表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくのための子守唄  作者: 曲がった言の葉
4/7

対話と1つの不穏な幕開け

僕は一体何者なんだ?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


僕は今、久し振り(4時間0分30秒振り)に飲み物を手にしている。自販機が甘い飲み物しか無くなり、天中信濃(あめなかしなの)の人生もここで終わりかと思っていたところに、なんと宿のおばさんが緑茶を持ってきてくれたのだ。

ついさっきあんなに悪態をついたのにまさかお茶を淹れてくれるとは思っていなかった。相変わらず無愛想な表情で、無愛想に湯飲みの載ったお盆をがちゃりと置いていった。


なかなか良いキャラをしている。


湯飲みを持った僕には、ただ感動があるばかりだ。もう飲み物が貴重すぎる。本当にここで飲んでしまって良いのだろうか・・・。


「あの、お茶、冷めますよ。」


僕が緑茶と感動的な対面をしている時に、横から無粋な声が入ってきた。誰だよ、と首だけ横に向ける。

隣に座っていた大学生位の男性だ。僕と同い年か少し上に見える(しかしめくりさんのことがあったので本当にそうかは断定できない)。

瞼まである長い前髪に眠たそうな目をしていて、びしっとしたシャツを着ている。どこか几帳面そうに見える人だ。


「あ、失礼。小生は任那(みまな)(さかずき)と申します。泊まっているのは″桜″という部屋。どうぞ宜しく」


し、小生・・・?初めて聞いたぞ⁉会話中で自分のこと小生とか言う奴!しかもこんな若い人が使ってるとなんか違和感の権化みたいに思えてくるな・・・。″桜″というと僕の泊まる部屋の隣の隣か。じゃあめくりさんとも話したことがあるのだろうか。むう、嫉妬・・・。

とりあえず僕は任那さんの言う通り、折角のお茶が冷めてはいけないので湯飲みを口元に運ぶ。


・・・・・・うまッ?!


何だこの緑茶?!美味しすぎるだろ・・・。久し振りに飲み物を飲んだということもあるのだろうが、それにしても美味しい。これは結構高価な茶葉なんじゃないか・・・?おばさん感謝します!金輪際悪態つきません!と適当なことを考えていた。すると今度は後ろから、鈴の鳴るような声が聞こえてきた。


「んー。無罪(なつみ)ちゃんが推測(ゲス)るところに、おにーさんは宿のおばちゃんにとーっても感謝しているみたいなんだよっ!」


さっき、この自販機に甘いものしか残っていないと言っていた少女だ。髪をお下げにして、真っ白なセーターと真新しいジーンズを身に付けている。年は15歳位だろうか。

・・・ていうかゲスるって何?

え?下司?下衆?僕が?僕はこんな女子中学生に馬鹿にされ侮蔑されるほど落ちぶれていたのか・・・。なんかすげーショックだ。

そして少女はそんな僕の表情から心情を読み取ったらしく(僕は気持ちが表情に出やすい、適当に生きているが故の特性だ)


「あー、もしかしておにーさん″ゲスる″って何のことか分かってないんですか?ほら、″推測する″って英語で″guess″じゃないですかあ。だから″推測(ゲス)る″ですよお?うはは、無罪ちゃん天才的才能!うははははは!」


と豪快に笑う。

──やばい!この()なんかやばい!″ゲスる″の意味は分かったけど喋り方とか笑い方とかおかしくない?!女子中学生がうははとか笑うなよ!見た目だけなら結構大人しそうに見えるのに・・・。


千々石(ちぢわ)さん、静かに。」


大声でケタケタ笑う少女を、任那さんが嗜める。この少女はどうやら千々石無罪という名前らしい。確か千々石っていうのは江戸時代のキリシタン武士の名前だったよな?随分昔に歴史の授業で習った気がする・・・。

と思っていたところでまた話しかけられた。


「ちょいとお兄さん、これから宜しくね。私は枝分河垂(えだわかれかわだれ。4番目の部屋、″椿″に泊まってるのよ。」

「あ、わたしは杖越(つええつ)呼々(こよ)。無罪ちゃんの隣の″楓″に泊まってます。」


2人の女性だった。河垂さんというのは和服の老婆で、杖越さんは萌黄の襟巻きをした、いかにも田舎者っぽい人であった。

ここで僕は自分の名前を名乗っていなかったことに気付いた。全く、僕としたことが・・・。


「あ、申し遅れました。僕は天中信濃。東京から来ました。泊まっているのは角部屋の″松″。宜しくお願いしますね。」


我ながらテンプレートみたいな挨拶だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


この旅館は決まった時刻に宿泊者が食堂に集まり、皆で食事を摂る。これは部屋の順番で座るのかな、めくりさんの隣かな、と何だか席替えをする中学生みたいにはしゃいでしまったけれど(勿論心の中で)、めくりさんは何故か宿のおばさんの隣に座っていた。

そして僕の隣はあろうことか階段で会ったあの嫌味野郎! 


折角の食事がまずくなりそうだ・・・。


「あ、君は先ほど宿の方に怒鳴り散らしていたお行儀の悪い人ではないですか。俺が座るスペースが無いので貴様がもう少し詰めて座ってくれますか?言ってること分かりますか?大丈夫ですか?」


うっっっっぜええええええええ‼‼‼なんかもう嫌味っていうかただ性格悪いだけだろこいつ!

とりあえず僕は言われた通りに詰めてやる。するとこの男は、僕の胴体めがけてヒップアタックをかましやがった。


「あ、すみません。座ろうとしたら目測を誤ってしまいました。てへぺろ。」


ちっっっっとも可愛くねえよ‼‼‼何がてへぺろだ!キモいわ!

こいつは細身な癖に力は強いようで、僕は衝撃によって座っていた椅子から転げ落ちる。しかもかなり派手に。

そして風呂上がりでスカートに着替えた無罪ちゃんの足元に倒れこむ。


──あ、無罪ちゃんってスパッツ穿いてるんだなあ・・・。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


役者は揃った。


à suivre...



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