エリックの巻き込まれ冒険
やあ。僕はエリック。
伯爵家の長男で、魔法学園の三回生だ。
間もなく学園を卒業するんだけど、事情があって三年ほど魔法薬研究室に残ることになっている。
家族は両親と妹が1人。
妹は亜麻色のくるくるした髪とふわふわした女の子らしい雰囲気で、兄馬鹿をさっぴいてもかなり可愛い。
でも中身がちょっと残念で、トラブルに巻き込まれたり巻き込んだりが異様に多いんだ。本人は「冒険!」って喜んでるけど、それ冒険と違う。
初めてのお茶会では誘拐事件に、二度目のお茶会では魔力暴走事故に巻き込まれた。
とりあえず当面お茶会は参加禁止だ。
そして何より魔法が大好きで、家中の魔法本を読みまくり、練習しまくり、訓練場を破壊しては母様に締め上げられてる。
あと「冒険」も大好きで、ちょっと目を離すと隣国の冒険者ギルドで登録しようとしてたりして、また母様に…。
部屋でくつろいでいる時に、ふと窓の外を見たらホウキにまたがったマリッサがすっ飛んで行ったのは驚いたよな…。
魔法の世界でホウキを見かけたら跨がるしかないじゃない!って力説してたけど、全く同意できない。擦り傷だらけのボロボロで、この時は父様にまで怒られてたな…。
でも問題を起こすだけじゃないんだ。
マリッサの「こんなのが欲しい」は斬新で、父様は元々の仕事である魔道具作りが、僕は魔法薬作りがどんどん面白くなった。
父様は新規開発で特許を取りまくり、我が家の懐はおおいに潤った。僕も魔法薬の研究室に所属し、研究に没頭する毎日だ。
さて、今日はこの妹、マリッサの入学準備の買い物に付き添うという重大な任務があるんだ。
新入学の子供達は、学園指定の学用品の用意をなるべく自力で揃えることが伝統となっているからね。大人への一歩ってやつだね。
ただの買い物。されど買い物。しかも王都。
事件の、トラブルの、揉め事の香りがプンプンしている。
無事に帰れるかな?
魔法薬よし、魔道具よし、食糧よし!
王都で買い物くらい一人で大丈夫なのに、兄さまったら過保護ねなんて呑気なことを言ってる妹に、目のハイライトが消えそうになる。
「いいかい、マリッサ。
知らない人に話しかけられてもついていくな。騒ぎが起きているような場所からは離れろ。そもそも僕から離れるな。走るな。街中で魔法を使うな。
あとこれをバッグにぶらさげておけ。
中身は悪者撃退三点セットだ。相手を戦闘不能にする催涙袋、相手を驚かせ隙をつくりつつ助けを呼ぶ大音量悲鳴袋、思いきって意識を刈り取る電撃袋になってる。それぞれ相手に投げつけて使用する。催涙袋と電撃袋は有効範囲が1.5メートルだ。投げたら離れる。お兄ちゃんとの約束な。」
ノンブレスで注意事項を伝えた。
三点セットはそれぞれカラビナにぶらさげる形にしてある。
なぜかマリッサはカラビナが大好きなのだ。
彼女の誕生日プレゼントにも間違いなし!と言う妹を信じて宝石をあしらったカラビナをプレゼントしてふられたのは今でも苦い思い出だ。
さてそのカラビナだが、父に頼んで位置情報の魔石を組み込んである。
母の手持ちのものを借りようとしたら拒否された。なんでも手元にないと落ち着かないそうだ。
それなんて依存症?
~~~~~
なぜだ。どうしてだ。
いや、言ってみただけで実際のとこまあわかっていたよ。
マリッサだからだよ。
貴族御用達のハローズ百貨店で買い物中に強盗が押し入った。
貴族を人質に大金を要求し、さらに身ぐるみはがされるやつだ。
入学準備の子供達も多いのに、人質に選ばれるのは1秒前まで僕の隣に立っていた筈のマリッサだ。
はは、やっぱり可愛いからかな?
