第9話 賭けなきゃいけない時がある
(どこから来る……)
恐ろしい速さで周りを飛び回る大和が、必ず自分に攻撃を仕掛けてくるのは分かっていた。
進は汗をだらだらと流しながらも精神統一をする。感覚を研ぎ澄ませることで、動く物体の位置を徐々に把握できるようになっていた。
そしてある時、向かってくる物体が感じた。
(――そこだッ!!)
進は真後ろに向かって真剣の突きを繰り出す。
――そこには物を刺した感触、確実な手応えがあった。
「はずれだよッ!」
刺した感触の正体は高速で投げられた木片だった。進は剣に刺さった木片を振り払うと、投げられた方向から、枝の高さに本体がいると推測する。
そして木片を投げた後に本体が意表を突くのが定石だと悟った進は、
「上かッ――!」
目線の斜め上の位置を左から右へ水平に斬り裂く。
「いいや、下さ」
進は振りきった刀に無の感触を覚え、目線を下に落とすと、通常の目線でも視界に入らないほど低姿勢の大和が見える。
木刀を平行に構えていた大和は、振りきってガラ空きになった進の左脇に痛烈な一打を与えた。
「うッ……!!」
左脇から強い痛みが全身を駆け巡る。その衝撃に体ごと持っていかれそうになる進は雄叫びを上げ、目を血走らせながらもなんとか踏ん張った。
(姿が見えない敵も、直接の攻撃だけは確実に見える! その機会を逃すわけには――)
「いかねんだよッ――!」
進は左脇の木刀を逃さず左手で掴み、右手の剣で大和を袈裟に斬りつけた。
(――ッ届いた!)
――しかし、その剣は空を斬った。
大和はいつの間にか木の枝の上に立っていた。その速さは今の進の目では捉えられなかった。
「俺に本気の危機回避を使わせるとは……。やるじゃねぇか」
(なんつー速さなんだよ、あの人……。あの一瞬であそこに移動したってのか?)
進は大和から木刀を奪ったものの、大和の速さがあまりにも衝撃的で呆然としていた。
「すまない、本当なら俺は負けてた。……だからこの技が終わったら無事に帰してやる。……まあ、耐えられたらだがな」
大和の目は狩りをする鷹のように鋭く、まだまだ出し惜しみをしている様子だった。
「受けて立ちます!」
進は未だ体力が残っているように振る舞った。そして奪い取った木刀を大和に返そうとすると、
「そんなものは要らない! 己の身体で十分だ」
その言葉は進の闘志を昂らせた。
(純粋に見てみたい、師匠の素手の力を)
すると大和は異様な雰囲気をかもし出し、立て続けに何かを唱える。
「“身体鋼硬域”……」
大和は両肘から指先までを一直線に伸ばした状態で保つ。
その技は、体の一部に神経を集中させ、筋肉や骨を瞬間的に限界まで強固に調整する技である、と同時に、自身の脳にその部位は鋼鉄だと誤認させる技である。
それを発動した時点でその部位は本人にとって刀同等の武器と化すという。
つまり今の大和は、二つの鋼鉄の腕になったということである。
「“修羅馬速”……」
大和は太い枝の上で足踏みを始める。足踏みは段々と加速し、いつの間にか目にも留まらぬ速さになっていた。
その技は、足踏みをすることで加速し、段階を上げるほど速くなる。この技を極めると、予備動作を省きながらも電光石火の如く走れる。そして足音も足跡も残さないという。
もはや、走るというより高速の跳躍に近い。
「“走攻剣撃・跳躍”……!」
大和は木々の間を目にも留まらぬ速さで飛び回る、その姿は忍者そのものだ。
その技は、本来は木々を飛び回るためのものではない。相手の周りを高速で走り続け、攻撃の隙を与えず、翻弄し、間合いを詰めさせずに一方的に斬りつけるまでが一連の流れだ。
それには常に動く体力と、集中力を必要とする。
精度を上げることで鎌鼬と呼ばれる技ともなる。
大和は三つの技を使い、林の中を駆け回り、今にも襲いかかろうとしていた。
(見えない……。こんなの昼間だって見えないのに、夜の林じゃ見えるわけがない。……感覚を研ぎ澄ませれば感じ取れるか?)
