4-9 決着……!?
ボーンドラゴンはスカーレットを後足でつかんだまま飛んでいく。
運転手を失ったバイクが転倒する。
神野はリコをうしろに乗せたまま疾走していた。
「アイツを止めろ、ボーンドラゴン!」
俺は空に向かって叫んだ。「ただし彼女は傷つけるな」
「御意ノママニ」
ボーンドラゴンは大きく羽ばたいて加速した。
神野の正面にまわりこみ、咆哮して威嚇する。
「ヒッ……」
神野が急ブレーキをかける。
俺はそのとなりにバイクを停めた。
「追いかけっこは終わりだぜ」
「ウッ……ク、クソがァッ……!」
神野がバイクを降りて殴りかかってくる。
俺も降車して迎え撃った。
「ッダラァツ!」
大振りのパンチを余裕でかわし、ボディーブローを叩きこむ。
「オッゴォッ……」
神野は腹を押さえて地面にうずくまった。しばらくはまともにメシが食えないだろう。
俺はその長い髪をつかんでひっぱった。むりやり顔をあげさせ、のぞきこむ。
「貴様には10年後スメアゴルみてーな髪型になる呪いをかけた」
「ヒッ……」
強烈な心の傷も与える完全勝利だ。
「カズゥ……」
リコがこちらにやってくる。
「怪我はないか?」
「ねーヨ」
俺は彼女の手を縛る紐を引きちぎった。
自由になった彼女は、倒れている神野に馬乗りになりボッコボコに殴りはじめた。
「ッチャネーゾ、オオッ……!?」
神野の顔面が見る間にグシャグシャになっていく。返り血がリコの体に飛ぶ。
神野についてはさっきのひとことでいい感じに締めたつもりだったんだが……。
相手を血達磨にして気が済んだのか、リコは立ちあがり、俺と向かいあった。
「来てくれると思ってたヨ……!?」
「俺がもっと注意していればおまえが人質になることもなかった。すまん」
「悪リーのは油断してたアタシだヨ……!? カズのせいじゃねーから」
「二度とこんなミスはしない」
「アタシだって二度と人質になったりしねーヨ……!?」
リコの体の大部分は鎧に覆われず、露出している。汗ばむ肌に土埃がついて、それが不思議に生々しかった。返り血が一条、胸の谷間に流れこんで乾く。
間近で見ているとドキドキしてしまう。
「ンで、アイツはどおすンだ……!?」
彼女が空に浮かぶスカーレットを指した。
スカーレットはボーンドラゴンの爪の間で、引き裂かれたスカートをかきあわせ、むきだしの下半身を隠そうとしている。
「異世界の人間だからな。異世界のルールにまかせよう」
「何だヨ……!? アタシがこの手でブッチメてやりたかったのにヨ……!?」
リコが掌に拳を打ちつける。
俺はスカーレットに向かって呼びかけた。
「おーい。おまえ、どこかで術者を見つけてその洗脳解いてもらえ。しっかり自分を見つめなおして、やりなおすんだぞ」
「ッセーンだヨ、ダボがァ!」
彼女はまだ減らず口を叩いている。
あとはもうご両親に何とかしてもらうしかない。まあ、俺が親なら地下牢なりどこかのヨットスクールなりにブチこむね。
リコが俺を見つめている。その頬に返り血がぽつんとついていた。俺はそれを袖で拭ってやった。
彼女が目をつぶり、こころもち顎を持ちあげる。
ん……?
これはまさか……キス待ちの表情ではないか?
