1-3 羅愚奈落……!?
俺はマッハクンに連れられて校舎を出た。向かった先は自転車置き場である。
もっと人目につかない便所とかでボコボコにされるものと予想していたので、ちょっと意外だった。
そこへ男女2人組がやってきた。ここに来る途中でマッハクンがスマホをいじってたのは、彼らを呼ぶためだったようだ。
「このダサ坊がマッハの単車やったンかヨ……!?」
小柄な女子が俺をにらむ。けっこうかわいい顔をしている――向かって右半分が赤・左半分が金色に染められた髪と、両耳にいっぱいついたピアスと、目のまわりを真っ黒に塗ったメイクを除いての話だが。クセがすごすぎて顔面偏差値を判定しづらい人だ。
「マッハァ、コイツドコでシメンのヨ。ココじゃねーベ?」
頭の横とうしろをガッツリ刈りあげて上はピッチリ横分けにした男がいう。異世界でともに戦ったオネエ連中並みに体がデカくて威圧感がある。
「自然公園行くベ。あッこなら邪魔が入ンねーだろ」
マッハクンがいうと、仲間のふたりは「オウ」と答えた。
彼らはそれぞれ自転車置き場からバイクを転がしてきた。どれも明らかな「族車」だった。
まだいたんだな、こういう人たちって。
「オメーヨォ――」
クセすごい系女子が俺の肩に手を置く。「マッハに上等キッたってことは、ウチら『ラグナロク』に上等キッたンと同じだかンヨ……!?」
「ラグナロク……とは……?」
俺がいうと、クセ女子は自分のバイクに貼ってあるステッカーを指差した。
大日本音速騎士団 羅愚奈落
これは……ひょっとしてこれで「ラグナロク」って読むのかな?
「羅愚奈落は天下布武だかンヨ……!?」
横分けの男がいうと、残りのふたりは「オウヨ」といってうなずいた。
意味がわからない。
「ウチが羅愚奈落特攻隊長・大和扶々稀だァ……!?」
クセ女がいう。
隊とは……? 俺はあたりを見渡した。
「羅愚奈落親衛隊長・荒垣騎士。俺らの前で調子クレてるヤツは潰すかンヨ……!?」
横分けクンがいう。
やっぱり隊長だけいて隊員はいない。
「初代総長・桜木音速。俺ら3人で鯖ヶ崎高校最強走り屋集団・羅愚奈落だァ……!?」
マッハクンがいう。
管理職しかいない組織ってどうなんだろうな。
「オウ、オメーは俺のケツ乗れヨ……!?」
横分け改めナイトが俺にヘルメットを差しだしてくる。
乗りたくないけど行くしかないよね……。乗らなきゃここでボコられるだけだ。
仕方なくメットをかぶってうしろに乗ると、3人はエンジンをかけた。
まあそのうるさいこと……ブオンブオンいうもんで、俺は夜中に家の前を通りすぎるあのブオンブ音はこういう連中が鳴らしていたんだと気づいた。あとは早朝ホーホーいってる鳥の正体がわかれば、この世の謎はほぼ解きあかされるだろう。
ブオンブオンいいながらバイクは学校の敷地を出た。めっちゃ飛ばしてる。ナイトの肩越しにメーターを見たら80kmくらい出ていた。住宅街で出していいスピードじゃない。
だが俺は一切恐怖を感じていなかった。むしろ、プランどおりにいっているのでほくそ笑んでいた。
俺にはこの窮地を切りぬける策がある。
あの異世界で生きのこれたのは、レベルカンストしてたこともあるが、頭を使って敵を出しぬいたからだ。
県道に出て、さらにスピードがあがる。
「フブキィ、ついてこれッかヨ、俺にヨ……!?」
マッハクンがクセ女にいう。
「誰にゆってんのヨ……!? ウチのGS400Eナメてッと潰しちまうゾ……!?」
クセ女が加速していく。ナイトがそこに並走する。
「オメーらじゃケツにお荷物乗せてる俺にも敵わねーヨ……!?」
「アァ……!?」
「ヌカしてンじゃねーゾ、ナイトォ……!?」
3台は車の間をすりぬけ、どんどん追いぬいていく。
そろそろ頃合いだ。
ケツのお荷物こと俺は前に座るナイトの肩を叩いた。
「あのさ、ちょっといいかな」
「何ヨ……!?」
「いっちゃ悪いけど、このバイク遅くね?」
「アァ……!?」
彼はふりかえり、俺をにらみつける。それに構わず俺は続けた。
「音だけは立派だけど全然たいしたことねーな。端から見たらきっと止まって見えるぞ」
「テメー……生意気にサエズってンじゃねーゾ……!?」
ナイトは俺をにらみつづける。いいから前向いてください……。
クセ女改めフブキがバイクを寄せてくる。
「見せてやろうゼ……ウチらの暴走りをヨ……!?」
彼がいうと、ナイトがうなずいた。
「オウヨ……俺らァ走り屋だかンヨ……!?」
3人のバイクがさらに加速していく。
やがて俺の背後から福音とも呼べるサウンドが聞こえてきた。
ふりかえるとそこには赤色灯が神々しいまでに輝いていた。
「オウ、県警のパーカーだゾ!」
フブキが叫ぶ。
パーカーを着たカジュアルなお巡りさんが? と思ってキョロキョロあたりを見まわした。彼らのいっているのはどうもそういうことではなく、パトカーのことらしい。
1台のパトカーがサイレンを鳴らしながら俺たちを追ってきている。
『そこのバイク、止まりなさい!』
計算どおりだ。スピード違反が3人となれば警察も黙っちゃいない。追いつかれてお縄を頂戴しちまえばこの編入早々の突発イベントも終わりってわけだ。
DQNのみなさん、バイバイク~(バイクだけに)。もちろん俺はむりやり連れてこられたかわいそうな少年なので無罪放免まちがいなし!
並んで走っていた3台のバイクが寄り集まる。
「こーなりゃ、行くッかねーナ……!?」
「行こーゼ、スピードの向こう側にヨ……!?」
「オウ、向こう側ァ!」
彼らが散開し、さらなる爆音をあげる。
ちょっとやばいんじゃないかという気がしてきた。あたりの風景がゆがんで見える。耳もなんかおかしい。頬にぶつかる風が痛かった。
ふりかえると、俺たちを追っていたパトカーが置きざりにされて小さく見える。
ああっ、頼みの綱が……。
「バッキャロー! 俺の払った税金返せ!」
俺は失望のあまり思わず後方に向かって叫んでいた。
「ハハッ、コイツ意外と気合入ってンじゃンヨ」
フブキが笑う。
ふと気づくと、キラキラと光の粒が俺の体にまとわりついていた。光はどんどん増えて俺の視界を覆う。
「何だァ?」
バイクの音が響く。何も見えないが、体に感じるスピードだけは確かなものだった。
「何だ何だ何なんだよこれは!」
「着いたゼ……!?」
ナイトの声とともに光が消え、視界がもとにもどった。
「こ、ここは……?」
県道沿いの見慣れたファミレスも中古車屋も姿を消していた。あるのはだだっ広い野原、そして遠くの山々だけ。
俺の知ってる海山市じゃない。
いや、知ってるぞ……この感じ……。
3人がバイクを停める。土埃が舞いあがる。
俺はすばやくナイトのうしろから地面に降り立った。
「まさかこれって……?」
「決まってンだろーがヨゥ――」
マッハクンがバイクのエンジンを切る。「ココがスピードの向こう側、異世界だヨゥ……!?」
ですよね~。