1-6 走馬灯……!?
「あっ、死んだ……」
バイクから投げだされた俺の体は自由落下をはじめていた。
恐怖のあまり、四肢がガチガチに硬直する。無様にあがくことすらできない。
頭の回転が異常に速くなる。時間の流れが遅くなったように感じられる。
走馬灯って、ことばだけ知ってて実際どんなものなのかはわからないが、そういう感じに人生のいろんな場面が次々と脳裏に浮かんできた。
浮かぶのはすべて異世界の情景だ。
戦闘、冒険、仲間たちとの会話――あのとき俺は勇者で、正義の味方で、ヒーローだった。16年の冴えない人生の中で、あの半年間、俺は輝いていた。いま思いだしてもそのまばゆさで目がくらむほどに。
あの美しい時間が終わったとき、俺の命も終わっているべきだったんだ。この後の人生であれよりすばらしいことなんて絶対にない。
そういえばあっちの世界でも、敵の策略で崖から落とされたことがあった。
そのときはこうやって切りぬけたんだっけ――
「召喚! 出でよ、ドラゴン!」
かつて唱えた呪文が口を衝いて出る。
そうだ。あのとき、召喚魔法を唱えたら目の前にバリバリとエフェクトみたいなのが生じて、その中からドラゴンが――
「ってホントに出てるじゃねえかよ!」
俺の落下していく先に青い光がバリバリと集まり、その中から見おぼえのある爬虫類顔がにょっきりと突きでていた。
「ゴ無沙汰シテオリマス、我ガ主」
「おまえ……こんなとこで何やってんだ?」
「何ヤッテンダトハ心外ナルオコトバ。私ハ主ノ求メニ応ジテ馳セ参ジタマデノコト」
ドラゴンはエフェクトの中から全身を現し、その翼をたたんだまま俺につきあって自由落下をはじめた。かつて目測を誤って村の教会の上に着地し、ぺしゃんこにしてしまったほどの巨体だ。俺に絶対服従を誓っているとはいえ、その迫力は畏怖の念を呼びおこさせる。
「我ガ主、コノ忠実ナル僕ニゴ命令ヲ」
「いや、この状況だいたいわかるよね?」
俺は空気抵抗でひんまがる口からよだれを垂らしながらいった。これまで何度も召喚してて気づかなかったが、コイツ無能な新入社員並みに使えねー奴だな。
「ヒョットシテ、主ノ落下ヲ止メレバヨロシイノデスカ?」
「まあ、それしかないよね」
俺がいうと、ドラゴンは勢いよく翼をひろげた。
「仰セノママニ、我ガ主」
風を翼に受けてドラゴンは、いったん浮上し、そこから急降下して俺を足でつかんだ。
「痛ってえ!」
ワシとかタカとかが獲物を捕らえるときのムーブだろ、これ。
ドラゴンがはばたき、崖の上へと向かっていく。
「なあ――」
俺はその鋭い爪の間に俺の体を捕らえているドラゴンちゃんに声をかけた。「おまえを召喚できたってことは、ここは前に俺がいた世界と同じなのか?」
「イイエ。別ノ世界ノヨウデス」
「そうか……。俺の仲間は元気かなあ」
「仲良クヤッテイルヨウデス」
「それならいいんだけどさ」
「そふぃあトべあとりーちぇハ一時同棲シテイマシタガ、べあとりーちぇノ浮気ガ原因デ別レ、イマハそふぃあトまるがりーたガツキアッテイマス」
「あ~、仲良くの具体的な中身は聞きたくなかったな……」
何というか……意外とドロドロしてたのね、あのパーティー。
……って、待てよ。根本的な問題があるよな、この状況。
「召喚魔法が使えたってことは、まさか――」
俺はしばらく使っていなかった呪文を記憶の底から呼びおこした。
「解析! 対象:自分!」
目の前の空間に文字が浮かびあがる。
ヤマオカ カズタカ
Lv 999
HP 9999
MP 9999
ATK 9999
DEF 9999
INT 9999
AGI 9999
LUK 9999
「マジか……」
中学生がノートに描いたオリキャラみたいな数値……まちがいない。俺は前にいた世界から能力を引きついでいる。
強くて新異世界!
だけどまあ……そういうのもういいや。これ以上異世界に入り浸っていたら大学に行けない。すでに1学期を無所属のまま過ごしてしまっているのだ。出席日数はギリギリだろう。
ドラゴンが上昇をやめ、ホバリング状態に移行する。
その足につかまれた俺を崖の縁に立つ3人の暴走族が見あげていた。
「ウ、ウソだベ……!?」
「コイツ、竜召喚士かヨ……!?」
「ドエレーCOOLなヤローだゼ……!?」
彼らの俺を見る目がさっきまでとはまるでちがっていた。