第15話 弱くても意地を張れ
そして進は刀を抜き、二人は刃を向け、向かい合う。
(――打って出るッ!)
ザッ……。
思いとは裏腹に、地が足を掴んでいるかの如く、全く動けなかった。
(……行けば死ぬ)
相手の覇気の威圧力か、
(いや違う。相手は攻撃を待っているんだ。きっとその剣術は、自分ではなく相手を動かす技だ)
「どうした? 来ないのか? 怖気付くとは弱い男よ」
元国宝は挑発をする。彼自身は先程まで憤怒していたはずだが、戦闘態勢に入った瞬間に精神統一を終えた。感情に流されず、敵の感情を揺さぶる、正に達人の腕前だった。
「では、こちらから行くぞ!」
彼は進の攻撃を待つまでもないと察した。
元国宝、瞬刻のすり足。足底は地を擦れ、体は前へ。
――下から上へ、神速の斬り上げ。
(逆袈裟ッ!)
進は、剣速の凄まじさに弾いて防ぐことを諦め、大きく一歩後ろへ飛ぶように退がる。
元国宝の剣先は進の首と顎のスレスレを抜けた。
もし進が判断を見誤り、退くのが数秒遅かったとしたら死んでいただろう。
(避けきれた!)
(――とでも思ってるのか?)
避けられるのは想定内、狙っていたのは二撃目。後ろへ避けた場合、達人でなければ体勢を立て直す隙が生まれる。
無論、進も例外ではない。
(えっ……)
切先は喉の高さで斬り上げを止め、そのまま並行に進の喉へ迫る。
――一突きッ。
(さらばだ)
進は下に倒れ込もうとするがもう遅い。手遅れなのは進自身も分かっていた。
(ズルいけど……使うぞ)
咄嗟に念じたそれは、大和から貰った妖術服の起動方法である。妖術服は色を変えることもでき、透けさせることもできる。そして、小物であれば見えないように仕込むこともできる。
左手から“仕込み刀”が出現する。この近距離であれば外すことはないが、突きを食らう事実は変えられない。
変えられるとすれば、
(仕込みッ!? クソッ)
相手が引くこと以外ありえない。
進が仕込み刀を投げる素振りを見せると、元国宝は音も立てずに後ろへ下がる。
(あっぶねぇ……)
進は相手が引いたのを確認し、また仕込み刀を服に戻す。護身用のため、正々堂々の勝負では使いたくはなかった。
「汚ねぇのはどっちだ」
その言葉はごもっともだ。
しかし攻防が速すぎたため、周りの人には何が起こったのか分からなかった。
(今の二手で十二分に分かった。……今の俺では絶対に勝てない)
戦力差は歴然だった。
元国宝の男、新陰流の剣客である。実戦経験を何度も積み、進とは別次元の強さを持つ。
(国宝なんだから当たり前か……)
「しゃしゃり出てきたのが間違いだった、ってな顔してるな坊主」
「守って死ねるなら本望さ」
もう手の内は明かされた。次の殺仕合が始まれば確実に進は死ぬ。
「お二人さん、早く逃げて」
せめて守るべき者だけは守りたかった。しかし父親は気が動転して動けず、娘の方も声すら出せなかった。
時間を稼ぐしかないと悟った進は、少しでも長く生きていられるよう頭の中で模索する。
一方元国宝は、明らかに格下である進と久々の剣術で愉悦に浸っていた。
(いつでも殺せる。弱すぎる。皆が俺ぁを見てる。少しだけ遊んでやろう)
「さァ! 行くぞ!」
猛攻が進の体を右へ左へと揺さぶる。元国宝は、剣術重視ではなく、単なる力任せの攻撃も混ぜていく。当たる部分をコントロールし、刃ではなく峰を当て、簡単に斬れないように攻める。
当たる衝撃も程よく抑え、死なないように、骨を折らないギリギリを攻める。
実戦剣術の達人だからこそ、どうすれば肉が斬れ、骨が断てるかを熟知していた。
「くッ!」
「ほらほら、どうした?」
趣味の悪いことをされている進だが、必死に耐えていたために力を制御されていることすら気づけなかった。
「斬り返してみろよ!」
――進の体は三歩ほど後ろに飛ばされる。
立つのが精一杯だった。剣を握る手は赤みだち、体の所々には切り傷、服の下にはアザが何個もできていた。
「堪えるねぇ……」
口角が上がる元国宝の男。
それを見る周りの人々は悲惨さで声が出なかった。
「お前は……強い」
「応ともさ」
「強いのに、なぜその力で人を傷つけようとする……」
「?」
「強いなら、大切な人達を守れるだろうが。俺は守りたい人達がいるから……強くなりたい。なのに、お前は、強いのにその力を持て余す。そればかりか、罪なき人に刃を向けた!」
超能力を持たない進にとって、国宝に上り詰める程の力を持つ者が人を傷つけることが許せなかった。言ってしまえば逆恨みの延長みたいなものである。
「無能には分からん。俺ぁ国宝だ。……価値観も違う、考えも違う。景色も場所も違う」
「何も違わない。皆等しく大切なんだよ」
その言葉に元国宝は呆れて口が開き、息を吐いた。
「……困るんだよ、お前みたいな阿呆がいると。権利が平等だからといって、人の価値まで平たいと思えるとはおめでたい。俺の方が偉いに決まってるだろう? 俺には才能があり、国に、人に、たくさん貢献をしてきた。……お前はどうだ? 何を成した? いるだけで邪魔なゴミ虫ではないか。無能が義務も成せずにつべこべ言うんじゃねーよ。妬みなら消えろ。生まれたことを呪いな」
