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第85話 追憶・疑惑の欠片

 東京の名門私立女子小学校に通う神近愛璃にとって、CEとは別世界のお伽話にすぎなかった。

 彼女がまだ五年生で、在校生代表として卒業生に送る言葉を考えていた三月のある日、急にテレビが騒がしく報道を始め、安全のためという理由で卒業式が延期されたが、ただそれだけの存在であった。


 食品会社の社長を務める父親は、原料の輸入や商品の輸出先がどうのと忙しくしていたが、子供に慌てた姿を見せて不安を抱かせる人でもなかったので、娘の愛璃はCEの影響とは全く無縁でこの半年間を過ごしてきた。

 世界中が大変な事になっているというテレビのニュースも、どこかの国でテロ事件があったという報道と同じくらい、現実感の湧かないお話でしかない。


 愛璃にとってCEとは、明日バイオリンのお稽古でどの曲を弾くか、そんな事よりも優先度の低い事柄でしかなかったのだ。

 そんな彼女がCEに深い興味を抱いたのは、学校でのある出来事が切っ掛けであった。


「お二人とも、どうかなされましたの?」


 昼休み、愛璃は用事があって職員室に向かう途中、廊下の隅にコソコソと隠れながら、何か話している下級生達が気になって声をかける。

 すると、二人の女の子はビクリと驚いて、手にしていた何かを背中に隠した。


「せ、生徒会長っ!?」

「別に没収したりしませんわよ。気になったから声をかけただけですわ」

「何だ、よかった……」


 女の子達はほっと胸を撫で下ろしながら、背中に隠していた物を見せる。

 それは今年発売されたばかりの、ブレスレット状に丸められる最新式の薄型スマホであったが、親の教育方針でスマホを与えられていない愛璃は、ただ凄そうな機械としか分からない。


