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第17話 少しだけ英雄になれたかな

「落ち着きましょうや」


 満面の笑み、元国宝をなだめるように優しい声で覇武は言った。が、その後ろで刈谷は強烈な殺気を放ちながら元国宝を睨んでいる。

 気づけば、進が助けた娘とその父親は恐怖で目を見開き、呆然としていた。


「刈谷、殺気を抑えんか。他の人まで怖がっておるわ」


 また本名を呼ばれた刈谷は、無言になった後少し強い咳払いをした。それには悲しい怒りがこもっていた。

 その怒りは届かず、何も気にしない覇武は元国宝をじっと見つめ、


「強き者よ、儂は一部始終を全て見ておった。少女のわめき声はかんに障っただろう。道を退かず邪魔だったであろう。……少女に代わって儂が謝る。迷惑をかけた。申し訳なかった」


 と言って、頭を下げた。

 確実に平民より偉い地位だと思われる覇武の謝罪。それも深々としたものだ。周りの人の注目は依然として集まるばかりだった。


 頭を上げない覇武を見つめる元国宝、どこか興醒きょうざめした様子で、


「ちっ、分かったよ」


 と言葉を放つ。

 覇武が顔を上げて「ありがとう」と伝えると、「あーつまんねーの」と、元国宝は帰っていった。付き添いの男二人もそそくさと後を追う。


 本来、刈谷が覇武の臣下であるのならば、主が頭を下げることを止めるべきだ。しかし、そういった場面をこれまで幾度も見てきた刈谷は、“やれやれ”と言いたげな顔で軽いため息をつくだけだった。


 元国宝が立ち去るまでの数秒、進も、少女も、その父親も、周りの者も、誰もが声が出なかった。活気溢れる江戸の町ではまずお目に掛かれない光景だ。


 覇武は静寂の中、少女へ近寄ってはしゃがみ、同じ目線に立つ。


「お嬢ちゃん。さっきはちと泣きすぎてしもうたの。大事な喉が枯れてしまうぞ。痛くはないか?」


 覇武は微笑ほほえみながら語りかけた。


 すると先程と一変し、ほがらかな雰囲気が場を包み込む。その温かさは目の前の少女にもしっかりと伝わった。


「団子を食べながらお嬢ちゃんの様子を見ておったんじゃよ」


「ごめんなさい……うるさくして」


 少女は申し訳なさそうな顔で謝る。それを聞いた覇武は、この子は悪い部分をちゃんと認めて謝ることができる子なのだと安心した。

 

「きちんと謝れて偉い子だ」


 少女の頭を優しく撫でる。


「お嬢ちゃんが右手に持ってる可愛い風車、それが壊れてしまったから泣いてたのかい?」


 こくりと首を縦に振る少女。


「大好きな物だものな。大切にしてる物ほど壊れれば悲しいものだ。仕方あるまい。泣きたい時はうんと泣きなさい。……これからもたくさん悲しいことに出会うだろう。泣きたい日もあるだろう。そういう時は我慢せず、うんと泣きなさい」


「いいの?」


「勿論じゃ。ただし、泣くのは大切な人の前。一人で泣いては心は寂しいままだ。……今はそう、お父上の元で泣きなさい。お父上はお嬢ちゃんを大切に思ってくれている。だから、言うことをちゃんと聞きなさい」


「……わかった!」


「よーし、いい子だ」


 覇武が口角をこれでもかと上げて笑みを浮かべると、少女も釣られて笑顔になる。覇武の言葉は純真な少女の心に届いたのだ。


 そして、自分を見つめ直した少女は父に言う。


「言うこと聞かなくてごめんなさい」


 本心からの謝罪だった。

 父親は安堵の笑みを見せ、少女の頭を撫でた。


「うむ。己の悪い部分を認め、素直に謝る。……なんと賢き子か。お父上よ、家へ帰ったらうんと褒めてやりなさい」


 立ち上がった覇武は親子を眺め、父親にそう告げた。


「ありがとうございます……」


「それと、これはただのお節介故、聞き流してくれて構わないのだが、子が言うことを聞かずとも、声を荒らげるのはあまり良くないかもしれぬ。恐怖の植え付けになってしまうこともある。怒りに任せればただ怒っているだけだ。“叱る”こととは全く違うのだと、覚えておいてほしい」