「“人々に貢献してきた”、それは素晴らしいことだ。貴方にしかできなかったのかもしれない。それだけで尊敬に値する」
進の額の汗は顎にかけてダラダラと流れ落ちる。眼差しの先は元国宝の瞳。
「でもッ、だからといって人より偉いわけじゃない!!」
「俺ぁ国宝だ。他の奴より価値がある。金も、権利も、実績も、実力も、お前らとは訳が違う。何十何百の人の期待を背負い、夢を与えてきた。世の中に華を添えた!」
「確かに凄いさ。でもその“華”が咲けたのは、他の人々の働きがあったからじゃないのか!」
「……話にならん。俺ぁ国宝だ! 国宝の名は選ばし者にしか与えられない。お前ら凡人とは根本から違うんだよッ!」
その怒号は周りの人々にももちろん聞こえた。その威圧感は反論を許しはしないが、もし口が出せたのなら、と皆が思っていた。誰もが拳を握りしめた。
誰もが、心の中で弱き進を応援していた。
(人間国宝……ふざけた名前だよ。俺は最初から気に入らなかった。その馬鹿げた階級が)
「ふざけんじゃねェ! 何が人間国宝だ! この世に“宝”じゃない人間がどこにいるッ――!!」
心の叫び。
その言葉も周りの人々に届いていた。心にまで響いていた。
そして、勇気を与えた。
「いいぞ! 兄ちゃん!」「……そうだよ! 頑張れ!」と、周りからは段々と応援の声が飛び交う。
「なんだと? ……おめぇらぁ」
進は息を吹き返す。
「なぜ善良な親子に刃を向けた」
「ケッ、邪魔だったからに決まってんだろ」
「泣く子をあやす親からすれば、無言の目線すら辛いだろう。その場にいるだけで周りに迷惑をかけているような気がして苦しいだろう。救いなど無いように感じていただろう。……それでも頑張る親子を、どうしたら斬れると聞いている……!!」
応援する人は次第に増え、声は増え、声量が増していく。
負けていた進だが、痛みを我慢して不敵に笑ってみせる。
元国宝の男はその光景を見たことがある。自分の過去の栄華のような気がして、無性に腹が立った。
(まるで……まるで俺が悪者みたいじゃねぇか。なんだよ、なんなんだよ。昔を思い出させやがって、クソッ、無能のくせに――)
「無能のくせに正義背負ってんじゃねぇぞ!!」
「背負ってねーよ。正義ってのは悪がいかなきゃ背負えない。……お前は悪なのか?」
その言葉が元国宝の耳に届いた瞬間、男は怒りと共に踏み出した。
「――くたばれッ!」
元国宝の怒りに任せた強烈な袈裟斬り。戦略のない単純な振り下ろしだが、衝撃は進を叩き潰すほどだった。
「くッ!」
体は後方へ飛び、背中は地面に叩き付けられた。なんとか刀で防いだが、右腕は麻痺状態。刀を持っているだけで手は震える。落ちないように力を入れるが、まず力が入らない。
「さすがは無能。口先だけで何をする力も無い」
進はゆっくりと体を起こす。立ち上がろうとするも力の入れ方が分からない。
「『守って死ねるなら本望』とか言ってたよな? だがなぁ、残念ながら力の無い奴は死んでも誰も守れないんだよ」
元国宝、その覇気は狂気に見紛うほど淀んでいた。
その姿を見た人々は関わるまいと去っていく。一人、二人と減っていく。
「意気込みは良かった。昔の俺ぁと良い勝負だ。だが才能がない。お前は選ばれなかったんだ。……不幸の子だ。もう殺してやるよ」
(……不幸)
「何言ってんだ……」
意識が飛びそうな中、進の心の中には燃え盛る闘志があった。
「無能で可哀想だっつってんだ。この世は適材適所、お前にはなりたいものになる力が無い、不幸な奴だ」
じりじりと距離を詰めていく。
「不幸じゃない」
元国宝は力なく座り込む進の姿にどこか不快感を覚えた。
「俺は不幸なんかじゃないッ!!」
(道場のみんな、お店のみんな。師匠、優次郎。それに、それに……)
脳裏に浮かぶは、両親の笑顔。
(……こんなにも、恵まれているじゃないか)
「――皆がいる! ……一人じゃない俺の何が不幸だと言うのか!!」
右手の刀を強く握りしめ、立ち上がる進。
「へっ」
まさか立ち上がる力が残っているとは思わず、元国宝は驚きを少し口に漏らした。
「不幸なのはお前みたいな奴だ。……自分の幸せに気づけず、それを守ろうとせず、自分の力を誰かのために使えないお前より……大切なものに気づいている俺の方が、何倍も幸せだ!!」
ただ力の限り叫ぶ。もうそれ以外の力はなくなった。
「黙れェ!」
そして元国宝は刀を振り上げる。
その時、低い男の声が元国宝の後ろから放たれた。
「待たれよッ!!」
新キャラ紹介!
荒木又五郎――“仇討ち”の元国宝。ガラ悪い。新陰流の剣豪。昔は“正義の守り人”“決闘王”と呼ばれていた。
――ひと休みの後日談ズ――
『大和の教え』
本編に出すまでもない教えは後日談として今後も書かれることだろう。
今回は変装について。追われる身の進だが、江戸町内ですら、変装や顔を隠させるようなことはさせない。それは変に傘で顔を隠す方が怪しいからだそう。
「追われる時は堂々とするべし」
らしい。