キスかあ……。
指輪あげたら即婚約ってかんちがいしちゃう相手だから、キスなんかしたら想像妊娠くらいやらかしてもおかしくはない。
だが彼女の柔らかそうな唇を見ていると、吸いつきたくなってしまう。ちょっとだけならだいじょうぶだろうか。
俺は彼女の腰に手をまわし、その体を引きつけた。
顔を近づけ、そっと唇を重ねようとした、そのとき――
「リコォ、カズゥ、無事か……!?」
やかましい音が聞こえてくるのでそちらに目をやると、高瀬とその仲間たちが荒野を駆けてきていた。
「ゲッ……」
あのお兄様にキスしてるとこ見られるのはまずい。
俺は彼女の体をそっと押して距離を置いた。
「また今度にしよっか」
彼女が目を開く。
「アァ……!? 今度って何がヨ……!?」
「え? いや、その……キスを……」
「アァ……!? キスって何がヨ……!?」
そういいながら彼女は顔を真っ赤にしている。
「キスしようとしたじゃん」
「アァ……!? してねーヨ……!? オメーが勝手にしよおとしたンだろおがヨ……!?」
「いやいや、あの顔は完全に欲しがってたでしょ」
「アァ……!? アタシがファーストキスまだだから焦ってるっていいてーンかヨ……!?」
「は? 急に何の話?」
「ッセーヨ、ッラァッ!」
彼女は俺のケツを思いきり蹴った。
「痛ッ!」
彼女はそのまま神野のバイクに乗って去っていく。
ボーンドラゴンが俺の頭上に飛んでくる。
「サスガ我ガ主、きすヨリきっくヲ選バレルトハ。変態性欲ノ王ト呼バルルニフサワシキオ方ヨ」
「サラッとトンデモない称号つけてくれたな」
俺はケツをさすりながらナイトのバイクにまたがった。
高瀬と唯愚怒羅死琉の面々がやってくる。羅愚奈落のみんなは治癒魔法で回復したようだ。ナイトがマッハクンのケツに乗っている。
「オオッ、神野もあの女もアイツひとりでやったンかヨ……!?」
「つーかあの女、下が裸だゾ……!? もしやヤッたンか……!?」
「単車・喧嘩・オンナ……アイツにかかっちゃどれも瞬殺だナ……!?」
「さすカズ」の声が満ちる中、俺は彼らの方へと走りだした。
それから1週間、俺はずっとぐったりしていた。
異世界で長時間バイクに乗っていた疲れが取れない。それに、1対1の喧嘩じゃなく集団を相手にするのは骨が折れた。もうああいうのは勘弁してもらいたい。
神野率いる拷死苦は唯愚怒羅死琉にボコボコにされ、解散することになったらしい。
金曜の朝、ホームルームのために担任が教室に入ってきた。
「オイ、あれ……」
そのうしろに金髪碧眼の美少女がいたので教室中がざわめいた。
「パツキン……!? マビーじゃねーのヨ……!?」
「留学生かァ……!?」
「シャバ高にしか入れねーよーな奴がよく入国できたナ……!?」
俺の前の席に座るマッハクンがふりかえる。
「オイ、あの女……まさか……!?」
「ああ……アイツだ」
髪はツインテではなくまっすぐおろしていて、服は刺繍入りゴスロリドレスではなくシャバ高の制服だが、アイツにまちがいない。
「今日からみんなといっしょに勉強する転校生だ」
担任が黒板に名前を書く。「では自己紹介を」
いわれて転校生は教卓に飛びのり、あっけに取られるDQNたちを見おろした。
「スカーレット・スカムスカルだァ……!? 今日からあーしがこの学校ノシてくンで夜露死苦ゥ……!?」
教室内が一瞬静まりかえり、またざわめく。
「オイオイ、ヤベーのが来ちまったゾ……!?」
「転校生ってもっとしおらしーモンなンじゃねーンかヨ……!?」
「海外にもいるンだナ、こーゆーヤツ……!?」
担任がうろたえつつ教卓の上のスカーレットを見あげる。
「ス、スカーレットさん……とりあえずおりてもらえるかな?」
「アァ……!?」
スカーレットは担任をにらみつけながら教卓からおりる。
「えーと、キミの席は――」
「あッこ空いてンじゃンヨ」
彼女は机の間をこちらに向かって歩いてくる。その目は完全に俺をロックオンしていた。
「オーイ、こっち来いヨ」
俺のとなりで吉本が手を振る。
スカーレットは俺と吉本の間で足を止めた。
吉本は金髪美少女を前にしてすっかりニヤケ顔だ。
「オメー俺のとなり座れヨ。いま机と椅子持ってきてやッかンヨ」
「いらねーヨ」
彼女は吉本にほほえみかける。「ココ空いてンベ」
「え?」
首をかしげる吉本にスカーレットが飛び膝蹴りを食らわせた。
「ゴボォッ……」
顔に食らった彼は壁まで吹きとび、失神する。
スカーレットはひっくりかえった椅子を起こして、そこに腰かけた。
「ホラ、空いてンじゃン……!?」
「ヒッ……」
俺はそっと机を持ちあげ、彼女から離れようとした。
だが彼女は乱暴に机をくっつけてきた。
「カズ、オメーに会いに来たヨ……!?」
「あ~、やっぱそうですか……」
「オメーこの間、あーしに『目をさませ』ってゆってくれたベ? そんであーしは気づいたンだ。もっとビッとしていかねーとナってヨ……!?」
う~ん……この人がこうなったの「洗脳」のせいだって決めつけてたけど、もともとこういう奴だね、きっと。
スカーレットは俺に脚をからめてくる。
「これからはオメーみてーにあーしのこと本気で心配してくれるオトコとつきあうコトにするヨ……!?」
「そ、そうですか……」
マッハクンがふりかえる。
「にしてもオメー、よくコッチの学校入れたナ。パスポートとかあンのか?」
「拷死苦のケツ持ってたギルドがパスポート偽造してくれたンだわ」
「それ、ギルドじゃなくて組では?」
なんでコイツは剣と魔法の世界からウシジマくんの世界にワープしてんだ?
