5-10 爆走……!?
俺は県道を北上した。
赤信号で停車中にスマホを操作する。
背後が何やら騒がしくなったのでふりかえると、バイクの集団が迫ってきていた。
その内の1台が俺に並んで停まる。
「オウ、カズじゃねーか……!?」
唯愚怒羅死琉ナンバー2のヒロヤサンだった。
「リコチャンからゆわれてヨォ、ドルフィンパークに行くトコだけど、オメーもか……!?」
「その件でいま連絡しようと思ってたんですけど、ヒロヤサンたちはここに残って道路封鎖してもらえませんか?」
「アァ……!? ソリャ簡単だけどヨ、オメーどーすンだヨ……!?」
「俺は黒死卿を倒しに行きます」
「ひとりでかヨ……!?」
「はい」
ヒロヤサンはじっと俺の目を見た。信号が青になるが、動かない。
「オメーのコトだから何か考えがあンだろ……!? ココは俺らにまかせナ……!?」
「それと、すこしもどったところにリコがいるので拾ってください」
「わかった」
「助かります」
俺は頭をさげた。
ヒロヤサンは背後のバイク集団に向かって怒鳴る。
「この道路は唯愚怒羅死琉が封鎖する! 警察だろーが何だろーがとおすンじゃねーゾ……!?」
「オウヨ!」
バイクの集団が寄りあつまってバリケードを作る。
ヒロヤサンが俺の肩に手を置いた。
「高瀬クンの仇、頼んだゾ……!?」
俺はうなずき、バイクを発進させた。
しばらく行くと、交差点に出た。
左右の横断歩道がヤカラ連中に埋めつくされている。
俺がそこでバイクを停めると、ヤカラのみなさんが近づいてきた。
「オメーが羅愚奈落のカズか……!?」
めっちゃゴツいスキンヘッドの人に声をかけられる。俺はうなずいた。
「オメーに呼ばれて漢牙征路、出張ってきたかンヨ……!?」
「ありがとうございます」
スキンヘッド氏はふりかえり、仲間の方を見た。
「俺らァあの黒死卿に単車ブッ壊されて原チャとチャリッかねーけどヨ、気合はバリだかンヨォ……!? 信号止めンのはまかしとけ……!?」
親愛のしるしなのか、なぜかスキンヘッドは俺の胸をドツいてきた。俺は軽く咳きこみながら走りだした。
この道路は封鎖する。俺と黒死卿が勝負する場所だからだ。誰にも邪魔はさせない。
パチ屋の駐車場には炎が燃えていた。
闇の中に点在して、人影を浮かびあがらせる。まるでまがまがしい儀式のようだ。
俺はスピードを緩めて駐車場に入った。
ゴリラたちがドーグをつかってバイクを破壊している。タンクの傷ついたバイクは火をつけると激しく燃えあがる。
地面に人が倒れている。背中の刺繍に見おぼえがある。彼は俺に気づくと顔をあげた。
「カズ、オメー……来ンの遅セーゾ……!?」
マッハクンがそういって鼻血を拭う。
「すまん。気合入れるのに時間がかかった」
俺はバイクを降りた。
「俺のFXやられちまったヨ……!?」
仰向けになっていたナイトが体を起こそうとする。
「俺が仇を取る」
俺は彼の手を握り、引きおこした。
「アイツらブッチメンならヨ、ウチのドーグ使え……!?」
フブキが地面に横たわったまま、例の靴下と鉄パイプを差しだしてくる。
「ありがとう。使わせてもらう」
俺はそれをバイクにくくりつけた。
黒死卿がやってくる。うしろにゴリラ軍団を従えている。揺れる炎が冷めた顔に激しい感情に似た色を浮かびあがらせる。
「まだやるのか?」
その声には挑発するというよりも、こちらを気遣うような調子が混じっていた。
「やるしかないだろ、おまえらは」
俺は腕を組み、彼をにらみつけた。「こっちにはまだバイクがある」
「キミを排除した上で破壊するまでのこと」
