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5-9 告白……!?

 その夜、羅愚奈落ラグナロクは県道に出た。


 俺は宮前みやまえ交差点で拾ってもらって、ナイトのケツに乗った。


「15号南に行って4号向かうゾ……!?」


 みんな臨戦態勢で、いつもと雰囲気がちがう。


 マッハクンは特攻服にたすきをかけている。


 ナイトは日の丸の鉢巻きを締めている。


 フブキはバイクのうしろのところに鉄パイプをくくりつけている。


 特攻ゴスロリドレス姿のスカーレットは腰に日本刀を差している。本物かどうかはききたくもない。


 ピリピリしている羅愚奈落とは対照的に、街は静かなものだ。


 車を運転している人たちはひどく真剣な表情で前を見つめている。


 彼らはどこへ向かうのだろう。この時間だと、家だろうか。それともこれから仕事なのか。趣味のドライブか。


 この道を走っている中で異世界からの侵略者に立ちむかおうとしているのは俺たちだけだ。


 まあ、そうやって表現するとめっちゃ燃えるシチュエーションなんだが、その侵略者サイドの目的が族車狩り(・・・・)っていうのがね……。「いやもう勝手にやっててよ」って話だ。


 俺関係ないじゃん。


 なんでそれなのに俺、特攻服着てバイクのケツに乗ってでっかい旗担いでんのかね。


 対向車線にやかましいバイクの群れが見えた。


 強引にUターンして、まわりの車にクラクション鳴らされながら俺たちの横につく。


「カズゥ、遅れてゴメンね」


 悪糾麗ワルキューレの先頭を走るリコが俺に手を振ってきた。


 待ちあわせにちょっと小走りでやってくる初デートの彼女みたいな初々しいノリだが、乗っているのはド派手なピンクのバイクだ。特攻服を花魁おいらんみたいにすこしさげて羽織っているため、裸の肩とサラシの胸が見えて、清純感ゼロである。


