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第12話 幸せの箸渡し

「覚えてるかい? 進が珍しく怒った顔して、泥だらけでここに帰ってきた日」


 女将は親っさんの顔を見ながらそう言った。


「ああ、あの日は確か、優次郎を馬鹿にされたって拗ねてたような」


 と、清は思い出す。


「しかも雨の日だった!」


「あの日、茜お姉ちゃんとてるてる坊主作ったの覚えてるよ!」


「お前ら仕事もせずに呑気にてるてる坊主かい」


 茜と千代は、親っさんの視線を逸らすように二人で顔を見合う。


「「ねー?」」


「『ねー?』じゃねんだよ! 仕事しろ!」


「まあまあ、進が居ない間は嫌でも忙しくなるさ」


 女将の言葉を聞いた進は、少し目線を落とし、


「これを機に新しい人雇うのもアリなんじゃないですか?」


 と提案をした。


「――雇うわけないだろう。……雇えるほど余裕ないんだよ」


「素直じゃないんだから」


 間髪入れず否定した親っさん。女将が言わずとも、進には照れ隠しだとすぐに分かった。    

 

「それに〜? 進が居なくても、千代がバリバリ働けるようになるもんな?」


「千代ちゃんに任せられるかな〜?」


 それを聞いた千代は清と進を交互に睨む。その様子が可愛らしくて皆が笑ってしまった。

 寒い時期だというのに、陽光照らす野原のような温かさが部屋全体を包む。 


 女将は「ほらほら、話戻すわよ?」と言うと、茜は、


「あ、そうそう。進が泣いて帰ってきて。確か喧嘩してきたんだっけ?」


 と、うろ覚えながら話す。

 

「進お兄ちゃん、喧嘩とかするんだね」 


「珍しいぜ? だって進弱いもんな」


 清はケラケラと笑う。進は自覚が有りつつ「うるさいなー」と少し恥ずかしそうに怒った。


「何言ってんの、進は強い子よ?」


 女将の言葉に共感するように茜も腕を組んで二回頷く。


「そうだ。こいつぁ、やるときゃやる男だ」


「親っさん……」


 皆の言葉を聞いた清は軽く息を吐く。


「分かってるよ。あの時も優次郎のために挑んだんだろ? 道場の連中には悪口を言われてもめげずに毎度通って、誰より強い奴じゃねーか」


 ちょっと嬉しそうに、進は鼻の下を触る。


「あの日は変に関係拗らせると大変だから謝りに行こうって言ったんだけどね、『勝つまで謝らない』って意地張っててさ。自分のことは耐えて、私らにも笑顔見せてたのに、人のことになると正義感があって。……本当に、あんたは優しくて強い子だよ」


 最近涙もろくなったと言っていた女将は、本当に目に涙を浮かべる。


「ちょ、しんみりすんなよ。……ったく進! あの日俺も連れてけよな? 俺がいりゃ勝てたろうに」


 と言って、清は腕を曲げて筋肉をアピールした。


「怪我人が一人増えるだけでしょ」


 辛辣な茜。千代は清の肩をポンっと軽く叩いた。


 その後も少し話をして、ひと段落がついたところで、進は晴れ空のように澄み切った気持ちで別れを告げる。


「俺が江戸に引っ越してから、右も左も分からなかった俺に、一から教えてくれたのは親っさん達でした。……俺が今まで幸せに暮らせていたのは皆さんのおかげです。ここは、俺にとって家族のように大事な場所でした」 


