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第88話 追憶・思い出の終わり

 刹那の死から五日が経っても、犯人の足取りは何一つ掴めなかった。

 そして無情にも、司令官の宮田より捜査の終了が告げられたのである。


「いったいどういう事ですかっ!」


 この五日間、警務官と共にろくに睡眠もとらず捜査を続け、目の下に酷いクマを作った綾子の怒声が司令室に響き渡る。

 宮田はそれを叱りはせず、口惜しさをかみ殺してただ淡々と告げた。


「言った通りだ、CEとの戦いで余裕がない今、これ以上の人員と時間は割けないとして、天道寺刹那君を射殺した犯人の捜査は終了する」

「しかしっ!」

「君も分かっているのだろう?」

「くっ……」


 宮田の問いに、綾子は声を詰まらせた。

 そう、本当は分かっていたのだ。これはただの三等陸尉にはどうにも出来ない、遥か上で決められた政治的な話だと。


「犯人の背後に居るのは、間違いなく大国のいずれかだ」


 日本を救おうとしている英雄を、日本人が殺す理由はない。

 周辺の小国も、日本に敵対するよりはむしろ協力し、自国のピラーを破壊して貰った方が断然得と考える。

 よって、英雄を排除したいと思うのは、日本がCEから解放されて自分達の上に立つのを許せない者達、つまり米露中のいずれか。


 押し寄せる不法難民に対して、海上自衛隊が目を光らせているなか、優秀な狙撃手と銃を日本に入り込ませ、さらに防衛大臣など限られた人間しか知らない幻想変換器の停止コードを、どこからか探り出した手腕を考えても、強大な力を持つ三ヵ国のどれかしかない。


「おそらく、裏で圧力をかけられ、政府もそれに屈したのだろう」


 余計な詮索はするなと、お前達だけCEの脅威から逃れるようなど許さんと。

 もし逆らえば、通算三つ目になる原子爆弾が日本を焼くだろうと。

 無茶苦茶な話ではあるが、どこの国もCEの相手で手一杯であり、他国への手助けをする余裕などない今、仮に三ヶ国のいずれかが日本に核弾頭ミサイルを放っても、それらしい理由があれば誰もが口を閉ざすに違いない。

