3-9 ツーショット……!?
翌日、学校に向かう俺の足取りは重かった。
体の方は異状ない。ゴーレムの蹴りを食らったが、神レベルの防御力と治癒魔法のおかげで無傷だった。
問題は心の方だ。
何をやってももDQNの魔の手から逃れられないというこの絶望感。俺の学校生活はどうなってしまうのか。このままじゃ毎日がドッカンバトルの連続だ。
あんまり足取りが重いんでコンビニに寄るのも忘れてしまった。
昼休みになると、ナイトとフブキが教室にやってきた。
「オウ、学食行くベ……!?」
ソロでは厳しい学校なので、ここは彼らと行動すべきだろう。
学食はめちゃくちゃ混んでいた。
「カズ、オメー席取っとけ……!?」
マッハクンがいうので、俺は彼にカレー並盛を頼んでおいてテーブルの方に向かった。
だがどこもオラついた方々でいっぱいだ。
どうしらいいのかと立ちつくしていると、肩を叩かれた。
「オメーも席さがしてンかヨ……!?」
見ると吉本がかけラーメンとライスの載ったお盆を手に立っていた。
「うん。マッハクンたちもあとから来るんだけどさ、この時間は厳しいな」
「そーだナ。……オッ、あッこ空いてンゾ……!?」
吉本が食堂の奥を指差す。一番端のテーブルがぽっかりと無人になっていた。
俺たちは他の人に取られないよう急いでそちらに向かった。
「これ、誰かが押さえてる席じゃないのか? お茶碗が置いてあるぞ」
「ナーニ、席離れるヤツが悪リーンだヨ……!? シャバ高は弱肉強食だかンヨ……!?」
そういって吉本は椅子に腰をおろし、置いてあったお茶碗のお茶をがぶがぶと飲んだ。
コイツが調子乗ってるときってだいたい何かのフラグだよな、と思いながら周囲に気を配っていると、
「オイオイ、ドエレーわんぱくカマシてくれてンじゃねーのヨ、ボクゥ……!?」
「ココは唯愚怒羅死琉の予約席だゼェ……!?」
2人のいかつい先輩方がこちらにやってくる。
「ゲッ……唯愚怒羅死琉ゥ……!?」
吉本はすすっていたラーメンをブバッと噴きだした。
先輩2人は彼の肩をつかんでむりやり立たせる。
「オメー、いまイイコトゆってたナァ……!? 弱肉強食だって……!?」
「てことはオメーは俺らに食われる側ってワケだ……!?」
2人は吉本をボッコボコに殴り、最後は食堂の隅に放りすてた。
この学校怖すぎ。サバンナだってもうちょい優しさに包まれた世界だろ。
2人の先輩は俺に目を向ける。
「オメーもアイツの仲間かヨ……!?」
「ん……? 待てヨ、コイツひょっとして――」
俺は思わずあとずさりした。すると背中が誰かにぶつかった。
「オッ、カズじゃねーか。どーヨ……!?」
「ヒッ、高瀬……サン」
高瀬海樹が日替わり定食(油淋鶏)の載ったお盆をテーブルに置く。
「アッ……コイツ山岡和隆かヨ……!?」
「サ、サベーヨ……高瀬クンと昨日の続きおっぱじめる気か……!?」
おびえたような表情を浮かべる部下たちを尻目に高瀬は椅子に座り、甘酸っぱ~いタレのかかった鶏唐揚げをガブリとやった。
「カズ、オメー飯はどーしたヨ……!?」
唐揚げ食ってるだけなのに威圧感がハンパない。
「あの、ちょっと……友達が持ってきてくれるので……」
「友達って羅愚奈落かヨ……!?」
「は、はい」
「ンじゃあオメーは席取りか……!?」
「まあそういうことです」
「フーン……オメーほどの男がナァ……!?」
高瀬はつけあわせの千切りキャベツをモシャモシャと食う。
この間が怖いんだよな……。
「オメーヨォ、唯愚怒羅死琉に来ねーか……!?」
「えっ……?」
予想もしていなかったことばに俺は面食らってしまった。ショックを和らげるため、手近なお茶碗のお茶をがぶがぶと飲む。
「アッ、テメー勝手に……」
唯愚怒羅死琉の先輩が声をあげる。
「オメーはあんな小ッせー族に収まるウツワじゃねーだろ……!? 100人とか200人とか連れてヨ、車道埋めつくして爆走ったらシビれるほど気持ちイイゼ……!? そーゆー世界、見たかねーかヨ……!?」
マズいぞコレ……。このスカウトに乗ってはますます高瀬兄妹との絆が強まってしまう。
「興味ねーな」
俺は高瀬の目をまっすぐに見た。「俺はただ自由に疾走りてーだけなんだ。何も背負わずによ……。俺が唯一背負うのは、あの羅愚奈落の旗だけだ」
そう、つまりあなたの妹さんに関しては今後一切の責任を負わないということだ。
高瀬はお茶碗を手に取り、その中に視線を落とした。
「そーゆー暴走りもあるのかもしンねーナ。俺にゃーわかンねーけどヨ」
わかっていただけましたか、先輩!
