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第81話 追憶・光の剣

 新町駐屯地にある倉庫の一つで、歴史に残る、だが表沙汰にできない実験が開始されようとしていた。


「難しい操作は必要ない、その腕輪についたボタンを一回押すだけだよ」

「はい」


 影山の説明に、刹那は緊張した面持ちで頷き、右腕の幻想変換器に左手を伸ばす。

 それを京子と綾子、そして宮田司令が緊張の面持ちで見守るなか、刹那は意を決してボタンを押した。

 途端、変換器から大量の光が迸り、それが集まって一つの形を成す。

 少女の身長を超えるほど巨大な大剣、光り輝く幻想の兵器へと。


「おぉっ!」

「まさか本当に……」


 事前に説明されていたとはいえ、とても信じられない非現実的な光景に、宮田も綾子も驚きの声を漏らす。


「うわー、綺麗な剣……」


 刹那は驚きよりも大剣の美しさに見惚れ、嬉しそうに両手で握って素振りを始めた。

 巨大な見た目に反して羽のように軽く、大剣はフォンフォンッと軽快に大気を切り裂く。

 それを見ながら、京子は隣の准教授に訊ねる。


「あれ、質量保存の法則とかどうなっているんですか?」


 幻子装甲の時点で大概の非科学現象には慣れたつもりだったが、手に取れる大剣、つまり物質が突然湧いたりする光景は流石に納得しかねる。

 知的好奇心と猜疑心が混ざった表情の教え子に、影山は楽しそうに授業を開始した。


「選択肢はいくらでも思いつくだろう? その一、大剣の質量と同等のエネルギーが集められた」

「いや、それは流石に……」


 相対性理論のE=mc2の式でいけば、地球を破壊できるほどの膨大なエネルギーでも、ようやく拳大の質量になるかどうか。

 あの大剣を造り出すとなれば、それこそ太陽系を吹き飛ばすほどのエネルギーが必要になる。

 人の精神や認識にそこまでのエネルギーがあるかと問われれば、やはり納得しかねるだろう。


「では可能性その二、質量保存の法則が間違っていた」

「それは極端すぎませんっ!?」


 確かに極小ミクロの世界である素粒子は、急に消滅したり出現したり、にわかに信じがたい挙動を見せる。

 しかし、人間の目で見える巨大マクロの世界では、そのような事は確率的に起こり得ない。

 大剣サイズの質量が突然現れるなんて、壁にぶつかり続ければ通り抜けられるというのと同じくらい、確率的にゼロではないが現実的にゼロな話だ。


「だが、そんな極小確率の奇跡を呼び寄せる力が、人の精神にあったというのでは駄目かな?」

「…………」


 影山の問いに、京子は納得のいかない顔で黙るしかなかった。

 幻子装甲や幻想兵器をこうして見せられた以上、影山の提唱する『認識力』――人の認識には力があり、認識によってこの世界は構成されているという理論を、今更否定する気はない。

 ただ、やはり二十三年間も培ってきた常識や、科学者を目指して学んできた、数々の正しいとされる法則が受け入れるのを拒絶してしまう。

 そんな悩める教え子を、影山は叱ったりせずあくまで笑顔のまま諭す。


「君は意外と頭が固いね。科学者であるならば、既存のあらゆるモノを疑わないといけないよ。何故なら、科学とは『疑う』事によって発展してきたのだから」


 太陽はどうして東から西に昇るのか、どうして物は下に落ちるのか。

 そういった疑問が、分からない事を知りたいと思った先人達の好奇心が、今の科学を築き上げた。

 だから間違っても『神様がそう作ったから』なんて万能の答えで、思考を停止してはならない。


「それは科学も同じだよ。科学を『信じた』時点で、それは科学ではなく『信仰』になってしまう」

「はぁ……」


 言いたい事は分かるが、それでも大剣サイズの大質量が偶然生まれる、そんな確立を引き寄せる事が可能とは思えなかった。

 しかし、首を捻る京子を見て、影山はむしろ楽しそうに笑みを深めるのであった。


「僕が言った事を鵜呑みにせず、『疑う』のも科学者として正しい姿勢だよ。それに、僕だって幻想兵器の発生メカニズムを明確に分かっている訳ではないしね」

「えっ、それって危険なんじゃっ!?」

「危険じゃない発明なんてこの世には存在しないよ」


 慌てる京子に対して、影山は声が大きいよと軽く注意しながら告げる。


「例え人類を滅ぼしうる理論や兵器であろうとも、そこに謎があるなら手を伸ばす。それが科学者として正しい姿勢というものだよ?」

「…………」


 今の台詞をアインシュタインやオッペンハイマーが聞いたら、いったいどんな顔をするだろうか。

 京子のそんな思考を読んだのであろう、影山はまた笑って言葉を付け足す。


「原爆を超えるエネルギーを生み出せなければ、ピラーは破壊できないからね、それくらいのリスクは背負って貰わないと困るさ」

「そうですけど……」

「安心したまえ、あれは本命の前の試作品だ。強力な武器は呼び出せても、強力すぎる兵器を呼び出せはしないよ」


 影山の最終目標、人々の思いを一点に集め、ピラーを破壊できる『英雄』という器を完成させるためには、大勢が彼女こそ英雄に相応しいと信じ込めるだけの、確かな実績が必要になる。

