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第72話 舞台裏・苦の一

 児童養護施設の一室で、大人達がヒソヒソと声を潜めて話をしている。

 私はそれを、窓の下で石ころに成り切りながら聞いていた。


「では本当に、あの子を引き取ってくれるんですね?」

「はい、彼女には人にない特別な才能がありますから」

「良かった……あの子、可哀そうな身の上なのは分かっていますが、私達のいう事を全く聞かず、他の子達にも刺々しく打ち解けようとしないで……」

「そうなのですか?」


 私の悪口を言う園長に、話し相手の男は不思議そうな声を返す。

 そして、ツカツカと歩く音が響いてきて、私の真上にある窓が開かれた。


「あぁ、確かに悪戯が好きそうな顔をしている」


 驚いて見上げる私に、その男はどこか作り物めいた笑顔を浮かべて見せた。

 そいつが私の引き取り手であり、『機械仕掛けの英雄』計画の首謀者であった。


 養護施設から移された先は、外界から完全に遮断された山奥にある、ただ『施設』と呼ばれていた白い建物。

 そこで私は六十人近い少女達と共に、のちに一年A組となる『英雄を飾る花』としての訓練を行う事となった。


 英雄を守るための武術や体術でなく、英雄の気を引くために料理などの家事全般、さらには男の視線を集める媚び方や話し方、ベッドの中で喜ばす術まで教えられた。

 まぁ、乙女じゃないと英雄様には相応しくなかろうと、最後まではされなかったが。

 人が聞けば地獄と思われそうな環境だが、個室を与えられ食事も美味く、ある程度はゲームや本なども買って貰えて、養護施設での扱いに比べればそこは天国であった。

 ただ、知恵の実を齧り過ぎて、天国から追放される恐怖は生まれたが。


「やはり、四七番は駄目ですか?」

「駄目だね、訓練を乗り切るには心が弱すぎた。自我を殺して耐えようとした様子だけれど、そのせいで幻子干渉能力が低下してしまった。英雄の花には成れないな」

「では、どうしますか?」

「そうだね、機密を知った以上は養護施設にも戻せないし、かといって口を封じるのもね……そうだ、政府の諜報機関に引き取って貰ったらどうかな。良い工作員には成れるだろうし」

「それ以外にないですかね」


 仲間の一人が施設から追い出されるという話を、私は天井裏に隠れて聞いていた。

 可哀そうだし寂しいが、私に出来る事は何もない。

 先に知らせて脱走なんて企んだら、立派な工作員とやらになる未来さえ奪われてしまう。


「さて、そろそろ降りてきなさい」


 声と共に何か棒のような物で、私が寝そべっている天井板が叩かれる。

 他の研究員には一度もバレた事がないのに、どうしてあいつは分かるのだろうか?

 私は疑問を浮かべつつ、観念して天井板をずらして飛び降りた。

 それを見て、他の研究員達が驚くなか、モップを手にしたあの男は、笑顔を浮かべて埃にまみれた私の頭を払った。


「うん、君は本当に元気だ」

「触るな、インテリゴリラ」


 私は顔をしかめ、白い手袋越しでも妙に硬い男の手から逃れる。


「ゴリラとは酷いな」


 気にせず笑うそいつは、眼鏡に白衣という如何にも科学者な服装をしながら、手足はアスリートのように引き締まった筋肉がついており、おまけに外人風だがイケメン。

 神様は不公平だという言葉を、その身で体現したような奴だった。


「うん、やはり君がいいな」


 他の研究員達が私を取り押さえようとするのを手で制しながら、インテリゴリラは急にそんな事を言い出す。


「四番、君は今日から『千影沢音姫』だ」

「誰それ?」

「あの子の弟には、小学校三年生まで一緒だった幼馴染が居てね、その名前だよ」


 そして君が演じる役割だと、こちらの返事も聞かずに押し付けてきた。

 こうして私が『千影沢音姫』になってから二年間、あの男とは何度も話したが、その中で一つだけ気になっていた事があった。

 あの男は常に『あの子の弟』と言って、未来の英雄の名前を一度たりとも呼ばなかったのである。

 答えは聞かずともだいたい分かっていた。

 あの男にとって『あの子』以外の存在など、どうでもよかったのだろう。





「……最悪」


 また朝から嫌な夢を見て、私は気分が悪くなりながら洗面所に向かう。

 あの男が居なければ、日本は幻想兵器や英雄という希望を手に入れられず、遠からず物資不足によってCEに蹂躙されていただろう。

 だが、あの男が居たからこそ、英雄様が祭り上げられる事になって、私達のような存在が造られる事になった。

 いや、私達はいい。納得して英雄を飾る造花になったのだから。


 しかし、何も知らず英雄の踏み台にされた他のエース隊員達が知れば、絶対に許さない事だろう。

 もっとも、あの男は二年も前に死んだのだが。

 死んだってあいつはどうせ地獄行きだ、天国に居るだろう彼女には絶対に会えまい。

 そう思って溜飲を下げながら、私は鏡に語りかけて今日も『千影沢音姫』になる。


 ――私が千影沢音姫になるのではなく、千影沢音姫が私のフリをしているのでは?