 例えば、長野ピラーを破壊するために協力したと言って、破壊できないのが分かっている威力と位置に落としたとしても。


 そして、ピラーを破壊するためとはいえ、自国に核爆弾を落とした三ヵ国の首脳陣は、引き金が随分と軽くなっている。

 これに日本政府が怖気づき、たかが子供一人の死を見捨てたとしても、責められる者は居ない。

 天道寺刹那と共に過ごしてきた、綾子達を除いては。


「だが、これでは刹那が、あいつが報われなすぎる……っ!」


 枯れ果てたと思っていた涙が浮かんできて、綾子は目元を掌で隠した。

 弟のために、人々のために戦ってきた彼女が、敵であるCEではなく、味方である人間の手で殺されるなんて、あまりにも酷すぎる結末である。

 そして、私欲から善良な少女の殺害を命じた者達は、今も平然と美味い物を食べ、家族や友人と談笑しているのだろう。

 悪人世に蔓延る、この世に悪を裁く善良な神など居やしない。

 そんな事は分かっていても、どうしても許せない理不尽であった。


「いっそ、全部CEに滅ぼされてしまえばいい……っ!」


 思わずそんな呪詛の言葉さえ漏れてしまう。


「色鐘三尉……」

「言わないで下さい、分かっています」


 深い悲しみを浮かべる宮田の前で、綾子は首を振って憎悪を振り払う。

 刹那の殺害を目論んだせいぜい十数人のために、全世界七十億の人類を呪うなど馬鹿げている。

 権力を傘に着て人の命を平然と弄ぶ者達など、人口の〇・〇〇〇一%も居るかどうか。

 そんな極少数のために、大多数を占める『普通の人々』まで巻き込んで、人類の滅亡を願うなど八つ当たりにすぎない。


 ただ、どうしても一つの考えが頭に過ぎってしまうのだ。

 幻想兵器が人々の認識、願望を集めたというのなら、光の剣を振るう刹那が死んだのも、人々がそう願ったからではないかと。

 不敗の加護を与えるクラウ・ソラスを持ちながら、ダーナ神族の王・ヌァザがフォモール族の魔神・バロールに討ち取られたように。


 輝かしい英雄は悲劇的な死を迎えるべきだという、『普通の人々』が無意識の内に抱く強者へのどす黒い妬みこそが、あの輝かしい少女を殺したのではないかと。

 まだ二十六歳の若造にすぎなかった彼女が、自分の感情を制御しきれず持て余していたその時、不意に司令室の扉が勢いよく開かれた。

 現れたのは、白衣と眼鏡がなければ研究者には見えない、筋肉質な壮年の男。


「影山准教授っ!?」


 宮田も綾子も驚きの声を漏らす。

 彼と京子は刹那の死後、ショックのせいかずっと部屋に引きこもっていたからだ。

 綾子が様子を見に行った時、料理もろくに手を付けていない様子で、やつれ細っていた教え子の方と違い、准教授の顔色は五日前から何一つ変わっていない。

 ただ、その瞳に宿る色だけは変貌していた。


「宮田司令、この資料を読んで下さい」


 ハツラツとした笑顔を浮かべながら、持ってきた大量の紙束を宮田の前に置く。


「これは何だね?」

「計画書ですよ」


 気圧されながらも訊ねる宮田に、影山は最高の笑顔で宣言する。


「この日本を救う新たな英雄を生み出す、名付けて『機械仕掛けの英雄へロス・エクス・マキナ』計画のねっ!」

「機械仕掛けの……」


 その単語に不穏な気配を感じつつ、書類に目を落とした宮田は、そこに貼られていた幼い少年の写真と、書かれていた名前を見て絶句した。


「天道寺英人とは、まさかっ!?」

「はい、あの子の弟を英雄に仕立て上げるのですよ」

「何だとっ!?」


 その言葉に、綾子は驚愕の混じった怒声を上げる。


「貴様、刹那が何のために戦ったと思っているんだっ!」


 思わず襟首を掴み上げてくる彼女に対しても、影山は笑みを全く崩さない。


「知っているよ。けれど、あの子の跡を継いで『英雄』になれるのは、実の弟である彼だけだ。赤の他人では人々が認めない」


 非業の死を迎えた美しい英雄の弟、これほど人々の関心と同情を引き、それ故に幻想兵器の力を高められる者は居ない。


「あの子を見つけ出した時、一緒に検査したから適性が有るのは分かっているよ。あとは幻想兵器の力を引き出せるように、それに相応しい『教育』を施してやればいいのさ」


 感情的で思い込みが激しい、人間としては問題が有るが、兵器としては最適な人格に。


「貴様っ!」


 刹那との約束を別にしても、子供を大人の都合で洗脳するなど許される事ではない。

 綾子は激情を抑えきれず、思わず影山の顔面を殴りつける。

 准教授はそれを避けもせず頬で受け止めると、平然とした顔で言い返した。


「他に日本を救う方法があるというなら、教えて貰えるかな? 他に容姿も才能も性格も備えた、相応しい逸材が居るなら紹介してくれるかな?」

「くっ……!」


 綾子は反論できず、襟首から手を放す。

 影山は彼女に文句の一つも言わず、再び宮田に向かって語り出した。


「あの子の弟は戦わせるにはまだ肉体が成長してない。切りよく高校一年生まで待つとすればあと五年。それだけ時間が経って日本が疲弊していれば、他国も今回のように妨害はしてこないでしょう。いや、ピラーをどうにかする手段が見つからず、泣きついてくる可能性だってありますね」

「影山准教授、貴方は……」


 宮田は戦慄を覚える。この男は五日の間、刹那を失った悲しみにくれていたのではなかったのだ。

 彼女を殺した者達の意図を想像し、その対策をずっと考え続けてきた。

 その結論が、弟の天道寺英人を『英雄』にするこの計画。


「まずは予定通り、日本中から幻想兵器を使えそうな子供達を集めましょう。施設の準備や世間を納得させるのに時間が必要でしょうから、あの子の弟が高校一年生に上がる時、先輩が揃っているように、今から三年後くらいには開始したいですね」

「だが、今回の件で幻想兵器は――」

「いえ、むしろ積極的に見せるべきですよ。どうせあの子以外に使わせた所で、幻想兵器は大した威力を発揮しない。この程度なら脅威にはならないと、他国にハッキリと見せつけるべきなのです」


 弾切れなどがないため、対CE用の武器としては優秀だし、銃弾も防げる防御能力は優秀だが、所詮は戦車や戦闘ヘリに敵わない前時代の武器。

 そう思い込ませて油断させるのだ。今度こそ『英雄』の誕生を邪魔させないために。


「あの子の弟を守るために、親衛隊を育てるのも良いですね。どうせなら全員女の子にしておけば、自分が特別だという思い込みが激しくなるし、色香で上手く操縦できるでしょう」

