2-3 王我伐闘流……!?
集合場所は県道15号線の宮前交差点だった。
俺は友達の家に行くといって家を出た。
夜風がねっとりと暑くて、歩いているだけで汗ばんでくる。
交差点には潰れたラーメン屋があって、空っぽの駐車場が暗くて不気味だ。
しばらく待っていると、例のブオンブオンいう音が聞こえてきた。
俺は家から持参した旗をひろげ、高く掲げた。恥ずかしいけど、こうしてないとあとでブン殴られそうな気がする。
旗には「大日本音速騎士団 羅愚奈落 天下布武」と大きく刺繍されている。けっこう立派だ。
ブオンブ音が近づいてくる。
「あれ……?」
気のせいか、県道をやってくるヘッドライトの数がなんだか多い。
末期のアイドルグループみたいに急遽メンバー増やしたのか?
バイクの群れがスピードを落とし、俺の前で止まった。乗組員たちはみんな刺繍の入った上着を身にまとい、大工さんみたいなズボンを穿いている。
見たことない人たちが20人くらいいる。これ……羅愚奈落じゃないね。
「オウ……!? 何やってンのヨ、ボクゥ……!?」
集団の中にいた赤モヒカンが俺をにらむ。これだけ目立つビジュアルだと目撃者の記憶に残りやすくて逆に悪いことしづらいんじゃないだろうか。
「見ろヨ、アレ。羅愚奈落だってヨ……!?」
モヒカンのまわりにいる者たちが旗に目をやる。
「羅愚奈落ッつッたら1年坊が作った族だベ……!?」
「オイオイ、俺ら2年の前で生意気に旗ァ振ってくれてンかヨ……!?」
「鯖ヶ崎高の掟教えてやンねーとナァ……!?」
う~ん……ラブコメの主人公みたいに「えっ何だって?」でごまかしたい気分……。
流れが俺をボコボコにする方向へと行っている気がする。
俺は空気を読んで旗を竿に巻きなおそうとした。
そこへバイクを降りた赤モヒカンが迫ってくる。
「ココは俺ら王我伐闘流の道だゾ……!? 1年坊は遠慮しろや……!?」
「え? でもここ県道……」
俺が法的な話に持ちこもうとしたところ、
「ウダウダやかましーンんじゃッラアーッ!」
胸倉をつかまれ、思いきり頭突きされた。
「ひぎッ……」
火花が散って見えた。一瞬気が遠くなり、尻餅をついてしまう。
旗竿が手の中から落ちてアスファルトの路面に転がった。
息をしたら鼻血が吹きでて口に流れこんだ。
「この旗ァいただいてくゼ……!?」
赤モヒが腰を屈めて旗に手を伸ばす。
俺はとっさに地面を這い、旗の上に覆いかぶさった。
「この旗は……死んでも守る!」
別に羅愚奈落に思いいれがあるわけではない。単なる算数の問題だ。つまり、この2年の先輩方とは長くてあと1年半のつきあいだが、マッハクンたちとは卒業まで2年半いっしょの学校にいなくてはならない。どっちを敵にまわすべきでないかは明らかだ。
「なら死ねやァーッ!」
赤モヒが俺の背中を踏みつける。
「ダサ坊がイキってンじゃねーゾ!」
「グシャグシャにしたらァーッ!」
「ダラァッ! オオッ……!?」
仲間も加わって俺のことをめちゃくちゃに蹴りまくる。俺は頭を蹴られないようガードするので必死だった。
死をも覚悟したそのとき、派手なエンジン音が聞こえてきた。
敵の増援か? とも思ったが、様子がおかしい。
蹴りがやんだ。
「オイ、アリャア……」
「つっこんでくるゾ……!?」
「ドコのモンよ、オラァ!」
激しい摩擦音が赤モヒ軍団の怒号を引き裂く。ゴムの焼けるにおいがする。
「カズゥ、よくやった!」
顔をあげると、赤モヒたちと似たような服装をしたナイトがいた。銀色に光るバイクにまたがっている。
「羅愚奈落、参上ゥ!」
「ウチらァ王我伐闘流絶対だかンヨ……!?」
マッハクンとフブキもいる。彼らのバイクがつっこんで来たために、それをよけようとした赤モヒ軍団が俺から離れたのだ。
「み、みんな……」
俺は危機を脱した安心感と仲間たちの勇ましさにちょっとウルッと来てしまった。
でも待てよ……そもそもこの人たちが俺を暴走族に引きいれず、旗を持たせなかったら、こんなことにはならなかったのでは……?
赤モヒがマッハクンをにらみつける。
「1年坊が何ツッパッてくれてンのヨ、オオッ……!?」
「ソッチこそうちの旗持ちかわいがってくれたナ……!? この借りは返すゼ、先パイ……!?」
「上等だヨ……!? 異世界に来い……!?」
「行くンならアクセスいい場所を選べヨ……!? テメーの遺族が毎年この日に花持って行くことになンだかンヨ……!?」
オラつき首脳会談の模様を俺は鼻血垂らしながら眺めていた。どうやらまた異世界に行くらしい。なんていうか……異世界も軽くなったよな。
「カズゥ、俺のケツ乗れ!」
ナイトの呼びかけに応じて、俺は地面の旗を拾いあげ、彼のもとに向かった。
「オメー、よく旗ァ守ったナ。早速気合入ってるトコ見したじゃねーかヨ」
「いやまあ、たいしたことないよ」
算数のことは黙っておこう。
赤モヒ軍団もバイクに乗りこみ、俺たちを包みこむ形で走りだした。
俺はナイトの腰にしがみつく。彼の背中には「大日本音速騎士団 羅愚奈落 天下布武」と大きく刺繍されている。
排ガスくさい風に光の粒が舞う。異世界への扉が開きかけている。その光が俺の担いだ旗にまとわりつき、また去っていく。
それは不思議に美しく、俺は頬に痛い向かい風を浴びながらすこしの間見とれてしまった。




