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夜露死苦! 異世界音速騎士団"羅愚奈落" ~Godspeed You! RAGNAROK the Midknights~  作者: 石川博品
第3突堤 殴拳神樹 "唯愚怒羅死琉" 止められるか、俺たちを!
33/54

3-10 ~Princess Side~ 「本当のアイツ」

 ――街をさまよってた


 ――答えをさがして


 ――チャチな宝物なら


 ――いくつも手にした




 ――スピードの向こう側


 ――アイツの背中


 ――そこに触れたら何かが


 ――見つかりそうな気がした





 

 ここはさば()さき高校。


 県内でも有数の不良校だ。


 6時間目の授業が終わると、私はCBRを飛ばしてここに来た。


 どうしてなのか自分でもわからない。


 本当に私はアイツのことが好きなんだろうか。


 それともあの危険な男に近づくスリルを楽しんでいるだけ?




 校門の前に単車を停める。


 すこしたつと中から1人の男子生徒が出てきた。


「ヨウヨウ、彼女ォ、ヒマなら俺とイイコトしねえ?」




 やだ……


 こんなとこアイツに見られたら……。


 私は隙を見てその男に膝蹴りを食らわせた。




「うぐっ」




 男は倒れた。


 やっぱ不良校は油断も隙もない。




 またすこしたつと、今度はアイツ――


 カズがやってきた。




「アァ……? オメー何やってんだ?」


 不機嫌そうな顔でいう。




「ち、ちょっとね……」




 カズは仲間を連れず、ひとりだった。


「ん? 何だコイツ」


 彼は地面に倒れた男を見る。




「ナンパしてきたから倒した」




「ナンパだァ……?」




 彼の雰囲気がかわった。


「ハンパなことしてんじゃねーぞコラァ!」


 倒れた男の腹に思いきり蹴りを叩きこむ。




 失神してる奴をさらに攻撃するなんて……


 やっぱコイツ頭のネジ飛んでるよ……。




 でも、どうしてそんなことを?




 ひょっとして……


 嫉妬……してるのかな……。




 まさかね……。


 私のことなんて眼中にないって感じだもん。




 彼は私に背を向け、歩きだした。


「オメーも早く帰れよ。この学校、おかしな奴が多いからな」




 彼の背中――


 あのときと同じだ。


 異世界で私を倒したあのときと。 

 

 ワルぶってるけど、すごく傷つきやすそうで寂しそうな背中。




「あ、あの――」


 私は勇気を振りしぼってその背中に呼びかけた。


「アァ……? 何だよ」


 彼が足を止め、ふりかえる。 

 