 フブキがリコにバイクを並べる。


「ずいぶんトロくていらっしゃるじゃねーのヨ、お嬢様ガタァ……!?」


「アァ……!? イッペンカタつけッか、コラ……!?」


 リコがいいかえす。


「イツでもやったンヨ……!?」


 フブキが周囲のエンジン音に負けない声で怒鳴る。


「そおいやオメー、コクキョオナイフで刺したって……!?」


「手で止められて刺さンなかったけどナ……!?」


「でも鈍器ブッコンだら死ぬベ……!?」


「オウヨ。ウチらで囲ンでボゴだァ……!?」


「こおなったら殺しちまおおゼ……!? うちのパパの軽トラあッからヨ、ソレ乗ッけて異世界運ンで捨ててくりゃいい」


「そりゃ名案だナ……!? 完全犯罪バリだァ……!?」


 今日の学び:目の前で犯罪の計画が進行していても意外と警察へのタレコミってしづらい。


 マッハクンたちはハンドルのところにスマホを取りつけている。まるでカーナビみたいだが、用途はLINEだ。他のチームと連絡を取りあっている。


「オイ、虞痢腑胤弩折グリフィンドールやられたってヨ……!?」


「場所ドコヨ……!?」


はまおかちょうの路肩だ……!?」


「オーシ、ンじゃソッチ向かうか……!?」


「いや、待て……!?」


 減速して右折しようとしたナイトをマッハクンが制した。「刃覇夢有徒バハムートが単車全部カスメられたらしーゾ……!? 場所は沼尻ぬまじりの廃工場」


「アァ……!? さっきのとは街の反対じゃねーか……!?」


「ソレだけじゃねぇ……女武血炎侍ジョブチェンジが全滅した……!?」


「オイオイ……」


 スカーレットが表情を曇らせる。「黒死卿の兵隊どンだけいンのヨ……!?」


「オッ、コイツはケーゾ……!?」


 マッハクンがふりかえり、俺たちを見渡す。「ドルフィンパークの駐車場だ。いま王我伐闘流オウガバトルとやりあってるってヨ……!?」


「ドルフィンパークって15号沿いのパチ屋だベ……!?」


「だったら方向逆だゾ……!?」


「行くッかねーベ……!? ソッコーでヨ……!?」


 約20台のバイクが一斉にUターンする。


 対向車線は急ブレーキをかけた車で大混乱だ。


特攻ブッコむゾ……!? しょっぱなからドーグ解禁しろ……!?」


「オウヨ!」


 俺たちはすでに2、3人殺してパトカーに追われてんのかってくらいのスピードでつっぱしった。


 パチンコ屋は営業を終えていて、駐車場は暗かった。


 広い中にバイクのヘッドランプがてんでばらばらな方角を指して光っている。


 俺たちは駐車場の端でバイクを降りた。


 遠くにあった光のひとつがふわりと浮きあがって、こちらに飛んできた。地面に叩きつけられ、割れたガラスや細かい部品をまきちらす。


 アスファルトの上を滑ってきたバイクをマッハクンが踏んで止めた。


「準備いいか、オメーら……!? 気合全開で行くンで夜露死苦ゥ!」


「夜露死苦ゥ!」


 羅愚奈落と悪糾麗が光に向かってつっこんでいく。


 みんな武器を持っているが、俺が手にしているのは旗だ。


 闇の向こうから例のゴリラ連中が襲いかかってくる。10人ほどいるだろうか。どいつも似たような顔をしていて気味が悪い。


「ッダラアッ!」


 先頭にいた奴の頭をマッハクンが金属バットでブン殴る。


 それが戦闘開始の合図で、暴走族とゴリラの両軍が正面からぶつかりあった。


 こちらは全員武器を使い、相手は素手だ。異世界でモンスターと戦うときならよくあるシチュエーションだが、現実世界で目にするとその様は陰惨だった。皮膚が裂け、血が飛びちり、骨が砕ける。異世界にいるときよりもこちらの動きは鈍い。その分だけ攻撃は泥臭く、執拗しつようになる。ゴリラたちの悲鳴が駐車場を渡っていく。


 俺は旗を持って立ちつくしていた。


「カズ、しゃがめ……!?」


 スコップを持ったリコがこちらに駆けてくる。


 俺がしゃがむと、リコは俺の頭上でスコップをフルスイングした。


 目の前の地面に小石のようなものが落ちた。よく見るとそれは人間のものよりずっと大きな歯だった。


 ふりかえると、ゴリラが大の字になって倒れている。そこへリコが何度も何度もスコップを振りおろす。彼女は返り血に濡れた顔を俺に向けた。


「ボオッとしてンじゃねーゾ、カズ……!? ビッとしろォ……!?」


 俺はうなずき、立ちあがった。


「オーシ、片づいたナ……!?」


 マッハクンが金属バットを肩に担ぐ。


「みんなだいじょーぶか……!? 怪我したヤツいねーかァ……!?」


 フブキがまわりの者に声をかける。 


「ゴリラふんジバンゾ……!? コイツら復活しやがるかンヨ……!?」


 ナイトがシートの下からロープの束を取りだした。


 地面に転がるゴリラたちを縛りあげる。


 最初に見えたバイクの方からゾンビみたいな人影がやってきた。マッハクンがそちらに目を向ける。


「オウ大将、どーヨ……!?」


 ゾンビかと見えたのはズタボロになった王我伐闘流の赤モヒ氏だった。ひさしぶりに見たけど、あいかわらず見事なトサカだ。

 

「単車ァオシャカンされちまったヨ……!? この落とし前は必ずつけンゼ……!?」


「そーかヨ……!?」


 マッハクンがふりかえって道路の方を見る。「その落とし前、いますぐつけれそーだナ……!?」


 県道がヘッドランプの大群に埋めつくされ、祭りのように華やいで見えた。改造バイクの甲高いエンジン音が近づいてくる。


「ドエレー数だナ……!? コイツらみんな異世界から来やがったンかヨ……!?」


 ナイトが木刀をワキに挟んで拭う。


「リコォ、知ってる暴走族ゾッキー全員呼びだせ……!? コリャマジで戦争だゾ……!?」


 フブキがポケットから電池入りの靴下を取りだした。


 バイクが駐車場に入ってくる。


 同じ顔したゴリラを乗せた色とりどりのバイクが俺たちを二重に囲んで停まった。兵力はこちらの4倍ほどか。


 ひとりだけゴリラ感のない男がこちらに近づいてきた。


「フフ、武器を構えて……勇ましいな」


 黒死卿はあいかわらず余裕ぶっこいた表情を浮かべている。


「何人で来よーが全員ボゴリ入れてやッかンヨ……!?」


 マッハクンが金属バットを彼に突きつける。

 

