ホイルの底
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、こーちゃん、珍しいもん食べてんじゃん。
焼きリンゴかあ。ずっと昔に家で食べていたのを思い出すなあ。家でもトースターで作ることができるけど、やっぱりキャンプとか、外のたき火で焼くのが好きだったなあ。
うんうん、真ん中をくりぬいて、シナモンをそこに詰め込んで……いや、ほんと懐かしいな。焼き芋と一緒でさ、「焼けたかな? 焼けたかな?」って包んだアルミホイルを、ちらっとめくってみるのが癖になって……。
うん? こーちゃん、そのリンゴちょっと待った。
なんか、そこに灰色ちっくなもの、ついてない? なにかフォークとか、借りていいかな? 気になることがあって。
――よーし、大丈夫そうだ。ちょっとしたゴミみたいだった。僕の懸念しているものじゃなくてひと安心だよ。
――何を心配していたのかって?
うん、友達から最近、アルミホイルに関して、少し妙な話を聞いてさ。それが気になっちゃって。
あー、こーちゃんのことだから、聞きたがるよね、やっぱり。まあ用心のためにもなるだろうし、耳に入れておくかい?
ことは友達が、実家で夕食を食べていたときのこと。
その日のメインは、白身魚のホイル焼きだった。友達も手伝って玉ねぎや、しめじ、ワインやバターを白身魚に乗せたり仕込んだりして、一尾ずつホイルに包んでいく。
漏れ出すかぐわしい香りをオーブン越しに嗅いで胸をときめかせながら、いざ取り出す段になる。だが、そのうちのひと包みを見て「あれ?」と友達は首を傾げた。
アルミホイルの底の一部が、白く染まっている。
何度か重ねたアルミホイルの一番外側だ。熱でこげることはあるだろうけど、ならば黒か茶色が顔をのぞかせるはず。
それがどうだ。浮かんでいるのは、肉の脂身を思わせるギトギトした白いてかりだったんだ。
ちょっとだけホイルをめくる。中の魚が問題ないことを確認し、自分の皿の上へ乗せた。こんな出来のものを、誰かによそるのは気が引けたんだ。それでも食べている最中は、あの白いギトギトが気になって、味なんてわからなかったとか。
そうして、いよいよ魚も一番下。例のホイルとじかに接する部分が近づく。そっとめくってみて、友達は思わず「うっ」と声をあげた。
身の部分に、びっしりと銀色が張り付いている。ホイルの色にそっくりだったけど、特有のしわくちゃな様子が見られない。だが身の下には、外から見た時と同じ、てかる白い肉がくっついている……。
焼いているときに、魚がくっついちゃったんだろうか。
もちろん、こんなものを食べるはずがなく。友達はホイルと、それがくっついたと思しき身の部分を残して、箸を置く。アルミホイルとそれがくっついた魚の身は丸めて、ゴミ袋の奥深くへ突っ込んだ。
すぐ洗面所で、二、三度うがいをする。せっかくのバター香るホイル焼きの風味を流してしまうのはもったいないけど、あのアルミホイル片が歯の間や、喉の奥に挟まっているかもと考えたら、おちおち寝ていられない。
入念に歯も磨いた友達は、そのまましばらくくつろいだ後に、布団へ横になった。
ところが、なかなか寝付けない。というのも、お腹がしきりにぐうぐう鳴って、空腹を訴えかけてくるからだ。
ホイル焼き以外のおかずもしっかり食べたはずなのに、何かを腹に入れずにはいられない。秒ごとにぐいぐい追い込んでくる飢餓感に負けて、友達はついに起き上がった。
自室は二階。台所は一階。勝手知ったるなんとやらだ。明かりをつけなくても、手探りでたどり着くことができる。もちろん、他の眠っている家族に配慮して足音を忍ばせるのも忘れない。
台所に入っても、手探りで冷蔵庫を探り当てる。確かこの中に、今日の残り物が入っていたはずだ。魚はみんなが平らげていたけれど、一緒に出ていた煮物類はまだあったはず。それをかじれれば……。
そのときだった。
がさり、と冷蔵庫のすぐ脇で音が立つ。袋をわずかに揺らすこの気配。もちろん、友達は袋に触ってはいない。でもこの音を聞くと、友達の頭によぎるものがある。
ゴキブリだ。ゴキブリが残飯を漁るために、ゴミ袋の中をはい回るときに立つ音と、そっくりだったんだ。
友達もご多分に漏れず、ゴキブリが苦手だ。しかもあいつらは暗いところを好んでいる。このままはい回られたら、知らぬ間にこちらの手なり体なりに触ってくるかもしれない……。
友達の決断は早い。すぐさま台所の明かりをつけて、例のゴミ袋を見やる。
袋はまだガサガサ揺れていた。冷蔵庫の脇の床に置かれた45リットルの半透明な袋は、その背の半分ほどを、くてっと横に折り曲げている。ゴミのかさが、まだ少ないんだ。
その溜まった半分下に、袋をがさつかせている元凶がいる。今晩食べた、みんなのホイル焼きのホイルごと、袋が揺れていたんだ。友達は近くの棚から殺虫スプレーを掴み、それでも少し怖じる気もあって、じりじりと袋との間合いを詰めていく。
――ゴキブリがいると、袋から透けて分かったらだ。落ち着け、落ち着け。
そう言い聞かせて、ぐずぐず袋をあらためるのを遅らせていたんだ。でも、その前で。
袋の表面に浮き上がっていた白いティッシュが、ばくんと、奥から出てきたものに「食べられた」。
それはアルミホイルを思わせる銀色だったけど、その大きく開いた口の中には、かすかに白みがかったいくつもの歯が見えたんだ。
ゴキブリだと思っていて、とっさに動きが取れない友達の前で、いよいよ銀色の何かは動きを激しくしていく。袋の中のゴミにかじりつき、少しずつその姿は露わになっていった。
でっぷり太った猫にも思えたが、やはりその肌は銀色一色。ゴミをすべて食べつくしたそいつは、袋そのものにかみつくや、あっという間に食い破って、友達の前、わずか数十センチのところに降り立った。
反射的にスプレーを噴射する友達。でも、銀色の猫はこたえた様子を見せない。
それどころか、あの白い歯の並ぶ口を開けて、殺虫剤を呑み込んでいく始末。間近で見るその歯のてかりは、ちょうど食事の時に見た、ホイルの底の白にそっくりだったとか。
効果がない。友達がさっとスプレーを引っ込めるや、銀の猫も踵を返すと、ぴょんと袋を飛び越える。
その先にあるのは窓。締め切ったそれにぶつかる直前、「がりがり」っと猫はガラスに歯を立てた。そのわずかひと噛みで、ガラスはお菓子のように軽く砕けてしまい、猫はそこから外へ逃げて行ってしまったんだ。
それから友達は、ホイルに白いものがついていないか。また包んだものにもホイルを思わせる銀色がついていないか、用心するようになったらしい。