表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/54

5-10 爆走……!?

 俺は県道を北上した。


 赤信号で停車中にスマホを操作する。


 背後が何やら騒がしくなったのでふりかえると、バイクの集団が迫ってきていた。


 その内の1台が俺に並んで停まる。


「オウ、カズじゃねーか……!?」


 唯愚怒羅死琉ユグドラシルナンバー2のヒロヤサンだった。


「リコチャンからゆわれてヨォ、ドルフィンパークに行くトコだけど、オメーもか……!?」


「その件でいま連絡しようと思ってたんですけど、ヒロヤサンたちはここに残って道路封鎖してもらえませんか?」


「アァ……!? ソリャ簡単だけどヨ、オメーどーすンだヨ……!?」


「俺はこくきょうを倒しに行きます」


「ひとりでかヨ……!?」


「はい」


 ヒロヤサンはじっと俺の目を見た。信号が青になるが、動かない。


「オメーのコトだから何か考えがあンだろ……!? ココは俺らにまかせナ……!?」

  

「それと、すこしもどったところにリコがいるので拾ってください」


「わかった」


「助かります」


 俺は頭をさげた。


 ヒロヤサンは背後のバイク集団に向かって怒鳴る。


「この道路は唯愚怒羅死琉が封鎖する! 警察マッポだろーが何だろーがとおすンじゃねーゾ……!?」


「オウヨ!」


 バイクの集団が寄りあつまってバリケードを作る。


 ヒロヤサンが俺の肩に手を置いた。


たかクンの仇、頼んだゾ……!?」


 俺はうなずき、バイクを発進させた。


 しばらく行くと、交差点に出た。


 左右の横断歩道がヤカラ連中に埋めつくされている。


 俺がそこでバイクを停めると、ヤカラのみなさんが近づいてきた。


「オメーが羅愚奈落ラグナロクのカズか……!?」


 めっちゃゴツいスキンヘッドの人に声をかけられる。俺はうなずいた。


「オメーに呼ばれて漢牙征路カンガセイロ出張デバってきたかンヨ……!?」


「ありがとうございます」


 スキンヘッド氏はふりかえり、仲間の方を見た。


「俺らァあの黒死卿に単車ブッ壊されて原チャとチャリッかねーけどヨ、気合はバリだかンヨォ……!? 信号止めンのはまかしとけ……!?」


 親愛のしるしなのか、なぜかスキンヘッドは俺の胸をドツいてきた。俺は軽くきこみながら走りだした。


 この道路は封鎖する。俺と黒死卿が勝負する場所だからだ。誰にも邪魔はさせない。


 パチ屋の駐車場には炎が燃えていた。


 闇の中に点在して、人影を浮かびあがらせる。まるでまがまがしい儀式のようだ。

 

