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第18話 正義の英雄

「おお、そうだそうだ!」


 去り行く前、覇武は思い出すように進の方を振り向き、近寄る。座り込んでいた進だが、立てる程には回復していた。


「先程はありがとうございました」


「困った時はお互い様じゃ。して、勇気ある行動、とても気に入った。若き英雄の名を聞いても良いか?」


「いや、えっと、」


 既に大事おおごとに立ち会った進だが、本名を名乗るのはさすがに不味い気がした。


「おお、そうじゃな。先に己から名乗るべきじゃったわい。大変申し訳ない。儂の名は覇――」


「ゴォホンッ!」


 大きな咳払いをした刈谷はギラリと目を光らせ、覇武に視線を送る。


(王よ、我々が極秘で打診をしに来たことを忘れたわけじゃありませんよね!!)


 そんな想いを感じつつも覇武はそっぽを向くと、刈谷は一歩前に出る。


「……この方の名は利府忠家りふただいえだ。私は利府刈谷りふかりや。少々家系が複雑でな、説明は省かせていただく」


(危ない。咄嗟に浮かんだ名前だが、今回は親子という設定にしたことを忘れていた。しかも“刈谷”という名は既に王がペラペラと喋っていた! 本当に危なかったぞ!)


 少し違和感を覚えそうなやり取りだが、「凄そうな名前だ……」ぐらいにしか進は思っていない。強いて言うなら、突っかかったのは“刈谷”という名が苗字ではないことくらいだろう。


「うむ。……して、少年の名は?」


 気を取り直して覇武は再度問う。進は十分に偽名を考える時間があった、が。


「……後藤、後藤治」


 嘘をつくのが下手なのか、名を名乗るにしては言い方が不審すぎた。それを見破った刈谷は、おのが王への不敬に頭にきた。


「――ッおい」


「刈谷」


 覇武はすかさず止める。その制し方は“王”の風格を感じさせた。


(名を偽ったは儂も同じ、少年はこの若さで既に何かを抱えておる。見れば分かる、綺麗な心を宿しておる。……清き心で必死に何かと闘っておるのだ)


「少年よ。慈愛を忘れるな。夢に生きろ。惑わされず進め、己を信じろ。……正義のために人を守らんとする心意気、努努ゆめゆめ忘れるでないぞ」


 全てを悟る覇武の言葉には優しさと共に重みがあった。


「俺は強い侍になる。皆を助けられるような、正義の剣豪えいゆうに」


 その黒き瞳は日差しに照らされまばゆく光る。紺瑠璃こんるり色に反射するそれは、少し青さを多めに残す。


(青い、まだまだ青い子どもよ。大人になるのを急ぐことはないぞ……)


「良い心がけだ。だが言うだけではただの絵空事になる。もっとよく周りを見て、現実を見て、力をつけて、それでもその“正義の英雄”になりたいのならば、どんなに道が険しくとも歩むのだ。……大層な、とても良い志しであった。健闘を祈る」


 覇武は「さらばだ」と言って歩き出す。刈谷は進に会釈をすることもなくスタスタと覇武の後をついていった。


くなき願いこそが、人として生きる糧となる。……またいつか会おうぞ。少年よ)


 こうして、進は新たな出会いと別れを終えた。


 体も回復した進は、事を荒立て過ぎたことを反省し、心なしか駆け足で帰る。命を狙われる者にしては注目を浴びすぎた。もし大和に見つかることがあればそれはそれは、


「おい、バカ弟子」


「はいっ!?」


 背筋は震える。真後ろには確実に彼がいるだろう。恐る恐る振り返ると、もちろんいた。怒りの表情かと思いきや、もう吹っ切れて笑顔である。


「お早い、お帰りぃ、ですね。……あと、笑顔がとても素敵でッ――」


――“高速目潰し・寸止め”。


 進の両目の前には指がある。危うく秘技が炸裂するところだった。


「スイマセン。ベンメイしたいっす……」


「五文字」


 明らかに無理である。


「ヒトダスケ」


 収まってしまった。

 が、その後の帰りの道中では三十分程しっかり説教をされた。そして最後に一言、


「……まあ、よくやったんじゃねーのか」


 褒められた。

 しかし、大和が恥じらいを殺して言ってくれた言葉だったが、説教三十分耐久により聞き流し技法(スルースキル)を会得した進は、ちゃんと聞き逃していた。


(あれ? もう説教終わった?)


 説教が終わったと思い、嬉しがる進と、


(え、そんな嬉しがる? まじ?)


