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第11話 笑う門には福来る

「どうかしましたか?」


 進は不安そうな表情をした後、何を察したのか、


「……田舎だと、バイトってないんですか?」


 と、小馬鹿にしたわけではなく、真面目に聞いた。


「……いや、なんというか、むしろ親近感があって」


 二人の会話はどこか噛み合っていなかった。


「アルバイトってことだよな?」


「そうです! あ、略してて分かりづらかったのならすいませんでした」


「いや? 流行りに乗れない年寄りとか思ってんの? 若いからな?」

 

 大和は変に思われないように冗談混じりに返すと、進も明るく返答して、バイト先へ走って向かった。その背中には若さが感じられた。 


 大和にはなぜ自分が“バイト”という単語に引っかかったのか分からなかった。今はもう普通の単語としか思えないというのに。


 進は申し訳なさそうな顔をしてバイト先のはし屋へ向かう。足取りは目的地に近づくにつれて重くなっていった。


(怒られるかな……)


 そして立ち止まり、空を見上げる。辞めなければならないことが悔しかった。


(今日で最後か)


 進は深呼吸をし、晴れやかな表情で「よし!」と言って店の前に立つ。


「おはようございます!!」


 元気な声を響かせた。すると二十歳手前ほどの端麗な顔立ちの女性が店の奥から顔を出す。彼女はバイト先の先輩――あかねだ。


 彼女は目を見開いて、進の顔を見るや否や飛びついてきた。


「茜先輩!?」


「よかった……生きてた。……なんでもっと早く来ないのよ」


 彼女は、今にも泣きそうなほどか細い声を発する。

 そして今度は店の奥から女将の声が聞こえてきた。


「……進かい? はゃあ! 進が生きてる!」


 女将は進の姿を見て甲高い声で驚くと、すぐさま近づいてきた。


 二人の驚きようからすると、進は道場での事件で殺されたと思われていたらしい。道場には身元が判別できない遺体もあり、そう思われても無理はなかった。


「お、おい……進か?」


 女将の声を聞きつけて、入口から親っさんと、きよし千代ちよの三人が入ってきた。


 親っさんはこの店の主人で、清はアルバイトの中で最年長の兄貴分、その妹の千代が最年少だ。店は進を含めて六人。箸屋といっても、箸を作るのは親っさんと清だけで、茜と進と千代は売り出しや手伝いが主な仕事。女将は会計や家事で忙しい。


 進は今日遅刻をしている。いつもの親っさんなら恐い顔で怒鳴りつけるのだが、この時ばかりは少しだけ軟らかな眼差しで進を見つめた。


「良かった……本当に良かった。俺より先に死んだら許さねーからな」


 親っさんはそう言いながら左手で自分の目元を隠し、右手で進の肩を叩く。


 色々と落ち着いた後、皆で腰をかけて話が始まった。


「で、何があったんだい? 役所の人らは何も説明しちゃくれないのよ」


「誰の仕業なんだ?」


 女将と親っさんは交互に問いを投げかける。

 どうやら幕府の役人は、事件の内容を他言無用にしたらしい。役人の中には鑑定の超能力を保有する者もいる。もし情報公開の意思があるとしたら、あれほど凄惨せいさんな事件であれば、今も不安な夜を送る町内の人々にすぐさま知らせるだろう。 


 進はその場にいなかったからこそ助かった。そして、いなかったからこそ何も知らないのである。


「…………」


 進はどこまで話していいのか分からなかった。人の口に戸は立てられない、もし弟が連れ去られたなどと話してしまえばすぐに近所にも広まることだろう。


 誰も巻き込みたくない、その思いは顔に出ていた。


「待って。あんなに人が殺されて、それもまだ日が浅いのよ?」


 いつもの元気な様子とは打って変わった進から何かを感じ取った茜は、何も知らないなりに最大限に気を利かせてくれた。


「ごめん。最後のお願いがあるんだ」


 進は茜の優しさを噛み締め、“この店を離れたくない”という思い以上に、“優しくしてくれた人達だからこそ危険にはさらせない”という思いが前へ出る。そして別れを告げる覚悟ができた。


「事件のことは何も言えない。それと、俺と関わると皆の命が危ない。道場の二の舞いになるかもしれない。……本当なら今こうして俺がこの店にいるのも危険なんだ」 


 その声と表情で皆は事の深刻さを悟る。誰もが真剣な眼差しで進を見つめていた。


「だから皆と会うのもこれで最後になります。……今まで本当にお世話になり――」


「――まあまあ、待ちなって。まだもう少しいいだろう? 今は全部忘れて、昔の話でもして楽しくしようじゃないか。最後くらい賑やかで終わろうよ」


 女将さんはニコッと進に笑いかける。進は長居をすれば辛さが増すと思っていたが、女将さんの優しさが今は何よりも嬉しかった。


「そうだそうだ。まだ朝だしな。てか客は元から全然来ないし!」


「ごらぁ清!」


 清は相変わらずな様子で場を和ませる。

 いつもの店の雰囲気に戻り、皆で団らんを楽しんだ。


 進にとっては皆の笑顔がどうにも辛かった。おちゃらける清も、それがツボに入って笑う茜も、わざとしてくれてるんじゃないかと思ってしまうのである。 


「お兄ちゃんふざけすぎだよ!」


「そうよ、お腹痛いじゃないの」


「千代も茜もツボが浅すぎだってーの」


 ほんの数分の会話を切なく思う。進は今になって、もっと話しておけばよかったと後悔した。

 

「清兄さん、ありがとうね」


 笑わせてくれる人には、本当ならいつも感謝しなきゃいけない。それは誰よりもその場を見ている人だから。幸せな時間にしてくれる人だから。


「おうとも! “笑う門には福来る”ってな!!」


「笑いすぎて福は来てもお金が来ないんですけど〜?」


「ごらぁ茜! お前まで言うか!」


 いつも笑いの絶えない店だった。進が心の底から安らげる場所は道場ではなく、この店である。

――ひと休みの後日談ズ――

『道場での進』

 進はいつも誰よりも早く道場へ向かう。


 理由には、遅くに行くと「無能のくせに」と文句を言われるというのもあるが、

 一番は、道場に日々の練習の感謝を伝え、掃除をするためだ。

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