 彼の顔から笑顔は消えない。


「キミたちの同類と戦ってわかったが、こちらの世界の人間はずいぶんもろいな」


「そこらのシャバ僧といっしょにすンじゃねェ……!? 俺ら羅愚奈落はてん布武ふぶだかンヨ……!?」


爆走バクソオ純情ジュンジョオイクサ乙女オトメ・悪糾麗は気合バリだヨ……!?」


 リコがスコップの先で地面をひっかく。


「独立()れんたい拷死苦ゴシックゥ……!? テメーをブッ殺すトコ想像するだけでグッチョンコだァ……!?」


 スカーレットが日本刀の刃をねっとりと舐めた。


「見せてやろう、我が精鋭、暗黒烈死隊の力を!」


 黒死卿が手で合図すると、ゴリラたちがバイクを降りて向かってきた。


「ッダラクソがァッ!」


 復活した王我伐闘流も加わった羅愚奈落連合軍が迎え撃つ。


 またしてもすさまじい乱闘がはじまった。


 相手の人数が多いのでさっきのようにはいかない。ひとりひとりがゴリラに囲まれ、殴られる。武器を振りまわして必死に抵抗するも、四方から攻められてはかなわない。


 リコがスコップでゴリラを殴りたおしていくが、新手が次々に現れる。


 スカーレットの刀はどこから持ってきたものなのかわからんが、ゴリラたちにズバズバ斬りつけて追いちらす。


 乱戦の中を黒死卿がまっすぐ歩いてくる。敵味方の体や武器をかわそうともしない。自分が行けば周囲が道を空けるものだと確信しているかのようだ。


 彼は俺の前まで来て止まった。


「どうした? 来ないのか? 一番強い者どうし、やりあおうじゃないか」


「お、俺は……」


 旗竿を握りしめる。そうしていないと手が震えているのを見破られてしまいそうだった。


「ッダラネーゾ、コラァッ!」


 突然、横合いからリコがつっこんできた。スコップで黒死卿の頭をブン殴る。


「ぬうっ」


 黒死卿がよろめいた。リコは追撃する。


「死ねやァッ!」


 頭めがけてスコップを振りおろそうとする。


 そこに黒死卿が手を伸ばした。


 柄をつかんで受けとめると、もぎとって逆にリコを殴りつける。


 鮮血が飛ぶ。


 彼女の髪の間から流れてくる血が顔を朱に染めた。頭のどこかを切ったようだ。


「アァン……!? 全然効かねーナァ……!?」


 リコは一度顔を拭うと、空手の構えを取った。


 黒死卿がふたたびスコップで打ちかかる。


 それをリコは顔の横でガードした。前腕に当たって硬い音が響く。


「オラアッ!」

  

