3-8 切り札……!?
高瀬は巻物をひろげた。
「悪く思うなヨ、カズ……!? オメーは強エー。信じらンねーくれーにナ。だからココで潰しとかなきゃなンねーンだ」
巻物の紙面から閃光が走る。空間が裂け、そこから青い光が漏れだす。
「モンスターから奪ったこの巻物――これが俺らの切り札だ」
これは……見おぼえがあるぞ。
青い光の中心から巨大な腕が突きだした。その根元から頭が出て、もう1本の腕が出て、やがて体全体がずるりとこの世界に滑りでてくる。
剣を持った巨像――ソードゴーレム!
あの巻物は召喚魔法を封じこめたものだったのか。
「オーシ、出てきやがったナ……!? アイツが標的だ」
高瀬が俺を指差す。
俺の住むマンションよりでかい巨人がこちらを見おろしている。顔には目も口もない。感情もなく、ただ召喚者の命令通りに動く土人形だ。
ゴーレムは武器を振りあげた。業務用のソーラーパネル10枚分くらいあるでっかい剣だ。素手でやりあうのはさすがに厳しい――そう考えていったん退こうとしたそのとき、ゴーレムが剣を地面に叩きつけた。
「ウオッ、危ねえッ……!」
「何しやがる!」
「コイツ、敵と味方の区別ついてねーンかヨ……!?」
ゴーレムが攻撃したのは俺でなく唯愚怒羅死琉の方だった。
逃げまどう彼らを追って、ゴーレムがどすどすと歩いていく。スピードはないが歩幅がでかいので、楽に追いつく。ろくに狙いも定めず、大剣を振りおろす。不快な地響きがくりかえされる。
「みんな逃げろ! コイツはやばい!」
俺は背後の羅愚奈落と悪糾麗に向かって怒鳴った。
あのゴーレムは狂戦士状態にある。攻撃力にボーナスがつく代わりに近くにあるものを手当たり次第に攻撃してしまうステータス異常だ。
何でもいうとおりにするのがゴーレムの長所なのだが、これではそのよさが消えてしまっている。召喚獣としては使えない。
「何やってンだコラァッ! ソッチは味方だろーがヨ……!?」
高瀬が叫び、近づいていってゴーレムのすねを蹴ろうとする。
いや、それはムチャだろ……。
案の定、ゴーレムは足元の高瀬に気づき、剣を振りあげた。
「高瀬クン、危ねえッ!」
例のナンバー2が高瀬に飛びつく。振りおろされる刃を間一髪でかわし、地面を転がる。
「グアッ……」
高瀬が倒れたまま足を押さえる。俺がローキックを入れた箇所だ。
「高瀬クン、立て! 立ってくれェ!」
ナンバー2が高瀬の腕をひっぱる。
ゴーレムが地面に深く食いこんでしまった剣を引きぬき、ふたたび振りあげる。
「お兄ちゃん!」
リコが悲鳴をあげる。
これはやばいな……。
俺が行くしかない……!
「うおおおおおおおッ!」
俺は地面を蹴り、フルパワーでダッシュした。
途中、唯愚怒羅死琉の落とした鉄パイプがあったので拾いあげる。
ゴーレムの刃は高瀬たちに襲いかかろうとしていた。
俺はそこに飛びこみ、鉄パイプで受けとめた。
鉄パイプは針金のようにぐにゃっと曲がってしまったが、何とか相手の攻撃を防ぐことができた。
「早くこの場を離れろ!」
俺は背後の高瀬たちにいった。
「行こう、高瀬クン!」
ナンバー2が高瀬の肩を抱き、逃げていく。
さて今度は目の前のゴーレムを何とかしないとな、と考えていると、そのゴーレムが蹴りを放ってきた。
ダンプカーくらいある足が俺の体にぶつかる。衝撃は交通事故並みだ。
「ぐうっ……!」
俺はアメフトのパントキックみたいに吹きとんで地面を転がった。防具がないからけっこう痛い。これ俺でなきゃ殺人事件になってるとこだろ。
ゴーレムがこちらに向かってくる。とどめを刺そうというつもりらしい。
「使えないなんて思っちゃって悪かったな」
俺は制服についた土埃を払った。「きちんと標的を見定められるじゃないか」
ゴーレムは姿勢を低くして、俺めがけて剣を薙ぎはらう。
「だけど相手は選べよな」
俺は敵の刃を跳んでかわして太い腕の上に着地すると、そのまま駆けあがった。
ゴーレムが反対の手で捕まえようとするが、すりぬけて肩に飛び乗る。
「武器はちょっとしょぼいが、まあしょうがない」
曲がった鉄パイプでゴーレムの額を思いきりブン殴る。
ここがヤツの弱点だ。ゴーレムは魔法の力でつくられた土の人形で、その魔法が刻みこまれた額を破壊すれば元の土にもどる。
ゴーレムの動きが止まった。
