プロローグ 不理想へ戻る
(俺はもうじき死ぬ……)
江戸城は陥落、城下町は大炎上。
崩れゆく天守閣に倒れこむ少年の名を、塚原進。
彼は今、死の瀬戸際にいる。
利き手である右手は、形を保っているものの、中身は骨と筋肉をかき混ぜたような状態だ。もう治すことはできない。あれだけ鍛錬してきた剣術さえも、今は剣すら持てない。
下半身はもう感覚すらない。壊死が始まっているのだ。
(六文銭、貰っとけばよかったぜ……)
彼は死を覚悟した、旅の終わりが来たのだと。
彼の旅、幕府に捕らえられた弟の優次郎を助けるための旅は終わった。
結末は無残なものだった。人は殺し合い、町は燃える。やっと弟との平穏な生活が始まろうとしていたのに、今は死を待つしかない。
「間違い……だったか……?」
城の最上階にて彼はいる。
屋根や壁は吹き飛び、床から落ちるギリギリのところで仰向けに倒れたまま。床からはみ出た頭を少し下に傾け、ただぼんやりと町を見下ろす。
地獄の景色は彼の今までを否定するかのようだった。
(そういやぁ、どっかの爺さんが『夢は叶うより、追うまでが幸せだ』とか、訳の分からねぇこと言ってたな。……でも、今なら分かるかもしれねぇ。……優次郎が攫われて、力を求めて旅をして、仲間に出会って、たくさん学んで――)
その全ては濃い思い出であり、儚い光だった。長いようで、短い。彼はただ直向きに、全力で突っ走った。
その旅は一瞬の煌めき。それを彼自身が否定するわけがない。その旅には意味があったのだと、信じ続ける。
(楽しかったなぁ……終わっちまった。最高の旅だったよ。全身全霊で駆け抜けたぜ? 師匠)
――進、弟を取り返した後のことを考えておけ。目標を失くした人間はとても哀れだ。生きる意義を、夢を持て。
塚原進は意識が朦朧とする中、様々な言葉を思い出していた。
一方その頃、死にかけの王者は――。
『実に長かった……。平和な世、桃源郷は夢幻。浮世とは誠に、面白い』
生命は儚い、王者ですら朽ち果てることを待つのみ。それほどに革命は多くの血を流させた。
当人にとって有利なモノを“才能”、不利なモノを“障害”と呼ぶ、人の価値が明確に存在する世界。
そんな世界で塚原進は強くあろうとした。そこに生きていた。
「なんだか……長い物語を魅ていた気がするぜ」
塚原進の目蓋は少しずつ閉じていく。力は抜け、感覚は微か。握っていた剣も手から解けた。
(……ここが終着点か)
そして、世界は在り方を変える。変動していく。
(師匠、あなたが俺の運命を変えた。……あなたに出会えてよかった)
「師匠ぉ、もう疲れたよ。……休んでもいいかな」
彼はまた夢の続きを見る。まだまだ長い夢の続きを。
――お前なら、もう一人でも立ち向かえるはずだ。
※
これは、ここに至るまでの追憶の物語。
夢の始まりは、あの人に出会った日。
少年は剣術に明け暮れ、今宵も月を観ながら、父の形見である真剣で素振りをする。
この夜空はどこか懐かしい。青い星が水滴のように落ちては消える。
少年は胸騒ぎを感じる。こういう時の勘は大抵、当たってしまうのだ。
夜空を駆ける彗星は、やはり、どこか懐かしかった。
その時、家の方から微かに声がする。
「――さん」
その声は家の方から、弟の声で間違いはないだろう。こんな真夜中に、眠っているはずの弟の声、嫌な予感が少年の体の隅々まで巡る。
忽ち少年は走り出す。
急げ、間に合え、白い息を吐きながら、野を駆け抜けた。
初投稿させていただきました。
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