1時間目は現国で、担任がそのまま授業をする。
スカーレットは机に肘をつき、ずっと俺のことを見つめている。
そもそもこの人、転校初日なのにカバンすら持ってきていない。
やがて彼女は俺の膝の上にケツを乗せてきた。
「あ~つまんね~。カズゥ、森でも行ってパコるベ……!?」
「ねーよ、森なんか。海山市は人口15万の大都会だぞ」
「ナアいいじゃンヨ……!? 疼くンだヨゥ……!?」
担任が板書する手をを止めてこちらを見た。
「スカーレットさん、授業中は静かにしてね」
「アァ……!?」
スカーレットは立ちあがる。「テメーあーしの領地だったらいまごろ絞首台で風に揺れてンゾ……!?」
「ヒッ……」
担任は俺たちに背を向け、板書にもどった。
俺は太腿の上で腰をグラインドさせるスカーレットからなるべく意識を遠ざけようとした。これまで受けてきた性教育のカリキュラムに「太腿に性器をぐいぐい押しつけられたらどうすべきか」という問題に対する答えはない。
もうすぐ授業も終わるという頃、廊下が騒がしくなってきた。
何やら緊迫したムードの会話が聞こえてくる。
「オウ、ソコのブリ商、こんなトコで何してンだコラ……!?」
「テメーにゃ関係ねーだろおがヨ……!?」
「その顔、見おぼえあンゾ……!? オメーこないだアタシのツレ、単車で轢いたベ……!?」
「おぼえてねーナ……!? 道に落ちてる石コロならしょっちゅーハネトバしてッけどヨ……!?」
この声、そしてこの会話の流れ――心当たりがある。
「ッゾ、クソガキャァ……!?」
「ッダラネーゾ、オォッ……!?」
ドカッバキッと激しい音が聞こえてくる。
失神していた吉本も気がついたようだ。
「た、戦っている音だ。それも一進一退の大攻防戦だ!」
起きあがり、廊下の方へ行く。
「ちょっち見てくンベ」
そのとき教室の戸がドバンとはずれ、吉本はその下敷きになった。
「ギャ――――ッ!」
「吉本――――ッ!」
戸の上には血まみれになった女子が倒れている。
その向こうから鬼の形相をしたリコがやってきた。
「スカーレットォ……テメー、人のオトコにコナかけてタダで済むと思ってンかヨ……!?」
「ンだコラ……!?」
スカーレットが立ちあがる。
「キ、キミィ……」
担任が教壇から飛んできた。「どこの生徒だ。勝手に入ってきちゃダメじゃないか」
リコは彼の胸倉をつかみ、顔を近づけた。
「ココで殉職しても2階級特進はねーゾ、センセイ……!?」
「ヒッ……」
担任はあわてて教壇へもどっていく。
スカーレットがリコに迫った。
「カズがオメーのオトコって誰が決めたヨ……!?」
「アタシはカズから指輪もらってンだヨ……!?」
リコは歯をむきだしにしてスカーレットをにらみつける。
「でもヤってねーベ……!?」
「ハァ……!?」
「あーしは相手が処女がどーか一発でわかるンだヨ……!? オメーはションベンくせーからゼッテー処女だナ……!?」
「アタシも人の寿命がわかるンだ……!? オメーの寿命はあと30秒だヨ……!?」
「サエズってンじゃねーゾ……!? ネンネは帰って白馬の王子様ァ夢見てろ……!?」
「ッセーヨ、ズベがヨ……!? 残りすくねー寿命、有効に使え……!?」
ふたりはにらみあっていたが、やがて取っくみあいをはじめた。
リコがスカーレットを押したおすとスカーレットはすぐ上になり、くんずほぐれつして、床を転げまわる。
これはいったいどういうことなんだ……。
いくらDQN高だといったって授業中にこれほどのヴァイオレンスが襲ってきたことはいままでなかった。はたして目の前で起きていることは現実なのか……?
「カズ、止めなくていいンかヨ……!?」
マッハクンがいう。
俺はすぐそばの修羅場から目を逸らし、前を向いた。
「先生、授業を進めてください」
「何ッ……!? コ、コイツ……完璧現実逃避キメてやがる……!?」
マッハクンが俺の顔をまじまじと見る。
そう、俺がいまいるこの世界は現実ではない。目に見えるものはみな幻……この世はすべて白昼夢……現実が異世界で異世界が現実で……。
「カズのヤロー、この状況で余裕ブッコいてやがンゾ……!?」
「自分を取りあって女が喧嘩するコトなんて日常茶飯事だってツラだゼ……!?」
「もはや王者の貫禄だナ……!?」
教室のざわめきにも、犬の喧嘩みたいに転げまわるリコとスカーレットの怒声にも耳を貸さず、俺は板書をノートに写しつづけた。