 勘違いする大和であった。これからは説教も五文字でまとめる必要がある。


 そんなこんなで野宿をした林の中、ではなく進の元の家に着いた。


「俺の家?」


「今夜、これ燃やすけどいいよな?」


「はいぃぃ!?」


 唐突かつ無慈悲な家の焼失。


 

 覇武と刈谷の帰り道。


「それにても、今回は幕府の冷血共に一泡吹かせてやれましたな」


「はっはっは、まあな。今年の年末はあちらも大変らしいから手が回らなかったのだろう。参勤推参さんきんすいさんもある。少し卑怯だったな」


 “参勤推参”、又は“参勤会合”とも言われ、各地を統治する“二十四天”という二十四人の王が江戸に集結して行われる会議のことである。主に予算や軍備、税収などを話し合う。


 その会議のある年の年末は大抵忙しい。そこを敢えて小国の王、覇武らは狙ったのだ。


「何を言いますか! 周りの村々は、我々の村同様の契約を幕府と交わしていたにも関わらず、税は無理難題を押し付け、金も労力も搾り上げた末に無理を通させ、やむなく戦に持ち越させ、武力で潰し、属国とさせてきたんですよ! 奴らの方が卑怯です!」


 勢いと唾が飛びまくる刈谷。村の事となると、うるさいのだ。


「これも民の為じゃな」


「そうです。幕府の傘下ではなく、対等でなければなりません。でなければ民はもっと苦しむ」


「やはり、お主が一番民を想うておるのぅ」


「……一番は王でしょう。でも、その次に私は民を愛していたいと思います」


「鉄の男は堅実じゃな」



 その頃、江戸城城内では。


「小国のくせに、舐めた奴だ。三年間の通常税と不可侵和平など。……蓄えはたんまりあるくせに、砦も何も明け渡さずとはな。まあいい、こちらが落ち着いたら、何かを口実に攻め落とせばいいだけだからな」


 小国との外交取締役の者は覇武への怒りに燃えていた。

 その姿を後ろから見ていたのは、優次郎を連れ去った老爺。


役方やくかたの様子から見るに、小国の龍にしてやられたようですな。光明殿」


 老爺が話している男。それは二十四天、その四天王が一人“禅支ぜんし光明こうめい。彼は藤の花のような淡い紫の長髪で、その華麗さと人の良さから評判の良い青年である。


「あの国は環境と人材が良すぎるんですよ。強者つわものの龍が何人もいるのですからね」


 禅支光明と老爺は仲が良い。江戸城内にいれば、立ち話をしている光景がよく目に入る。


「それより虜休りょきゅう、聞きましたよ。大臣だいじんより暗殺を申し付けられ、一人(のが)したのだとか」


 虜休とは老爺の名である。剛健が呼んでいた“石楠花シャクナゲ”とは異なる名だ。


「そうなのですよ。しかも大殿にもお会い致しまして、少々焦っております」


「また冗談ですか。貴方は常に冷静だ。……もう既に手筈を整えているのでしょう?」


「ほっほ。お見通しですな。……今宵こよい、確実に仕留めます」


 その後、老爺はとある暗殺者に会いに行った。その暗殺者は、()()()優次郎を捕らえ、進を殺す筈だった暗殺集団風月(ふうげつ)の者。

 優次郎捕縛は、統治者自ら老爺を名指しで下した命令だ。それほど重要な任務、老爺は一流暗殺集団である風月ふうげつを雇うところだったが、運悪く精鋭達は別の任務に当たっていた。


 剛健は風月の代わりとして、一流の暗殺者ではないものの、実力が虎子こしにも及ぶと言われて雇われていた。その他三人の刺客達も一流ではないが、保険として雇われていたのだ。

 

「風月の者、倒幕派制圧ご苦労であった。じゃが予定通り、今宵も仕事を遂行してもらいたい」

 

「はっ!」


「焦る必要はない。時間をかけてでも確実に殺せ」


 老爺の声と共に、風月の伝達役は音もなく姿を消した。一人になった老爺は道の小石を見つめる。


(あの剛健らが無能の子どもに返り討ちとは。偵察によればもう一人の侍がいたらしいが、道場の生き残りか?)


「――まあ良い。絶対的力の前に、奇跡は二度も起こるまい」


 その夜、暗殺集団風月は異例の大人数で、たった二人の侍を殺しに掛かる。



新キャラ紹介!

禅支ぜんし光明こうめい……二十四天、その四天王。藤色の長髪で、聡明さを待つ青年。二十四天であるから武人としても無論強い。統治者の右腕であり、謎が多い人物。


補足!

四天王……日本でいう県知事が二十四天だが、その中の四人は四天王と言って、首都を守り、関東軍を持つ。


――ひと休みの後日談ズ――

《覇武と刈谷の帰り道》

 覇武と刈谷が進と別れた直後の帰り道にて。


「にしても、まさか“父上”と呼んでくれるとは」

「ち、違いますよ。素性を隠すために咄嗟に考えただけで」

「はっはっは! 間違いではないのだから良いではないか。照れるな照れるな」

「照れてません」

「お主は儂の大事な息子じゃ」

「うるさいです」

「照れた! はっはっは!」


 ただただ仲が良かった。

 いずれ彼らは、進に大切なものを教えてくれるだろう。

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