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サード  作者: 篁頼征
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一、遭遇

ペンギンフェスタ2007に参加した作品です。

サイトにも載せてなかったので、完全に浮いてました。


人間が登場しないラブロマンス(動物擬人化ロミジュリ風味)ですが、どうぞお楽しみ下さい。

でもタグとか見て駄目だと思ったらそっと見なかったことにして下さい。

 昼の喧騒が嘘のように静まり返っている。乾いて埃っぽかった空気は、日中の刺すような刺激のある印象が信じられぬ程に、適度な湿り気を帯びていて、心地よかった。月の光に照らされた礁湖は、銀色に輝いて、幻想的でさえあった。彼はそっと背伸びをしながら、辺りを見回した。もうこの時間に彼の眷属はいない。いや、彼の眷属はこのあたりには元々来ないのだ。そういう意味で彼は変わり者であり、一族からのはみ出し者と言えた。昼寝をしていた場所は、鋭い棘を持ったウチワサボテンの上である。もっとも、夜まで眠りこんでいては昼寝という言葉には相応しくはないだろう。だが、一族からやいのやいの言われるのが嫌いだった彼は、良くこの場所にやってきて、一人で過ごすことが常であった。落ち着いたところで、そっと空を見あげる。丸い月は煌々と輝いて、少し黄色味を帯びて見えた。まだ上って間もないのだろう。腹ごしらえにサボテンを軽くかじる。鋭い棘も彼にとっては大した抵抗ではない。彼はサボテンを食べながら、今宵帰るべきかどうかについて悩んでいた。明日は見合いと定められている。気は進まないが、一族の中に組み込まれている以上、それに従わない訳にはいかない。重くなる気分をどうにか堪えながら、彼はするする。とサボテンを降りた。

 黒っぽい皮膚に、斑と言えるような模様が見える。尻尾は本来丸いのが一族の伝統であるし、彼の母もまたそうであったようだが、彼の尻尾は何故か少し平たくなっていた。一族の他の者で彼のような色合いの肌をしたものはいない。そういう意味でも彼は孤立していたが、コミュニティを離れてしまうといろいろな不便が生じてしまうことを自覚していた彼は、はみ出し者であることは知ってはいても、わざわざ自分から外れるようなことは極力避けてきた。だが、結婚は。

「気が進まない……」

 重い溜息をようやく吐き出すと、彼はゆっくりと一族のねぐらへ歩き出した。



 彼の名はリウといい、リクイグアナ一族の長の子である。母は既に他界していて、正確にいえば長の孫である。しかし、彼は一族の誰とも似ておらず、ありとあらゆる意味で孤立していた。ウチワサボテンは彼らリクイグアナ族の好物であるが、リクイグアナに彼ほど鋭い爪を持つものはいない。まして、彼のようにウチワサボテンに攀じ上って昼寝をしたり、上の葉や花を食べたりするものなどいない。出来るからこそ彼はそうしているだけだが、そういう彼を「不吉なもの」として白い目で見るものがいるのを、彼は知っていた。

「知ったことか!」

 吐き捨てるように呟いた声に、一縷の苦味が混じる。彼とて孤立したくてしている訳ではないのだ。尻尾をゆらゆらとなびかせて、彼は肩を落として帰途についた。銀色の月が労わるような柔らかい光を投げていた。



 黄色に斑模様が混じった肌は、リクイグアナ族きっての美貌といえた。丸い尻尾も程よい長さで、一族でも多産系という噂は彼も知っている。それをあらわすかのような豊満な体は健康そのもので、愛嬌のある唇に微かに媚が見えた。

「ナリーと言って、淑やかで美しいこと、一族でも指折りだ。見惚れるのも判るが、一緒に散歩でもしてきなさい」

 そう言ったのは今日の見合いの主催者でありリウの祖父であるマキである。その娘であったリウの母が早世して以来、一粒種のリウを大事に育ててきた。だからこそ、リクイグアナ族に相応しくない行動が目立つ孫を、早くに結婚させようとしているのかも知れない。

「はあ」

 何とも気乗りのしない返事であるが、それを照れと見たようである。

「一緒に食事でもしてくるといい」

 弾むような声に送り出されたものの、会話の糸口が見つからない。間を持てそうにないが、いっそそのままにすれば相手に気にいられることはないだろうし、この話も立ち消えになるだろうか。とそのまま無言で歩きはじめた。ナリーはその彼に従うように歩き始める。会話がなくても散歩だけすればいいと思っているのかも知れない。

「あの…リウ様?」

 ずんずん進んでいって、一緒に居る(はず)のナリーを全く振り向こうとしないリウに、流石に娘が声をかけた。

「あ、すみません。なんでしょう」

 慌てて振り向くが、声は掛けてもナリーの方へ戻ってこようとはしない。

「あまりに足がお早いのですもの。ねえ、お見合いなんですしお話でもしながらゆっくり歩きませんこと?」

 そういって娘はウインクをして見せた。他のリクイグアナ族の若者であれば、イチコロだったろう。だが彼は普通のリクイグアナ族ではなかった。

「目にゴミでも入ったんですか。だったらその辺の水で目を洗うといいですよ」

 完璧なウインクを目にゴミと言われた娘が気を悪くしたのも無理はない。これでいつもリクイグアナ族の若者をいつも撃墜してきたのである。しかし流石にリクイグアナ一族の長マキが難攻不落と名高い孫の相手にと選んだだけのことはあった。一度は憤慨の色を見せたものの、リウの言葉を逆手に取る。