 父親は泣き止まない娘に声を荒らげていたためか、心なしか小さな声で「肝に銘じておきます」と返した。


「怒るだけなら誰でもできる。じゃが、叱ってやれるのは無償愛者(おや)だけなのだよ」


 父親の誠実そうな表情を見て、こう続ける。


「ただ心から心へ、愛をもって伝えるのだ。……それだけでいい。それだけで立派なのだ」


 家臣である刈谷は本来、主人をただの庶民と会話させるのはあまりよろしくはないのだが、この光景は刈谷にとっては日常茶飯事、そしてお気に入りの時間でもあった。


 覇武は父親と娘に手を差し伸べ、立ち上がらせる。


「……この子らがいるのなら、良き国になりそうだ」


 覇武の目線は少女から進へと移動した。そして、周りで見つめる人たちに向けて、言葉を放つ。


「色々とご迷惑をお掛けした方々。物騒なことや、子どもの騒ぎ声で不快になったならば儂から謝らせてほしい。……本当に申し訳ない」


 深々と頭を下げられた。この場を収めるためだとは分かるものの、先程に続き二度目、誰もが驚いた。

 そして、人々は事の終わりを見ては歩き出す。またいつもの江戸の町並みに戻っていく。


「本当にありがとうございました」

 

 父親は覇武に頭を下げる。


「親には感謝し、貰った愛以上に子に愛せ」


 と、覇武は返す。

 一見その言葉は聞こえ方によっては堅苦しいいましめに思えるかもしれない。しかしその言葉には続きがある。


「偉大なる父よ……。辛さは本人しか味わわぬ。故に誰にも分かってもらえぬ時もあろう。じゃがな、その後に待つ幸せも本人おやにしか分からぬ。本気で育てた親でなければ味わえぬ……。愛をもって育てれば、必ず子は応えてくれる」 

 

 父親は娘を自分の力では守れなかった。それを悔やんでいるかもしれないし、泣き叫んだ娘のおかげで命が危ぶまれたと怒っているかもしれない。覇武は全てを思って言う。


「貴方は立派な父だ」


 少女は父親へ駆け寄っては足を掴む。その小さい手は震えていた。


「たくさん褒めてあげなさい。叱るのはいい。でもそれ以上に、何倍も褒めてあげなさい。それはいずれ自信になるのだから」


 覇武は少女の頭を撫でる。


「そして貴方も、辛い時は誰かを頼りなさい。決して抱え込むではないぞ」


 喋り終えては即座に背中を向ける覇武。それを合図に刈谷もすぐに覇武の後ろについた。


「では、さらば」


「ありがとうございます……お、お名前を」


「名乗るほどの者じゃないさ。ただのお節介な老いぼれよ」


 と言って覇武と刈谷の二人は帰っていく。


 その少し前。覇武が父親と会話をしている間、進には少し嬉しい事が起こっていた。


「おい! 茶持ってきたぞ! 飲め! 立派だったぜあんちゃん。伊達男にゃ痺れたねぇ!」


「かたじけない。……美味しいです」


 近所の若者が、疲れているであろう進に茶を持ってきてくれたのだ。その茶は格別で、どこか嬉しい味がした。


(少しは侍っぽくなれたかな)


 進が少女へ目を向けると、父親と笑い合っている光景が見えた。

――ひと休みの後日談ズ――

『方言』

 設定として、出身は何処であれ、方便はあえて使わないキャラが多い(面倒くさいとかでは断じてない、本当に!)


 しかし、もちろん設定的に使うキャラもいる。けれども大体で書いている。作者が言うには、「許してほしい。ここは日本と関係ないから正解はない」そうである。

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