 俺はスピードを緩めて駐車場に入った。


 ゴリラたちがドーグをつかってバイクを破壊している。タンクの傷ついたバイクは火をつけると激しく燃えあがる。


 地面に人が倒れている。背中のしゅうに見おぼえがある。彼は俺に気づくと顔をあげた。


「カズ、オメー……来ンのセーゾ……!?」


 マッハクンがそういって鼻血を拭う。


「すまん。気合入れるのに時間がかかった」


 俺はバイクを降りた。


「俺のFXフェックスやられちまったヨ……!?」


 仰向けになっていたナイトが体を起こそうとする。


「俺が仇を取る」


 俺は彼の手を握り、引きおこした。


「アイツらブッチメンならヨ、ウチのドーグ使え……!?」


 フブキが地面に横たわったまま、例の靴下と鉄パイプを差しだしてくる。


「ありがとう。使わせてもらう」


 俺はそれをバイクにくくりつけた。


 黒死卿がやってくる。うしろにゴリラ軍団を従えている。揺れる炎が冷めた顔に激しい感情に似た色を浮かびあがらせる。


「まだやるのか?」


 その声には挑発するというよりも、こちらをづかうような調子が混じっていた。


「やるしかないだろ、おまえらは」


 俺は腕を組み、彼をにらみつけた。「こっちにはまだバイクがある」


「キミを排除した上で破壊するまでのこと」


「させるかよ」


 俺はバイクに飛び乗った。


「なるほど、それに乗って戦おうというのか。だが徒歩かちでの戦闘とちがって手加減できんぞ」


「そのセリフは俺に追いついてからにしな。羅愚奈落の旗持ち・山岡和隆様にな」


 アクセルを開き、道路に飛びだす。


 封鎖がうまくいっているようで、車線をひとり占めできる。自由を感じる。これでゴリラどもに追われているのでなければ最高だったのに。


 交差点をとおりすぎる。どこかのチームが車にクラクションを鳴らされながら道をふさいでいる。旗が見えたが、刺繍されている文字は読めなかった。


 ふりかえると、遠くに光の群れが見える。ゴリラたちが追ってきている。


 やがて轟音ごうおんと光が俺を押しつつんだ。サイドミラーにゴリラの顔が映る。ふりかえり、ほほえみかけてやる。ゴリラの不機嫌そうな面はピクリとも動かない。


 俺はバイクにくくりつけてあったフブキのドーグを取った。


 衝撃が走る。ケツについたゴリラが前輪を俺の後輪にぶつけてきていた。ミラーの中のゴリラフェイスが歯を見せる。


 俺は靴下の中の電池を道にばらまいた。ゴリラフェイスが消える。電池を踏んでスリップしたバイクが2台、転倒して他のバイクを巻きこむ。


 ゴリラ軍団の間にぽっかり空間が生じる。


 だがそれはすぐに埋まった。別のゴリラが俺のうしろにつく。加速した奴らが俺を左右から挟む。


 左の奴は木刀を持っている。俺は鉄パイプを取りだした。


 横殴りの木刀を俺は鉄パイプで受けた。金属音が耳にさわる。


 ゴリラがそのまま押しこもうとしてくるので、ふっと力を抜いてやる。バランスを崩したゴリラのバイクが蛇行する。


 そのハンドルを思いきり蹴飛ばしてやった。バイクが急旋回して転倒する。ゴリラの体が路面に叩きつけられ、バイクが跳ねる。


 今度は右の奴が幅寄せしてきた。手にはナイフがある。突いてくるところをなんとかかわす。


 加速し、車体半分前に出る。相手は追ってくる。その前輪に俺は鉄パイプをつっこんだ。


 車輪がロックし、ケツが跳ねあがる。ゴリラが逆さまになって飛んでいく。


 ATT(攻撃力)やAGI(素早さ)は異世界にいるときとくらべものにならない。だが格闘戦の動きは体に染みついている。


 左手に新たなバイクが現れた。


「キミの魂胆は見えたよ」


 見ると黒死卿だ。「こうして加速していって異世界に誘いこむつもりか。だがそうはさせん」


 右手から2台、俺を追いこし、前をふさぐ。


「これ以上スピードをあげることはできんぞ」


「クソッ……」


 俺はメーターに目をやった。時速80km。これはマズい。


「もう終わりにしよう。キミはよくやった」


 黒死卿がなたを取りだす。


「そんなんアリかよ……」


 体をさぐるが、武器になるようなものは何もない。


 黒死卿が鉈を振りかぶる。


 そのとき、


「カズサ――――ン」


 歩道で手を振る者がいる。コンビニで会ったヤカラ中学生2人組だ。


「ここだ!」