「そんな人道に劣る真似を――」

「大丈夫ですよ、政府が認めるよう僕が『説得』しますから。それに、CEに襲われて家や両親を失くした子は他にも沢山居ます。そこから探せば誰にも迷惑はかかりません」


 反吐が出るような計画を、影山は喜々として語り続ける。

 その暗く濁った瞳を覗き見て、綾子達はようやく理解した。

 一見、刹那を失った五日前から何も変わらないように見えたこの男こそが、もっとも変貌していたのだと。

 以前から人の心情を加味せず、倫理など忘れたような事を提案していたが、それでも刹那とロボットやヒーローの事を楽しそうに話したりと、最低限の人間らしさを残していたこの男が、本物の怪物と化したのだと。


(そこまで大切だったのか……)


 男女の恋愛感情ではあるまい、親子のような親愛の情でもあるまい。

 自分の予想も超える才能に興味を抱き、自分の計画を実現できる優れた器として評価していた、それだけの話なのかもしれない。

 だとしても、天道寺刹那という少女は、影山明彦という男にとって、唯一かけがえのない存在だったのだ。


「さあ、僕達の手で日本を救う『英雄』を作り上げようじゃないかっ!」


 両手を広げ高らかに宣言する影山に、綾子と宮田は恐怖と共に、深い憐みの感情を抱く。

 そして、もう一つだけ気付いた。

 影山は最初から『日本を』救う英雄としか言っておらず、世界を――天道寺刹那を殺した他国を救うとは、間違っても口にしなかったと。





 ここから先は、語るべき事は多くない。

 影山は政府を説得し、時に脅迫して特高とエース隊の設立を認めさせると、そちらの作業を綾子と京子に任せ、自分は新たな英雄を守り彩る少女達、後に一年A組となる子供達の招集と教育に回った。


 一年後の二〇二七年に特高の校舎が完成、翌年二〇二八年に幻想兵器とエース隊の事が公表され、日本全国の来年高校一年生となる少年少女達が適正検査を受けた。

 当然、子供達の親を中心に反対する者は出たが、その頃は戦争開始から既に三年が経過しており、いつまでも終わらない戦争によって、物資の不足と経済の衰退が、人々の日常生活にも深い影を落とし始めた頃である。


 そして世界に目を向ければ、南米やアフリカなどの一部国家はついに力尽き、CEに飲み込まれてこの世から消滅していた。

 日本もいつ滅ぼされるか分からない。だからこそ、むしろ進んでCEに魂を捧げて心の救済を祈るのだと、そんな事を叫ぶCE教徒の増大により、不安が拡大していた時代である。


 エース隊員に選ばれる子供は五千人に一人の割合、つまり他の四九九九人は戦わずに済み、大人達はCEの脅威に怯えずにすむ。

 そんな保身から「エース隊は正しい」「他に方法が無いから仕方がない」「拒否するなど国に対する裏切りだ」という空気が生まれ、大勢の大人がそれを暗黙の内に了解した。


 救いがあるとすれば、エース隊に選ばれた子供のほとんどが、自ら進んで参加を望んだ事であろう。

 天道寺刹那という英雄に憧れ、自らもそうなりたいと夢見たために。

 こうして二〇二九年の春、特高は一五二名の新入生と共に開校する。

 ただ、その二週間前に影山明彦は山中の施設から姿を消していた。


 その翌日、防衛相に務める書記官の一人が、自宅で惨殺体となって発見された。

 まるでゴリラにでも襲われたかのように、手足を引きちぎられ苦悶の表情を浮かべた死体の傍には、本来はどこかに隠していたと思われる、フラッシュメモリが置かれていた。

 その中身から、彼が他国に情報を売り渡していた工作員であり、天道寺刹那を殺す原因となった、停止コード流出にも関わっていた事が判明する。


 そこから、犯人は消息を立った影山だと推測されたが、捜査は次の日に終了した。

 長野県松本市にそびえ立つピラーの根元に、彼の自動車と本人だと思われる白衣姿の男性遺体が転がっているのが、監視衛星の映像によって確認されたからである。

 秘書官を殺害して天道寺刹那の復讐を果たした後、ピラーの元に向かってCEの手により自殺したのだ。

 その報告を聞いた時、二十七歳となっていた京子は、驚きよりも納得の方が大きかった。

「先生は、刹那の所に行ったのね……」と。


 そうして、開戦から六年が経った二〇三一年。

 初々しかった大学院生が美人保険医となり、まだ青臭さの残っていた三等陸尉が無情な三佐となった春、ついに彼女の弟が入学し、『機械仕掛けの英雄』計画が本格的に始動した。

 多くの後ろ暗い行為に手を染め、少なくない子供達を踏み台にして、ようやく、本当にようやく日本を救える舞台が整ったというのに。

 最後の最後になって、京子達の前に立ち塞がった敵は、五年越しに現れた亡霊・天道寺刹那の姿をしたCEだったのだ。

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