3-2 お誘い……!?
「グジャグジャうるせーンじゃァ、ダボがァッ!」
リコは吉本の髪をつかみ、その顔面を自分の膝に叩きつけた。
「ブフォッ!」
食らった吉本が盛大に鼻血を吹きだす。
彼の髪をつかんだまま、リコはバイクを降りた。
「この学校のキッタネー塀、テメーの血で塗りなおしてやンヨ……!?」
彼女は吉本の顔を塀に押しあて、大根おろしギネス記録に挑戦するみたいにゴリゴリとこすりつけた。
「ゴアアアアアアァッ!」
吉本が悲鳴をあげて倒れる。
俺は恐怖のあまり、校舎の方に逃げだそうとした。
だが、ちょうど真後ろに先輩2人が歩いてきていたため、正面からぶつかってしまった。
「オウ、ドコ見て歩いてンだテメー……!?」
「ちッとツラ貸せや……!?」
ふたりはロズウェル事件みたいな感じで俺を門の外へと連行しようとする。
「いや、待って……そっちはまずい……」
外の道に出ると、案の定、リコに見つかってしまった。
「オウ、カズゥ、待ってたヨ……!?」
思いっきりにらんでくる。それが待ってたって顔か?
「オ、オイ……」
俺の背後で先輩が声を震わせる。「アイツ、高瀬莉子だゾ……!?」
「高瀬って……まさか、あの……!?」
「サベーヨ……アイツにゃ関わンねー方がいい」
「そ、そーだナ。ソクトンすンベ」
ふたりは俺を解放してさっさと退散してしまった。
「カズゥ、コッチ来い……!?」
リコが手招きする。
俺はおそるおそる彼女の方へ向かった。
近づいていくと、どうしても地面に倒れている吉本が目に入ってきてしまう。
そばにある塀には、刷毛で塗ったような赤黒い跡が残っている。明らかに吉本の血によるものだ。
この地獄版スプラトゥーンとでもいうべき光景に俺はことばを失っていた。
俺の視線に気づいたリコが爪先で吉本をつつく。
「コイツ、アタシをナンパしてきやがったから、ヤキ入れてやったヨ」
「へ、へえ……」
「アタシはそおゆーハンパな真似してるヤツが一等嫌レーだかンヨ……!?」
「でしょうねえ……」
「カズはそんなコトしねーベナ……!?」
「もちろんしません」
レベルカンストしていた前の異世界ですらそんなスキルは持っていなかった。というか、あそこは女性に声をかけるとその父親や兄弟が出てきて名誉殺人ぶちかましてくる社会だったからな。チートキャラでも泣く子とガチ勢には勝てない。
リコが俺をにらんでくる。
「オメーだけじゃなくて、オメーのツレがそんなナンパ野郎でも許さねーかンナ……!? そんときゃーソイツもオメーもまとめてブッチメンかンヨ……!?」
「マジですか……」
何その五人組レベルの連帯責任。2018年、オラつき幕府が爆誕した瞬間である。
そのとき、失神していた吉本が目を開いた。
「ウ、ウーン……あれっ? 俺ャーいったい……」
ま、まずい……。
コイツとのつながりを知られたら、俺の命はない。
「オラァ――――ッ!」
俺は助走をつけて吉本の腹を蹴飛ばした。
「グゥッ……」
みぞおちに入って吉本はまた気を失った。
すまん……吉本よ、すまん……。
泣いて吉本を蹴る――山岡和隆自伝『ワルがままに』に収録必至なエピソードである。
「何ヨ、オメー……ひょっとしてコイツに嫉妬してンかヨ……!?」
リコが左手の薬指にはまった指輪をいじる。
この人の中では俺とつきあっていることになっているのだ。
「いや、嫉妬とかは別に……」
「アタシはそおゆーのについてったりしねーから安心しろヨ……!? 悪糾麗は一恋托生だゾ……!?」
「お、おう……」
正直どこかの誰かにホイホイついていってもらって、俺の前から消えてほしいんだが。
コイツとは早いとこ縁を切らないとたいへんなことになる。かわりはてた姿で道端に転がる吉本がその証拠だ。
「オウ、ファミレスでも行って一服すンベ……!?」
リコが俺を手招く。
「えっ、いまから?」
「そおだヨ……!? ヒマしてンベ……!?」
「まあそうだけど……」
やばい……このままではコイツとふたりきりになって何かの拍子にハイキック一撃KOされてしまう――そう考えていたとき、まさかの助け舟が!
「オウ、コルァ……!? テメーまた来やがったンかヨ……!?」
背後からの声にふりかえると、そこには羅愚奈落の面々が立っていた。




