5-8 侵略……!?
紅蓮の炎を背にして男たちが近づいてくる。
異世界のそれとちがって、こっちの世界で見る炎って怖い。煙やにおいもキツいし。
2人の放火犯はそれぞれ木槌とつるはしを手にしている。どちらも身長2m近い大男だ。上半身がやたらとごつくて、人体のバランスが悪く見える。白い開襟シャツが筋肉でパンパンになっている。
「オメーら、高校生じゃねーナ……!? ヤー公か……!?」
マッハクンがいう。
男たちは答えない。
「オイオイ、このゴリラども、ことば通じねーンかヨ……!?」
マッハクンは笑いだした。
確かに小さな目とやや突きでた口もあいまって、2人組はゴリラに似ている。
木槌の男が前に出る。マッハクンを見つめる目には感情の色がまるでない。
男が木槌を振りあげる。
「ッダラァッ!」
そこへマッハクンが飛びかかった。機先を制して右フックを相手の顔面に叩きこむ。
男の足がふらつく。
その髪をつかんでマッハクンはボッコボコに殴りつけた。
「ゴリラはゴリラ牧場でウホウホしとけや……!?」
最後はエルボーをこめかみに決めてダウンを奪った。
「オイ、もう1匹来ンゾ……!?」
ナイトがいう。
倒れた仲間を跳びこえて男がつるはしを振りおろしてくる。
マッハクンはそれを横っ飛びにかわした。
つるはしが地面に刺さる。
「ッシャアアアァ!」
動けなくなった男の顔面にフブキが何か袋のようなものを叩きつけた。
その1発で相手の膝が崩れた。
「電池入りの靴下は痛テーベ……!?」
フブキがお手製ブラックジャックで連打すると、相手はうずくまってしまった。
この人、隙あらば凶器を出してくるな。
「シャバ高ナメンじゃねーゾ、オラアッ!」
ナイトが倒れた2人にヤクザキックをお見舞いする。
改めて、コイツらメチャクチャ強いな、と実感する。
「オウ、コレで終わりじゃねーゾ……!?」
スカーレットが地面の木槌を拾いあげ、倒れている男に向かって振りおろす。
グシャッと音がして、男の手が潰れた。
「ヒャハァ、イイ音ォ! たまンねーヨ……!?」
改めて、法を意に介さない狂人は怖いな、と実感する。
背後が騒がしいのでふりかえると、校舎の方からヤカラの人たちがドヤドヤとやってきていた。
「オイオイ、どーなってンのヨ、コレェ……!?」
炎のまわりに集まってくる。
「ウソだベ……!? 燃えてンの俺のインパルスじゃねーかヨ……!?」
「ペケジェーのハンドルがベコベコになっちまってるゥ……!?」
ゴリラ連中にバイクを破壊された者たちは呆然と立ちつくした。
幸い、羅愚奈落のみんなのバイクは無事だったようだ。
「単車潰されンの他人事だと思ってたけどヨォ、こーして見てッとやっぱ許せねーナ……!?」
フブキがさっきのドーグを肩に担ぎ、中の乾電池をジャラッと鳴らす。
シャバ高ヤカラ衆の怒りは2人組ゴリラに向けられた。
「コイツらヨゥ、どーしてくれンベ……!?」
「オウ、軽トラまわせ……!? サラってトコトンやンゾ……!?」
「シャバ高敵にまわしたコト後悔しても遅セーゾ、オジサンたちィ……!?」
倒れている2人に蹴りと鈍器の雨を降らせる。
「マ、コレで一件落着だナ……!?」
マッハクンが彼らに背を向ける。「食堂行って茶ーでもシバくベ……!?」
「コッチの食堂、マジ何食ってもウメーヨナ……!?」
「にしてもヨ、あの程度のヤツらにタコにされるたァ高瀬の大将もヤキがまわったナ……!?」
「唯愚怒羅死琉の3年引退したらシャバ高シメンのウチらだベ……!?」
俺は彼らに従って校舎の方へもどろうとした。
そのとき――
「ガハァッ」
背後から悲鳴が聞こえた。
ふりかえると、人がポップコーンみたいに空を舞っていた。
「オ、オイ……ウソだベ……!?」
起きあがった2人組ゴリラがヤカラ連中を次々につかんで放りあげている。
大の男が駐輪場の屋根より高く舞いあがり、地面に叩きつけられて動かなくなる。
「な、なんつーパワーヨ……!?」
「人間業じゃねーゾ……!?」
「なんか体デッカくなってねーか……!?」
ゴリラの1人――スカーレットに手を潰された方が、その手でそばにあったバイクをつかみ、こちらに投げつけてきた。
「危ねェッ!」
俺たちは地面に身を投げだしてそれをかわした。
ゴリラたちは身をひるがえし逃げていく。
「クソダラァツ! 待ちやがれッ!」
俺たちはそのあとを追った。
ゴリラが塀を乗りこえ、学校の外に出る。
俺たちも続いて塀に飛びついたとき、向こうからバイクのエンジン音が聞こえてきた。
塀の上に立って道路を見おろす。
3台のバイクが停めてあって、その内の2台にゴリラたちがまたがった。
もう1台にはヤクザふうの男が乗っていた。
派手なストライプのスーツを着ていて、明らかにカタギではない。