 リコは前蹴りを放つ。


 黒死卿の腹に突き刺さったが、相手はひるまない。


 逆にハイキックを食らい、リコは崩れるように倒れた。


 黒死卿はうつぶせになった彼女に近づいてき、その背中を踏みつけた。


「とどめだ」


 スコップを振りあげる。


 それを見て俺はとっさに走りだした。


「やめろおおおおおおっ」


 旗竿を槍のように構えて突進する。


 だがスコップの柄で弾かれてしまう。


 黒死卿は俺の髪をつかんだ。頭が引きずりおろされる。


 そこに膝が飛んできた。


 ぐしゃっという音がする。目の中に火花が飛んで、俺は尻餅をついた。血のにおいがする。


 黒死卿が迫ってくる。


「キミは本当にあの龍を手なずけていた男か? ゾンビの群れに立ちむかっていたとき、そんなふうではなかっただろう?」


 バレている……。


 あれが本当の力ではないって。


 そりゃそうだ。


 異世界あっちじゃこんな情けない姿は見せたことがない。


「放っておいてもよさそうだが、こううれいは絶つとしようか」


 黒死卿がスコップの先を向けてくる。  


 俺は恐怖で動けなかった。


 冷たい金属がのどに触れると感じたそのとき――


「死ぬのはテメーだァッ!」


 スカーレットが飛びこんできて刀でりかかった。


 黒死卿がスコップでそれを受けとめる。


 ふたりはしばらくつばりあいをしていたが、黒死卿の前蹴りでスカーレットが吹きとんだ。


「オゴォッ……」


 彼女は刀を取りおとし、腹を押さえて悶絶もんぜつする。


「ッチャネーゾ、アァッ……!?」


 今度はフブキがうしろから黒死卿を殴りつけた。「昼間ァよくもやってくれたナァ、コラ……!?」


 ドーグは電池入りの靴下だ。


 黒死卿がそちらに気を取られる。


 そのとき、マッハクンとナイトがタックルをしかけた。


 首と腕にしがみつき、動きを止めようとする。


「カズ、行けェッ!」


 マッハクンが叫ぶ。


行け(・・)って?」


「ドコでもいい……!? リコを連れてバックレるンだヨ……!?」


「さっきからアイツ動かねーゾ……!? エートコ医者連れてけ……!?」


 ナイトがいうので見ると、リコはうつぶせのまま微動だにしない。


 さっき何度も頭を打った、そのせいか……?


 俺は彼女に駆けよった。


「だいじょうぶか?」


 肩に触れると、彼女は顔をあげた。


「カズゥ、どおした……!?」


 目がうつろで声に力がない。


 頭からの出血は続いている。


「この場を離れる。立てるか?」


「なんちゃねーヨ、こんくれーヨ……!?」


 そういいながら彼女は俺につかまりながらでないと起きあがれなかった。


 マッハクンたちが黒死卿の動きを封じている。


 この隙に逃げるしかない。


「カズ、こっちだ!」


 悪糾麗の面々がゴリラと格闘し、道を空ける。


 その先にはリコのバイクがあった。


「俺が運転する。乗れ!」


 シートにまたがり、リコをうしろに乗せる。羅愚奈落の旗をうしろに立てる。


 力ない彼女の腕を腰にまわし、俺はバイクを発進させた。


 駐車場を出て県道を南へ行く。


 さっきまでの血みどろの現場とくらべたら道の上は異世界かと思うくらいに静かで平和だった。


 みんなルールを守り、他に干渉せず、まっすぐ走っていく。


 背中に感じる彼女の重みだけが元いた場所の名残だった。


 彼女は俺の肩に頭を預けたまま動かない。俺の服をつかむ手がはずれていないか、ときどき触って確かめる必要があった。


 彼女を病院で降ろしたら、家に帰ろう。もうあの駐車場にはもどれない。黒死卿に俺の正体がバレてしまった。ふたたび参戦しても標的になるだけだ。


 黒死卿が勝ったら、もうこの街の暴走族は異世界に行けなくなるだろう。バイクで暴走するならこの世界で行うことになる。そうしたら、もう俺は彼らの仲間には入れない。ただのクソ雑魚陰キャだからだ。


 思えば、この1ヶ月、楽しかった。


 最初はあの学校で生きぬくためにやっていたことだったけど、だんだんと羅愚奈落の一員であることに喜びを感じるようになっていった。


 異世界で無双して「さすがカズ」っていってもらったからじゃない。


 マッハクンやナイトやフブキに信頼してもらって、リコやスカーレットに好意を寄せられて、いっしょに走って、コンビニ前にたむろして、学校フケたりして――そんな頭空っぽになるような時間が楽しかった。


