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第82話 追憶・天賦の凡庸

 夏も真っ盛りの八月、本来であれば避暑地として大勢の学生や家族連れで賑わっていた長野県軽井沢も、今は焼け野原のゴーストタウンと化していた。

 その原因を作った敵、CEが群れをなしてゆっくりと近づいてくるのを、綾子は82式指揮通信車の上部ハッチから双眼鏡で眺める。


「四十体といったところか」


 かなり数が少ないが、これは軽井沢より前の御代田町に入った時点で、自走砲による長距離射撃を行って九割以上を撃破したからだ。

 運よく榴弾の雨を掻い潜ったこの四十体も、前方に整列した十六台の10式戦車によって、あっさりと撃破されるだろう。

 そう、ただ倒すだけならばCEなど現代兵器の敵ではない。

 問題は親玉のピラーから無尽蔵に湧いてきて、そのピラーだけはどんな兵器でも破壊できないという事。


「忌々しい」


 ここからでは山に阻まれて姿は見えないが、綾子は長野ピラーの方を向いて舌打ちする。

 そんな彼女の横から、ひょっこりと黒髪の少女が顔を出してきた。


「綾子ちゃん、どんな感じ?」

「そろそろ騒がしくなるから、中に引っ込んでいろ」


 よく性格がきついと言われる彼女にも、物怖じせず懐いてくる刹那に、綾子は何ともいえぬ微妙な表情を浮かべながら、彼女の頭を押して指揮者の中に戻る。

 そしてハッチを閉めると、タイミングよくヘッドホンに通信が入ってきた。


『色鐘三尉、始めるがそちらの準備はいいかね?』


 別の指揮車に居る宮田司令からの通信に、綾子は一度車内を見回す。

 刹那、京子、そして影山の三名はこちらの言いつけ通り、防音用のイヤーマフを身に着けていた。


「はい、問題ありません」

『影山准教授は一体か二体残してくれなどと無茶を言っていたが、その要望を聞く気はない。上手く誤魔化してくれたまえ』

「はい、了解しました」


 会話を悟られぬよう影山の方は見ずに、綾子はただ強く頷き返した。


(幻想兵器の威力は見せて貰ったが、生身の子供をCEと戦わせるなど、やはり正気の沙汰ではない)


