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第77話 天ノ剣

 赤い夕陽に染まった大地を、少女の形をしたそれはゆっくりと歩いて来る。

 その姿に戦場の生徒達も、指揮所の教師達も、全員が呼吸も忘れるほど見入っていた。

 手足を覆う鎧状の結晶が、何よりも胸の中央で赤く輝くコアが、あれはCEなのだと、滅ぼすべき敵なのだと声高に訴えていても。

 それは紛れもなく、五年前に彼らの希望であった英雄・天道寺刹那であったのだから。


「な、何をしてる、撃て!」


 そう叫んだのはいったい誰であったのか。

 おそらくは、生徒会長を筆頭とした刹那を神聖視している者達に対して、反発を抱いていた分隊長の誰かであろう。

 最初に正気を取り戻して指示を出した彼は優秀であったし、それを受けて反射的に弓矢や投石を構えた射撃隊の面々も優秀であった。


 ただ、相手が悪すぎただけである。

 エース隊が武器を構えたのを見取って、ゆっくりと歩いていた刹那CEは、ドンッと地面を砕いて駆け出したのだ。


「うわっ!」


 驚きながらも五十名近い射撃隊は一斉に攻撃を放つ。

 向かってくる矢や投石を前にしても、刹那CEは足を緩めるどころかさらに加速する。

 そして着弾する寸前、倒れ込む勢いで地面に這いつくばり、狼のごとく四肢で駆けて矢の雨を潜り抜けた。


「なっ……!?」


 驚愕するエース隊員達の前で、的を外した矢や投石のうち二十個ほどが、必ず命中するという伝承通りの能力を発揮して、空中でひるがえり再び敵を追う。

 しかし、それは今回に限り悪手でしかなかった。

 英雄の姿をしたCEは、既にエース隊の最前列に立っていた、射撃隊の元まで辿りついていたのだから。


「――――」


 無言で繰り出される大剣の薙ぎ払い。

 それに三人のエース隊員が巻き込まれ、幻子装甲が砕かれたアラームを鳴らしながら宙を舞った。

 刹那CEはその勢いのまま、射撃隊の後ろに控えていた白兵隊のど真ん中を駆け巡る。

 そして彼女を追って、二十の矢と投石が飛翔してきた。


「まずい、消せっ!」


 誰かが上げた忠告は、残念ながら遅すぎた。

 律儀に刹那CEを追った矢雨は、蛇のごとく人の群れを駆け抜ける的を追いきれず、障害物となったエース隊員達に次々と着弾してしまったのだ。


「ぎゃあっ!」

「慌てるな、落ち着いて囲めば――」

「けど、あれは刹那さんじゃ……っ!?」


 混乱の渦に叩きこまれたエース隊員達を、英雄の姿をしたCEは大剣で次々と薙ぎ払っていく。

 もちろん、彼らとて抵抗しなかったわけではない。

 味方に当てぬよう注意しながらも、それぞれの幻想兵器を振るう。

 だが、敵の動きがあまりにも速すぎて、普通の斬撃や殴打が全く当たらない。


 混戦に持ち込まれたせいで、生徒会長のレーヴァテインといった広範囲の大火力も使えない。

 そして、たった一振りで数人を吹き飛ばすその強さに、長い髪をなびかせる美しいその姿に、間違いなく彼らの知る英雄である事を思い知らされて、恐怖と動揺で心が刻々と折られていった。