「させるかよ」
俺はバイクに飛び乗った。
「なるほど、それに乗って戦おうというのか。だが徒歩での戦闘とちがって手加減できんぞ」
「そのセリフは俺に追いついてからにしな。羅愚奈落の旗持ち・山岡和隆様にな」
アクセルを開き、道路に飛びだす。
封鎖がうまくいっているようで、車線をひとり占めできる。自由を感じる。これでゴリラどもに追われているのでなければ最高だったのに。
交差点をとおりすぎる。どこかの族が車にクラクションを鳴らされながら道をふさいでいる。旗が見えたが、刺繍されている文字は読めなかった。
ふりかえると、遠くに光の群れが見える。ゴリラたちが追ってきている。
やがて轟音と光が俺を押しつつんだ。サイドミラーにゴリラの顔が映る。ふりかえり、ほほえみかけてやる。ゴリラの不機嫌そうな面はピクリとも動かない。
俺はバイクにくくりつけてあったフブキのドーグを取った。
衝撃が走る。ケツについたゴリラが前輪を俺の後輪にぶつけてきていた。ミラーの中のゴリラフェイスが歯を見せる。
俺は靴下の中の電池を道にばらまいた。ゴリラフェイスが消える。電池を踏んでスリップしたバイクが2台、転倒して他のバイクを巻きこむ。
ゴリラ軍団の間にぽっかり空間が生じる。
だがそれはすぐに埋まった。別のゴリラが俺のうしろにつく。加速した奴らが俺を左右から挟む。
左の奴は木刀を持っている。俺は鉄パイプを取りだした。
横殴りの木刀を俺は鉄パイプで受けた。金属音が耳に障る。
ゴリラがそのまま押しこもうとしてくるので、ふっと力を抜いてやる。バランスを崩したゴリラのバイクが蛇行する。
そのハンドルを思いきり蹴飛ばしてやった。バイクが急旋回して転倒する。ゴリラの体が路面に叩きつけられ、バイクが跳ねる。
今度は右の奴が幅寄せしてきた。手にはナイフがある。突いてくるところをなんとかかわす。
加速し、車体半分前に出る。相手は追ってくる。その前輪に俺は鉄パイプをつっこんだ。
車輪がロックし、ケツが跳ねあがる。ゴリラが逆さまになって飛んでいく。
ATT(攻撃力)やAGI(素早さ)は異世界にいるときとくらべものにならない。だが格闘戦の動きは体に染みついている。
左手に新たなバイクが現れた。
「キミの魂胆は見えたよ」
見ると黒死卿だ。「こうして加速していって異世界に誘いこむつもりか。だがそうはさせん」
右手から2台、俺を追いこし、前をふさぐ。
「これ以上スピードをあげることはできんぞ」
「クソッ……」
俺はメーターに目をやった。時速80km。これはマズい。
「もう終わりにしよう。キミはよくやった」
黒死卿が鉈を取りだす。
「そんなんアリかよ……」
体をさぐるが、武器になるようなものは何もない。
黒死卿が鉈を振りかぶる。
そのとき、
「カズサ――――ン」
歩道で手を振る者がいる。コンビニで会ったヤカラ中学生2人組だ。
「ここだ!」
俺はとっさに身を低くした。
前を走っていたゴリラたちが突然、がくんと揺れて落車する。
となりを走っていた黒死卿が「ぐっ」とうめいて視界から消える。
俺は大きくハンドルを切った。
ゴリラの体と転倒したバイクをかわす。対向車線にはみだしてしまい、車が肘をかすめる。
交差点を縦断したところでブレーキをかけ、停まった。
ゴリラ軍団が横断歩道の手前でバイクのシートから弾きとばされている。それをかわそうとした後続車が転倒する。転倒がさらなる転倒を呼び、事故がさらにひろがっていく。
県道と交わる道を封鎖していたヤカラたちがわっと詰めかけ、ゴリラたちをメッタ打ちにする。
