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第79話 追憶・無邪気な邪悪

 西暦二〇二五年三月十六日、世界中に結晶の柱・ピラーが出現し、人類がCEとの終わりなき戦争を開始したその日から、五ヶ月後の事である。

 群馬県の新町駐屯地を預かる司令官・宮田大介一佐は、不可解な客を迎えようとしていた。


「大学の教師がこんな最前線に、いったい何の用事だというのだ?」


 その事自体も不思議だが、防衛省から直々に協力するよう命じられた事に、宮田は首を傾げざるおえなかった、

 長野ピラーから出現した何万というCEの大軍は、自衛隊の総力を結集してどうにか打ち倒す事ができた。

 しかし、CEはピラーからまるで無尽蔵に湧いてきて、肝心のピラー破壊を狙った一大作戦は、二ヶ月前に失敗したばかりである。


 今は約五日に一回の頻度で襲撃を繰り返してくる敵を、どうにか撃退し続けている所で、一応の均衡は保たれてきた。

 しかし、初戦と一大作戦で弾薬やミサイルを大量に消費してしまったため、苦しくなるのはむしろこれからという状況でもある。


 CEの襲撃があまり頻繁でないのは救いだが、長野から必死に逃げ伸びてきて、今も避難所や仮設住宅で暮らしている避難民をどうするか、自暴自棄になって暴行や窃盗を働く暴徒をどう鎮圧するかなど、自衛隊は休まる暇が無く、皆が心身ともに疲労してピリピリと苛立っている所であった。

 そこに興味本位の学者さんが来ても、はっきり言って邪魔なだけである。


「CEの正体を探りたいとか、そんな所なんだろうが」


 明らかに既存の生物とは異なる、SF映画に出てくるケイ素生物のようなCE。

 その謎を解明する事は、敵を倒すためにも必要な事であるが、既に結晶のサンプルを幾つかの大学に回し、解析を任せているところだ。

 研究目的ならそちらに行けば良いだけで、現場にまで来る必要はないのだが。

 そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされて部下の声が響いてくる。


「宮田司令、客人をお連れしました」

「通してくれたまえ」


 椅子から立ち上がって出迎える宮田の前で、扉がゆっくりと開きその男は現れた。

 歳は三十代中盤くらいだろうか、彫りの深い顔立ちをしたなかなかの二枚目で、なにかスポーツをしているらしく、全身にしっかりと筋肉がついている。

 眼鏡に白衣といういかにも学者な服装をしていなければ、新しく派遣されてきた隊員かと見間違えたであろう。


「はじめまして、新町駐屯地司令官の宮田大介です」


 不満は一切表に出さず、にこやかに笑って手を差し出す宮田に、男も笑顔で握手に応じる。

 ただ、両手には白い手袋が填められたままで、骨太なのか妙にゴツゴツとした手であった。

 それを怪訝に思った事を悟ったのであろう、男は直ぐに頭を下げながら説明した。


「手袋のままで申し訳ありません。趣味で山登りをしているのですが、ちょっと事故であまりお見せしたくない怪我を負ってしまいまして」

「そうでしたか。いや、詮索するような真似をして申し訳ない」


 宮田も慌てて頭を下げる。

 そんな風に二人で謝りあっていると、続いて部屋に入って来た初々しい女性が、男の背中を指で突いた。


「先生、また自己紹介を忘れていますよ」

「あぁ、そうだったね京子君。僕は自分の名前にはあまり興味がなくてね、つい忘れてしまう」


 教え子らしい女性の指摘に、男は苦笑して頭を掻く。

 そして、不器用に名刺を差し出しながら名乗ったのだ。


影山明彦(かげやまあきひこ)です、東京のしがない大学で物理学を教えています」


 准教授で専門は量子力学と書かれた名刺を、宮田は受け取ってしげしげと眺めた。


(やはりCEの調査が目的だろうか)