 人命を考慮しない狂科学者の戯言より、少女の命を優先してCEの全滅を目指すのは当然の判断であろう

 しかし、残念ながら戦車隊がいくら尽力しようと、刹那の危険をゼロにするのは不可能であった。


「始まるぞ、危険だから立ち上がるなよ」


 宮田との通信を終え、注意してから丁度二十秒後に、立て続けに轟音が鳴り響いた。

 10式戦車の44口径120mm滑腔砲から発射された装弾筒付翼安定徹甲(APFSDS)弾が、一㎞まで引き付けたCEを次々と撃ち抜いていく。

 人間より少し大きい程度と、戦車砲の対象としては小さい六角柱型CEだが、速度も人間と変わらず回避行動も取らないとあっては良い的でしかない。

 ただ、世界的に見ても驚異的な命中精度を誇る自衛隊の戦車隊といえども、結晶体の中心で輝くボウリング玉サイズのコアに、全弾必中とは流石にいかない。


「終わったか」


 轟音が鳴り止んで数秒待ってから、綾子は再び上部ハッチを開けて双眼鏡を目に当てる。

 軽井沢の焼け野原には砕けた結晶がばら撒かれ、動く六角柱の姿は消えていた。

 しかし、注意深く窺えば、地面に転がり土で汚れながら、まだ赤く輝く球体が何個か転がっているのが分かる。


「本当に忌々しい」


 綾子は再び舌打ちする。

 CEはいくら体表の結晶を砕こうと、中心のコアを破壊しない限り活動を止めない。

 そして周囲に散らばった欠片や土を取り込み、結晶を再生して何度でも襲ってくるのだ。


 戦争当初はこの生態が分かっておらず、いったい何十人という自衛隊員が、倒したと思ったCEコアからの攻撃を受け、意識不明の昏睡状態にされてしまったことか。

 コアの特性が広く知れ渡った今でも、こうして砲撃を免れた物を破壊するのに、少なくない砲弾と多大な緊張感を強いられていた。

 そんな厳しい掃討作業に、今日は一人の少女を放り込まなければならないのだ。


「さて、君の出番が来たようだね」

「は、はい」


 楽しそうに手を叩く影山に急かされ、刹那は緊張して立ち上がり、後部扉から指揮車を降りた。

 そんな彼女を、京子が慌てて呼び止める。


「待って、通信機を忘れてるわよ」

「あっ、そうだった」


 刹那は着けっぱなしだったイヤーマフを外し、京子からヘッドセット型の通信機を受け取った。


「危ないと思ったら、直ぐに戻るのよ?」

「うん、頑張るっ!」


 心配の声にも笑顔でサムズアップを返して、刹那は前に並ぶ10式戦車の一台に駆け昇る。


「それじゃあ、よろしくお願いします」

「本当に大丈夫なのか?」

「はい、バリアみたいな物があるので」

「その話は聞いているがな……」


 戦車の車長は不安を浮かべながらも刹那の笑顔に負けて、命令通り彼女を乗せてゆっくりと走り出した。


「うわー、一度乗ってみたかったんだよねっ!」


 幻子装甲があるからと安心しているのか、刹那は危険なタンクデサントにもかかわらず、楽しそうに両手を広げて黒髪を風になびかせていた。


「大丈夫か、あいつ……」


 それを双眼鏡で見守っていた綾子は多大な不安を覚えるが、少女が転げ落ちるようなアクシデントもなく、戦車は結晶の欠片とコアが転がる少し手前まで乗り付けた。


「じゃあ、行ってきます」

『十分に警戒するのよ』


 京子の注意もちゃんと聞いているのかどうか、刹那は戦車から飛び降り、自らの武器を呼び出す。


「武装化っ!」


 影山と一時間も協議の末に決めた合言葉を叫ぶと、幻想変換器から光が迸って、輝く大剣クラウ・ソラスが出現する。


「おぉ、本当に剣が出た……っ!?」


 話を聞かされてはいたが、実際に見るのは初めてだった戦車隊の乗員達は、揃って驚きの声を上げる。

 それを背に、刹那は一番近くに転がっていたコアに向け、慎重に近づいていった。

 一歩、二歩と詰めていき、その距離が三十mを切った瞬間――


 カッ!