俺たちに気づくと、ちょっとまぶしそうな顔で見あげてくる。
他のゴリラとくらべるとゴツくはないが、その冷たい目つきから、いざとなれば暴力をいとわない人間であることは推察できた。
「スジモンが堂々と出てきてンじゃねーゾ……!? 暴対法知らねーンか、オメーわヨ……!?」
マッハクンがヤクザをにらむ。
なぜかスカーレットがヤクザを見て目を丸くしている。
「ア、アイツ……なんでコッチに……!?」
ヤクザもスカーレットに目を留めた。
「エミリア・スターナー、すっかりこちらの世界に馴染んでいるじゃないか」
「ん? オメーら、知りあいか……!?」
フブキがスカーレットの顔をのぞきこむ。
「アイツァ黒死卿だヨ……!? 前に会ったトキあるからマチガイねえ」
「アァ……!?」
俺たちの目がヤクザに注がれた。
彼は気取った手つきでジャケットの襟を撫でる。
「似合うだろう? 私もキミに負けないくらいこちらの世界に馴染んでいるよ」
まさか……異世界からこっちに来るなんて……。
「クソヤローがァ……テメーどーやってコッチに来やがった……!?」
マッハクンはヤクザをにらんでいたが、ふっと表情を緩めた。「マ、見りゃわかるか」
黒死卿がまたがっているのは明らかな族車だった。
リアシートの後方に背もたれみたいなのがついていて、ハンドルが絞られていて、前方に傾いた風防があって、ヤクザが乗るにしてはヤンチャすぎる。
「拷死苦の諸君が貸してくれてねえ。なかなか便利なものだ。私はいつものドラゴンの方が好みだが」
黒死卿はハンドルを撫でさする。
「貸してくれただァ……!? フザけろヨ……!? 奪ったンだベ……!?」
スカーレットが唾を吐く。
そういえばこの人のバイクも拷死苦のメンバーから奪ったものだったはずだが……。
ナイトがあごをあげ、黒死卿を見おろす。
「ンで、何しに来やがった……!? こっちの世界侵略しよーッてンかヨ……!?」
「そんなことはしないさ。私はただ、自分たちの世界を守りたいだけだよ」
「アァ……!? 何がいいてーンだ……!?」
「私から見れば、キミたちこそが侵略者だ。異世界から来て、好き放題暴れまわる。私はそれを防ぎたい。そのためにはどうすればいいのか考えて、この乗り物を破壊してしまえばいいのだと気づいた。幸い、私たちの世界に来る人々は特徴的な乗り物に乗っているからね、こちらの世界に来ても見分けがつきやすい」
「そーやって俺らをそっち行けなくしておいて、モンスターに人間殺させンだベ……!? このクズヤローがヨ……!?」
「私はある種の利益を代表している。人間たちもまた別の利益を代表している。ふたつの利益が相反するとき、争いは避けられない。キミたちの世界でも同じではないか?」
何だろうな……コイツの話を聞いていて、どっちが悪者なのかわからなくなってきたぞ。
まあさすがにゾンビの肩を持つ気にはなれないが、あっちの世界に介入する俺たちは正義なんだろうか。
あっちのことはあっちの人間にまかせるべきなんじゃないのか。
「ウダウダサエズつてンじゃねーゾ、ダボがァッ!」
フブキがスカートのポケットから折りたたみナイフを取りだした。
俺、こういう感じで刃物見るの今週2回目だな……。
彼女は塀から飛びおり、黒死卿に向かっていった。
「死ィねやァッ!」
腹のところにナイフを構え、体当たりするようにして突き刺す。
黒死卿は顔色をかえない。
「ウ、ウソだベ……!?」
フブキが声をあげる。
彼女の体が持ちあがっていき、吹きとんだ。塀に叩きつけられ、地面に転がる。
「フブキ!」
マッハクンたちが塀から飛びおりた。
「やれやれ、こんなもので私を倒そうとは」
黒死卿は素手でナイフの刃をつかんでいた。
もう片方の手で柄を持ち、枯れ枝みたいにへし折る。
「テメー……やってやンゼ……!?」
マッハクンがぐったりしているフブキを胸に抱きながら黒死卿をにらみつけた。「いっつもアウェーでやるってのも不公平だかンヨ……!? たまにゃホームゲームも悪くねえ」
「オメーはコッチに骨埋めるコトになンゼ……!? そんトキ穴は俺が掘ってやンヨ……!?」
ナイトが怒りに満ちた目を黒死卿に向ける。
黒死卿はフブキのナイフを地面に放った。
「次に会うときが最後だ。必ず決着をつける」
そういいのこし、仲間のゴリラとともに走りさる。
俺は俺の物語が終わってしまったのを感じた。
異世界の戦いがこちらの世界に持ちこまれてしまった。
ここでの俺はただの雑魚キャラだ。
できることなど何もない。
羅愚奈落のみんなとの仲は終わり、リコも俺から離れていく。
これからはあのサバンナみたいな学校で俺のような草食動物がどう生きぬいていくかを考えなくては。
それが本来の俺なのだから。
塀の上からおりもせず俺は、フブキを介抱するみんなを見おろしていた。