「完全勝利、か……」
次の瞬間、足がズボッとはまった。魔法の力を失ったゴーレムが大量の土に化そうとしている。
「おわー」
俺は土に呑みこまれ、押しながされた。一応、「水中呼吸」のスキルは持っているが、土の中でもいけるのかどうかはわからない。
流れが止まったので、フルパワーで土を掻き、脱出する。ふりかえって見てみると、雪が降ったらそり遊びができそうなほど大きな土の山ができていた。
「ア、アイツ……一撃であのデッケーのを……!?」
「バケモンかヨ……!?」
「あんな強エーヤツ見たトキねーゾ……!?」
ゴーレムの攻撃から逃れて散らばっていた唯愚怒羅死琉のみなさんが集まってくる。
その総会長の高瀬がナンバー2の肩を借りてこちらに歩いてきていた。
「カズ、オメー――」
彼はまだ足をひきずっている。「なンで俺を助けた……!? オメーを殺そーとした男だゾ……!?」
やっぱ殺そうとしてたのかあ……。引くわぁ……。
だがゴーレムを倒したいま、場を支配しているのは「さすがカズ」という空気。これに乗っかって、関わってはいけない奴だという印象を高瀬に植えつけておこう。
俺は口の中に入った土を唾といっしょに吐きすてた。
「なんでって、死んだら喧嘩できねーからな」
戦闘狂のサイコパス丸出しなセリフが決まった。
これはさすがにドン引きだろう――と思いきや、高瀬はまぶしそうに俺を見つめ、ほほえんだ。
「ヘッ……オメーってヤツは……」
ん~、コレかえって好感度あがってないか?
こうなりゃ戦闘狂らしくもう一発ローキックをお見舞いしてやろうかと思っていると、
「お兄ちゃん!」
土の山をまわりこんでリコが走ってきた。
そういえば、そもそも彼女から離れたいっていうのが目的だったんだ。ならば直接コイツを叩いた方がいいのか。
「アタシ治癒魔法使えッかンヨ……!?」
彼女はそういって兄に駆けよろうとする。俺はそこに呼びかけた。
「待てよ。俺の治癒が先だろ?」
はいコレ女性に一番嫌われるパターンね。
実家との関係を絶とうとする夫は最悪って、生活系のまとめサイト読んで知ってんのよ俺は。
だが意に反してリコは、俺と兄とをしばし見くらべ、やがてこちらにやってきた。
「そおだね。カズのゆーとおりだヨ。アタシ、カズのオンナだもンね」
えっ……それ受けいれちゃうのか……。
ていうか「カズのオンナ」とか勝手にいうのやめてほしい。人聞き悪すぎる。
そういうの一番聞かれたくない相手であるお兄様の方を見ると、さっきとかわらずほほえんでいた。
「ヘッ……『お兄ちゃんお兄ちゃん』って俺のあとについてまわってたガキがいっちょまえに女の顔しやがってヨ……」
う~ん……俺もうリコとのゴールインに向けて着実に爆走しちまっとるね。お兄ちゃん完全に青信号出してくれてんじゃん。
「カズ、オメーみてーに気合入ったヤローにならまかせられるゼ、俺の大事な妹をヨ……!?」
高瀬はそういいのこすと、唯愚怒羅死琉のもとへと去っていった。
「お兄ちゃん……」
その背中をリコが見つめる。
麗しき兄弟愛。そして俺の意向は完全無視。
もうこいつらほっといて羅愚奈落のみんなと現実世界に帰ろう――そう思って歩きだしたところ、
「オウ、治癒魔法かけッかンヨ、ソコ寝ろ……!?」
リコにシャツの背中をつかまれた。
「えっ、なんで?」
「なンでって血ィ出てンベヨ……!?」
俺がいいたいのは「なんで寝る必要あるの?」ということだったのだが、彼女は問答無用で俺を地面に引きたおす。
「痛い痛い痛い!」
「我慢しろヨ……!? 男だベ……!?」
治癒の効果をうわまわるダメージ食らってる気がする。
だが顔に何だか柔らかいものが当たってるなあ、と思ってよく見ると、リコの太腿だった。彼女は俺に膝枕してくれている。
しかもこれ、生足。
スッベスベやな!
風呂あがりの俺のケツくらいのクオリティだぞ。
掌から放射される治癒魔法よりこっちの方が気持ちいいのはなぜなのか。
「ヨウヨウ、見せつけてくれるゼ、おふたりサン……!?」
「何デレついてやがンのヨ、カズゥ……!?」
「よく考えたら膝枕必要ねーンじゃねーのか、コレ……!?」
羅愚奈落の面々が囃したてている。
「アイツら……今度絶対ブッチメンかンヨ……!?」
そうつぶやいてうつむくリコの顔はほんのり赤くなっていた。




