snow gift
目に見えない溜め息が、だんだんと見えるようになってきた14回目の冬のある日
彼女は遠い街から僕の街に引っ越してきた。
彼女は、雪の降る街から来たのと言った。
彼女は、雪のように白くて柔らかそうな肌だった。
僕は、彼女と話すときにはいつも胸が高鳴っていた。
何をするときも、彼女のことを考えずにはいられなくなっていた。
僕は、彼女にいつの間にか特別な気持ちを抱いていた。
それは、今までにない、彼女のためだけにあるような、そんな気持ちだった。
僕は、その気持ちにだけには、揺るぎない自信があった。
でも、雪のように美しい彼女は、僕には届かない存在だと思っていた。
僕は、他にも彼女を特別にしている男がいることを薄々知っていた。
想いの強さには絶大な自信があった。
誰にも負けない自信があった。
でもこの想いは、届くはずのないものだと思っていた。
夜空に散らばった、幾つもある星の中から、彼女が僕を選ぶ確信はなかった。
それでも僕は、少しでも彼女に近づきたいと願ってしまった。
どんなに願っても、何をしても、この手は、彼女には届くはずがないと思っていたのに。
16回目の冬の日に、試しに僕は手を伸ばしてみてしまった。
すると、彼女はその手を快く受け入れた。
届いてしまった。
予想外な出来事に、僕は狼狽えた。
どうすればいいかわからなかった。
喜ぶべき反面、届いてよかったのかと考えてしまった。
でも、もう手を戻すことは許されなかった。
その日から、僕らはいつも一緒にいるようになった。
彼女が笑えば、僕も笑う。
僕が笑えば、彼女も笑う。
何もかも全てを二人で分かち合った。
とても幸せな時間だった。
亡くしたくない時間だった。
でも、冬が訪れる度に、僕は心のどこかで、
不安が大きくなっていくのを感じずにはいられなかった。
僕は、本当に彼女にふさわしいのか、不安だった。
僕は、本当に彼女に必要とされているのか、不安だった。
18回目の冬の日、僕は、彼女に嫌われないように慎重に振る舞い始め、願い始めた。
たった一つ、この想いだけ、二人は分かち合うことはなかった。僕は、心の奥深くにこの想いを埋め込んだ。
すると、冬が訪れる度に、その想いは強くなっていった。
どうか、彼女が僕を嫌いになりませんように。
どうか、彼女が僕を嫌いになりませんように。
そして21回目の冬の日、僕は初めて彼女の悲しい雫を見た。
愛されたい。
愛されたい。
彼女は、何度も繰り返した。
僕の願いは、叶わなかった。
願っていなければよかったのに。願ってしまった。
分かち合えないものを産み出してしまった。
僕は何も出来なかった。
しばらくして彼女は去っていった。
僕は、どうすればいいかわからなかった。
愛していたのに。
愛していなかった。
僕は彼女に嫌われないように願うあまりに、大切な気持ちを忘れてしまっていた。
彼女のためだけにあるような、大切な気持ち。
僕は嫌われないようにと願い
彼女は愛されたいと願った
僕の必要のない願いによって、二人の間に、二度と対岸に渡ることのできない崖を作り出してしまった。
それなのに
僕は、もう一度手を伸ばしてみた。
そこには、もう何もなかった。
虚空の中で、あるのは気づけば溢れている、僕の悲しい雫だけだった。
愛されたい。と願った彼女の雫を思い出していた
僕は彼女を悲しませたくなかった。
それなのに、いつの間にか僕は、僕が悲しまないように願うようになってしまっていた。
今さらになって彼女に出会った頃のあの想いが、悲しい雫とともにこみ上げてくる。
何度謝っても、もう届くことのない想い。
行き場のない想いを、悲しく流れる雫とともに寒空へ放った。
彼女のためだけにあるような、そんな想い。
その想いは、しばらくすると姿を変えて、空から降りてきた。
やさしくて、せつなくて、冷たい。
僕は手を伸ばしてみた。
僕の手のひらに降り立ったその想いは、休む間もなく儚げに消えていった。
僕は手のひらを軽く閉じて、
空を見上げて全てを吐き出すかのように溜め息を一つ、吐いてみた。
溜め息が、よく見えてしまう、ある冬の日のことだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。これからもっともっと腕を磨きたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。