ジャージと自販機
閑話休題、そして、ここから始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
乗り合いバスで片道3時間、隣に座ったババアもといご高齢のお婆様のつまらな・・・いや、趣を為さない長話に耐えた僕は、やっとのことで『朽果荘』に着いたのだった。
うっわー、すげえボロ・・・。
思ったよりも年期の入った建物で、壁には蔦やら苔やらがびっしりだった。
ぎしぎしと音を立てて軋む扉を開き、僕は建物の中に入った。
正面に受付があり、そこで中年のおばさんがミステリー小説雑誌を読んでいた。
「あのー、すみません、本日予約していました天半ですけど・・・」
────────無視かよ。
「あの、すみません、おーい」
────────いい歳して無視とかすんなよ。
「あのッ!」
おばさんは指を舐め、次のページをめくる。
「おいッッ!客を無視すんなよッ!何のうのうと雑誌なんか読んでんだよッ!僕はそんなにとるに値しないゴミクズかよ!知ってたけどッ!」
あ、やべえ。怒鳴ってしまった。あー。終わった。もうこの宿に長くいられそうにないな。
僕は割と喧嘩っ早いのだ。
おばさんは一瞬驚いたような顔をしていたが、また元の無愛想な顔に戻り、顎でくいっと何かを指した。
『店主は只今風邪をこじらせて声が出にくくなっています。御用の方はこのホワイトボードで筆談していただくようお願いします。』
目の前に書いてあった!
というかどっちにしろ半分無視してたよなこのおばさん!
しかしなんで気付かなかったんだ、僕。おかげで中年おばさん相手にまるでお菓子を買ってもらえなかった子供みたいに怒鳴ってしまったじゃないか。
適当さゆえに、僕は細かいところに気付かない。
唯一の僕にとってのディフェクトだ。それに何がエフェクトを成すかは全くもって分からない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この宿は2階建てで、1階は受付、ロビー、浴場、食堂となっている。2階は全て客室で9部屋あるらしい。
こんなボロのくせに珍しく満室なのだという。
おばさんと一悶着あった後、適当に誤魔化して適当に荷物を部屋へ運ぶ。
階段狭い・・・。
こんな狭いところを大荷物抱えて歩いているので、向かいから人が来たら当然ぶつかるわけだ。
そんなときは大荷物抱えてる奴を先に通すべきだと僕は思うのだが、あろうことかそいつは僕に思い切りぶつかってきた。
「ぐああああッッ?!」
僕はバランスを崩して転げ落ちる。転げ堕ちる。
全く非情な奴もいるものだと、僕は相手の顔を睨み付ける。
が、僕よりも先にそいつはこちらを睨み付けていた。
前髪を流した理知的な風貌の男。
性悪そうな吊り眉吊り目が、大きい眼鏡のレンズの奥で鋭く光っている。
「おや、誰かと思えば今さっき受付で怒鳴っていた単細胞な方ではないですか。俺がそこを通るのに邪魔なので退いてくれますか?」
見た目通り性悪だった。しかもなんだか嫌味っぽい話し方だ。
僕は突っかかりたくなったが、さっきの件もあるので無視を決め込んで再度階上へと向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
後ろからの罵声は気にせず、淡々と階段を上り2階に着いた。
1階上がるだけで何分かかってんだよ。
まあ、今日は運が悪いのだと適当に考え直す。
僕の泊まる部屋は角部屋で、部屋の名前は″松″というらしい。(この旅館の部屋は植物の名が冠してあるそうだ)
僕の部屋の隣室の正面に、一台の自販機が置いてあった。
なんだこれ・・・。ていうか怒鳴って喉乾いたから何か買おうかなー。
そう思って、緑茶を買おうとした。(ちなみに僕は甘いものが苦手なのだ)
「あああああぁああぁああああぁぁぁあアァァッッ!」
と。
突き飛ばされた。
本当に今日はついていないな、僕。
と思いつつ今度は誰だと相手に視線を向ける。
そこには、綺麗な長い髪を垂らしたジャージ姿の女性が立っていた。(割と可愛い)
「これはわたしの自販機なんですっ!だから使っちゃ駄目なんですぅっ!」
・・・・・・はい?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
物語は、進まない。
à suivre...