「ッダラァッ、羅愚奈落海山四中支部じゃァッ!」
「羅愚奈落に上等コクのは10年早エーンだヨゥ……!?」
「カズサンの断りなく県道走ってンじゃねーゾ、コラァッ!」
彼らの中で俺は道を統べる者になってるのね。通行税取ったろか。
さっき手を振っていたヤカラ2人組・コーキとマサチカがやってくる。
「カズサン、罠どーでした……!?」
「バッチリだ」
「マジスゲーッス、カズサン! ひとりで相手全滅さしちまうなンて」
「ひとりじゃない。みんなのおかげだ」
街はずれのこの船形橋交差点にワイヤートラップを仕掛けてもらった。ライダーの首の高さにワイヤーを張っておき、知らずに走ってきた奴を絞首刑にする罠だ。人間相手にやると実刑必至なので注意していただきたい。
「ンで、ドレが敵のボスなンスか?」
「ああ、それは――」
俺は来た道の方に目をやった。
転がっているバイクやゴリラたちの間に1人、立っている者がいる。
派手なストライプのスーツは破れ、血がにじんでいた。
中学生たちがそれに気づいた。
「オウおっさん、おとなしくネンネしとけや……!?」
「テメー、ヤー公か? 俺ら四中生は極道上等だかンヨ……!?」
ドーグを持って近づいていく。
「おい、ソイツに近づくな!」
俺は怒鳴った。
黒死卿が中学生たちを殴り、歩道まで吹きとばす。
コーキとマサチカがそこに向かっていった。
「テメー俺らのツレをよくもやってくれたナ……!?」
「俺らァカズサンの一の舎弟だゾ……!? 調子クレンのも大概にしとけ……!?」
そういって殴りかかるが、パンチ一発で返り討ちに遭ってしまった。
黒死卿は俺をにらみつける。
「貴様……許さんぞ。腹を引き裂いて臓物を道の上にまきちらしてやる」
「ヒッ……」
奴が向かってくる。
俺はあわててバイクを発進させた。
すこし走ってふりかえる。
「何ッ……?」
なぜか黒死卿との距離はさっきよりも詰まっていた。
「マジかコイツ速エェ!」
俺は身を低くして加速した。
ケツに重みがかかる。
首に腕が巻きついてくる。
「殺してやる……殺してやるぞ」
黒死卿がリアシートにまたがっていた。
首が締まる。息が苦しくなる。
俺はハンドルに体を引きつけ、スロットルを開いた。顔にぶつかる風が強くなる。これでうしろの奴が吹きとばされてくれればいいのだが、まあそうはいかない。相手の脇腹に肘を入れてみるも効果がない。
目の前が暗くなる。頸動脈が圧迫されて頭に血が行かないせいか、海山市のはずれで街灯がすくなくなったせいか。
ハンドルを握る手に力が入らない。
もうダメか……。
急に目の前が明るくなる。
絵に描いたような臨死体験だ。
視界が光に包まれる。光――いつか見た青い光だ。
次の瞬間、俺のバイクはでっかい岩に激突していた。
「えええええッ?」
前輪が潰れ、俺の体は宙に投げだされた。逆立ち状態のまますっ飛んでいく。
このままじゃ頭打って死ぬ、と考えた途端、自然に体が動いて足が下になった。
「この身体能力……異世界か!?」
俺は体操選手みたいにピタッと着地した。
爪先のすぐ向こうは崖になっていて、その下ではドロッドロの溶岩が流れている。アッチアチの熱気が立ちのぼって前髪を焼かれそうだ。
俺のいるところは洞窟の内部らしかった。かなり大きな広間で、天井も壁もごつごつした岩でできている。人工の照明はなく、崖下を流れる溶岩があたりをほの赤く照らしている。
「すばらしい光景だ」
すこし離れたところで黒死卿が崖下の溶岩をのぞきこんでいた。
「そうかね」
俺は額ににじむ汗を特攻服の袖で拭った。
「キミの墓場にふさわしいよ」
