1-5 チキンレース……!?
マッハクンと並んで俺はバイクにまたがった。
脚の間でエンジンがドロドロと重たい音を立てている。ケツから響いて腹の中をかきまぜられてる気分だ。
「ウチの合図でスタートだァ」
ふたりの間に立ったフブキがいう。
「やっぱビッてンじゃねーのかヨ……!?」
マッハクンが俺を見ていう。
「そのことば、そっくりそのまま返すぜ」
そう切りかえしたが、残念ながらマッハクン大正解。
俺はビビっていた。
不幸中の幸いで、チキンレースという単純なルールで勝負することになった。まっすぐ走るだけだから、複雑なテクニックはいらない。度胸さえあればいい。
そして、こういう勝負の結末は、俺が意外な根性を見せて「オマエなかなかやるじゃねーかよ」となって仲直り、というのが定番だ。必ずしもレースに勝つ必要はない。
地面は俺たちのいるところからゆるやかなのぼりになっていて、200mほど行くとスッパリ何もなくなっている。そこがマッハクンたちのいう「崖」ってやつだろう。
「オウ、気合い入れてけヨ」
すこし離れたところでナイトがいう。マッハクンがそちらをふりむく。
「どっちにゆってンのヨ、オメー……!?」
ナイトはほほえむだけで答えなかった。
「用意イイかヨ?」
フブキがいう。俺はハンドルを握り、前傾姿勢を取った。
「…………GO!」
手が振られる。俺はスロットルをまわした。
「うおおおおおおッ!?」
バイクはすさまじい加速を見せた。体がうしろに持っていかれそうになる。おまけに舗装路じゃないので振動がすごい。いまにもシートから振りおとされそうだ。
ゲームとちがいすぎて困惑する。正確な操作をするためにコントローラーの振動OFFにしてたのがいけなかったのか?
驚いたことに、マッハクンのバイクは俺に先行していた。
「どーした……そんなモンかヨ……!?」
彼はふりかえり、口の端をゆがめて笑う。
「クソッ、負けてたまるかッ!」
俺は空気抵抗を抑えるべく、ハンドルに体を引きつけ、いっそう姿勢を低くした。
ここで勝たなきゃ……勝てないにしても根性見せなきゃ…………俺が安心して現実世界に帰れないんだ!
いやマジで。ジャイアン級のガキ大将キャラ3人に目ェつけられてるうえにドラちゃんがいないこの状況。切りぬけるには体を張るしかない。
だんだんとスピードや振動に慣れてきた。いけそうな気がする。
と、先を行くマッハクンがイキって自転車に乗る小学生みたいにドリフトしてバイクを止めようとした。
ここでストップか。
で、俺はどうすりゃいいんだっけ? そもそもどうすりゃ勝ちなんだったかな。
そんなことを考えている間にもバイクは走っていく。
「オイ、ブレーキかけろオメー!!」
マッハクンが叫ぶ。
はっとして前を見ると、もう地面がない。このままじゃ崖からダイブだ。
「ヤベエッ!」
俺はあわててブレーキレバーを引いた。
次の瞬間、俺の体は跳ねあがり、頭を下にしてすっとんでいた。
「何ッ……!」
さっきまで乗っていたバイクが逆立ちしている。急ブレーキかけたから前輪がロックしちゃって、それでシートから投げだされたんだ。
「バカ、オメー……」
マッハクンが目を大きく見開き、絶句している。俺の方に手を伸ばすが、届かない。
そんな光景も遠ざかっていく。正確にいうと、足の方向に流れていく。地面も流れ去る。
下に目をやる。遠い遠いところに別の地面がある。
バンジージャンプとかいうレベルじゃない。スカイツリークラスの高さから俺は自由落下をはじめていた。
「あっ、死んだ……」