彼は俺の背後に目をやる。
「オメーら、いい友達を持ったナ……!?」
ふりかえると、そこにはマッハクンたちが立っていた。みんな熱い視線を俺に注いでいる。
「カズ、オメーって奴は……」
「ソコまでウチらンコト思ってくれてたンかヨ……!?」
「俺のカレー大盛食っていいゾ……!?」
う~ん、ひとつの絆を断ち切れば別の絆が強化される。この世はままならないなあ。
高瀬の勧めでマッハクンたちは空いた席に座って食事をはじめた。俺は高瀬のとなりに座らされる。
ナイトが交換してくれたカレー大盛を食っていると、
「オウ、写真撮ンゾ……!?」
となりの高瀬が身を寄せてきた。
「えっ、何スか?」
「いいからヨ……!?」
俺の肩を抱き、スマホを掲げるので、仕方なくカメラの方を見る。
1枚撮ると、彼はスマホを熱心にいじりはじめた。
「いったい何なんですか?」
「いいじゃねーかヨ……!?」
「いや、気になりますよ」
俺は席を立ち、彼の背後にまわった。
スマホの画面にはLINEのトークが表示されている。
「何やってンスか?」
「親父とLINEしてンだヨ……!?」
「なぜいま急に?」
「親父がリコの彼氏のツラ拝みてーッつーかンヨ、いま撮った写真送るトコだヨ……!?」
「いやいやいや、それはダメ!」
俺は彼の手首をつかんだ。「お父さんに送信は絶対にダメ!」
「アァ……!? いいじゃねーかヨ……!?」
彼は俺の手を振りほどこうとする。
だが簡単には引きさがれない。パパはマズいってホント……。この流れだと「家に来い」→「気に入った。式はいつにする?」みたいなことも充分ありうる。
「ダメダメダメ! ホントやめて!」
「放せヨ……!? いいかげんにしねーとブッチメンゾ……!?」
彼は立ちあがり、スマホを頭上高く掲げた。俺はぴょんぴょん跳んでそれを奪いとろうとする。それを彼は空いた手で押しのける。
ふと見ると、唯愚怒羅死琉の先輩方があっけに取られた様子でこちらを眺めていた。
「コ、コイツ……泣く子も黙る高瀬クンに平気であんな真似を……!?」
「このイチャつきぶり……もはや恋人どーしの領域だろーがヨ……!?」
羅愚奈落の面々はテーブルを挟んで飯を食いながら見物している。
「高瀬とも親友になっちまったンかヨ……!? さすがカズだゼ……!?」
「喧嘩した相手はみんな仲間にしてきたからナ……!?」
「コレもうシャバ高統一したよーなモンだベ……!?」
誰一人として俺の危機意識を共有していない。レベル1の勇者が魔王のパパに顔知られて生きていけるかって話だ。
「もう送信すンゾ……!?」
「やめて~! パパだけは、パパだけは~!」
俺の発する魂の叫びは食堂に響きわたったが、やがて周囲のざわめきにかきけされていった。




