掌の温もりと雪の冷笑
所詮、君なんてただの背景に過ぎなかった。
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自慢じゃないけれど、全然自慢になるようなことじゃあないんだけれど、僕は自分が頭の良い方だと思ったことは今まで一度も無かった。
それにしても、今の僕の頭の処理能力は酷すぎる。杖越さんや無罪ちゃんが言っていることが全く分からない。
あの凄惨な解体死体の手がめくりさんのものだと?
「な、無罪ちゃん……杖越さんも……一体、何を言おうとしているんですか?あの死体が、聖さんは本人であるとして、もう片方はコショー……土也のものじゃないんですか?」
仮にあの手がめくりさんだったとしても、現に彼女はここにいるじゃないか!
僕はめくりさんがいる方向、つまりは僕の後ろ側を向く。
「────────ッ!!」
陶器が降ってきた。すんでのところで椅子から飛び退き、僕は一命を取り止めたようだった。多分これはすぐそこに飾ってあったもの……?
「な──めくりさん!?」
僕に向かって陶器をぶん投げてきたのは、目を血ばらせ、脂汗を滲ませ、ぜえぜえと荒い息を立てながらも凄惨に、しかし妖艶に微笑んだめくりさんだった。
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「お前はこの家の子なのに一人で食事も出来ないの」
僕は生後3ヶ月。
「お前はまだ満足に字を書くことが出来ないんだな」
僕は1歳半。
「お前はこんな易しい方程式も解けないのね」
僕は5歳。
「お前は遊んでばかりで全くどうしようもないな」
僕は9歳と2ヶ月。
「お前には何の取り柄もない」
僕は13歳。
「お前なんかこの家の面汚しだ」
僕は16歳。
「お前なんか居なければ良かった」
僕は18歳──
僕、天中信濃はいつでも両親に見下され、″誰か″と比較されながら育ってきた。その″誰か″っていうのは、僕の兄。5つ年上の兄が僕にはいた。確か僕が小学生の時に失踪してそのまま音信不通になっている。
彼は異常なほどに要領が良かった。生まれながらの天才という訳では無かったようだが、教えられたことは大体1回で飲み込むような奴だったから後天的な天才と言うのが正解なんだろう。
僕だって頭の回転が遅いだけで別に勉強は苦手では無かった(自分で言うことじゃないけど)。しかし兄に比べれば僕は無能に等しい。兄自身は他人と自分を比べて優越感を得るような人ではなかったし逆にいつでも僕を見守ってくれていた。でも両親は兄があまりにも突出しすぎていたから、それを充分に知っていたから、事あるごとに僕を卑下した。まるで鳳凰と夜鷹を比べているように。
そんな毎日は僕にとって苦痛でしかなかった。現実なんて何も楽しくないから僕はよくアニメとかラノベの世界観に浸った。そんな現実逃避ばかりする僕をますます両親は避けた。嫌った。卑しんだ。
兄は僕以上に両親のことが嫌いだったようで、歪んだ家庭に堪えきれなくなって家を飛び出したらしい。僕としては兄がいてくれた方が生きやすかったんだけど、まあそれはどうしようもないのでとりあえず高校卒業を機に兄と同じように家を出た。
いずれは(おそらくまだ生きているであろう)兄を見つけ、生家を叩き潰すつもりだ。
僕の生まれ育った家を。
すなわち、大手グループ・天中財閥を。
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天中財閥には、創業当初からの長年の宿敵のグループがいた。しかし僕の父が部下を使って相手方の提携会社や顧客をこちら側に引き込んでそのグループを倒産させた。リストラによって多数の社員が路頭にさまよい、いくつもの家庭が崩壊したと聞いた。そして全責任を負って社長は投身自殺したそうだ。
確かそのグループの名前は、地梢──
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「ああ、思い出したよ。コショー……いや、地梢。そうなんだろう?」
僕はめくりさんに向かって話しかける。
土也木肖、横書きに文字を並べて繋げて読むと地梢になる。コショーなんて変な名前だと思っていたけれど、ただの単純な偽名だった。
「お前は僕が憎くて憎くて憎くて仕方なくて、むしゃくしゃしたから僕を殺そうとした。でもその計画を練っていたら聖さんにばれたから彼を先に殺した。違うか?」
僕は続ける。
「そしてめくりさんはどこにいる?」
めくりさんに向かってこんなことを言っているのだから、状況を把握できていない、杖越さんと無罪ちゃん以外の人にはちんぷんかんぷんだろう。
でも地梢がめくりさんになりすましていたとしたら、めくりさんがさっきから一言も発さなかった理由は簡単だ。
そして彼女───いや、彼は口を開く。
「あんたの推理は大体合ってる。めくりは俺が殺した」
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指より厚い面の皮。
à suivre...