「ええ、ゴミが入ったようですの。リウ様、私の目のゴミを取って頂けませんこと?」

 擦り寄るような言い方は背筋をざらざらと撫でるような気持ちの悪さがあった。

「ぼくが取るより、水に目を浸した方が早く取れますよ。そうだ、水泳をすればいい。一泳ぎすれば気付いた頃にはゴミも取れています」

 それだけいうと、彼は手近な海にざぶん。と飛び込んだ。見合い相手に逃げられた娘は、淑女には相応しからぬ舌打ちをして、踵を返した。



 海の中を悠々と泳ぐのは久しぶりである。ここでリクイグアナ一族のものに会うことはない。気詰まりだった見合いをうやむやのうちに逃げたのは良くなかったかも知れないが、彼は見合い相手に合わせるだけの気力もなかったし、娘は一族の長の後継者という身分に惹かれているだけであるという気もしたので、それについては良心の呵責を憶えずに済んだ。海の中から見える太陽は、ゆらゆらと揺れて、彼を誘うかのように見える。地上に居るときは苛烈でさえある太陽だが、海の中から見えるそれが、彼は何よりも好きだった。時には岩にへばりついて、ずっとそれを見ていたこともある。見惚れるほどに美しいというのはこういうものだ。と思いながら、彼は飽きることもなくその太陽をずっと見つめていた。その時である。近くにあった海藻がゆらゆらと揺れて、彼のいるあたりまで流れてきた。と思ったら、その影から何かが現れた。黒い影かと見えたが、良く見ると黒い皮膚に縞のような模様があるように思えた。尻尾のようなものが一瞬流れ、彼という存在に気付いたかのようにそれがこちらを向いた。

 一瞬。

 彼は、我が目を疑った。

「あなたは…?」

 相手も驚いているようなのはすぐに判った。しかし彼の言葉に応えることが出来るほど、精神的衝撃から回復してはいないらしい。

「……」

 何か呟いたようだが、それは彼の耳には届かなかった。それからすぐにはっと何かを思い出したように、身を翻して海上へと去って行った。彼の中に、言葉に出来ぬ気持ちを残して。



「近いうちに、誰かのハーレムに入るように」

 祖父であるウミイグアナ一族の長、リオからそう告げられたアナは、目の前が真っ暗になった。ウミイグアナ族は一夫多妻制である。いずれはアナも誰かのハーレムに入るのだ。と幼い頃母が言ったことは憶えてはいたが、母自身について問うと、それに対しての返事はいつも誤魔化され続けていた。その母が亡くなって久しい。父には会ったことはないが、本当に母をハーレムに囲っていたのか。それがずっと疑問であった。父を懐かしむ折に母が浮かべていた表情は、誇らしげに、懐かしい日を思い出している。そんな気がする表情だった。パートナーであったものをそれだけ誇りに思える。それは、とても素晴らしいことであるに違いない。アナはずっとそう思っていた。だから、祖父がどれだけ口を酸っぱくしても、その要求を跳ね除けてきたのである。母と同じように、愛せるパートナーに出会えるまでは。と。しかし既に妙齢と言われる年齢を迎えていたアナを、いつまでも祖父リオが放っておくはずもない。半ば強引に、一族の若者を宛がわれたアナは、意のままにしようとするその腕を掻い潜って逃れたのだった。泳ぎのスピードでは相手に叶う筈もない。だが、アナには母から教えて貰ったことが、沢山あった。海藻の中にそっと隠れて追っ手が去っていくのを見ていたアナは、もう大丈夫だと見極めてからゆっくりと浮上を開始した。そのとき。見慣れぬ姿を目にした。今まで見たこともないその姿は、誰よりもアナ自身に良く似ていた。

「……」

 何かを呟いたらしいが、アナにはその言葉は届かなかった。

「これは…夢?」

 そう、アナには夢としか思えなかった。自分に良く似た姿をしたものなど、今まで見たことがなかったから。彼女は、浮上していく間にも、その目を離すことが出来ずに居た。



 夜。静かな礁湖で、一組のカップルが今まさに永遠の愛を誓おうとしていた。花婿の名をウド、花嫁はホウという。彼らの種族はガラパゴスアホウドリと言った。それを祝う参列者は、あまり多くはないが、多彩ではある。司会はガラパゴスゾウガメ族でこの島の領主スカラ。主賓は同じくガラパゴスゾウガメ族でスカラの相談役、亀蔵。他にガラパゴスペンギンのガラ、ガラパゴスベニイワガニのレオなどが立会人としてその場に居た。その光景を、少し離れたところから、うっとりとした様子で眺めていた者が居る。ウミイグアナ族の長の孫娘、アナであった。ほんの少しの、でも二人の門出を祝ってくれる、親しい友人たち。そして心を通わせたパートナー。それが何よりもアナには羨ましかった。その羨望の眼差しは強い光を放っていたようである。

「じろじろ見てばかりいねーで、こういう祝い事なんだ。出てこいよ」

 長い首をゆったりと伸ばして、からかうように告げたのは、主賓の亀蔵である。気付かれていたのか、と今更ながらに身を竦める思いであったが、じーっと見つめていたから、その視線を感じずに居ろと言う方が難しいかも知れない。観念して「ごめんなさい」と一歩を踏み出したとき、少し離れた場所から、何かが降りるような音がした。

「すみません、寝過ごして。お邪魔するつもりはなかったんですが」

 アナが振り返ると、そこに居たのはあの日、海の中にいたイグアナであった。

五話完結になります。

一旦削除して掲載しなおし致しましたので、特に内容に変更はありません。

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