店舗内は窃盗やトラブルを防ぐため魔法が使えない。
店員はすでに集められて身動きできなくなっている。
強盗犯はマリッサを人質にとって騒いでるのが五人。
出入り口に二人。僕の真後ろだ。
外にも何人かいるんだろうな。
マリッサは怖さに震えスカートをぎゅっと握りしめる…かのような所作で、バッグのカラビナを握り込んだ。
まず大音量悲鳴袋が鳴り響く。ひるんだ犯人に催涙袋を投げつける。
投げたら離れる。お兄ちゃんとの約束を守れて偉いぞマリッサ。
すかさず僕も出入り口の強盗犯に手持ちの催涙袋を投げつける。
むせて涙を流しながらマリッサに殴りかかろうとした強盗犯を、巻き毛の少年が蹴り倒す。あ、公爵家の子息だな。
周りの大人達もやっと動き出して犯人達を縛り上げる。
マリッサに怪我がなくてよかったけど、催涙薬の配合をもう少し考えた方がいいな。
さて警備隊も到着したし、これで一件落着かな?
外で見張りをしてたやつらは逃げたみたいだけど、まあ時間の問題だろう。
この程度のトラブルで済むなら僥倖だ。
公爵子息にお礼を伝えると、マリッサを見てニヤリと笑った。
「あれからずいぶん鍛えたんだ。もうモヤシでもチビッ子でもないだろ?」
ああ。誘拐事件の時にマリッサがしでかしたんだな。
なんのこと?誰?って曖昧に微笑んで淑女のふりをしている妹に『誘拐事件の公爵子息!』とささやく。
マリッサはポンと手を打ち「巻き毛様!まあ!大きくなって!」と叫んだ。親戚のおばちゃんかな?
淑女の仮面脆すぎだよ。母様に報告な。
公爵子息はマリッサの非礼を気にした風もなく、
「学園でまた会うのを楽しみにしている。」
と満足気に去っていった。さわやか少年だな。
店には大層感謝されて、何かお礼をと言われたが断った。せめてもとマリッサに最高級の入学準備品が贈られた。買い物する手間がはぶけた!
さあ帰ろう。今すぐ帰ろう。次のトラブルが襲ってくる前に。
「やっぱり王都は危険だねぇ。」
しみじみ呟く妹に、そんなことはないと無言で首を横にふる。
馬車に乗る直前、赤毛の少年が声をかけてきた。
え?もう勘弁して?
「マリッサ嬢!君強いんだろ?俺と勝負してくれよ!」
あー、この赤毛、あれだ。
確か騎士団長の子息だ。
強い奴に勝負をもちかけまくりたいお年頃なんだな。
「相手にならないから無理!」
マリッサ、言い方ーーー!
馬鹿にされたと顔を怒りで真っ赤にしてるけど違うから。
仕方ない。言葉の足りない妹に替わって少年に説明するか。
「目の前に転びかけている人がいたら、君はどうする?」
「え?手を差しのべて助ける、かな。」
少年は訝しげに僕を見ながらも一応答える。
素直な良い子だな。
「マリッサはつられて転ぶ。」
「つられてころぶ…」
もうひと押しかな?
「剣を持てば必ず剣がすっ飛ぶ。」
「けんがすっとぶ…」
「えっ!?に、兄さま、ひどい!」
隣でマリッサが膨れてるが事実だ。
剣と魔法の世界!冒険!と何やら興奮していたが、剣は無理だった。危なすぎた。あまりにどんくさかったのだ。
マリッサ、おまえに冒険者は無理なんだよ…。
いやそもそも令嬢は冒険者にならないけど…。
少年も察してくれたようで、ひどく申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。
「なんかごめん。悪かったな。また学園で会おう!」
プリプリ怒るマリッサの口に、ハローズ百貨店でもらったフィナンシェを放り込むと静かになった。フィナンシェ好きだよな。
こうして王都での買い物ミッションは無事に終わった。
強盗程度のトラブルで済んでよかったよ。
あ、今日使った魔法薬の補充しておかないとな。
マリッサじゃないけど、本当に「備えあれば憂いなし」だな。
マリッサ「ホウキに跨がって思い出したよ!高所恐怖症だったよ!」
母「無事に帰ってくるまで位置情報の魔道具から目が離せない!」