十五巻 少年の悩み
結局、俺は葉詩に不確かな返事をして、クラスに戻った。
あのあとタイミング良く、授業開始を告げるチャイムが鳴り、俺は都合良く話を打ち切ることが出来た。
葉詩は責めるような酷く乱暴な口調で、
「判りました。」と言い、元の姿でカフェテラスから去っていた。
そして今、俺は自宅のベッドに寝そべり呆然と天井を見つめている。
「具合が悪い」と嘘をつき、学校を早退してきたのだ。きっと一日学校で過ごせば、放課後あたりにふらりと葉詩が姿を表すことだろう。
そしてあの少年を助けるように、くどくどと願いかけてくることだろう。
それを考えると吐き気がして、すぐに家に帰りたくなった。
気づいた時にはもう、嘘で固めた言い訳を教師に話していた。
帰り支度をきちんと済ませて。
そして今に至る訳だ。
単純に考えれば、上手く葉詩から逃げられたし、一也と顔を合わせずに済むのだから、良しとしても良いのだろう。
だが、深く考えれば、自分の軽率な行動に頭が痛くなる。
完全に葉詩から逃げられた訳じゃない。
たまたま見つからなかっただけで、いつひょろりと現れるか判らない。
最悪の事態に陥れば、家に押しかけてくるだろう。
悲しいことに住まいはばれてしまっている。
実は葉詩を視るのは俺だけじゃない。六つ離れた弟の陽一が最近、視えるようになってしまったのだ。
原因は俺が助けた化け物が、礼のつもりで陽一の霊感を強めたことにあるようで、それを元に戻すことは不可能だった。
陽一はまだ小学五年生。
化け物を受け入れるどころか、急に視えるようになった不思議生物を恐れ、その根本とも言える俺に近寄らなくなってしまった。
彼は俺が好んで化け物を連れていると思っているらしく、俺までも恐れている。
そして残酷なことに、専ら近づこうとしない訳だ。
最近じゃ居候になった一也を兄のように慕っていて、実の兄としてはなんだか寂しくて仕方がない。
だから家に押し掛けられては困る。
これ以上、弟に嫌われるのはごめんだ。
もともと霊感が強いうちの家系で、陽一のように化け物を視る者が生まれても可笑しくはない。
それが化け物に育てられた遅咲きの花だとしても、ごく普通のことだ。
それをよく理解していたのに、俺が奴らを招いてしまったから(実際には押し掛けられたのだが…)陽一を怖がらせることになってしまった。
小学五年生と言ってもまだ子供。
陽一は必要以上に奴らを恐れて、いつも不安を抱えている。
それを見る度に申し訳ない気持ちで一杯になる。
まるで幼い頃の自分を見るようで、狂おしい程に胸が締め付けられる。
だから…
これ以上、家を巻き込みたくはないのだ。