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第10話 己の技を編み出せ

 進は目蓋まぶたを閉じた。視認ができないのなら視覚情報はただの無駄になる。

 

(役に立たない情報はいらない……)


 必要な感覚だけを極限まで研ぎ澄ませる。


 足を直角ほどに開き、中腰になる。下半身に深く体重を乗せ、上半身は腰から肩、腕、ひじ、手首を大きくしなやかに回し、剣先を体の周りにクルクルと走らせた。


 その剣先は乱れることなく、体を覆う程の球体を描く。


 しかし、その球体状に走る剣の速度と強度は、大和の攻撃を防ぐには不完全な精度であり、まだ防御壁には成り得ていなかった。

 

(……これでいい。これで防いでみせる)


 進は木片が当たる部分かつ、その瞬間だけに全力の速度と強度で打ち返そうとしていた。


(球体状に走る剣……その流れは一辺も狂ってねぇ。力の流れの理解も操作できてるじゃねぇか。臨機応変に技も編み出しやがった。……でもなァ、その強度じゃ俺の攻撃もくへんは一個も防げないぜ?)


 大和は進の剣技に感心したが、同時に粗さも把握した。それでも進の成長は凄まじいものだった。


(見事だが、初動だけで何したいかバレバレだ。剣の流れも読みやすい。流れを先回りしたとこに一つでも投げりゃ、剣は止まって、流れは狂っておしまいだ)


 剣の流れは些細なことで狂う程もろかった。

 しかし、大和的にはそれでは面白くない。小細工無しで真正面から壊したいと思ってしまう。


(でも、弟子がせっかく編み出した新技だ。……真っ向から力技ぜんりょくでねじ伏せてやろう) 


 大和は足場の木を全力で踏む。


(――じゃ、神速でくぞ!!)


 勢いよく木を蹴り飛ばし、同時に複数の木片を投げた。


 その殺気を進は感じ取る。


(風の流れを読め。……さあ、どこから来る? どこにいる?)


 進に向かってくるは見えない攻撃。力を入れるタイミングを間違えれば、木片を防げず体に直撃する。今はただ全神経を使って相手の攻撃を正確に把握するしかない。


 精神統一。必ず来ると分かっている攻撃は、進にとてつもない恐怖と緊張感を与えた。


(――来るッ!!)


 進はかすかな音と空気の揺らぎを察知した。自然現象ではないモノには、必ず人為的異物感が存在する。進は不確かな感覚を頼りにして瞬時に整理を始める。


(師匠が上から……いや、これは残像? 落ち着け……。十二個の木片にせもの師匠ほんものが……七体ッ!?)


 進は攻撃を全て感じ取れたものの、その中身までは正確には分からなかった。それでも攻撃が向かってくる全ての場所を把握することに成功した。


 あとは、的確な位置とを見極めて剣に力を加えるのみ。


――球体を描く剣先は、枝葉の隙間から差し込んだ月光に照らされた。


 刹那、進は全ての木片を弾く。目蓋まぶたに薄い光を感じ、すかさず目を開けると月明かりが目の前の大和の姿を見せてくれた。


(――やっと見えた)


 月が味方をしてくれたのか、暗がりでは見えなかった大和姿を捉えることができた。

 

 ドッ。


 進の気がついた時には、正面には大和の交差する両手首と、それに挟まれたおのれの剣があった。


「やるじゃねぇか」

 

 大和は嬉しそうに言った。大和の手首はハバキを挟んでいたため、刃には当たっていなかった。ハバキとは刀の刃とつばの間にある短い金具のことである。


「……防ぎましたよ。攻撃全部」

  

 進は、なけなしの体力で格好をつけた。それと同時に一気に力が抜ける。


 大和は進の小刻みに震える足を見て少し笑う。そのあと進の肩を軽く叩き、「帰るぞ」と言うと、進はほっと一息をついた。


 落ち葉テントに帰ると進はすぐに爆睡し、大和は少しだけ考えごとをしていた。


(人には元々直感が存在する。お前のは相当鍛えられていた。きっと気づかずに今までも使ってきたんだろうよ)


 大和は進のとてつもない感覚の鋭さを見抜いていた。

 剛健との戦闘で、本来ならばあれほどの有能者相手にはねばることすら不可能なのだが、それでも進は生き残ってみせた。


(知らず知らずに磨かれた直感で有能者たちと渡り歩いてきたんだろうな。まあ、粘れても結果としては負けだろうからさげすまれてきたんだろうが……。負けは負けでも違いはある、進の本質を見抜く者はいなかったのか)


 大和は決して過大評価はしない男だ。だからこそ認める部分は正当に評価する。


(だが、誰にも認められないからこそ、有能者に勝つまで何度も挑み続けた。だからあそこまで直感が鋭くなったんだろう。……お前は無能だが、鍛錬は無駄じゃなかったと思うぞ)  


 進がどうやって生きてきたのかを、戦闘によって垣間見えたところがあった。そして大和は目蓋を閉じる。


 次の日、朝の練習が終わると進は大和と共に城下町に行くことになった。進はこれで江戸の町に来るのは最後になる。


 江戸に着くと進と大和は別行動。進には江戸を離れる支度があり、大和は大事な会議があった。


 なぜ江戸を離れるのかというと、第一は追っ手から逃げるため。第二は追っ手たちは道場襲撃と同じく、進と面識がある時点で何をするか分からず、江戸に居るだけで誰かに危害が及ぶかもしれないからだ。


 そのため、進は知人全員に「ほとんど面識がなかったことにしてくれ」と言い回る必要があった。それはもちろん別れの挨拶も込めてだ。


「じゃ、ここからは別行動だな。俺は用事を済ませてくる。お前はちゃんと別れを言ってこい」


 少し考え事をしている様子で返事をしない進を見て、大和は声をかける。


「あ、はい。いや、何か忘れてるような……」


「忘れ?」


「あっ! 思い出した! 今日バイトあるじゃん!!」


 その驚いた表情は、事の重大さを物語っていた。それよりも“バイト”という響きにとてつもない違和感を大和は感じる。


「バ、バイト……?」


「ずっとお世話になってるバイトがありまして」


 大和は口角が上がり気味で「……バイト、ね」と呟いた。

進の成長凄まじ。


――ひと休みの後日談ズ――

『バイト!?』

 “江戸”という言葉は作中によく出てきたが、世界観は江戸時代()である。

 この作品では、“江戸”とは江戸城周辺のことを言い、“東京”と呼ばれることもある。


 なぜ侍がいる時代に? という疑問は、いずれ作中で語られることだろう。お楽しみに!

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