 俺はとっさに身を低くした。


 前を走っていたゴリラたちが突然、がくんと揺れて落車する。


 となりを走っていた黒死卿が「ぐっ」とうめいて視界から消える。


 俺は大きくハンドルを切った。


 ゴリラの体と転倒したバイクをかわす。対向車線にはみだしてしまい、車が肘をかすめる。


 交差点を縦断したところでブレーキをかけ、停まった。


 ゴリラ軍団が横断歩道の手前でバイクのシートから弾きとばされている。それをかわそうとした後続車が転倒する。転倒がさらなる転倒を呼び、事故がさらにひろがっていく。


 県道と交わる道を封鎖していたヤカラたちがわっと詰めかけ、ゴリラたちをメッタ打ちにする。


「ッダラァッ、羅愚奈落海山(うみやま)四中支部じゃァッ!」


「羅愚奈落に上等コクのは10年早エーンだヨゥ……!?」


「カズサンの断りなく県道走ってンじゃねーゾ、コラァッ!」


 彼らの中で俺は道を統べる者ロード・オブ・ザ・ロードになってるのね。通行税取ったろか。


 さっき手を振っていたヤカラ2人組・コーキとマサチカがやってくる。


「カズサン、ワナどーでした……!?」


「バッチリだ」


「マジスゲーッス、カズサン! ひとりで相手全滅さしちまうなンて」


「ひとりじゃない。みんなのおかげだ」


 街はずれのこの船形橋ふながたばし交差点にワイヤートラップを仕掛けてもらった。ライダーの首の高さにワイヤーを張っておき、知らずに走ってきた奴を絞首刑にする罠だ。人間相手にやると実刑必至なので注意していただきたい。


「ンで、ドレが敵のボスなンスか?」


「ああ、それは――」


 俺は来た道の方に目をやった。


 転がっているバイクやゴリラたちの間に1人、立っている者がいる。


 派手なストライプのスーツは破れ、血がにじんでいた。


 中学生たちがそれに気づいた。


「オウおっさん、おとなしくネンネしとけや……!?」


「テメー、ヤー公か? 俺ら四中生は極道上等だかンヨ……!?」


 ドーグを持って近づいていく。


「おい、ソイツに近づくな!」


 俺は怒鳴った。


 黒死卿が中学生たちを殴り、歩道まで吹きとばす。


 コーキとマサチカがそこに向かっていった。


「テメー俺らのツレをよくもやってくれたナ……!?」


「俺らァカズサンの一の舎弟だゾ……!? 調子クレンのも大概にしとけ……!?」


 そういって殴りかかるが、パンチ一発で返り討ちに遭ってしまった。


 黒死卿は俺をにらみつける。


「貴様……許さんぞ。腹を引き裂いて臓物を道の上にまきちらしてやる」


「ヒッ……」


 奴が向かってくる。


 俺はあわててバイクを発進させた。


 すこし走ってふりかえる。


「何ッ……?」


 なぜか黒死卿との距離はさっきよりも詰まっていた。


「マジかコイツエェ!」


 俺は身を低くして加速した。


 ケツに重みがかかる。


 首に腕が巻きついてくる。


「殺してやる……殺してやるぞ」


 黒死卿がリアシートにまたがっていた。


 首が締まる。息が苦しくなる。


 俺はハンドルに体を引きつけ、スロットルを開いた。顔にぶつかる風が強くなる。これでうしろの奴が吹きとばされてくれればいいのだが、まあそうはいかない。相手の脇腹に肘を入れてみるも効果がない。


 目の前が暗くなる。頸動けいどうみゃくが圧迫されて頭に血が行かないせいか、海山市のはずれで街灯がすくなくなったせいか。


 ハンドルを握る手に力が入らない。


 もうダメか……。


 急に目の前が明るくなる。


 絵に描いたような臨死体験だ。


 視界が光に包まれる。光――いつか見た青い光だ。


 次の瞬間、俺のバイクはでっかい岩に激突していた。


「えええええッ?」


 前輪が潰れ、俺の体は宙に投げだされた。逆立ち状態のまますっ飛んでいく。


 このままじゃ頭打って死ぬ、と考えた途端、自然に体が動いて足が下になった。


「この身体能力……異世界か!?」


 俺は体操選手みたいにピタッと着地した。


 爪先のすぐ向こうは崖になっていて、その下ではドロッドロの溶岩が流れている。アッチアチの熱気が立ちのぼって前髪を焼かれそうだ。


 俺のいるところは洞窟の内部らしかった。かなり大きな広間で、天井も壁もごつごつした岩でできている。人工の照明はなく、崖下を流れる溶岩があたりをほの赤く照らしている。


