきた。大和は笑顔で家の周りや屋根裏などに仕掛けを施す。

 

 恐怖の中の進にとって、爆破の準備など興味すらなかった。


「進、ちょっと来い」


 大和は準備を終えると、居間中央に呼び寄せる。そして片手で進を抱きしめた。


「緊張しすぎだバカ。……言ったろ? 地獄に変えるって」


 背中を叩いて離すと、進は震える唇を噛む。


「言ってませんよ。『墓場にする』って言ってたんです」


「うるせーな、同じだよ」


 笑顔で冗談を言える進を見て、強がりと見抜きながらも大和は安心をした。そして二人は軽食を済ませ、大和の合図でいつでも家を去れる用意も済ませた。


 時間にして二十一時を少し過ぎる。


「敵が来たようだ。殺気を感じる」


 大和が小声で伝えると、二人は抜刀した。静寂は緊張へと変わる。家の至る所にある小さな隙間から通る風の音がここまで気になる日が来るとは思いもしなかった。


「入った瞬間に明かりを消すぞ、それが合図だ。お前の間合いを作り出せ、身を守れ」


 最後に、「絶対に生き残るぞ」と一言添えると、進は首を縦に力強く振った。

――ひと休みの後日談ズ――

《お箸の違い》

 これは後日、進と大和がお弁当を食べている時のこと。


「あれ? なんかお前の箸綺麗じゃね?」


 大和は進の買ってきた二膳の箸の品質の違いをすぐに見抜いた。進は大和分の箸を買ったが、さすがにそこまで高い物は買えなかったからだ。


「分かってないっすね〜。俺は箸屋でバイトしてたので分かるんですけど、一見安そうに見えてる物には奥の深さがあるんですよ」


 適当に誤魔化したが、大和的には使えればなんでもいいらしい。

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