 このままでは八クラス・三百名近いエース隊が、数分と掛からず全滅しかねない。

 そんな中、陣形の左翼にいて中央付近の混乱から遠かったため、冷静になる時間を得られた宗次は、ヘッドセットのマイクに向かって呼びかけた。


「京子先生」

『………』

「京子先生っ!」

『は、はいっ!』


 刹那の姿に心を奪われ、呆然としていた京子を叱りつけるように呼び、正気に戻してから告げる。


「時間を稼ぎます、一度皆を下がらせて、態勢を立て直してください」

『わ、分かったわ』


 まだ動揺が抜けきっていない様子だが、京子は確かに了承する。

 それを聞くと、宗次は三二分隊の仲間達を振り返った。


「怪我人の救助を頼む」

「うん、任せて」


 あくまで冷静な宗次を見て落ち着いたのであろう、陽向は力強く頷き返す。


「宗次殿も御武運を祈るでありますっ!」


 英国人で刹那をよく知らぬシャロは流石に動揺が少なく、早速グルファクシスに跨って吹き飛ばされた怪我人の回収に向かう。

 映助達はまだ混乱が収まらぬ顔をしていたが、それでも頷いてみせた。

 それを確認して、宗次は騒乱の渦中へと走る。


「刹那様が、どうして……っ!?」

「愛璃、下がりたまえっ!」


 誰よりも英雄のファンであったために、混乱しきって動けずにいた神近愛璃を、先山麗華は庇って前に出て、聖槍ロンゴミアントの力を開放する。

 そして、剣の竜巻となって仲間を吹き飛ばす刹那CEに、自ら突きかかった。


「はっ!」


 もちろん、当てられるとは思っていない。聖なる加護で無敵となった今の彼女なら、敵の攻撃を一手に引きつけて、態勢を立て直す時間を稼げると思っての行動だ。

 しかし、相手は特高の学生ではない、天才と称された稀代の英雄。

 突きを避けて麗華の腕が伸びきった所を見計らって、槍の穂先を大剣の腹で叩き返した。

 かつて宗次との決闘で受けた無槍取りと、原理的には全く同じ。

 ロンゴミアントは麗華の手をすり抜け、砲弾のごとき勢いで持ち主の腹を穿つ。


「がはっ……」

「麗華っ!」


 倒れ込む彼女の元に、宗次は駆け寄り槍を薙ぎ払う。

 刹那CEは後ろに飛んでそれを避けると、先程までの速いが無造作な攻撃を止め、警戒するように大剣を正眼に構えた。


「生徒会長、麗華をっ!」

「わ、分かりましたわ」


 親友の傷ついた姿と宗次の叫びに、愛璃もようやく正気を取り戻して、麗華に肩を貸して下がっていく。

 その間も、宗次は瞬きすら忘れて、少女の姿をしたCEを見詰めていた。

 造形の美しさに見惚れていたわけではない、コンマ一秒でも目を逸らせば地面に倒れ伏すと、全身が危機を訴えていたからだ。


(何だ、この感覚は……)


 人間型CEと戦った時のような、凍え付く殺気は全く感じられない。

 なのに、あの時以上に勝ち筋が見えなかった。

 それどころか、相手がどう動きどう斬りかかってくるのか、ビジョンが全く浮かばない。

 大剣使いと槍使い、互いが睨み合っていたのは僅か五秒ほどであろう。

 先に動いたのは宗次、穂先で顔面を突くと見せかけて、そのまま柄で頭頂部を叩く。


 空壱流槍術・全方撃


 打つ、払う、突く、槍で繰り出せる攻撃方法を、全て流れるように繋ぐ連続技。

 しかし、それは初動の時点で潰された。

 刹那CEは大剣を斜めにして、頭上からの打ち落しを剣の背で逸らしながら、そのまま踏み込んで斬りかかってきたのだ。


「くっ……!」


 左右や後ろに避ける余裕はない。

 宗次はあえて前に飛び出し、敵の懐に飛び込んで斬撃を避けながら、滑らせるように手を動かして蜻蛉切を短く握り直し、ゼロ距離から相手の横腹を狙う。


 空壱流槍術・横胴貫


 胸のコアは狙えないが、胴を貫いて動きを鈍らせる事は出来たであろう一突き。

 だが、それが放たれるよりも早く、刹那CEの放った手刀が蜻蛉切の穂先を払った。


「何っ!?」


 敵は前を向いたままで、横を追い抜こうとした宗次を見てすらいなかったのに。

 己の肩が死角となり、見えなかったはずの一撃を出る前に潰した。

 それが意味する所は一つしかない。


(こいつ、知っているっ!?)