 今目の前で出現した光り輝く大剣は、そこに至るための足掛かりでしかない。

 そんな事を話していると、当の刹那が素振りに満足して駆け寄ってきた。


「これ、次はどうするんですか?」

「あぁ、そちらに用意した廃車で試し切りをしてくれるかな」


 影山は倉庫の端に搬入されていた、バンパーが潰れたワゴン車を指さす。

 彼自身がデータを取りたいというより、宮田や綾子という自衛隊の人間に、幻想兵器の威力を見せるデモンストレーションのためであった。


「本当に斬っていいんですか?」

「思い切りやって構わないよ」

「はい、分かりました」


 刹那は少しだけワクワクした顔をして、ワゴン車の前に立った。

 達人が名刀を持って挑めば、ドアの一枚くらいは切り裂ける硬度であるが、しかし――


「せいやっ!」


 刹那が踊るように繰り出した大剣の一撃は、ワゴン車を縦ではなく横一文字に両断したのだった。


「何とっ!?」

「これほどか……」


 宮田も綾子も驚愕に目を見開く。

 大して力を入れていない軽い一撃で、自働車を豆腐のように容易く両断した。

 この威力であれば、主力戦車の複合装甲とて貫けるであろう。

 それはつまり、戦車砲クラスの威力が必要である、強固なCEの結晶さえ砕けるという事。


(CEを滅ぼす切り札というのも、伊達や酔狂では無かったという事か)


 綾子は少しだけ見直しながら、人でなしの准教授を見る。

 そんな彼女の視線に気づいた様子もなく、影山は満足そうに拍手をしていた。


「うん、お見事だったよ。とりあずテストはここまでにするとして、変換器のスイッチを三回押してくれるかな?」

「はい」


 刹那が言われた通りスイッチを押すと、輝く大剣は光の粒子となって消え去った。


「何だか手品みたいですね」

「頭痛がするとか、何か問題はない?」


 呑気な感想を漏らす彼女に、京子が心配して念のため訊ねる。

 すると、刹那は急に真面目な顔になってこう告げた。


「一つだけ、気になる事があります」

「どうしたの?」

「それは――ボタンを押すだけとか、ちょっと味気なくないですかっ!」

「……はい?」


 何を言われたのか分からず、京子はおろか影山達を首を傾げた。

 そんな大人達に向けて、刹那は右腕の幻想変換器を突きつけて力説する。


「あんな格好良い武器を呼び出すのに、ボタンを押すだけとか素っ気なさすぎです。そこは名前を叫ぶべきですよっ!」

「…………」

「シンプルに『来い、エクスカリバーッ!』とか、『神々に黄昏をもたらす終焉の炎よ、今こそ我が手に顕現せよ、レーヴァテインッ!』って詠唱するとか」

「お前は何を言っているだ?」


 綾子が思わず真顔でツッコム。

 しかし、刹那はまったく怯まず、繰り返し力説したのだった。


「だって、格好良いじゃないですかっ!」


 腰に両手を当て、十六歳にしてはなかなか豊満な胸を張って宣言する。

 その容姿と全く釣り合わない言動を見て、京子達はようやく理解した。


(……この子、馬鹿だ)


 学校でのあだ名は間違いなく『残念美人』であった事だろう。

 深い呆れと不安を覚え、生暖かい視線を送る京子達に反して、影山だけは笑顔を崩さず、納得とばかりに手を叩いた。


「なるほど、直ぐに改良しよう」

「やったーっ!」

「えぇぇぇ―――っ!?」


 飛び上がって喜ぶ刹那を余所に、京子は驚愕の叫びを上げる。


「先生、正気ですかっ!?」

「僕が正気がどうかは保証しかねるが、別に悪い案ではないだろう?」

「ふむ、手が塞がらずに武装の準備が出来るというのは、悪くないと思うね」


 何故か宮田司令までも便乗し、刹那の意見に同意を示す。


「しかし、音声認識だと砲撃中などは騒音で妨害されるし、日常会話で誤って呼び出すなど、不都合が多いのではないかね?」

「えぇ、ですから思考入力にしようと思います」

「脳波でパソコンを操るとか、SF映画のようなあれかね?」

「流石に電脳世界までは無理ですが、キーボード入力程度なら十年前には完成していた技術ですよ。それに幻想変換器の機能を少し応用すれば済むので、余計な重量を増やさずに済みます」

