切れた生命線と微笑
踊れ、生が終わるまで。
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電話が繋がらなかった。まず携帯端末で通報しようと思ったが、この板車という辺鄙な田舎のしかも山奥ともなると電波が飛んでいないのだ。次に宿に設置してあった黒電話(このご時世にまだ生き残っていた!)から発信を試みたが、これも失敗に終わった。こんな場所でも取り敢えずは電線があるのだが、それが降り続けた雪の重みで切れていたのだ。
「自然の・・・バリケード、とでも言うべきなんですかね」
任那さんが力の無い声で呟く。どうやら死体を見てから気分がすぐれないようで(当たり前だが)、顔も真っ青だ。ちなみに僕は全く普段と変わらない。所詮この状況をただ人が死んでいる、くらいの適当なことにしか捉えられないからなんだろうな。
任那さんはふらふらとロビーの椅子に座りこんでいる。几帳面で潔癖そうな彼のことだ。あんな凄惨な死体を見たらこうなるのも頷ける。しかし彼はまだ良い方で、第一発見者となっためくりさんは、あれからがちがちと震えているだけで一言も話せない。外の世界と交流を絶ってきた彼女には、あれはいささか刺激が強すぎたのだ。
人間2人分の死体をただでさえ見るに耐えない方法で殺害しているのに、さらにばらばらにしてまるで不揃いなパズルのように組み合わせ、ひとつの死体を作り上げているあの現場。こんなに脆そうな人なのに気絶しなかったのが不思議なくらいだ。
「めくり・・・大丈夫なのかえ、お前・・・」
と彼女にやけに親しげに話しかけてくる奴が現れた。誰だ、と思って相手を見遣るとあの仏頂面からは想像もつかないような、心配そうな表情を浮かべた宿のおばさんが立っていた。
「な──あなたは一体・・・」
つい尋ねてしまう。するとおばさんは普段の鋭い視線を僕に向け、
「母親──だよ、何か文句でもあんのかい?このガキ!」
と答える。
へえ、親子だったのか。
いや、へ?親って言ったか?この目付きも口も悪いおばさんが?あの儚い美しいめくりさんの?は?
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取り敢えず僕たちは、まずあの死体を埋めることにした。
さすがにあんな状態になってしまった亡骸を放置して置こうとは思えなかった。宿の裏の更地に雪を除けて穴を掘る。亡骸をいじくって聖さんとコショーの部位をそれぞれ埋葬するわけにはいかないので、1つの穴に一緒に埋める。
本当に、凄惨で惨たらしくて残虐で見るに耐えない。
一体誰が。こんなことを。
なんて思いながら地面を掘る作業を続けていた。
「あんた、よくそんな普通にしていられるねえ」
は、と思う。枝分さんが蔑む様な目で僕を見てくる。枝分さんの隣にいた杖越さんも、細い脚をがたがたさせながらも気丈にしている無罪ちゃんも、宿のおばさんも、埋葬に立ち合うために無理をしてきた任那さんも、そして相変わらず怯え続けているめくりさんも、みんなみんなみんなみんなみんなみんな、僕を見る。まるで、それは、疑うような。
「だから、だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから──────っ、嫌だったんだ!僕だって泣きたい!震えたい!怯えていたい!怖がりたい!なのになのになのになのになのになのになのになのに、どうして、僕はこんななんだよッ!好きで、普通にしてるんじゃないのに・・・っ」
適当に生き続け、全てを適当に感受し、適当に流してきた僕は、疑われることが一番怖かった。怯えていた。いつでも適当に受け止めているが故にこんな時に冷静に、飄々と、まるで何も無かったかのように振る舞えるのだろう。
いつか言われてしまうとは思っていたけれど、やっぱり駄目だったな。
「いや・・・すみませんね、少し一人にさせて貰えませんか・・・」
僕は呟く。そして白々しすぎる笑みをたたえてふらふら歩き、宿へ戻る。
そんな時だった。
「あ──あのっ!ちょっと待って頂けませんか?確認したいことがあるんですけど・・・」
もごもごと襟巻き越しに喋る杖越さんが、何かとんでもないことに気付いたというような顔をする。
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「確か──何というお名前でしたっけ、私は聞いていないのですが、あの天中さんに絡んでおられた方。」
多分・・・というか普通にコショーのことを指しているのだろう。僕は答える。
「コショー・・・土也木肖って言ってましたよ。まあ偽名かも知れませんけどね」
疑いの目を向けられたままの僕ではあるが、まあ話くらいは聞かせて貰えるらしい。
「土也さん、でしたか。ありがとうございます。彼は確か左手の手の甲の真ん中に1つ黒子がありましたよね?」
正直に言うと覚えていない。確かつねったときに、あったような無かったような気がする。よくそこまで観察していたなと思ったが、そういえば杖越さんは夕食の時コショーの隣に座っていたな。2人とも僕がこの朽果荘に来る前から泊まっていたのだから、まあそれくらいは気が付くものなのだろう。
「ああ、あったよ。私は客が宿泊名簿に名前書くときにそいつの大体の特徴は観察してるからね。」
と宿のおばさん。自分は喋らないで客に目の前で名前を書かせるのは、どうやら慎重に、隅々まで相手を観察するためだったらしい。確かに話をしながらだと精度は落ちる。
というか、杖越さんは一体何を言おうとしているんだ?
「あの死体、つねられた跡があった方の、すなわち左手ですね。左手の手の甲には黒子なんて無かったんです」
え──?どういうことだ?じゃああの手はコショーのものではなかったって言うのか?聖さんのものだったと言うにしては、あの手は線が細すぎる。聖さんは太ってはないが、割とごつい体格をしていたのだ。財布を拾ってくれたとき大きい手だな、と思ったのを覚えている。
頭部やら何やらは聖さんであることに違いは無さそうだが、じゃあ明らかに聖さんのものでも、コショーのものでもない手などその他は誰のものだって言うんだ?
どうやら無罪ちゃんもある程度察してしまったらしい。そんな僕の表情を汲み取り、
「あのね、信濃ちゃん。無罪ちゃんが推測るところに──」
「あの手はめくりちゃんのものなんだよ」
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涙なんてとっくのとうに凍てついたさ。
à suivre...