 コアがより赤く輝いたかと思うと、一条の光線が放たれて少女の胸を貫く。


「「刹那っ!」」


 双眼鏡で見守っていた京子と綾子が、同時に悲鳴を上げる。

 しかし、刹那は驚いた様子で数歩下がったものの、心を失った人形と化して崩れ落ちる事はなかった。


『だ、大丈夫みたい』

「そう、良かったわ……」

「ほら、僕の言った通りだろう?」


 刹那からの通信を聞いて胸を撫で下ろす京子に反し、影山は想定通りだと得意そうに笑った。

 綾子はその態度に苛立ちつつ、通信機に向かって呼びかける。


「まだいけるか? 無理なら下がって構わんぞ」

『うん、まだアラームは鳴ってないし大丈夫』


 幻子装甲はまだ十分残っていると、刹那は元気に返事をする。


『それに、しっかり見たからだいたい分かったし』

「はぁ?」


 何を言っているんだと問う前に、刹那は再び転がるコアに向かって歩き出した。

 そして三十mまで近付いた瞬間、再び光線が彼女に向かって放たれる。

 しかし、赤い光は虚しく空を切るだけであった。

 発射の瞬間、刹那は蛙のように地面に這いつくばって光線を避けたのだ。

 まさに光の速さで迫る射撃を、十分の一秒でも遅早があれば避けられなかった攻撃を、完璧なタイミングで。


「……何?」


 それを一番近くで目撃した戦車の乗員達は、あまりの光景に唖然と口を開けてしまった。

 しかし、驚愕はそこで終わらない。

 低い態勢となった刹那は片手で大剣を背負い、残る三肢で狼のごとく地面を駆ける。

 そして三十mの距離を一瞬で詰めると、次の攻撃を放つ暇も与えず、コアに光剣を突き刺したのだ。

 だが、少女の動きはまだ止まらない。


「ふっ!」


 気合を上げながら引き抜いた大剣を、盾のごとく目の前にかざしながら走る。

 そこに転がっていた二個のコアから光線が放たれるが、クラウ・ソラスの刃に全て防がれるだけであった。

 刹那はそのまま走り寄り、一個のコアを叩き切ると、少し離れた最後のコアに向けて、勢いよく大剣を放り投げた。


「せいやっ!」


 巨大な扇風機のごとく回転した大剣は、狙い違わず三個目のコアを両断し、そのまま五mほど地面を削ってようやく止まった。


「え~と、これで全部かな?」


 刹那はキョロキョロと辺りを見回すが、もう赤い輝きは見当たらない。

 だが、大砲の衝撃で地面に埋まっている可能性も考え、投げ捨てた光剣を拾って命じる。


「我が敵を地平の彼方まで追い立てよっ! なんちゃって」


 敵を自動追尾して貫くフラガラッハとしての能力を使おうとするが、周囲に敵が居ないと判断したのであろう、ポイッと投げた大剣は二mと飛ばず地面に突き刺さって止まった。


『京子ちゃん、綾子ちゃん、終わったみたいだよ』

「あっ、うん、ご苦労様……」


 手を振ってくる刹那を双眼鏡で眺めながら、京子は呆然と通信を返す。

 同じように双眼鏡で見ていた綾子も、呆気に取られた顔をしていた。


「おい京子、あれも幻想兵器とやらの能力なのか?」

「いいや、違うね」


 疑問に答えたのは京子ではなく影山。

 彼は手元のタブレットPCを見ながら、心底楽しそうに笑っていた。


「最初にCEの光線を受けて以降、あの子の幻子干渉能力は全く減っていない。幻想兵器の能力は何も使っていないよ」


 つまり、光線を避けた回避力も、一瞬で距離を詰めて倒した俊敏性も、大剣の投擲を当てた器用さも、全て天道寺刹那という少女自身の能力。


「あいつ、格闘技とかは習っていないはずだったな?」

「運動が得意とは言っていたけど……」


 問いかけてくる綾子に、京子は曖昧に頷く。

 故郷である長野がCEに占拠され、他県に親戚なども居なかったため、刹那の情報はあまり聞き取れていなかったが、少なくとも本人は武術の経験など無いと語っていた。

 だというのに、たった一度でCEの攻撃を見切り、コアだけとはいえ一瞬で三体も倒してみせた。


「正直に言うとね、僕はあの子の容姿が優れていたから選んだだけなんだよ」


 呆然と立ち尽くす京子達の横で、影山は笑顔で語り出す。


「もちろん、幻想兵器を使えるだけの適正も重要だったけどね。それ以上に大勢の注目を集めて、一目で『英雄』だと信じ込みたくなる、あの容姿を使えると思ったから誘ったんだ」