「だがそれでは、キーワードを叫ぶ必要が無くなるのでは?」

「そうでもありません。しっかり声に出した方が、思考が明確になって機械も判断しやすいですからね」

「いや、何を真面目に話し合っているんですか」


 熱い論議を交わす男二人に、京子も思わずツッコンでしまう。

 すると、宮田と影山は顔を見合わせてから、口々に告げた。


「有効な機能なら、付けた方が良いと思っただけだよ」

「本人のやる気が上がるのは、幻想兵器の強化に繋がるしね。それになにより――」

「「格好良いだろう?」」


 そう、老年の駐屯地司令官であろうと、人でなしな科学者であろうと、男はいつだって必殺技の名前とかを叫びたい男の子なのだ。

 そんな年甲斐もなく瞳を輝かせる馬鹿な男達に、女が出来ることなどただ一つ。


「あっ、そうですか……」


 京子は説得を諦め、遠い目をして頷くのであった。

 隣で綾子も溜息を吐いていたが、刹那だけは顔を輝かせて男達の会話に混ざる。


「やっぱり名前は叫ばないと駄目ですよね! それで、あの剣は何て名前なんですか?」

「あぁ……何だろうね?」

「分からんのかいっ!」


 ボケる影山にしっかりと関西弁でツッコミを入れる刹那。

 もはや出会った当初に感じた、凛々しい聖女の雰囲気など欠片も残っていない。

 しかし、影山はそれを残念がる事もなく、頭を掻きながら謝った。


「名前を判別する機能とか、特に用意していなかったからね」

「えー、『名も無き伝説の剣』とかも格好良いですけど、やっぱり名前が分からないと……」


 神話や伝説の武器が現実になるという、ワクワク感が台無しであった。

 そんな刹那の乙女心(?)とは別に、切実な問題も浮上する。


「幻想兵器は確か伝承通りの特別な能力を持っている筈でしたよね。それが分からないのは困るのでは?」


 真偽を問わず人々が思い描いている通りの力を発揮するのが、幻想兵器最大の特徴であり、それを使いこなせなければ戦力は半減である。

 まさかライオンを倒せるだけのガッカリ能力でもあるまいしと、京子が問い詰めると、影山はまた頭を掻いて苦笑した。


「名前とか、あまり興味が湧かなくてね」

「あぁ、そうでしたね……」


 京子は呆れて肩を落とす。この天才的な准教授は自分の名前だけでなく、他人や物の名前だって本当は興味が無いのだ。

 京子や宮田の名前を憶えているのだって、仕事が効率良く進められるからであり、会わなくなれば三日とかからず忘れるだろう。

 そんな訳で、京子は頼りにならない准教授から、持ち主の少女に目を移す。


「貴方の方で分かったりしないの?」

「う~んと……光の剣?」

「見たまんまじゃないの」


 誰でも分かるわ、とついツッコミを入れる。

 そんな教え子の肩を、影山は実に良い笑顔で叩いた。


「では京子君、大剣の特定は君に任せたよ」

「えっ、何で私がっ!?」

「僕は早速、思考入力機構の作成に取り組むからね、雑用は君に任せた」

「そんな横暴なっ!」

「給料は僕のポケットマネーから払うし、単位だって好きなだけ上げるから頑張りたまえ」

「はぁ、ならいいですけど……」


 京子は渋々頷くが、この時は知る由もない。

 軍事機密に関わる事となった彼女も影山も、二度と大学に戻る事はなかったので、単位の約束など何の意味も無かったのだと。


「光り輝く剣と目立つ特徴もある、調べれば直ぐに分かるだろう」

「そうですね」


 肩を叩いて慰めてくれる綾子に、京子も微笑を返すが、この時は知る由もない。

 この数年後に何百人ものエース隊員という幻想兵器使いが誕生するので、彼らの武器とその能力を特定できる解析装置を造り上げるために、あらゆる神話や伝承を調べ尽くして、膨大なデータベースを築く作業が待っていると。


「よろしくお願いね、京子ちゃん」

「いや、貴方も手伝いなさいよ」


 早くも打ち解けて輝く笑顔を見せた刹那に、京子は一瞬だけ見惚れてから、直ぐに苦笑してツッコミを入れる。

 そして十数分後には、彼女の答えが正しかった事を知る。

 光り輝く大剣の幻想兵器は『光の剣』と、そのままの名前であったのだ。


 ただ、いい加減な失敗作だったわけでは決してない。

 それはアイルランド語にすれば『Claíomh Solais』となる、ケルト神話に登場する光剣の総称。

 ダーナ神族の王・ヌァザの持つ『クラウ・ソラス』であり、光神・ルーの持つ『フラガラッハ』であり、聖剣エクスカリバーの原型である『カラドボルグ』であり、英雄クー・フーリンの持つ『クルージーン』である。


 つまり、鉄をも切り裂く硬い刃を持ち、投げれば自働的に敵を追尾して倒し、持ち主に不敗の加護を与える、あらゆる『光の剣』という概念の結晶。

 もっとも、持ち主である刹那は名前が格好良くないと、もっぱらクラウ・ソラスと呼ぶ事になるが。

 将来『英雄』という概念に至る事を望まれた少女が、最初に手にしたのが『光の剣』という概念だったのは、神が定めた運命かそれとも悪魔の皮肉か。


 ともあれ、光剣クラウ・ソラスが戦場に輝いたのは意外と早く、二日後の事であった。

 ただ、そこで京子達は大きな誤算を思い知らされる。

 武器は所詮道具にすぎず、持ち主の力量次第だという事を、良い方の意味で。

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