「よかったら……


 お茶でも飲みに行かない?」


「ハァッ……? なんでオメーと茶なんか」


 彼は鼻で笑う。




 そうだよね……


 指輪なんか渡されて勝手にその気になってたけど、


 カズからしたら私なんてちょっかいを出した女の1人にすぎないもんね。




「ゴメン……変なこといって」


 私は単車のエンジンをかけて帰ろうとした。




 だけどそのとき、




「あれっ? コイツまた来たんかよ」




 聞きおぼえのある声がする。


 ふりかえると、そこには羅愚奈落ラグナロクの3人が立っていた。


「どうしたんよ、カズ。まだコイツにちょっかい出してんのかよ」


 紅一点のフブキがカズにすりよる。


「そんなんじゃねーよ」


 カズは顔をしかめた。


「コイツに茶でも飲みに行こうって誘われたんだよ」


「じゃあ行ってやれよ」


「ヤだよ。めんどくせー」


ツメてーなー。行きゃーいいじゃねーかよ」


「うっせーなー」


 カズが殴りかかる真似をすると、フブキは笑って彼の腕にすがりついた。




 このふたり、すごく仲がいい。


 思ってることを何でもいいあえる仲って感じ。


 私とはおおちがいだね……。




 私もフブキみたいに男相手でもはっきり物をいえる性格だったら、


 あんな関係になれたのかな……。




「じゃあよ――」


 カズが私の方を見る。


「コイツらといっしょだったら行ってやってもいいぜ」


 そういって羅愚奈落の方を指差した。


「う、うん……いいよ」


 私はそう答えるしかなかった。


 男はいつだって仲間とつるみたがる。


 こっちの気持ちなんてお構いなしだ。




 本当は彼とふたりきりになりたかった――


 そうすれば本当の彼を知ることができると思ったから。




「オメーはその女のケツに乗ってけよな」


 ナイトがFXのエンジンをかける。


 カズは顔色をかえた。


「おいおい、そりゃねーぜ。俺はいつもオメーのケツだって決まってんだろ」


 マッハとフブキがニヤニヤ笑う。


「カズ~、乗ってやれよ、彼女のケツによ」


「ヒュー、熱いねえ」




 やだ……


 みんな私のことからかって……


 こんなの……恥ずかしいよ。




 3人が行ってしまうと、カズは渋々CBRのリアシートにまたがった。


「ッたくよ~。


 俺をハブにしやがって。


 アイツらゼッテー許さねーからな」


 走りだしても彼はまだブツブツいっている。


 まるで駄々っ子みたい。 


 


 カズってこういうところもあるんだ……。


 ちょっとかわいい。




 彼はシートの縁に軽く手を当てて座っている。


「もっとしっかりつかまってないと危ないよ?」


「うっせーな。必要ねーよ」


 彼は背を反らし、風を受けてくすぐったそうな顔をする。


 いまにもシートから落ちちゃいそうなのに全然平気そう。


 危険を楽しんでいるって感じ。


 赤信号で停まると、彼の手が私の腰に触れた。


 大きな手……


 悪糾麗ワルキューレのメンバーをうしろに乗せたときとはまるでちがう。


 そういえば、リアシートに男を乗せるのははじめてだった。


 なんだか急に恥ずかしくなってきた。


 私はそれを紛らすため、彼に話しかけた。


「カズはバイトとかしてるの?」


「してねーよ」


「お金貯めたりとかは?」


「興味ねーな」


 彼は空を見あげる。




「先のこととか、わかんねーよ。俺には現在イマしかねーから」




 男はいつもそんなことをいう。


 私の先輩にもそんなことをいって事故って死んじゃった人がいる。


 スリルに酔って危ない走りをする人だった。




 カズもいつか私の手の届かないところへいっちゃうような気がする。


 ――スピードの中にその身を投げだして。




 いま肌に伝わってくる彼の掌の熱も、夏の日の幻のように感じられた。






 ファミレスに着くと、みんな私に族の話をきいてきた。


 やっぱりそういう話題ばっかりなんだね。


 ブリ商にいる族の話を聞かせていると、単車の集団が駐車場に入ってくる音が聞こえてきた。

 

「おっ、どこのチームだ?」


 羅愚奈落の4人は窓際に行ってしまう。




「あれは……


 唯愚怒羅死琉ユグドラシルだぞ」




 えっ……


 てことは……。




 ドアを開けて入ってくる集団の先頭にいた男がこちらに声をかけてきた。




「おう、リコ」


「お、お兄ちゃん……?」




 私の兄・(たか)海樹かいじゅはシャバ高の3年生で、唯愚怒羅死琉という大きなチームの総会長をしている。


 小さい頃からけん無敗で、ワルかったけど、私には優しいお兄ちゃんだ。




「珍しいな、おまえがこの辺来るなんて」


 チームの部下を連れている兄は家にいるときとは雰囲気がちがった。


 すこし近づきがたい感じ。


「う、うん……


 友達とね……」


「友達……?」


 兄がじろりと羅愚奈落の方を見る。


 羅愚奈落の4人も兄をにらむ。


 一触即発の雰囲気……




 やだ……


 お兄ちゃんとカズに喧嘩なんてしてほしくないよ……。




 だけどそのとき、カズがにこっと笑って兄に近づいていった。


「はじめまして。


 リコさんとおつきあいさせてもらってます、山岡和隆やまおかかずたかです。


 どうぞよろしく」




 え~っ……!