「携帯電話ですか? 持ち込みは許可されていますけれど、授業中は電源をお切りになってくださいね」

「はーい」

「そうだ、生徒会長はこれ知ってますか?」


 素直に頷いた持ち主の横で、もう一人の女の子がスマホの画面を指さす。

 そこでは、一つの動画が流れていた。

 黒髪の美しい少女が、輝く大剣を振り回し、ガラスのような六角柱を次々と切り裂ていく光景。


「映画か何かですの?」

「ふふっ、そう思っちゃいますよね~?」


 人気の生徒会長に一個勝てたとばかりに、下級生は胸を張って宣言する。


「でもこれ、本当の事なんです。CEを倒す伝説の剣士が居るって!」

「みんな嘘だって言うけど、絶対本当ですよっ!」

「はぁ、伝説ですの」


 やはり親の方針で漫画やゲームに殆ど触れていない愛璃には、いまいちピンとこない単語である。

 ただ、知識が無い分、CG合成かと捻くれた視線で見る事もなく、純粋な眼でその動画に見入った。

 長い黒髪をなびかせて、時に荒々しく、時に優雅に舞って邪悪な敵を打ち倒す、王子様のように凛々しい少女。


「素敵な方ですわね……」

「ですよねっ!」

「近所の男子なんかよりずっと格好良いですもんっ!」

「えぇ、本当に……」


 キャーキャーと黄色い歓声を上げる下級生達に同意しながら、愛璃は食い入るように動画の少女を見詰めた。

 ピラーやCEが現れても何も変わらないと思っていた、自分の世界に吹いた新しい風。

 それを追いかけたくて、愛璃はスマホを買って貰おうと、初めて両親にワガママを言う決心を固めたのであった。





「う~ん、なんか違うな」


 群馬にも雪が降り始めた十二月の事、いつも通り倉庫の中で光剣の素振りをしていた刹那は、首を捻りながら手を止めた。


「何か異常でもあったの?」


 京子が心配して訊ねると、刹那は難しい顔をして右手の大剣を見詰める。


「異常って訳ではないんだけど……最近、クラウ・ソラスの威力が上がっている気がするんだよね」

「えっ、そうなの?」


 言われて京子は輝く光剣を見るが、初めて生み出した四カ月前から何かが変わったようには見えない。


「ちょっと試してみるね」


 刹那はそう言い、もう何台目かも分からない試し切り用の廃車に光剣を振りかぶる。


「そいっ」


 気の抜けた掛け声と共に、力を入れずゆっくりと上から下に剣を振る。

 それだけで、熱したナイフをチーズに押し当てるがごとく、廃車は真っ二つに引き裂かれていった。


「うん、やっぱり強くなっている気がする」

「弱くなったなら大問題だが、逆なら構わんだろう?」


 毎日ランニングして鍛えたお陰かもしれんと、綾子などは喜ぶが、刹那の顔はやはり晴れない。


「そうだけと、何か気持ち悪いんだよね……」


 理由が分からないから居心地が悪いという、それだけが原因ではなかった。

 彼女は本能的に勘付いていたのだろう。人々の認識を集めて形作られる幻想兵器の危険性、個人の人格が大多数の願望に汚染されていくおぞましさを。

 ただ、影山が『英雄』計画の概要を己一人の胸に仕舞っている今、原因を究明する手段は刹那にも京子達にもなく、気のせいと忘れる他なかった。


「気持ち悪いといえば、変換器って絶対に腕じゃないと駄目なの?」

「特にそんな事はないと思うけど……」


 京子は半信半疑といった顔で答える。

 最近、幻想変換器の量産化などの件で、忙しく東京に呼び出されている影山に代わり、彼女が整備を担当していた。

 そのため、最重要部のブラックボックスを除いて、その仕組みを知らされていたが、装着部を腕に限定するような要因は特にない。


「脈拍とかの体調を把握するために、肌に触れている箇所にしているだけで、幻想兵器や幻子装甲を出すだけなら、どこでも大丈夫のはずよ」

「そうなの? ならベルト型にできないかなっ!」


 目をキラキラと輝かせ、両手で「2」を書く残念な美少女の姿に、京子と綾子は揃って溜息を吐く。


「人の趣味にとやかく口を挟む気はないけど、もう少し女の子らしくしないと、恋人なんて未来永劫できないわよ?」

「男は『同じ趣味の子がいい』とか言っておいて、結局は守りたくなるか弱い女が好きなものだぞ?」

「ダメ出しされたっ!?」


 自分達だって恋人いないくせに、と地雷を踏んで頭を叩かれてから、刹那は涙目で説明する。


「いや、変身ヒーローみたいで格好良いっていうのもあるけど、腕に重りを着けているみたいで邪魔だなって、前から思ってたんだよ」

「あぁ、それは確かに問題かもな」


 綾子は頷き、刹那から試しに変換器を借りて腕に付けながら、腰の拳銃を引き抜いて構える。

 変換器は約八百gの9mm拳銃より軽いが、それでも長時間構え続けていれば負担になる重さだ。

 銃と大剣では事情が異なるとはいえ、左右のバランスが崩れるのも気になる所であろう。


「些細な事から大事故に繋がっても困る。影山准教授が戻ったら進言してみてはどうだ」

「そうね、先生なら喜んで作ってくれそうだし」

「やった! じゃあカードを入れ替えて幻想兵器を切り替える機能を――」

「つける訳ないでしょ」


 図に乗らないの、と京子は刹那の頭にチョップをくらわせる。

 しかし、この話を聞いた忙しい准教授が悪乗りし、設計図だけ書いて組み立てと調整を教え子に丸投げし、さらに異なる幻想兵器を呼べるようにプログラムを書き換えろと、無理難題を与えてくるなど知る由もないのであった。





 一方その頃、忙しい准教授こと影山は、防衛省の一室で幻想変換器の構造を解説していた。

 説明を受けているのは防衛大臣に加え、統合幕僚長と陸上幕僚長という、自衛隊のトップに立つそうそうたる面々。

 しかし、話が核心へと進むにつれて、自衛隊幹部達の顔面は真っ青になっていく。

 ここまでの地位に昇るため、いくつも修羅場や腹芸をこなしてきた彼らでも、顔色を隠せないあまりにも重大な問題であったために。


「影山さん、もう一度だけ確認させて頂きたい」


 三人の中で年齢も階級も一番下の陸上幕僚長・岩塚哲也が、場を代表してそれを口にする。


「幻想変換器には『何が』使われているのだね?」


 その質問に、影山は満面の笑みで答えた。


「はい、CEのコアです」

「――っ」


 あまりにも堂々とした答えに、大臣達も怒りや動揺の声を呑み込んでしまった。

 そんな彼らに、影山はあくまで笑みを崩さず告げる。


「倒した獲物から皮を剥ぎ骨を取り、防具や武器として身にまとう。原始時代から行ってきた事ではありませんか?」

「しかしだね……」

「ご安心ください、コアと言っても砕かれ活動を停止した物の欠片です。間違っても装着者の精神を奪ったりはしませんよ」


 白々しい――岩塚だけでなく、全員がその台詞に胡散臭さを感じていた。

 人の精神を奪うCEのコア、そして人の精神や認識をエネルギーとする幻想変換器。

 この二つを結び付けられて、危険性が無いなど誰が信じるものか。

 しかし、疑いの目で睨まれても、影山はやはり怯みもしなかった。


「本当に問題ないのですよ、子供の精神は大人が思っているよりもずっと強靭ですから。戦闘や訓練で毎日幻想兵器を使ったとしても、三年くらいなら特に後遺症も出ないでしょう」