 けれど、少女は自分の名声や富ではなく、弟への愛情から戦う道を選んだ。

 そして、幻想兵器の能力に頼ることなく、己の才覚のみで敵を屠って見せた。


「間違いを認めよう。あの子こそが『英雄』だ、あの子以外に『英雄』となれる者はいない」


 影山は思わずタブレットPCを投げ捨てて、心からの拍手喝采を送った。

 誰よりも優れた頭脳を持っていたために、何事も全て予測できてしまったために、どんな物や人も覚える価値はないと、退屈していたこの世界に。

 認識力やCE以外にも、こんなにも知的好奇心をくすぐる奇跡の結晶が存在したのだと。


 普段の作り物ではない、本心からの笑顔を浮かべる影山は、まるで幼い子供のようであった。

 そんな彼の拍手に迎えられ、戦車に乗って戻ってきた刹那は、照れ臭そうに頬を染めていた。

 ただ、この時点で影山はまだ、科学者としてしか彼女を見ていなかったのだろう。

 だから、少女の手が小さく震えていた事に気が付かなかったのだ。





「コアだけとはいえ十五体か。うんうん、大量だね」


 指揮車に乗って新町駐屯地に帰る最中、影山は始終上機嫌でタブレットPCにデータを入力していた。

 軽井沢での掃討を終えた後、自走砲の長距離射撃で倒した御代田町にも向かったのだが、そこに残っていた十二体分のコアも、全て刹那が倒したからである。

 それも、一度の被弾もない完勝でだ。

 影山の頼みもあってフラガラッハの自動追尾は二度ほど試したが、別に使わずとも蹴散らせたのは疑いない。


『君のおかげで本当に助かった、ありがとう』


 別の指揮車に乗った宮田司令も、通信でお礼を告げてくる。

 生身の自衛隊員では即死に繋がる危険な作業であり、戦車隊でも貴重な弾薬を消費してしまう、撃ち漏らしたコアの掃討を一人で行ってくれたのだ。

 一見地味に見えても、その功績は大きい。

 最初は子供を戦わせるなんてと、人道面から強く反対していたが、ここまでの戦果と華麗な戦いぶりを見せられては、流石に意見を引っ込めるしかない。


『君のような若い子供に戦いを押し付けるなど、大人として情けない限りだが、どうかこれからも協力して欲しい』

「はい、頑張ります」


 通信の向こうで深く頭を下げる宮田に、刹那も元気に返事をする。


「本当にビックリしたわよ、貴方があんなに強かったなんて」

「う~ん、そうかな?」


 驚きながらも褒める京子に、刹那は実感が無いのか首を傾げる。

 ただ、そんな穏やかな会話は十分と続かなかった。


「むっ、どうした?」


 刹那の顔が真っ青になっているのに気付き、綾子が心配して声をかける。

 すると、彼女は手を挙げて叫んだのだ。


「おトイレ行きたいんで、止めて下さいっ!」

「貴方、もっと他に言い方があるでしょう?」


 綺麗な顔をしているくせにはしたないと、京子が嗜めるのも聞こえない様子で、刹那は焦って訴え続ける。


「は、早くしないと、も、漏れ……」

「分かった分かった、すまん、止めてくれ」


 綾子が頼むまでもなく、話を聞いていた運転手が苦笑しながらブレーキを踏む。

 すると、指揮車が停まりきるのも待たず、刹那は後部扉を開けて飛び降りた。


「まったく、天才なんだか馬鹿なんだか」


 京子は呆れながら、刹那を追って車外に出て後部扉を閉める。

 丁度山道を走っていた所なので、脇が林になっており姿を隠すのには困らない。


「ティッシュくらい持って――」


 そう呼びかけながら、林に消えた彼女を追ったその時であった。


「うえぇぇぇ……っ!」


 苦しそうな呻き声と共に、ビシャビシャと嘔吐物が撒き散らされる音が鳴り響いてくる。


「ちょっと、刹那っ!?」


 京子は慌てて駆け寄り、苦しむ少女の背中を擦ってやる。


「どうしたの? 何か副作用でもあったのっ!?」

「そ、そうじゃ、うぇぇ……」


 幻想変換器のせいかと心配する綾子に、刹那は涙目で首を振りながら、再びえずいて胃液を吐き出す。

 そのまま何度も吐いて、胃の中を空っぽにしてから、刹那はようやく真っ青な顔を上げた。