 生で動いている所を見たいなどと、馬鹿な事を言い出しはしないかと、内心で溜息を吐く。

 すると、それを見抜いたかのように、影山は笑って意外すぎる台詞を口にした。


「今日お伺いさせて頂いたのは他でもありません。CEを滅ぼす切り札となる、ある兵器を見て貰いたかったのです」

「兵器だって!?」


 驚く宮田の前で、影山は京子と呼んでいた教え子から、アタッシュケースを受け取って開ける。

 その中に入っていたのは、黒いメタリックな輝きを放つ一個の腕輪。


「これがその兵器を生み出す道具『幻想変換器』。人の認識によって世界を改変する、お伽話への切符です」


 謎かけのような事を言って、影山は楽しそうに笑った。

 ただ、宮田にはその顔がまるで彫刻のような作り物に感じられて、不気味でしかなかった。





 来賓用のソファーに腰かけ、三十分ほどじっくりと説明を受けて、宮田は冷めてきた茶を一口飲んでから溜息を吐いた。


「正直に言って、信じられませんな」


 人の精神が、世界はこうだと思い込む意識の力が、物理的なエネルギーを生み出す。

 影山の語る『認識力論』とは、まだ超能力の方が説得力のある荒唐無稽な話だったからだ。


「そうでしょうね、ですから証拠を見せましょう」


 宮田の反応を当然と予想していたのだろう、影山は全く気落ちせず、目の前の机に置いていた幻想変換器を取り、隣の教え子に差し出した。


「京子君、頼むよ」

「またあれをやるんですか?」


 京子は嫌そうな顔をしつつ、渋々と腕輪を右手にはめる。

 そして反対の左腕を准教授に差し出した。


「見ていてください」


 影山はそう言いながら、胸ポケットの万年筆を抜いてキャップを外す。

 そして何をするのかと首を傾げる宮田の目の前で、万年筆を思い切り振りかぶり、ペン先を教え子の腕に振り下ろしたのだ。


 ビシャッ!


 湿った音を立てて、液体が京子の細い腕を濡らす。

 しかし、それは赤い血ではなく、真黒なインクであった。

 彼女の腕を貫くかに見えた鋭いペン先は、まるで鉄板にでもぶつけたように、グシャリと潰れていたのだ。


「これは……っ!?」

「お確かめください」


 驚愕する宮田に、影山はトリックではない証拠として、先の折れ曲がった万年筆を手渡す。

 触ってみると潰れたペン先は硬く、指で元に戻そうとすれば苦労するほどで、インチキでない事は確かだった。


「これは個人の自己防本能、傷つきたくないという意思のエネルギーを、幻想変換器が一種のバリアに変えた物、いわば『幻子装甲』といった物です」

「…………」


 楽しそうに語られても、宮田はまだ驚愕から抜け出せず何も言い返せない。

 それを疑っていると思った訳でもないだろうが、影山は彼に向かって教え子の背中を押した。


「よろしければ、宮田司令もお試しください」

「えっ、もう一度やるんですか?」


 左腕についたインクをティッシュで拭っていた京子は、あからさまに嫌そうな顔をする。


「構わないだろう? 君でもあと一、二回は大丈夫なはずだよ」

「そうですけど……」


 言い合う二人の前で、宮田はゆっくりとソファーから腰を上げる。


「そのバリアとやらは、どんな攻撃も防げるのかね?」


 やる気を見せた司令官に、影山は楽しそうに頷き返す。


「はい、意思のエネルギーが強ければ、レーザー光線だって防げますよ」


 つまり、CEが放つ精神を奪うような謎の光線さえ防げるという事。


「なるほど、では試させて頂きましょう」


 その話が本当ならば、オカルト的な怪しい物であろうとも採用する価値はある。

 宮田は冷静に考えつつ、京子の横に立った。


「ではお嬢さん、ちょっと失礼しますよ」

「はい」


 少し不安なのか、目を瞑りながら差し出された腕に、宮田は防衛大学校の頃から空手で鍛えた手刀を放つ。

 本気で打てば女性の細腕など容易く折れてしまうため手加減しているが、それでも痛みに顔を歪めてしまう一撃。

 しかし、苦痛の呻きを上げたのは、京子ではなく宮田の方であった。


「――っ!」


 まるで分厚いコンクリート塊でも殴ったような衝撃が、宮田の掌に返ってくる。


「大丈夫ですかっ!?」


 心配してくる京子の方は、まったく痛がっている素振りはない。


「……なるほど、確かに本物のようですね」

「ご理解いただき、ありがとうございます」


 この身で体験したからには信じるしかないと告げる宮田に、影山は嬉しそうに頷いた。


「それで協力とは、ここの隊員を使って実地試験をしたいという事でしょうか?」

「おおむねその通りです」

「ふむ……」


 再びソファーに腰を下ろしながら、宮田は考え込む。

 防衛省から協力するように命令されている以上、拒む事は出来ない。

 それに、戦車や装甲車でしか防げなかったCEの攻撃を、個人装備で防げるようになるのは大きい。そして何よりも――


(どんな攻撃も防げるという事は、銃弾すら防げるという事だ)