 千代は清の着物の裾をギュッと握りしめる。


「進、あんたは家族だよ」


 別れの挨拶で清々しい気持ちになったというのに、進の目からは涙が零れ落ちる。咄嗟に「すいません」と謝ると、女将さんは、


「今だけはたくさん泣きなさいな。侍だろうと、家族の前では泣いていいのさ」


 と曇りない笑顔で語りかける。


「そうそう。辛かったら耐えちゃダメなんだから」


「……本当に、本当に、感謝してもしきれないし。まだ何も、返せてないけど。……心から――」


「馬鹿野郎。最後の別れじゃねーんだ。言いたいことは帰ってきてから言いやがれ」


 親っさんは進の頭をわしゃわしゃと強く撫でる。 

 両親のいない進の面倒をずっと見てくれた、言わば第二の父のような人だった。


 撫でながら親っさんが物寂しそうな表情をし始めると、それを見た女将も釣られて泣いてしまった。


「絶対に帰ってこい。……いいか、絶対だぞ」


 進には帰れる確証などない、しかし帰らなければならない理由ができた。


 女将は棚の奥から薄い長方形の木箱を取り出し、進に差し出す。


「あの……」


「これはね。ここで働く子どもたちが将来個人の家庭を持ったりで出て行くことになった時にって用意してる物なの」


 渡された木箱を開けると、そこには一膳の箸があった。


「…………」


 進の頭の中には、これに相応しい言葉が思い浮かばなかった。


 栗皮色で、木目がスッと綺麗に入り、肌触りの良さを思わせる滑らかな一膳の箸。紛うことなき良質な品だった。


「綺麗な箸ですね……」


「もちろんよ。特別なお箸なの。……“幸せの橋渡し”ってね。我が子への、大切な贈り物よ」


 自信を持って語る女将。それもそのはず、この店は箸屋なのだから。


 贈り物としての箸、それは様々な想いが込められている。箸とは食事には必須の道具。食べるとは、すなわち生きることである。故に箸は生きることを支え、寄り添う道具なのだ。毎日使われるであろうその贈り物は誰からも喜ばれるはずだ。


 新生活を送る者へプレゼントするということには縁起においても大事な役目がある。この国には言霊ことだまがあるとされ、“音”に意味を見出す。「口は災いの門」とも言われるほどに“音”には注意が払われる。

 そして箸を渡す行為は、「幸せの橋渡し」という良縁の音へ繋ぐためでもある。


「縁起がいいですね」


「そうよ。言霊の力を借りて、音は縁を結んでくれるの」


 言霊によれば、おんおんにもなり、おんにもなる。どちらも何かを与えるおとであり、良し悪しにしか差異はない。


「良かったな進! 大事に使えよ!」


「はい!」


 箸。物には神が宿るとさえ考えるほど物を大切に扱うこの国の人にとって、その贈り物は最上級のもてなしと言っていい。


 女将と親っさんの粋な計らいに、強く感銘を受けた進は、屈託のない笑顔を見せる。


「これまでのご恩は一生忘れません。必ず帰ってきます」


 そして遂に、皆で店の前へ出て別れとなる。


「進お兄ちゃんが居なくても、お店回せるように頑張るから」


「ありがとう、千代ちゃん」


「じゃあ帰ってきたら倍働いてね!」 


「ええ!?」


 二人は今日で一番笑った。それに釣られて皆も笑った。

 千代は笑いをめたら泣き出した。親っさんも釣られて泣いて、女将はそれを見て笑った。店なのだから働き手の出入りは常だろうに、と進は思う。


 本当にいいお店だと、つくづく思う。


「行ってきます」


「「行ってらっしゃい」」


 五人は進の背中を見守る。少し経って、親っさんの合図で店の開店準備が始まった。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。


 進は仲の良いご近所たちとも挨拶を終える。

 そして温かいはずの妖術服から、少しだけ冷たさを感じるのだった。


 進は血縁の家族を亡くし、無能者として虐められてきた悲しい過去があり、道場でも虐めは増していった。しかし、それを包み込むほどの優しさがあの店にはあった。


(俺の心はいつ不安や絶望に潰されてもおかしくなかった……)


 進が誰かの幸せを願える心を持つのは、慈しみに満ちた店での生活が心を守ってくれていたからだろう。


(俺は、皆に支えられて生きてきたんだ)


 だからこそ今度は自分が誰かを助け、支えたいと強く思う進であった。

和風ファンタジーみたいな感じですが、実在する日本とは全く関係ありません。

全てフィクションであり、根拠はありませんのでご了承くださいー!

 

――ひと休みの後日談ズ――

『無能差別』

 無能が差別をされるのは主に戦闘に関わる場所や地位の高い職場など。道場では超能力の有無は格付けに関わるが、能力を使わない店で働く分には差別はない。


 故に、あの店では楽しく暮らせていたのだ。 

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