 弱虫が蝶々の見た夢の話を囁いてきたのは、虫だけに、という冗談のつもりなのだろうか。

 笑えないジョークでまた気分を悪くしながら、私は自分の部屋から出る。

 悪夢のせいか午前四時とかなり早く起きてしまったが、二度寝して夢の続きを見ても不快なので、焔達と警備を替わろうと思ったのだ。

 三〇四号室の前に立ち、扉を軽くノックする。

 だが、十秒待っても扉は開かず、誰かが歩み寄ってくる音もしなかった。


「……武装化」


 私は小声で赤黒い魔剣・ダーインスレイブを呼び出しながら、三〇四号室ではなくその隣、この前から空き部屋となった三〇五号室の鍵をマスターキーで開ける。

 そして、音を殺しながら部屋を素通りし、窓を開けてベランダから隣の三〇四号室に飛び移った。

 カーテンが閉められており中の様子は窺えないが、防弾ガラスの窓にそっと耳を当てる。


 中からはやはり物音一つしない。刺客が今も隠れているという可能性は低そうだ。

 ただその場合、中に居るはずの焔達三人は、部屋の外に連れ出されたか、物言わぬ死体となっている事だろう。

 私は最悪の想定をしつつ、ダーインスレイブで防弾ガラスごと鍵を破壊し、窓とカーテンを開け放って中に入った。

 蛍光灯に照らされた明るい部屋の中に、良く知る三人の姿があった。


 焔と美乃利は床に寝そべり、真綾は椅子に座って机に伏せたまま、ピクリとも動かない。

 私はまず死角となっている洗面台の方や押入れの中を窺うが、誰かが隠れていたりはしなかった。

 それから焔の元に歩み寄り、口元と首筋に手を当ててみるが、息もしているし脈拍もある。

 生きていた。だが、これだけ騒いでも起きないなど普通ではありえない。


(催眠ガスでも吸わされた?)


 窓の上に設置されたエアコンをちらりと伺う。

 この九番棟は英雄様の命と機密を守るため、他の寮と違い建材は全て防音かつ爆弾にすら耐えうる設計となっているが、見た目から強固な要塞にしてしまうと、英雄様に不安と不信感を抱かせてしまう。

 そのため、空調だけは市販の物が使われていた。

 室外機からガスを流し込まれれば、中の者は気付かず眠らされてしまうだろう。


 ただ、そういった脆弱性があるからこそ、外から誰も入れないように刑務所以上の防壁が敷かれていた。

 塀に設置された何百台もの監視カメラによる映像が、人工知能により常に休まず精査されており、赤外線サーモグラフィで温度変化も探っているため、アメリカがついに実用化したという光学迷彩服(カメレオン・スーツ)を使っても侵入は不可能である。


 監視カメラと指揮所を繋げるネットワークは、当然ながら外とは繋がっていないスタンドアローン方式で、外部からのハッキングも物理的に不可能でもあった。

 だから、犯人が居るとすれば、それは内部の者に他ならない。

 そして私は、真綾の脈を確認しようと近付いて、犯人が誰なのか知った。

 無数のモニターに流れる監視カメラの映像、その中でいびきを立てて眠る全裸の英雄様。

 その横には、同じく一糸まとわぬ姿で白い肌を見せつける、金髪の――


「…………」


 私は暫く固まってから、部屋を出て三〇三号室の扉をノックした。

 たっぷりと三分も待たされてから扉が開き、アメリカの工作員ことアメリア・フィリップスが気だるげな顔で現れた。

 漂う汗とそれ以上の生臭い悪臭に、顔をしかめる私を見て、アメリアは勝ち誇った笑みを浮かべながら金髪をかき上げ、首筋につけられた赤い跡を自慢げに見せびらかした。


「貴方達が相手をしてあげないから、彼ってば随分と溜まっていたわよ」

「……そう」


 普段のエセ外人口調はどうした。

 そんな気の利いた嫌味も返せなかった私に、アメリアはもう一度勝利の笑みを浮かべると、高々と足音を鳴らして去っていった。

 自然と扉が閉じた三〇三号室の前で、私は魔剣を消すのも忘れてただ立ち尽くす。


 警護に失敗し、アメリカの工作員につけ入られた事を、今直ぐにも報告しなければならないのに。

 全身に寒気が走り、喉が干上がり、目尻から何かが溢れそうになって、何も考えられない。

 分かっている、これは『千影沢音姫』の感情だ、『私』の気持ちではない。

 私はあんな顔が良いだけの不誠実な男なんて大嫌いなのだから、妬むなんて、悲しむなんてありえない。


 ――でも、『私』は『千影沢音姫』よね?


 弱虫がまた余計な事を口走る。


「違うっ! 私は、私は……」


 一瞬、自分の名前が頭に浮かばなくて、私は愕然として魔剣を取り落とす。

 カランッと乾いた音が響き、続いてポタポタと何かが落ちて、足元に黒いシミを作った。

 それがいった誰の流した物なのかさえ、今の私には分からなかった。

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