「山岡家の墓は緑豊かな霊園だぜ? こんなトコといっしょにすんな」
「こちらの世界に来て力が向上することを期待したのだろうが、残念だったな。真の姿にもどった私の方が上だ」
黒死卿が雄叫びをあげる。体が膨れあがり、服が破ける。身長が倍くらいに伸び、上半身の筋肉が発達し、進化なのか退化なのか、顔がゴリラ方面に変化していく。爪と牙がとがり、髪の毛はどういうわけか後退していった。
「テメー……オークだったのか」
「この戦闘形態では力が余ってしまうのでね、それを抑えるためにふだんは人間のような姿をしていたのだ。こうなるとさっきまでのように優しくはできないぞ」
黒死卿は牙をむきだしにして笑う。
「ふ、ふーん……ま、たいしたことねーな」
俺はむきだしになったヤツのチンコのデカさに若干引いていた。
黒死卿が近くにあった岩を放ってくる。俺はジャンプしてそれをかわした。
相手が詰めてきた。大振りのパンチを見舞ってくる。岩より大きな拳だ。俺は身を屈めてよけると、すばやく背後にまわった。
「そこだ」
黒死卿はバックスピンキックを放ってきた。体重の乗った重い蹴りだった。腕をクロスしてガードするが、吹きとばされてしまう。
俺は受け身を取り、すぐに立ちあがった。
「防御の方はなかなか達者なようだな」
黒死卿が肩をまわす。
「それだけじゃないぜ」
俺はパンチをかわしながら剥ぎとった爪を放った。
「なっ……いつの間に……」
黒死卿が親指を見つめる。指先に血がにじんでいた。
「速すぎて痛みも感じなかったか?」
「ぬうッ……貴様ッ!」
黒死卿がつっこんできてふたたびパンチを放つ。俺はそれを掌で弾き、がら空きの顔面にジャブを叩きこんだ。
「ぐうっ」
相手は顔をのけぞらせる。俺はさらに対角線のローキックを決めた。相手の下半身が崩れる。そこへ渾身のアッパーカット! 牙が砕けて飛ぶ。
黒死卿は前のめりに倒れた。
「こんなところでダウンされちゃ困る。これから1発ずつ『誰々の痛み!』ってやつをやる予定なんだ」
すこし距離を取って観察していると、黒死卿はふらつきながら起きあがった。
「人間風情がいい気になりおって……。こうなれば私の真の力を見せてやろう」
「おまえの真は何段構えなんだよ」
黒死卿が飛びすさり、拳を握った。俺はそこに魔力が集まるのを感じた。
「魔法か……?」
「私は一族の中で飛びぬけた魔力を持っていた。だから支配者になれたのだ。貴様も私の魔法を味わうがいい」
「嫌いなんだよな、魔法って」
俺がいうと、黒死卿は笑った。
「キミはいい戦士だった。だがこれで終わりだ」
掌を俺に向ける。魔力が炎の形を取って顕現する。
「極大火炎!」
激しい炎が襲ってくる。
俺はそれに向けて掌をひろげた。
「 超 越 火 炎 ! 」
掌から発せられた炎はこちらに迫ってくる小さな炎を消しとばし、黒死卿を呑みこんだ。
「バ、バカな……うわああああああっ……」
断末魔の叫びが岩の壁や天井に響く。
炎が消えると、そこには消し炭ひとつ残っていなかった。
「これだから魔法は嫌なんだ。テメーをいたぶれないからな」
俺は服についた埃や煤を払った。倒れているリコのバイクを起こす。前輪がグシャグシャに潰れている。スイッチを押してもエンジンがかからない。内部もどこか壊れているのだろうか。
これが動かなければ元の世界に帰れない。いくらこちらの世界で無敵だといっても、俺は帰らなくてはならない。
彼女と約束したのだから。
羅愚奈落の旗が落ちている。俺はそれを後輪のところにあるホルダーに差すと、バイクを押して歩きだした。




