1-2 マッハクン……!?
「オウ、こっち来いよ……!?」
俺のいた中学校で一番性質の悪かった吉本が教室のうしろから手招きしている。
俺はとなりに立つ担任の方をチラリと見た。
「じゃあ山岡くんの席は吉本くんのとなりで」
担任がいう。
「はい……?」
どう見ても俺とヤツは友好的な関係じゃないんだが。この先生、頭ん中花畑牧場かよ。
吉本は空いた机と椅子を自分の席のとなりに移動させる。
仕方なく俺はそちらに向かった。
席につくと、肩を抱かれる。
「俺ャー五中の吉本ッつーんだ。知ってンベ?」
うん、知ってる。あなた有名人だったもんね。あなたたちが便所で煙草吸うから、俺たちは遠くの便所行かなくちゃならなかったんだよね。
「オメー、なんでいまごろ学校来たンヨ」
「ちょっと交通事故で……」
「あっ、アレかー。コンビニ出たとこでトラックに轢かれたやつだベ……!?」
「うん、それ」
「オオ、やっぱそーかヨ。うわさで聞いたゼ。たいへんだったナ」
「まあね」
「鯖ヶ崎高校で同中、俺とオメーッかいねーかンヨ。何かあったら俺ントコゆってこい……!?」
「あ、うん……」
何かあったらって「トイレの紙がない」とか「スマホの充電切れた」とかでもいいんだろうか。
それはともかく、こうやって話すのははじめてだが、意外とコイツいい奴じゃないの。中学時代は住む世界がちがいすぎて会話したことなかったからな。
吉本はよっぽど同中なのがうれしいのか、担任がホームルームからそのまま授業をはじめているのに、ずっとしゃべりつづける。
「オメー、C組の佐々木っておぼえてッか? アイツさー、マジでヤベーからさー」
「吉本くん、授業中だから静かにしてね」
担任が板書する手を止めて、ソフトな口調で吉本を注意する。すると突然ヤツは立ちあがった。
「アァ……!? ッセーのはテメーだろうがコラァ!」
怒鳴られた先生は力なく笑ってふたたび黒板に向かった。
吉本は椅子に腰をおろし、何事もなかったかのようにトークを再開する。
「そんでヨー、ソイツが先パイとモメて追いこみかけられたっけー」
前言撤回。やっぱコイツあんまいい奴じゃねーわ。
ただ、中学時代といっしょでナンバーワンDQNっぽいし、編入生としてはこのままくっついていた方が有利なのかな、と俺は考えていた。情けない話だが。
蒸し暑い教室に窓から涼しい風が吹きこんでくる。白いカーテンがふわりと俺たちの肩を撫でるが、吉本のおしゃべりは止まらない。
五中出身者から派生するクソどうでもいい人間関係の話を聞かされていると、突然、教室のうしろの戸がズバンと開かれ、1人の男子が入ってきた。
遅刻したわりに悪びれる様子はまったくない。それどころか、逆ギレしてるみたいな感じで黒板の前の先生をにらみつける。
「あっ、マッハクン」
吉本が彼に声をかけた。
マッハクン……? いったい何だろう。ある種の悪口だろうか。中国からの留学生・馬覇勲氏である可能性もある。
「オウ、誰よソイツ……!?」
マッハクンは俺を見おろして立った。金髪でちょっと女の子みたいな顔をしたイケメンくんだ。もし例の異世界で俺のパーティーに加わっていたなら、熊系だらけなガチムチ砂漠の中でオアシス的存在となっていたことだろう。
「コイツ、俺の同中で山岡。今日から編入してきたンだとヨ」
吉本の声のトーンがさっきまでとちがう。ちょっと媚びたような調子が混じっている。
「いまごろかヨ。少年院でも入ってたンかオメー……!?」
マッハクンは笑う。
「いやコイツ、トラックに轢かれてヨ、入院してたみてーなンだワ」
「アァ……!?」
いきなりマッハクンが俺に顔を近づけてくる。
ち、ちょっとォ……いくらオネエが多数派のパーティーにいたからって、アタシもソッチ系だって思わないでよネ……。
「オウ、ちッと詳しく聞かせろや、ボクゥ……!?」
アララ、この雰囲気……アタシの唇を奪おうって話じゃないのネ。
ていうか、至近距離からの殺気がすごい。ドッチ系であろうとしばらくインポになるレベル。
「俺ら中3のときにヨ、コイツ事故ったんで、俺らマジかヨッつッてツレと――」
しゃべりつづける吉本にマッハクンが目を向ける。
「オイ、イツ俺がオメーにきーたヨ……!?」
彼は吉本の喉をつかみ、そのままヤツの体を持ちあげた。片手1本でこれとは……とんでもない腕力だ。
「グッ……ガァッ……」
吉本は逃れようともがく。
それを意にも介さず、マッハクンは窓際に歩いていき、吉本の体を窓の外に押しだした。吉本はかろうじて足を窓枠にひっかけている状態だ。マッハクンが手を放せば地上3階から落下してただではすまないだろう。
「オメー、卒アルの集合写真、端ッコに別枠で写りてーンかヨ……!?」
「マ、マッハク……ン……許し……て……」
マッハクンはヤツの体を教室内に引きもどし、床に放りすてた。
いっときますけどコレ、闇金の取りたてとかじゃなく、教育機関における授業中の出来事ですからね。
喉を押さえて咳きこむ吉本を尻目に、マッハクンは俺に迫ってくる。
「ンで、事故ってイツヨ……!?」
「え、えーと……去年の1月」
「場所は……!?」
「波野2丁目にあるコンビニ――」
「やっぱオメーかァッ!」
マッハクンに胸倉をつかまれる。
「えっえっ? どういうこと?」
「オメーのせいで俺の原チャ、廃車ッちまったンだヨ……!?」
「えっ? だってあれ、コンビニ出たところに居眠り運転のトラックがつっこんできたんだけど」
「俺の原チャはソコに停めてあったンだヨ……!?」
「それ俺のせいじゃなくない?」
「オメーがトラック止めてりゃこんなことになンなかっただろーがヨ……!?」
理屈が無茶苦茶すぎませんかね。アメコミのヒーローだってレジ袋とおでんで両手ふさがってるとこにトラックでブッコまれたらそのまま轢かれてジ・エンドでしょ。
マッハクンは俺を立たせて肩を抱いてくる。
「オメーにゃ落とし前つけてもらうかンヨ……!?」
あ~、これ死んだな、俺。
今度は転生かあ。幼女かな、モンスターかな、おっさん勇者かな……ってそういうことじゃねーんだホント。
異世界でも感じたことのない恐怖に俺はケツの谷間が冷や汗で鉄砲水状態になるのを感じていた。