5-6 族車狩り……!?
海山市民病院の駐車場に着くと、そこには族の集会みたいな光景がひろがっていた。
無数のバイクが停まっていて、ヤカラのみなさんがあわただしく動きまわっている。そのまわりをパトカーが囲み、病院の入り口では警察官が待機していた。
「何だよ、これ……」
バイクのにょーんと伸びたリアシートには「唯愚怒羅死琉」の文字がある。
俺たちの乗ったバイクが近づくと、ヤカラ衆が目を向けてきた。
「オッ、リコチャン……」
「ケツ乗ってンの羅愚奈落の山岡じゃねーか」
リコはウンコ座りしている2人組のそばでバイクを停めた。
「ココ仕切ってンの誰……!?」
「ヒロヤサンだけど……」
「ちッと呼んできて……!?」
まもなく唯愚怒羅死琉のナンバー2が連れられてきた。
「ヒロヤサン、どおなってンの……!?」
「海樹クン、本部のヤツと5、6人で街流してたンだけど、ソコをドーグ持った連中に襲われて、頭ブン殴られて、単車もオシャカっちまったってヨ……!?」
リコが顔をしかめ、歯ぎしりをする。
「ソイツらどこの族ヨ……!?」
「見たヤツの話じゃ、単車には乗ってたけど族って感じじゃなかったって」
「てことはヤー公の族車狩りかヨ……!?」
「わかンねえ。とにかくアブネー相手だナ……!?」
「ンで、この警察は何ヨ……!?」
リコが周囲を見渡す。
ナンバー2が肩を落とした。
「アイツら、今回の件、族どーしの抗争だと思ってやがンだ。ンだモンで、俺ら海樹クンの見舞いに行きてーのに、中に入れてくンねェ」
「ッでだヨ……!? フザッケろヨ……!?」
リコが叫ぶ。「ヒロヤサン、ドオグ貸して……!? 警察ベコベコに潰すかンヨ……!?」
彼女はいつものようにオラついているが、その姿はなぜかいままでにないくらい弱くはかなげに映った。
「落ちつけ」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「アァ……!? 自分のお兄ちゃんボゴリ入れられて落ちついてられッかヨ……!?」
彼女が顔を近づけてくる。目に浮かんだ涙がヘッドランプの光を取りこみ、輝く。
「いいから。行くぞ」
俺は彼女の腕を取り、歩きだした。唯愚怒羅死琉の群れが割れ、道ができる。
病院の入り口に立つ警官2人が俺たちを見てわずかに身構えた。
「ここは俺にまかせろ。おまえは何もいうな」
リコにそういいきかせておいて、警官たちに近づく。彼らは俺たちの前に立ちふさがった。
「関係者以外立ち入り禁止です」
「ここに運ばれた高瀬海樹の家族なんですが」
俺はリコの方を見た。「ほら、身分証出して」
彼女はふてくされた顔のまま免許証を掲げた。
警官の1人がそれをのぞきこむ。もう1人は俺の方を見ていた。
「キミは?」
「僕ですか? 僕は彼女の婚約者です」
リコが目を真ん丸にして何かいおうとするが、黙っていろと目で合図する。
警官たちは顔を見合わせ、道を空けた。
病院の中に入ると、リコがふりかえり、ガラス戸の向こうの警官をにらみつけた。
「ッだヨ、アイツらヨォ……!? やっちまうゾ……!?」
「やめていただける? マジで」
俺は彼女の腕をひっぱって歩いた。いままでの人生で「警官を襲う」って発想がスッと出てくる人に会ったことなかったから衝撃が大きい。
高瀬の病室は4人部屋だった。
ベッドのそばに中年の男女が座っている。
「パパ、ママ……」
リコがそちらに歩みよると、ふたりは彼女の肩を抱いた。
パパの方が俺を見るので、軽く頭をさげる。
このような形でお会いしたくはなかった……。
それにしてもこのパパイカツいなあ。この街ではイカツい人しか社会人になれないのか?