「それが事実だという保証は?」

「資料は用意してありますよ」


 影山はそう言って書類を配るが、専門用語ばかりで大臣達には一目でそれが信頼できる物か分からない。

 そして、資料を用意した准教授への信頼は限りなく地に落ちていた。

 とはいえ、それでも影山の笑みは消えない。


「僕の人間性はともかく、科学者のプライドを信じて欲しいですね。その資料にも先程の発言にも嘘はありませんよ」

「……分かった、信じよう」


 大臣は暫し目を閉じて考えてから、深く頷いてみせた。

 どのみち、通常火力によるピラーの破壊に失敗し、核兵器も持たぬ日本には、この儚い夢幻の武器に頼る以外の道は、今のところ見つかっていないのだから。

 岩塚も大臣と同じように頷きながら、一つ確認を口にする。


「では、この天道寺刹那という少女に、幻想兵器の使用による後遺症は出ないのだね?」


 その質問に、影山の笑顔で固まっていた頬が、初めてピクリと動いた。


「……はい、長野ピラーを破壊するだけでしたら」


 つまり、それ以上に戦わされる事があれば、健康は保証しかねるという事。

 それも当然の理屈であろう。先日、米露中の三ヵ国が試したように、ピラーの破壊には原子爆弾クラスの破壊力が必要不可欠である。

 そんな膨大なエネルギーを、CEコアを利用した変換器を通しているとはいえ、一人の人間が操ろうというのだ。破裂して死なないだけでも奇跡と言える。


「そうか、ならば結構だ」


 いざとなれば子供一人と一億人以上の国民、どちらを取るかなど考えるまでもない立場に居る岩塚だが、それでも我が子くらいの少女が死ぬのは気持ちの良い話ではない。

 もう聞く事はないと口を閉じた陸上幕僚長に代わり、統合幕僚長が口を開く。


「それで、こちらの証拠はいつ見せてくれるのかね?」


 指をさして訊ねたのは、噂が広まり大勢の人々が認識するほど、刹那の幻想兵器は力を増すと書かれた資料。

 その理屈を今更疑いはしないが、どの程度力が上がるのか、本当にピラーを破壊できるほどの伸びしろがあるのか、それは見せて貰えなければ納得できない。

 そんな当然の質問に、影山は自信満々で答えた。


「次にCEが攻めてくれば、その時にでも」

「分かった、朗報を期待しよう」


 統合幕僚長も質問は以上だと口を閉じ、防衛大臣の顔を窺う。

 大臣の方も聞く事はないと、頷いて返すのを見て、影山は笑みを浮かべ資料を閉じた。


「では、やる事が沢山できましたので、これで失礼させて頂きます」


 話を終えて素早く退室していく影山を、防衛大臣は無言で送り出す。

 そうしてから、岩塚の顔を見て静かに命じた。


「監視の目は決して外さぬように」

「承知しています」


 岩塚も深く頷き返す。影山明彦という男が優秀であり、日本国民や政府に害意が無いのは分かるが、信用するにはあまりにも怪しすぎるからだ。

 今日の会談で疑惑はより深まったとさえ言える。

 CEのコアを利用するのは構わない。だが、どこでコアの欠片を手に入れた?

 どうして、コアの欠片を利用すれば幻想変換器なんて物を作れると思った?


 政府が直々に結晶のサンプルを回し、CEの研究解明を行っている大学の研究所では、誰一人として変換器の開発どころか、認識力とそれを運ぶ幻子という粒子すら発見できていないのに。

 CE出現から半年と掛からず幻想変換器を発明するなど、いくら天才だとしても度が過ぎている。

 ただ、そこまで怪しくても、彼のもたらす技術はあまりにも美味すぎる。


 影山という猛毒を、警戒しつつも上手く使いこなそうとする、防衛大臣達の判断は間違っていない。

 誤りがあるとすれば、CEとそれに対抗する幻想兵器の運用だけでなく、自暴自棄になった国民の犯罪率増加や、CE教を名乗るカルト集団の勢力増大、さらには比較的平和な日本に逃げ込もうとしてくる不法移民対策など、あまりにも問題が多すぎて、考える余裕が無かった事であろう。

 CEという共通の敵が生まれても、同じ人類の足を引っ張ろうとする愚か者が居るという、当たり前の現実を。

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