「ごめんね、車酔いしちゃったのかな」

「車酔いって、貴方……」


 軽井沢に来るまでの最中、刹那は酔った様子も全くなく、京子や綾子にうるさく話しかけていたのだ、車酔いのはずがない。

 それを証明するように、京子が差し出したハンカチを、刹那の手は震えて取り落とす。


「あっ、ごめんね……」

「貴方、ひょっとして」


 そこでようやく京子も気付く、彼女の全身が凍えるように震えているのに。


「おかしいな、戦っている時は平気だったのに……」


 震えを抑えるように両肩を抱きながら、刹那は真っ青な顔で苦笑する。

 その心を蝕んでいたのは、CEという化物への恐怖。

 無理もない、彼女はその化け物に追われて長野から逃げて、その途中で両親を殺されているのだから。

 例え幻想兵器という武器があろうと、幻子装甲という鎧があろうと、心に刻まれた死への恐怖は、殺された人々の断末魔は消えやしない。

 なのに、まだ誰も試した事のなかった怪しげな幻想の剣や鎧だけを頼りに、たった一人で戦わされたのだ。


「まさか、ずっと……」


 怖かったのだ。だから馬鹿みたいにうるさく騒いでみせて、平気だと自分に言い聞かせて、恐怖を思い出さないようがむしゃらに戦った。


「何で言わなかったのっ!」


 そんなに怖かったのなら、京子も綾子も、それに宮田司令だって、無理やり戦わせたりはしなかったのに。

 見ているこっちの方が辛くなって、京子は少女の細い両肩を掴んで問い詰める。

 すると、刹那は申し訳なさそうに笑いながら言ったのだ。


「だって、英人のためだから」


 弟がもう怖い思いをしないように、温かいお家でゆっくりと眠れるように、戦うと約束したのは姉である自分なのだから。


「それにね、ちょっと嬉しかったんだ」

「えっ?」

「あの時、私は逃げる事しか出来なかったけれど、今は戦える、誰かを守れるって事が凄く嬉しいんだ」


 そう言って、刹那は太陽のように笑ったのだ。

 手足の震えが消えずとも、心の傷が痛くても、誰かの役に立てる事が嬉しいのだと、ただ無邪気に。


「何で、貴方はそこまで……っ!」


 京子は堪え切れず、刹那の細い体を抱きしめる。


「うわっ、京子ちゃん!? ゲロ臭くなっちゃうよ?」

「バカ、アホっ! 綺麗な顔でゲロとか言わないのっ!」


 慌てて離れようとする刹那を、京子は叱りつけながらさらに強く抱きしめた。

 今離してしまったら、泣き出しそうな自分の情けない顔を見られてしまう。


「本当に、どうして……」


 こんなにも普通の、そして優しい女の子だったのだろう。

 その容姿や能力に相応しい、傲慢で思い上がった子供であれば、こんなに愛おしく思う事はなかったのに。

 影山と同じように科学者として、突き放した視点で見られたのに。


「バカ、本当にバカ……っ!」

「え~と、ごめんね」


 堪え切れず涙が零れてしまった京子に、刹那は困って謝りながら、その背中を優しく撫で返す。

 そんな二人の会話を、綾子は少し離れた木の幹に隠れながら聞いていた。

 トイレにしては遅すぎると心配し、見に来ていたのだ。


「あいつ……」


 綾子は複雑な表情で俯きながら、足音を殺してその場を離れる。

 刹那は幻想兵器の力とその溢れる才能を、あまりにも見事に披露してしまった。

 物資不足に悩む自衛隊も、科学者としての熱に犯された影山も、もう絶対に彼女を手放そうとはしないだろう。

 何よりも民衆が、絶望の淵に追い込まれた人々の救済を望む無意識が、希望の光である聖女を逃そうとはしない。

 弱虫なのに勇敢な少女が、この戦争から解放される時があるとすれば、それは長野ピラーを破壊した時か、もしくは――


「守ってみせるさ」


 自衛官としての職務ではなく、色鐘綾子としてそれを強く誓う。

 けれども、結局その約束は守れなかったのだ。

 ただの三等陸尉では抗いようもない、人間のどす黒い業からは。

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