「今からお前の全方位に同時に攻撃を仕掛ける。逃げ場はないぞ」
進は冷や汗を流す。圧倒的力の前に無力さを感じていた。それは今まで何度も味わってきた感覚、鍛錬しても超えられない壁は常にあった。
(……まずい、速すぎる)
暗い林、目にも見えない速さで周りを飛び回る敵。逃げ場のなく囲まれているような感覚が進を襲う。
(……でも、やるしかない)
進学はなんとか恐怖を抑えようとするが、その時――。
ドンッ! ドンッ!
進の周辺にブラフの木片を飛ばす大和。
覚悟を決めた進はまたしても恐怖に襲われる。
木片は土をえぐり、恐怖を植え付ける。
舞い散る落ち葉は、集中力を削いでいく。
(さすがに無理だ。速すぎる。当たったら骨も砕ける。逃げなきゃ、勝てない)
“逃げたい”という本能と、恐怖で強張る体。とても大和に立ち向かえる状態ではなかった。
進は何度も、この屈辱を味わってきた。
「さあどうする! この速さじゃ、今のお前の直感では到底見切れないだろう!!」
大和は全てを承知の上で、あえて現状の進では決して勝てない力で潰そうとしていた。
正に“詰み”、正に“絶望”。
今日だけでも多くの得るものがあった中で、それに満足させず、新たに途方もなく大きな壁を与えていく、それが大和が選んだ最良の教育。
(師匠は俺を試しているのか……?)
大和は進の心を折るべく、木片を投げ続ける。体に当たらないギリギリを狙う。
勝てないことを進自身が一番理解していた。恐怖の中、この技の意味を考える。
――俺は乗り越えられる試練しか与えん。
修行の前、大和が言っていた言葉を思い出す。
(俺は師匠を信じてる。師匠もこれだけの技を与えてくれてるってことは、俺を信じてくれてるんだ。……俺は、あの人の期待を裏切るわけにはいかない!)
進の集中は、ブラフの木片が邪魔できないほど深い領域に落ちていく。
(怖いし、逃げたい。でも、ここで折れるような男が戦場で生き残れるわけがない)
絶望も、無力も、何度も経験してきた。
だからこそ、進の心は強い。
(苦難から逃げて楽な道を行くような奴が、強くなれるはずがない!!)
進の覚悟は、完全に戦闘の態勢に入った。
雰囲気の変化に大和は気づく。
(やっぱりお前は強い奴だよ)
進の強みは、諦めずぶつかり続けることで発揮されると大和は見抜いていた。
「そろそろぶつけに行くぞォ! 進!」
(見切れない無数の攻撃を捌くことは無理だ。かといって避けることもできない。……全方位からの逃げ場のない攻撃――)
進の頭に浮かんだものは、大和が初めて見せた剣技であり、刺客を細切れにした技――“振運真命通”だった。
(あれも回避不可能の大技だった)
昼間の練習での大和の言葉を思い出す。
――攻撃も防御も結局は物理的なものだ。故に双方代用ができる。状況を見て対応しろ。
(きっとあの技は防御にも使える)
進は練習を最大限に活かし、新たな技を生み出さんと頭の中で構想を練る。
(師匠は全方向からの同時攻撃って言ってた。なら、あの技を全方位に巡らせれば防げるんじゃないか?)
それは刀を振り回して壁を作ろうと言っているようなものだ。
攻撃を攻撃で防ぐというのは臨機応変な対応ではあるが、大和ですら前方のみ、そして扇形の範囲に絞っていた。それほど精密な技であり、流れを崩せば成功しないということだ。
進にも失敗の不安はあるが、それ以上にやらねば生き残れないという本能が体を突き動かす。
(師匠は言ってましたよね、時には勝負も必要だって!!)
技の“身体鋼硬域”、鋼鉄の腕なんて言ってますけど、あれは頭の誤認です。
相手の剣に沿わせたり、隙を突くには十分な硬さになりますが、もし刀と腕を真正面からぶつけたら普通に腕は折れます!
しかも発動後は血管とか色々ズタボロになってます。(大和は慣れているので即回復できる)
――ひと休みの後日談ズ――
『優しい師匠』
本当は技に(大和は技を極めているから)予備動作は必要ないし、技の名前も言う必要もない。
大和が訓練中に口に出していたのは、進が覚えられるようにというサービス精神らしい。
しかし「技は見て盗め」という感じでもあり、いちいち教えてくれないかも。




