5-7 駐輪場……!?
翌朝、俺は足取りも重く通学路を歩いていた。
異世界じゃなくこっちの世界で暴走族がらみのいざこざが起こっている。こっちじゃ俺は無力だから、期待されたところで何もできない。でももし何もできないってことがバレたら、あの学校で生きていけなくなる。
先行きを考えると不安しかない……。
コンビニに寄ろうとして、入口の脇にいる2人組が目に留まった。
ふたりともウンコ座りして唾をトローンと地面に垂らしている。これは関わっちゃいけないタイプの人たちだな。
無視して入口のガラス戸に手をかけたそのとき、2人組が立ちあがり、こちらに近づいてきた。
朝っぱらからこれか……。もうやだこの街。
身構えていると、相手はなぜか深々と頭をさげてきた。
「カズサン、オザッス!」
「チャィッス!」
「あっ、キミたち――」
以前、このコンビニでからんできたヤカラ中学生だった。
「カズサン、聞きましたか、昨日の族車狩りの話……!?」
「唯愚怒羅死琉の高瀬サンがやられた件だろ?」
「ソレだけじゃないンスヨォ……!?」
「えっ、そうなの?」
「漢牙征路もやられてンスヨ……!? 知ってます? あのブラジル人団地の超武闘派チーム」
「あと銃闘烈党もッスヨ……!? 単車オシャカンされて火ィつけられて」
それは初耳だ。なんだか大事になりつつあるな……。
「コレってヨソモンが海山市の族に喧嘩売ってンじゃないスか……!?」
「ナメられっぱなしでいいンスか、カズサン……!?」
ふたりはキラキラした目で俺を見つめてくる。
そんなこといわれてもなあ……。
「カズサンがゆってくれれば俺らァ四中から兵隊出しますンで……!?」
「マジでカズサン俺らン間でも伝説なンで。カズサンの下で戦いてーってヤツいっぱいいますヨ……!?」
俺もう中国のむかしの英雄みたいになっとるな。
でもできれば兵力とかじゃなくお布施とか投げ銭とかそういう方向で忠誠心を発揮していただきたい、そんなことを考えていてると――
「オメーらじゃカズの露払いにもなンねーヨ……!?」
背後から声がした。
「あっ、ナイトサン!」
「チイッス!」
朝っぱらから横分けをビシッと決めたナイトに中学生たちが頭をさげる。
「缶コーヒー買いに?」
「あとオメーを拾いにナ……!?」
そういって彼はほほえむ。
買い物を済ませて店を出ると、ヤカラ中学生たちがやたらとからんできた。
「ナイトサン、羅愚奈落のステッカーとかないンスか? あったら欲しーンスけど」
「まだ残ってッかナ。家で見ッけたら持ってきてやンヨ」
「俺らァ羅愚奈落四中支部作りてーンスけど、ダメッスか?」
「10年早エーヨ、単車も転がせねーガキがヨ……!?」
俺はナイトのケツに乗り、走りだした。
「なあ、聞いたか、族車狩りの件?」
俺がたずねると、ナイトはサイドミラー越しに俺を見る。
「ああ。他ントコもやられたってナ」
「俺たちはどうする? 動くのか?」
「俺ャームカついてッけどヨ、動くかどうかは総長次第だベ」
意外とのんきな口調でいう。
校門のところでその総長・マッハクンとフブキに出くわした。
「オウ、聞いたかヨ、族車狩り……!?」
開口一番、マッハクンが例の話題に触れた。
ナイトがうなずく。
「ずいぶん派手にオドッてくれてるみてーだナ……!?」
「他のヤツらはどーだっていいけどヨ、ウチのGS400Eに手ェ出しやがったらブッ潰してくれンヨ……!?」
フブキがヘルメットを脱ぎ、サイドミラーをのぞいて前髪を直す。
「どーするヨ、マッハ」
ナイトにきかれてマッハクンは腕を組んだ。
「そーだナァ……パトロールでもすッか……!? 街流して、見たトキねーヤツいたらサラっちゃーベ……!?」
「めんどくせー、ウチャやンねーゾ……!?」
フブキがバイクを押して歩く。
「ナイト、オメーは?」
「オメーがやるッつーンならやるッかねーベ……!? 総長守ンのが親衛隊長の役目だからヨ……!?」
「カズはどーヨ……!?」
「俺は――」
「そーいや、兄貴から聞いたけどヨ――」
ナイトが俺を横目に見る。「カズが高瀬の仇討するって本人の前でゆったらしーゾ……!?」
「えっ、いやそれは……」
「ンじゃカズもパトロールに賛成で3対1だナ……!? 多数決で決まりだ……!?」
俺なんか全然戦力にならないのに参加が決まってしまった。
駐輪場に行くと、いつもより空いていた。派手なバイクに乗ってる連中が族車狩りにビビッて自粛ムードらしい。
「ンじゃ昼メシ前にちッと街流すか……!? 3時間目終わりにココ集合でヨ……!?」
「マッハオメー、授業ボサりてーだけだベ……!?」
「ちっげーヨ……!? 純粋に正義感からヨ」
「ウソつけテメー」
フブキとマッハクンがじゃれあう。
「カズ、オメーもお人よしだナァ」
俺のとなりを歩くナイトがいう。「よその族の総会長のために仇討なンてヨ……!?」
「そっちもな」
俺がいうとナイトはくすっと笑った。
「俺らァツッパッてッかンヨ、コナかけてくる奴いンのはしゃーねーヨ……!? でもソコでツッパりきれるか、仲間を守りきれるかどーかッてのが分かれ道だベ、ビッとしてるかどーかのヨ……!?」
「つらいね、ビッとしてんのも」
俺はふりかえり、駐輪場を見た。羅愚奈落の3人のド派手で悪趣味なバイクが、画一的なママチャリの並ぶ中で悲壮なまでに輝いて見えた。
3時間目が終わって教室を出ようとすると、スカーレットがついてきた。
「カズ、どーしたヨ……!? 次の授業フケるンかヨ……!?」
「ああ、ちょっとな」
「あーしもつきあうヨ……!? 外行ってファミチキでも食うベ……!?」
階段のところでナイト・フブキと合流した。
「オメー、結局来たンかヨ……!?」
マッハクンがいうと、フブキは顔をしかめた。
「よく考えたら4時間目、体育だったかンヨ……!? このクソ暑チーのに外で走り高跳びなんかやってられッかヨ……!?」
チャイムが鳴って休み時間の喧騒が静まる。
5人で、サボリとは思えないほど堂々と校舎を出る。
正午近くの日差しを浴びながら俺は、不思議な解放感をおぼえていた。
駐輪場に行くと、騒がしかった。
最初は工事でもしているのかと思った。二人のイカツい男たちが木槌とつるはしを振るっている。
「何だアリャー……!?」
ナイトがつぶやいた。
木槌がバイクのハンドルを叩き、へし折る。つるはしのとがった先端がガソリンタンクを貫く。
ガソリンが噴きだす。
つるはしの男がジッポーに火をつけ、放る。
「バッカ……オメーら何やって――」
マッハクンの叫びは轟音でかきけされた。
炎上したバイクが爆発して部品が吹きとぶ。燃えさかる炎が駐輪場の屋根を焦がす。
「パトロールの前に向こうサンからお出ましみてーだナ……!?」
フブキが舌なめずりをする。
男たちが武器を構えてこちらにやってこようとしていた。