二十巻 危険な掛け橋
お久しぶりです(^.^)本文をお楽しみください!!
「うっ…」
葉詩に腕をぐいぐい引っ張られ、四つ角の中に連れて行かれた俺は、思わず立ち止まり吐きそうになった。
「なんだよ…この臭い…」
立っているのがやっと、と言うほどの強烈な異臭が鼻孔をくすぐる。
生ゴミと、肉が燃えるような独特の臭いは俺に目眩を与え、ふらふらと壁に寄り添った。
壁はじとりと微かに湿っていて、少々気持ち悪い感触がしたが、文句は言ってられない。気持ち悪いながらも壁に手をついて、体を支えた。
息づかいがなぜか荒くなっていた。
これでも剣道部主将…短時間歩いただけですぐに息が荒くなるはずはないのだが…
それに一歩歩くごとに目の前にもやもやとした何かが立ち塞がっている。
色のついた膜のような、
手に取れない何かが…
目の前には楽しそうにふわふわと浮く葉詩が見えた。横顔を見る限り、表情は晴れやかで実に明快だ。
まるでおとぎ話に舞い降りた少女のように。
よくもまぁ、こんな汚い場所であんな幸せそうな顔ができるよな…
改めて化け物の感覚に驚かされた。
『春人さん?早く!早く!』
ひらりと振り返った葉詩がぐだぐだの俺を見て、罵声を飛ばす。
『虫けらのようにへたれてないで、早く来てくださいな』
虫けらって…
おまえ、俺のことそんな風に思っていたのか…?
なんだか頭にきて、グイッと壁にもたれて、そっぽを向いた。
『どうしましたか?お顔を歪めて?まるで駄々をこねる童のようですわ』
立ち止まる俺を見るなりまた一言毒舌を浴びせる葉詩。
『もう少々ですから、お歩きになってください。』
「…どこに連れていくつもりなんだよ?」
何も説明なく四つ角に連れ込まれた俺は、何も説明なくそのまま歩かされていた。
そのうち話し出すだろうと鷹をくくっていたが、何分経っても一向にその気配がない。
そのうえあの毒舌…
無性に腹が立って、
俺は立ち止まってしまった。
『今はお話できません』
けろりとした顔でやつは答える。
『ここはあちらとこちらの掛け橋の場所。
善悪関係なく、さまざまな輩が利用しております。
中には私たちを邪魔しようと企む、善からぬ輩もいるでしょう。
つまり、ここで話せばわたくしも春人さんも危険を受け入れるようなものと言うことですわ。』
「それを先に言えよ…」
『あら。わたくしはお話致しましたよ?春人さんもお返事なさったでしょう?』
「はぁ?一言も聞いてねぇよ」
『可笑しいですわねぇ…』
葉詩はくるりと首を傾げながらなめるように俺を見つめた。
『…あらら…なぜに妖風が春人さんから出ているんでしょうか…』
そして
さらりと中指と人差し指を絡めて、箱のような形を作るり、何やらじとりと俺を眺めた。
『ーーおいでなさい…おいでなさい…』
紺碧の瞳に青白い光を宿して、射るように体の端々を眺めていく。
口からは訳の判らない言葉を滑らかに発し、呪術のように俺を拘束した。
『…おいでなさい…おいでなさい…』
「あの…ちょっと…葉詩…?」
『…おいでなさい…おいでなさい…』
「や…もういいからさ…先に進まない…?」
『…おいでなさい…おいでなさい…』
「や…だからさぁ…」
すぅ…
そこで急に葉詩は大きく息を吸い込んだ。
口は無意味にかっぽりと開けられ、大きく大きく…まるでその場の空気を全て吸い込むように使われた。
はぁー…
一分少々経っただろう。
吸い込むのと同じぐらい長く、今度は息を吐き出した。
するとなぜか葉詩の口元から灰色の管のような異物が吐き出されたのた。
「は?葉詩、それ…」
『五月蝿ぇな。糞ガキが。せっかく生き血を吸ってやろうと思ったのに、葉の者が憑いてるとはな…勝ち目がねぇじゃねぇーか。
てめぇの憑き物に感謝しな。見逃したるよ。』
「あ?」
呆然とする俺の前で、
その管のような異物はどこにあるのか、理解不能な口でしゃべった。
やつは言いたいだけ文句を垂らすと、俺たちが歩いてきた道へとするすると宙に浮きながら戻っていった。
「………なに…あれ…?」
『耳塞ぎですわ』
「なにそれ?」
『耳を塞いで、音を聞こえなくし、慌てふためくうちに身体に寄生し、死ぬまで魂を削り続ける蟲けらです。春人さん前が霞んで見えたでしょう?あれに取り付かれかけていたんですわ』
あっさりと答える葉詩…
『気がついて良かったですわ。そのままでしたら、死んでましたね。』
「はぃぃぃ!?」
恐ろしいことをさらりと言うと、葉詩はさっさと歩き出した。
俺はじっとりと背中に汗をかきながら、足早にやつを追いかけた…。