 羅愚奈落のいる世界から追放された俺は、あの学校でカモにされたりカツアゲ食らったりするだろう。本当の俺はそういうキャラだからだ。


 でもそんなのは問題じゃない。


 もう仲間といっしょに走れない、ただそのことが悲しい。


 リコの動く気配があった。


「だいじょうぶか?」


 俺はふりかえった。


「カズ、単車停めろ……!?」


 リコの声が俺の背中に当たって響く。


「えっ……?」


「いいからヨ……!?」


 俺はブレーキをかけて路肩にバイクを寄せた。


 降車したリコは歩道の段差に腰をおろす。


 俺もそのとなりに座った。


 彼女は顔についた血を特攻服の袖でこすった。


「悪かったナ、アタシのせいでこんなトコまで来ちゃってヨ……!?」


「いいんだ」


 俺も鼻を袖でこする。わずかに血がついた。


 彼女は右の袖をまくろうとして顔をしかめた。見ると、右手が青黒く変色している。


「あ~コレ、スコップ受けたトキのだナ。折れてッかもナァ」


「ヤバイだろ、それ……。早く病院行かないと」


「たいしたことねーヨ……!? それよか――」


 彼女はあごをしゃくる。「CBR貸してやッからヨ、ケン行ってこい……!?」


「はい?」


「ウズウズしてンベ……!? 喧嘩途中でやめちまッてヨ……!?」


「いや、俺は……」


「アタシに遠慮すんナ……!? こおゆートキ友情取ってもいいって前にゆったベ……!?」


「そうじゃないんだ。話を聞いてくれ」


 俺は彼女をまっすぐ見つめた。彼女は驚いたように目を見開く。


 彼女がこれまで俺にしてくれたこと、かけてくれたことば――それに応えるため、俺は本当のことを話さなくてはならない。


「リコが思ってる俺は本当の俺じゃない。本当の俺はただの雑魚なんだ。生まれてこの方、喧嘩なんてしたこともない」


「アァ……!? でもドエレーエーじゃンヨ……!?」


「俺は今年のはじめ、トラックにかれて異世界に転移した。そしたら、どういうわけかレベルカンストのチートキャラになってたんだ。それで、向こうの人に『勇者だ』っていわれて、その世界の魔王を倒した」


「オメー、オオ倒したトキあンのかヨ……!?」


「そのあとで俺はこっちの世界にもどってきた。それからマッハクンたちに連れられてスピードの向こう側に行って、そこでも前の異世界のときと同じ能力を引きついでいることに気づいたんだ。俺が強く見えたのはそのせいだ。現実世界じゃ強くもなんともない。本当の俺は弱くて、さっきの喧嘩なんか怖くて怖くて……だから、もうムリなんだ」


 俺は目を伏せた。すべてを告白してしまったいま、もう彼女の視線に耐えられない。


 そばをとおりすぎる車に、俺と彼女の間の路面が照らされ、また暗くなる。


 肩に手を置かれた。服をつかまれ、引きよせられる。


 彼女の顔が息のかかる距離にあった。


「オメー、ホントオの俺(・・・・・・)とかゆってッけどヨ、カズはカズだベ……!?」


「えっ……?」


「結局オメーは何がしてーンだヨ……!? 友達ダチ助けてーンか助けたくねーンか……!?」


「そりゃ助けたいけど……」


「だったら助けに行けヨ……!?」


「でもムリだ。俺、弱いもん」


「ハァ……!? できるかできねーかでゆってンじゃねーヨ……!? やるかやらねーかだベ……!? できるコトッかやらねーとかシャバいコトヌカしてンじゃねーゾ……!?」


「やるかやらないか……」


「そおだヨ……!? 負けるってわかってる喧嘩でもヨ、負けらンねーならやるっかねーベ、気合でヨ……!?」


「気合か……俺にはそんなのないよ」


「でも魔王倒したンだベ……!? それって気合入ってるってコトだろおがヨ……!? だからビッとしろヨ……!?」


 あの異世界から全部つながっているのか。


 この世界でも俺は望みどおりのものになれるのか。


 ()()さえあれば。


「それにヨォ――」


 彼女が道路の方を見る。「オメーが弱くたって、アタシはオメーのコト嫌いになったりしねーかンヨ……!?」


 俺は彼女の横顔を見つめた。


「でも気合が入ってなかったら?」


「ソリャダメだナ……!? そんなダサ坊とはつきあえねーヨ……!?」


 彼女は俺を見てほほ笑む。


 彼女の頭の中の俺、羅愚奈落のみんなが思ってる俺――きっとすごすぎていまの俺には手が届かない。


 だが手を伸ばしつづける。


 そこ目指してフルスピードで疾走ハシっていく。


 それがビッとするってことだ。


 俺はビッとしていたい。すくなくとも、彼らの前では。


「俺、行くよ」


 彼女の瞳をのぞきこむ。


「うん」


 彼女は目を伏せた。


 街の光をその内にたたえていた瞳が隠されて世界がふっと暗くなる。


 俺は立ちあがった。


 彼女のバイクに触れる。


 黒死卿はこれを破壊しようとしている。俺はそれを防ごうとしている。奴のいうとおりだ――利益どうしがぶつかって争いが生じている。


 ならば奴の動きは読める。俺が疾走ハシるなら奴も疾走ハシる。


 つけいる隙はある。


 俺はシートにまたがり、彼女に目をやった。


「必ずおまえのところにもどってくる」


「約束だヨ……!?」


 彼女は俺を見つめている。


「ああ。約束する」


 俺はバイクを発進させた。


 横を走っていたトラックの前を強引に横切り、Uターンする。


 トラックのクラクションを背中に聞きながら俺は加速していった。

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