 空壱流槍術を、宗次が使った技を知っている。

 どこで知ったかなど、考えるまでもなかった。

 彼は幾度もその槍と技で、何十体というCEを貫いてきたのだから。

 コアを突かれ欠片となって砕け散って死ぬ直前に、その情報を全て送っていたのだろう、CE達の本体である長野ピラーに。


(まさか……)


 それしかない、だが信じられない。

 凄まじい怖気を感じながらも、宗次は疑問を確信へと至らせるために、一度距離を取ってから己が持つ最大の技を構える。


 空壱流槍術奥義・無ノ一


 回避も防御も不可能な、無の拍子から放たれる一の突き。

 まさに必殺の一撃を放つため、全身を脱力させていく彼は、何も知らない者には無防備にしか見えないだろう。

 しかし、英雄の姿をしたCEは、武術の粋を集めたCEと違い、襲い掛かったりはしなかった。

 後ろに飛び退いて距離をとってから、渾身の力で大剣を投げつける。

 そう、どんなに必殺必中の一撃であろうと、槍の射程にさえ入らなければ意味はないと、元から知っていたように。


(間違いないっ!)


 今まで倒されてきた何千何万ものCEは、自らの身で得た情報を全てピラーに流していたのだ。

 これまではそれを活用してこなかった、する必要がないと思っていたのか、その知恵が無かったのか。

 だが、自らを滅ぼせる英雄を排除するために、それを阻む目障りなハエを潰すために、持てる情報の限りを集めた結晶。

 それこそが、死せる英雄の姿と能力を備えた目の前の敵。

 ただ、今の宗次にそこまで深く考える余裕などなかった。


「ぐぅ……っ!」


 投げつけられた結晶の大剣を、辛くも蜻蛉切の柄で弾くが、無ノ一を放つために脱力をしていたため、完全に足が止まってしまった。

 それを見逃してくれる相手ならば、生前に英雄とは呼ばれない。

 刹那CEは弾かれた大剣には目もくれず距離を詰め、彼の顔面に向かって硬い結晶の小手でフックを放つ。


「――っ!」


 宗次はなんとか上体を逸らし、拳を避けようとする。

 しかし、敵の狙いは顔面ではなかったのだ。

 左のフックが途中で燕のように軌道を変え、彼の右手首を打つ。

 そこに填められた黒い腕輪、幻想変換器を砕かんと。


(まずいっ!)


 ビシッと嫌な音が変換器から響いてくる。

 幸い故障にまでは至らず、蜻蛉切も幻子装甲もまだ消えてはいない。

 しかし、宗次の危機は何を終わってなどいなかった。

 変換器ごと右手を弾かれてガラ空きとなった彼の胴に、刹那CEはそのまま後ろ回し蹴りを放ってくる。


(耐えろっ!)


 蹴りの一発くらいならば幻子装甲が防いでくれる。

 だから、宗次は腹筋に力を入れて攻撃に耐え、動きの止まった敵に蜻蛉切で反撃を加えるつもりであった。

 しかし、彼の胴に当たる直前、結晶の甲冑に覆われた足は、横から上へと軌道を変え、まるで後方宙返りでもするように、無防備な顎を踵で蹴り上げたのだった。


(何だ、今の動きは……)