 カズの方からそんなことをいうなんて……




 いつかお兄ちゃんにも紹介したいって思ってたから、うれしいけど……


 私にも心の準備ってものが……。




「へえ、おまえがリコの彼氏かよ。


 まあ、仲良くやれ」


 兄はちょっと照れたように笑って部下のところへもどろうとした。


 その背中を見てカズがニヤリと笑う。




よろしく(・・・・)ってのは、


 いまから唯愚怒羅死琉ブッ潰すんでよろしくって意味だぜ?」




「何……?」


 兄がふりかえる。




「俺は羅愚奈落の旗持ちよ。


 オメーら唯愚怒羅死琉を皆殺しにして俺たちがシャバ高を支配する」




「このヤロー……さっきまでの態度はフェイクか」


「だいたい女の家族に挨拶あいさつなんかするわけねーだろ。


 女抱くたびにそんなことしてたら、いくら時間あっても足りねーよ」


「テメー……」


 兄が怒りに声を震わせる。


「俺とタイマン張れ」


「いいぜ。異世界に来い」


 カズが答えると、兄は唯愚怒羅死琉を連れて店を出ていった。


 私はカズに駆けよった。


「ねえ、やめてよ。喧嘩なんて」


「女の出る幕じゃねーよ。すっこんでな」


 彼は私を突きとばして兄のあとを追う。


 羅愚奈落の3人もそれに続いた。




 嫌だよ……


 カズとお兄ちゃんが喧嘩だなんて……




 どうして男たちは理由わけもなく憎みあうの……?




「お兄ちゃん……カズ……


 行かないで……」


 私は胸が苦しくなってレストランの床にしゃがみこんだ。






 異世界には悪糾麗の仲間たちを呼んだ。


 私たち悪糾麗と唯愚怒羅死琉、羅愚奈落が輪になってカズと兄を囲む。


「いくらカズでも海樹さん相手じゃ厳しいだろうね」


 副総長の陽菜ひながつぶやく。


「たとえ海樹さんに勝っても、今度は唯愚怒羅死琉の200人が相手だよ。


 絶対に生きては帰れない」


 親衛隊長のづきがあたりを見渡す。




 どうしたらいいの……


 カズにもお兄ちゃんにも死んでほしくないよ……。




「行くぜ」


 兄が距離を詰めてカズに殴りかかる。




 ドカッ「ぐわっ」




 倒れたのはカズでなく兄の方だった。


「えっ……?」


 周囲がざわつく。


 カズが何をやったのか、速すぎて見えなかった。


 兄は立ちあがったが、カズのローキックでまた倒れた。


 カズは馬乗りになって兄を何度も何度も殴る。




「やめて……


 もう充分だよ……!」




 私は叫んだ。


 それが通じたのか、カズは兄の上からどいた。


 唯愚怒羅死琉がカズを狙って襲いかかる。




「高瀬クン、これを」


「おう」




 総会長代理のヒロヤサンが兄に巻物を手渡す。


 兄はそれをひろげた。


 空間に大きな穴が開き、中から土の巨人が現れた。


 手には大きな剣を持っている。




「アイツをやれ」


 兄がカズを指差す。




 そんな……


 あんな大きなモンスター、人間が勝てるはずないよ。




 だけど巨人はカズではなく、唯愚怒羅死琉を攻撃した。




 アイツ……まわりの人間みんなを殺す気なんだ。




 あわてふためいて逃げだす唯愚怒羅死琉。


 兄も狙われる。


 ギリギリのところでかわしたけど、脚を痛めているせいで、もう動けない。


 そこに巨人の剣が振りおろされる。


「危ない!」


 私は叫んだ。




 風が吹いた


 ――ように思った。




 目にもとまらぬ速さでカズが駆けだし、兄の前に立った。


 手にした鉄パイプで剣を受けとめる。


「ウソ……」


「あんな大きな剣を……」


 陽菜と結月がことばを失っている。




「早く……逃げろ……」


 カズが背後の兄にいった。




 お兄ちゃんを助けてくれたの……?


 でもどうして……?




 そのとき、巨人の蹴りがカズを襲った。


 彼は遠くまで吹きとばされ、地面に転がった。




「やだ……そんな……」




 このままじゃ……


 カズが死んじゃう!




 私は彼のもとに向かって駆けだそうとした。


 だけど強い力で引きもどされる。


「やめとけ。巻きこまれるぞ」


 羅愚奈落のナイトが私の肩をつかんでいた。


「でもカズが……」




「そうじゃねーよ」




「えっ……?」




 ナイトはカズの方を見つめている。


「カズがキレちまったらあんなデカブツ目じゃねーよ。


 アイツの力はハンパねーからよ。


 ノコノコ近づいていったら、俺らも危ねえ」




 カズはふらつきながら立ちあがった。


 だけどそこに巨人が襲いかかる。


 カズは間一髪でかわし、巨人の腕に飛びのった。


 そのまま肩に飛びうつり、巨人の顔を鉄パイプで一撃!




