束の間の休息と一瞬の崩壊
それは、僕による白昼夢。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ひぎゃあああああああああああああぁあぁあっっ?!」
無罪ちゃんに宿のスリッパの踵で顔面を3度踏まれた。
それというのも、隣に座るものすごく嫌味でウザい男にわざとらしすぎるヒップアタックをかまされた僕が偶然無罪ちゃんのスカートの中身を見てしまったからなのだが。
「いや、ごめん、ごめんって!本当ごめん!謝ります!」
と僕、天中信濃は典型的すぎる謝罪文句を並べ立てる。
因みにこの事態のきっかけとなった張本人の嫌味野郎は澄ました顔で緑茶を啜っている。ふざけんじゃねえぞ、めくりさんの前で俺に恥かかせやがって・・・。ここであいつに向かって怒鳴り散らさないのは、僕が進歩した証拠だ(20歳にもなって何言ってんのか)。
「まあ、無罪ちゃんが推測るところに、おにーさんがこんなことしたのは運の悪い偶然だということなのですよ。偶然、アクシデントですよ。」
いや、なんで英語で言い直すんだよ。とりあえずお許しを頂けたようなので(中学生の少女に)僕はいそいそと自分の座っていた椅子に戻る。めくりさんが食卓の対角線上で、僕を見て少し微笑んだのが気になった。馬鹿だと思われただろうか、いやそれよりも少女趣味だと思われていたら大変だ!中学生のときに隣に住んでいた幼稚園の女の子を追いかけ回していたのは事実だけど!
「全く、ぎゃあぎゃあと騒がしい奴ですね。ご飯もろくに食べられませんよ。ねえ、悲繰さん?」
ぶちい、と。僕の何かが切れた音がした。やっぱ駄目だな、自分をコントロール出来てない。良い子のみんなは適当に生きちゃいけないよ、自分が分からなくなるから。
僕はこの嫌味野郎に殴りかかる。
殴りかからなかった。否、かかれなかったのだ。
がっしりと。握りしめた拳を掴まれていた。宿のおばさんに。
「え・・・」
僕は困惑する。弱冠二十歳の男の怒りに任せた拳がただのおばさんに余裕で止められてしまうとはさすがに思っても見なかった。このおばさんは一昔前のバンタム級かなんかのチャンピオンだったりするのか?
「ちょっと、この宿で暴れたり揉め事起こしたりしたらすぐに出てってもらうからね?聞いてんのかい?この若造が!」
ドスのきいた声で宿のおばさんは言う。・・・っていうか風邪で声出ないんじゃねえのかよ!ただ客と話したくなかっただけかよ!やっぱり性格悪いなこのおばさんは!
とりあえず僕は適当に反省の言葉を述べておいた。
「ウィッス」
「あんた、反省する気あるのかい?ふざけるんじゃないよこの!」
殴られた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「呆れましたよ、本当に。お陰で俺が悪いみたいになったではないですか、ふざけないで下さい」
「何が″みたい″だよ悪いのはお前だろっ?!」
「お前ではありません、俺は土也木肖です。
覚えられますか?」
ァァああァああああぁぁむかつくあの嫌味野郎・・・彼はコショーという名だそうだ。変な名前だな。へっ。
むかついたからとりあえず手の甲をつねってやった。効果はまあまあ。
そして僕は今ロビーにいる。おばさんに殴られたのが思ったより腫れたので、冷たいオレンジジュースのペットボトルで無罪ちゃんが冷やしてくれている。スカートの中身を見られたことは大して気にしていないようだ(もっとも中はスパッツだったが)。
そして任那さんと枝分さん、杖越さんが横で話していた。
どうやらこの人たちは仲が良い・・・というか暇だから話すくらいの関係は持っているらしかった。
あれ?そういえば聖さんっていないのか?あの嫌味なコショーや引きこもりのめくりさんと違って人付き合い良さそうだけどな・・・。
丁度、その時だったのだ。
めくりさんが、顔面蒼白になって、がちがちと震えて、今にも倒れてしまいそうな様子で、何とか階段を下って1階のロビーまで降りてきた。
「めくりさん!どうしたんです?」
めくりさんは何も言わない。ただ泣き出しそうな目でこちらを見て、階上を指差す。
何かが起こったのだ。僕とロビーにいた人たちはめくりさんの後について、2階へ上がる。
彼女は、聖さんの部屋の前で止まった。
彼の部屋のドアは開いていた。1歩踏み入ると、血生臭い匂い。思わず鼻を覆う。部屋の中心に敷かれていた布団の上に、ひとつの死体。いや、ひとつ?
頭部は聖さん。胸部と腹部はコショー。脚は聖さん。足・・・確かあの靴はコショーのもの。腕は聖さん。手につねられた跡。コショーだ。
ただこれも推測で、頭部は血の海に浮かんで脳が見えていて、かろうじて割れた丸眼鏡と雰囲気で誰だか分かる。
心臓はもろ見えていて、もうそれは活動を止めて赤黒くなっていた。何本か折れたあばら骨も覗いている。ぼろぼろの服と線の細い体つきの感じはおそらくコショーだ。
2人、誰かに殺された。
2つの死体から、ひとつの死体。
犯人は誰?
他の部位はどこ?
「そ、うだ・・・警察、呼ばないと、まずは、さ?」
とりあえず僕は言う。
雪はだんだんとひどくなってきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
眼を瞑った。
à suivre...