 彼の知る限りでは、どんな武術にも存在しない技。

 だが、流れるように自然で美しい蹴り。

 透き通る青い髪をなびかせて、華麗に着地するCE刹那の前で、宗次は脳震盪を起こして地面に崩れ落ちる。

 その光景を、陽向達は信じられない面持ちで見ていた。


「嘘でしょ……」


 特高の誰と手合わせしても、どんな新種のCEと出会っても、一度も後れをとった事のなかった彼が。

 聖剣使いとの二度の決闘とて、周りの被害という足枷や、英雄を負けさせまいとする妨害工作さえ無ければ間違いなく勝っていた、最強の槍使いが。

 手も足も出せず敗北し、地面に転がっていたのだ。


「ぐ、うぅ……」

「――――」


 視界が揺れ吐き気に襲われながら、必死に立ち上がろうともがく宗次を、刹那の顔をしたCEは無表情に見下ろす。

 このまま動けぬ彼の頭を踏み潰せば、それで邪魔者の一匹は片が付く。しかし――


「撃てっ!」


 叫び声と共に、体勢を立て直したエース隊員達から、十数発の矢と投石が放たれた。

 刹那CEは横に飛び退いて射撃を避けながら、地面に転がっていた大剣を拾い上げる。

 そして、軌道修正して襲い掛かってきた矢を、剣で薙ぎ払い撃ち落とした。

 ほんの数秒だが生まれたその隙を、三年A組の第〇分隊・農見武留(のうみたける)が狙い撃つ。


「砕け散れ、ミョルニルッ!」


 北欧神話の雷神トールの持つ、柄の短いハンマー。

 必ず当たるという特性を持つ幻想兵器の中で、最大の威力を持つ武器。

 紫電を放ち飛翔するその槌を、刹那CEは大剣を盾にして受け止める。

 轟音が鳴り響き、砕けた結晶の欠片と共に、少女の姿をしたモノが宙を舞った。


「やった!」


 武留は思わず歓声を上げるが、それを間近で見ていた宗次は気付く。

 刹那CEは衝突の瞬間に自ら背後に飛んで、衝撃を殺していたのだ。

 その証拠に、砕け散ったのは大剣だけで、宙を舞う彼女の体にはヒビ一つ入っていない。

 そして、大剣を砕いた事さえも無意味と知らされる。


「――――」


 刹那CEが囁くように唇を動かしながら、華麗に宙返りをして地面に降り立つ。

 その瞬間、キィンッと甲高い音が鳴り響いて、地面から二m程度の極短いピラーが出現し、直ぐに砕け散る。

 中から現れたのは、先程砕け散った物と寸分違わぬ結晶の大剣。


「そんな馬鹿な……」


 力を使い果たして膝をつきながら、武留が絶望の声を漏らす。

 一度砕かれれば十分は呼び出せない、彼らの幻想兵器とは全く違う。

 大剣のエネルギー源はおそらく長野ピラー、何千本とへし折った所で、蚊に刺されたほども痛くはないだろう。

 最強の槍使いがなす術もなく敗れ、どうにか当てた最強クラスの幻想兵器でさえ武器を折るだけに終わり、それも無意味と化した。


「こんなの、勝てるわけない……」


 絶望に心を食われ、エース隊員達の腕から力が抜けていく。

 そんな中、ようやく立ち上がった槍使いに向けて、巨大な黒馬が駆け寄っていった。


「宗次殿っ!」


 シャロは必死に手を伸ばし、宗次も何とか彼女の手を掴んで、グルファクシスの背に飛び乗る。

 刹那CEは逃げる彼らを追おうとしたが、ふと足を止めて空を見上げた。

 そこに居たのは、今まで全く動かずにいた一人の少年。


「うおぉぉぉ―――っ!」


 雄叫びを上げながら、新たな英雄・天道寺英人が光り輝く聖剣を振りかぶる。


「姉さんの偽物めぇぇぇ―――っ!」


 あらん限りの怒りと憎しみを込めて、聖なる光の津波を地面に叩きつけた。

 しかし、大砲で蜂を狙うがごとき愚かな行為に過ぎない。

 姉の姿をしたCEは素早く大地を駆け、余裕で巨大な刃の範囲から逃れていた。

 だが、新たな英雄はその手を止めようとはしなかった。


「うおぉぉぉ―――っ!」


 ただ叫びながら、聖剣の光を何度も叩きつけ薙ぎ払う。

 その度に離れた所にいた六角柱型のCEが呑み込まれて消滅し、大地が抉れ飛んで地形が書き換えられていく。

 しかし、小さな人間の姿をした敵だけは、何をしても破壊する事ができなかった。

 とはいえ、若き英雄の行動が無意味だったわけではない。


『皆、早く装甲車に乗って!』


 京子達に急かされたエース隊員達が、傷ついた仲間に手を貸して装甲車に乗り込み、逃げる時間を稼げたのだから。

 もっとも、英雄本人には仲間を救う気持ちなど、毛頭も無かった様子であったが。


「うおぉぉぉ―――っ!」


 壊れたレコードのように叫びながら、当たらぬ攻撃を延々と繰り返す。

 その度に地面が揺れて、自分達まで巻き込まれないかと震え上がりながら、エース隊員を乗せた装甲車は御代田町から遠ざかっていった。


 設立から二年、戦死者を出した事はあっても、CEから逃げた事は一度もなかった特高の生徒達は、この日初めて完全な敗北を喫した。

 彼らの生みの親と言っても過言ではない、英雄の姿をしたモノによって。

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