 グシャァッ




 その一発で巨人の体は粉々になってしまった。


 つちぼこりが舞う。


 大きな土の山ができる。




 すごい……。


 カズってこんな強かったんだ……。




 巨人は倒れたけど、兄の怪我が心配だ。


 私は駆けだした。




「テメー、なんで俺を助けた?」


 土の山の向こうから兄の声がする。


 それに答えているのはカズだ。 




「もうこれ以上、目の前で人が死ぬのは見たくねーんだよ」




 えっ……


 どういうこと……?


 カズの過去にいったい何があったの?


 彼の背中が寂しそうなのは、ひょっとしてそのせい……? 

  



 私、彼のこと何も知らない……。




 私は走って土の山をかいした。


 カズがこめかみからひとすじ血を流している。


 兄はヒロヤサンの肩を借りて何とか立っている状態。


「いま治癒魔法かけるから」


 私は兄の方に駆けだした。


 そこにカズが呼びかけてくる。




「こっちが先だろ?


 おまえは俺のオンナなんだからよ」




 やだ……


 そんないい方……。




 でも……


 私のこと、そういうふうに思ってたんだ……。




 兄があごをしゃくってカズを指す。


「俺はいいからそっちをてやれ」


 私はカズに歩みよった。


「傷、よく見えないから、しゃがんで」


「めんどくせえ。


 いいから早く治癒キュアかけろよ」


 彼は顔をしかめる。


「ダメだよ。


 ちゃんと傷口を見てからじゃないと」


 私は彼の肩に手をかけてを強引にしゃがませた。


 自分も地面に膝を突く。


ってーな。


 何すんだよ」


「ごめん……」


「ま、これに免じて許してやるか」


 彼は地面に寝転がり、私の太腿の上に頭を乗せる。




「ちょっと……


 何してんの……」


「へへっ」




 彼は目をつぶり、私の脚に頬ずりする。




 いやらしい奴……。


 それに、ワルくて、危険で……


 本当は優しい人。




 私が裸になったとき、さっと特攻服をかけてくれたし、


 今日だってお兄ちゃんやみんなを救ってくれた。




 でもどうしてなんだろう、


 私にはその優しさがとてもはかないものに思えてしまう。


 信じられないくらい強くて……


 信じられないくらい優しくて……


 まるで現実の人間じゃないみたい。


 いつか別の世界に帰っていってしまう人なんじゃないかって。




 私は治癒魔法を唱えた。


 掌から放たれる癒しの光が彼の顔を照らす。




 遊び疲れて眠りについた男の子のようなこの顔は幻じゃないよね?


 太腿に感じるこのぬくもりは真実ホントウだよね……?




 私の目から涙が一粒こぼれ、彼の頬の上に落ちた。


 それでも彼は目を開かず、柔らかな息で私の肌をくすぐりつづけた。






 次の日。


 昼休みになって、私は教室でお弁当をひろげた。


 陽菜と結月も他のクラスからやってきた。


 ふたりは昨日のことをあれこれしゃべる。


「マッハクンっていま彼女いないらしいよ」


「フブキとLINE交換してさー」


 コイツら……


 私の知らないところで何やってんだ……。


 私はカズのことが心配でご飯がのどをとおらなかった。




 彼とお兄ちゃんは同じ学校……


 また喧嘩していたらどうしよう……。




 スマホのバイブが震えた。


 兄からのLINEだ。


「何だろ……


 めずらしいな……」


 見ると、兄とカズのツーショット写真が送られてきていた。


 場所は食堂だろうか、


 カズはスプーンをくわえて変顔をしている。




「えっ、何これ……」


 私は思わず声をあげた。




 陽菜と結月がスマホをのぞいてくる。


「あっ、海樹センパイじゃん」


「このふたり、もう仲良くなったのか」




 本当に男ってわかんない。


 あんなに憎みあってたのに、


 喧嘩することで仲良くなっちゃうなんて。




 でもうらやましいな。


 私にはそんなことできないから。

 



 私は大切なふたりが映ったスマホを胸に当て、窓の外の夏空を見あげた。





 

 ――写真の中の笑顔


 ――私の知らない顔


 ――いつか私にも見せてほしい


 ――あなたの本当の素顔を




 ――まるで疾風かぜのように


 ――私の前に現れたあなた


 ――いまだけはそばにいて


 ――いつか去りゆく運命さだめだとしても

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