「すばらしい光景だ」


 すこし離れたところで黒死卿が崖下の溶岩をのぞきこんでいた。


「そうかね」


 俺は額ににじむ汗を特攻服の袖で拭った。


「キミの墓場にふさわしいよ」


「山岡家の墓は緑豊かな霊園だぜ? こんなトコといっしょにすんな」


「こちらの世界に来て力が向上することを期待したのだろうが、残念だったな。真の姿にもどった私の方が上だ」


 黒死卿が雄叫びをあげる。体が膨れあがり、服が破ける。身長が倍くらいに伸び、上半身の筋肉が発達し、進化なのか退化なのか、顔がゴリラ方面に変化していく。爪と牙がとがり、髪の毛はどういうわけか後退していった。


「テメー……オークだったのか」


「この戦闘形態では力が余ってしまうのでね、それを抑えるためにふだんは人間のような姿をしていたのだ。こうなるとさっきまでのように優しくはできないぞ」


 黒死卿は牙をむきだしにして笑う。


「ふ、ふーん……ま、たいしたことねーな」


 俺はむきだしになったヤツのチンコのデカさに若干引いていた。


 黒死卿が近くにあった岩を放ってくる。俺はジャンプしてそれをかわした。


 相手が詰めてきた。大振りのパンチを見舞ってくる。岩より大きな拳だ。俺は身を屈めてよけると、すばやく背後にまわった。


「そこだ」


 黒死卿はバックスピンキックを放ってきた。体重の乗った重い蹴りだった。腕をクロスしてガードするが、吹きとばされてしまう。


 俺は受け身を取り、すぐに立ちあがった。


「防御の方はなかなか達者なようだな」


 黒死卿が肩をまわす。


「それだけじゃないぜ」


 俺はパンチをかわしながら剥ぎとった爪を放った。


「なっ……いつの間に……」


 黒死卿が親指を見つめる。指先に血がにじんでいた。


「速すぎて痛みも感じなかったか?」


「ぬうッ……貴様ッ!」


 黒死卿がつっこんできてふたたびパンチを放つ。俺はそれを掌で弾き、がら空きの顔面にジャブを叩きこんだ。


「ぐうっ」


 相手は顔をのけぞらせる。俺はさらに対角線のローキックを決めた。相手の下半身が崩れる。そこへ渾身のアッパーカット! 牙が砕けて飛ぶ。


 黒死卿は前のめりに倒れた。


「こんなところでダウンされちゃ困る。これから1発ずつ『誰々の痛み!』ってやつをやる予定なんだ」


 すこし距離を取って観察していると、黒死卿はふらつきながら起きあがった。


「人間風情(ふぜい)がいい気になりおって……。こうなれば私の真の力を見せてやろう」


「おまえの()は何段構えなんだよ」


 黒死卿が飛びすさり、拳を握った。俺はそこに魔力が集まるのを感じた。


「魔法か……?」


「私は一族の中で飛びぬけた魔力を持っていた。だから支配者になれたのだ。貴様も私の魔法を味わうがいい」


「嫌いなんだよな、魔法って」


 俺がいうと、黒死卿は笑った。


「キミはいい戦士だった。だがこれで終わりだ」


 掌を俺に向ける。魔力が炎の形を取って顕現けんげんする。


極大メガ火炎ファイア!」


 激しい炎が襲ってくる。


 俺はそれに向けて掌をひろげた。


「   ファ イア ! 」


 掌から発せられた炎はこちらに迫ってくる小さな炎を消しとばし、黒死卿を呑みこんだ。


「バ、バカな……うわああああああっ……」


 断末魔の叫びが岩の壁や天井に響く。


 炎が消えると、そこにはずみひとつ残っていなかった。


「これだから魔法は嫌なんだ。テメーをいたぶれないからな」


 俺は服についた埃やすすを払った。倒れているリコのバイクを起こす。前輪がグシャグシャに潰れている。スイッチを押してもエンジンがかからない。内部もどこか壊れているのだろうか。


 これが動かなければ元の世界に帰れない。いくらこちらの世界で無敵だといっても、俺は帰らなくてはならない。


 彼女と約束したのだから。 


 羅愚奈落の旗が落ちている。俺はそれを後輪のところにあるホルダーに差すと、バイクを押して歩きだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