 当たれば即死亡に繋がる小銃弾を、何発かでも防げるようになるならば、それは軍事の大革命である。

 大切な隊員をモルモット扱いされるのは気にくわないが、日本全体の利益を考えれば協力しないという選択肢はない。

 ただ、その前に確認しなければならない事がある。


「いくつか質問してもよろしいですかな?」

「はい、構いませんよ」

「では……どうやって防衛省に渡りをつけたのか、それを答えて頂きたい」


 対外向けの柔和な笑みを消し、苛烈な指揮官の目となって准教授を睨む。


「失礼だが、ただの大学准教授がこのように怪しげな物を持ち込んでも、忙しい防衛省が相手にしてくれるとは思えません」

「そうですね」

「では、いったいどんな手を使って説得したのか、教えて頂きましょう」


 幻想変換器が本物である事は認めよう。

 しかし、それを持ち込んだこの男自身があまりにも胡散臭すぎる。

 本性も意図もよく分からない怪しい者に、この基地の隊員達を、ひいては彼らの守る国民の安全を委ねる事はできない。


「お聞かせ願えなければ、協力は出来かねますね」


 言葉遣いは穏やかながらも、宮田はいざとなれば乱暴な手段も辞さないという迫力で迫る。

 研究馬鹿な大学教師が、こちらの制止も聞かずピラーに向かったとでも言えば、彼らが姿を消したところで怪しむ者など現れない。

 長野県民を中心とした二百万人以上が死んだばかりなのだ、失踪者の一人や二人で動くほど、警察もマスコミも暇ではない。

 そんな脅しを、影山は涼しい顔で受け流して、横で怯えている教え子の肩を叩いた。


「京子君、ちょっと席を外して貰えるかな?」

「は、はい、分かりました」


 こんな胃が痛くなる場面には居たくないと、京子は素直に従って部屋から出て行く。

 そして、彼女の足音が遠ざかったのを確認にしてから、影山は楽しそうに口を開いた。


「長野県出身の円城寺議員をご存じですか?」

「えぇ、お会いした事はありませんが、ニュースでよくお見掛けしますね」


 生まれ故郷の長野がCEに蹂躙された事で、一躍脚光を浴びた与党の若手議員である。

 CEと戦って長野を取り戻そうと、涙ながらに訴える姿は、くどいほど何度もテレビで放送されていたので、知らない者の方が少ないだろう。

 まだ四十代になったばかりと若く、顔立ちが整っているため主婦を中心として人気が高い。

 宮田個人としては、故郷の悲劇を自分の売名行為に使っているような態度が気に入らず、あまり好ましく思っていなかったのだが。


「その円城寺議員ですがね、中学生の時に悪い仲間と付き合っていたようでして、女性に乱暴を働いた事があったのですよ」

「えっ?」

「覆面をしていたそうで顔はバレていませんし、被害者も警察に訴えていませんから、全く事件には発展しなかったのですがね。そもそも、二十五年以上も前の事ですから時効ですし」

「それは……」

「ついでに、今回のCE騒動で昔の悪い仲間も全員死んでしまいましたので、世間に露見する可能性は潰えました。円城寺議員もさぞ胸を撫で下ろした事でしょうね」

「…………」


 絶句する宮田の前で、影山はまた楽しそうに付け加える。


「ただ、被害に遭った女性は事件後に引っ越していまして、今は愛知に住んでいるのですよ」


 その事を話したら円城寺は実に快く協力してくれたと、影山は再び笑う。


「これ以外にもあと二名ほど、長野出身のとある自衛隊幹部に未成年の愛人が居る事や、大企業の社長が脱税をしていた証拠など、いくつかお話したら皆さん喜んで協力してくれましたよ。納得頂けましたか?」

「何故……」


 目の前の男に怖気を覚え、宮田はそう呟くのが精一杯であった。

 何故、そんな事を知っている?

 今の話が本当ならば、被害者は円城寺の名前を知らず、円城寺やその仲間とて被害者の名前を知らないだろう。


 事件当時に詳しい聞き込みをしておけば、ひょっとすると辿り着けたかもしれないが、既に遥か過去の話であり、情報源となる近隣住人はCEによって死に絶えたか、とっくに別の所に引っ越している。

 どんな名探偵でも探り出せない、本人達ですら分かり得ない事を、何故この准教授が知っているのか。

 凍えるような恐怖を覚えながら、宮田はそれでも必死に問いかけた。


「君の目的は、いったい何だ?」

「目的ですか?」


 影山は意外そうに首を傾げてから、満面の笑顔で宣言した。


「もちろん、ピラーを滅ぼしてこの日本を救う事ですよ」


 その言葉に偽りはない。動機という意味でも、絶対に叶えられると信じているという意味でも。


「ですから、是非とも協力して欲しいのです」


 影山は立ち上がり、顔を真っ青にした宮田に向けて、手袋で覆われた右手を再び差し出す。


「この日本を救うに相応しい素質を持った、『幻想兵器』を使いこなせるだけの強い感情を持った、英雄となれる子供を探し出すのを」

「こ、子供を戦わせるというのかっ!?」

「それの何が問題で?」


 流石に怒りを覚え叫ぶが、影山はまた不思議そうな顔をするだけだった。

 それを見て宮田は確信する。


(この男は、悪魔だ……)


 幻想変換器という稀代の発明をなす頭脳、それを余人に認めさせるための情報収集能力。

 脅迫した人物達に始末されず、こうして今ここに立っている事からも考えて、度胸も駆け引きの腕も卓越している。

 どれもが天才的であり、日本をCEから救うために欠かせない才能なのは間違いない。

 だが同時に、この男は人の心など分からない、CEと同類の化け物。


「よろしくお願いしますよ、宮田司令」


 動けずにいた宮田の手を、影山は自ら握って笑った。

 防衛省からの命令が下っている以上、そして一億一千万の日本国民を救うために、彼は一人の子供を生贄に捧げるという、悪魔の計画に加担する事を余儀なくされるのだった。

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