「オウ、リコ来たンかヨ……!?」
高瀬の声がする。
ベッドのそばに行ってみると、包帯ぐるぐる巻きで顔を腫らした高瀬が寝ていた。
「お兄ちゃん、だいじょおぶなの……!?」
リコが彼の顔をのぞきこむ。
「ちッと頭やられてヨ、検査で2、3日入院しなきゃなンねーみてーだけど、たいしたコトねーヨ……!?」
「よかった……アタシ、心配したンだヨ……!?」
リコは高瀬の手を取る。
彼はそれを振りはらおうとして、腕が痛むのか、顔をしかめた。
「俺のこたーいいンだけどヨ、俺のZ2オシャカにしてくれたコトはマジで許せねーヨ……!? アイツら、ただブッ壊すだけじゃなく、火まで点けやがったかンヨ……!?」
「ヒロヤサンに聞いたけど、族じゃないンだって?」
「ドエレーデケー、ゴリラみてーなラリ坊ヨ……!? 見たトキねーツラだったナ……!?」
ここで高瀬は俺に目を留めた。「オオ、カズ。オメーも来てくれたンかヨ……!?」
「あ、どうも……」
俺は会釈した。
「お兄ちゃん、アタシとカズでソイツ捕まえてケジメつけさすヨ……!?」
リコが俺の腕を取る。
えっ、俺も……?
高瀬が天井を見る。
「オメーはともかく、カズは俺が止めてもトコトンまで行っちまうだろーナ……!? マア、警察にパクられねー程度にしとけ……!?」
なんかもう俺が仇討するの既定路線みたいに扱われてんな……。現実世界のトラブルに対してはまったくの無力なんだが。
ご両親に挨拶して病室をあとにした。
「マジ犯人ブッチメて病院送りにしなきゃ気が済まねーヨ……!?」
エレベーターが来るのを待ちながらリコがポキポキと指を鳴らす。
外に出ると、駐車場の端に黒いSUVが停まっていた。運転席に座るのはナイト兄だ。
唯愚怒羅死琉のナンバー2が腰を屈めて彼と話している。
「総会長代理のオメーが各支部まとめて、下のモンが暴発しねーよーに引きしめとけ……!? OB連中には俺が連絡まわしとくからヨ……!?」
「ッス」
ナンバー2は深くお辞儀して仲間のもとへともどっていった。
ナイト兄が俺たちを手招きしている。そちらへ向かうと彼は窓から顔を出した。
「オウ、ナイトから聞いたゾ……!?」
「お疲れサンッス」
リコが頭をさげる。
「海樹どーヨ……!?」
「命に別状ないみたいッス。意識もはっきりしてました」
「そーかヨ、ならいいンだがヨ……!? オメーら仇討とかゆってフキあがンじゃねーゾ……!?」
ナイト兄のことばにリコの表情が険しくなった。
「テメーの兄貴やられて黙ってろっつーンスか……!? いくら先輩でもつまんねーコトゆってッと潰しますヨ……!?」
「そーやってヨ、復讐の連鎖で怪我人増えてくってのは俺もとおった道だ……!? ココは冷静になれ……!?」
ナイト兄がこちらに視線をよこす。「なあカズ、オメーならわかるだろ……!? こーゆー暴力の行きつく先がヨ……!?」
リコも俺を見ている。
その怒りに満ちた表情――これ、返答まちがったらリコの拳で救急外来の受付までブッ飛ばされて緊急入院するやつだな。
俺はポケットに手をつっこみ、ナイト兄をにらみつけた。
「先輩にとっちゃ過去にとおった道かもしれねーが、俺たちにゃはじめての道なんだよ。だから暴走りつづけるしかねーんだ、俺たちはよ」
このわかったようでわからない発言、本当にわかったようでわからない。
「カズゥ――」
リコが俺の腕に触れる。「やっぱアンタって最高にビッとした男だヨ……!?」
どうやら彼女にとっては正解だったようだな。
ナイト兄が車のエンジンをかける。
「オメーってヤツはウワサどーりツッパッたヤローだナ……!? マ、オメーみてーなヤツがいてもいいのかもしンねーナ、トコトンまでツッパリつづける男がヨ……!?」
SUVは静かに走りさった。
それを見送ったリコが身を寄せてくる。
「さっきオメー警察の前でアタシのコト婚約者だってゆってたよナ……!?」
「えっ? いや、あれは検問抜けるための――」
「お兄ちゃん襲った犯人捕まえたらヨ、いっぺんうち来い……!? パパとママにちゃんと紹介すッからヨ……!?」
まずい……そこ乗っかっちゃうと結婚秒読みカウントダウンの様子を種子島宇宙センターから生中継でお送りしますってことになりかねん。
頼む……パパ……「キミに娘はやれん!」的な感じでひとつお願いします……。
俺は夜空を見あげ、たいして明るくもない星たちに祈った。




