第70話 願望機
大型のCEを遠距離から聖剣の光による力技で破壊し、人間型のCEを多大な犠牲を生みつつも屠り、からくも原子力発電所を守り通した次の日、特高は休校となっていた。
多数の負傷者が出た事を重んじて、生徒達が心を落ち着けるように休みを与えた、という気遣いは当然ある。
ただ、本当の所は教員達が事件後の処理に追われて寝る暇もなく、授業どころではなかったのであった。
「はい、テレビ局を我慢させるのも限界でしょう、番組での放送は許可して頂いて構いません。ただし、特高、および戦場への取材は厳禁だと徹底させて下さい」
政府広報との電話を切り、綾子は疲れた溜息を吐いて、指揮所の椅子に座り込む。
「鎮火は上手く進んでいるか?」
「はい、政府や自衛隊への問い合わせは落ち着いてきたようです。ただ、ネットの方では新しい動画の件で、お祭りに騒ぎになっていますが」
「そちらは構わん、『英雄』の力になるからな」
情報担当の報告を聞き、綾子は軽く安堵の息を吐いた。
騒動の発端は一人の雑誌記者・金木義男がネットの生中継で流した、巨大CEの映像である。
スマホで撮った動画でもハッキリと分かる、巨大構造物の如き結晶の塊。
それから放たれた赤い光線により、金木とその相棒カメラマンが蒸発し、映像が途切れて終わった放送事故。
当然これは大騒ぎとなり、録画していた者達の手により他の動画サイトにも拡散、掲示板やニュースサイトでもこの話題一色となり、それを見て不安と恐怖にかられた者、または野次馬根性を発揮した者達が、巨大CEがどうなったのか、街を襲うのではないかと、首相官邸や自衛隊基地に電話をかけてきたのだ。
休む間もなく続く問い合わせの解消と、国民の不安を拭うために、政府首脳陣や自衛隊幹部とも話し合い、天道寺英人が巨大CEを破壊した瞬間の映像を、防衛省や政府広報のホームページに掲載する事となった。
偵察衛星の捉えた荒い画像であり、天道寺英人の姿は小さくて見えないが、巨大な結晶が聖剣の光に飲み込まれ、消滅する光景は間違いなく確認できる。
これにより、人々の不安は瞬く間に解消された。
同時に、政府が公式に英雄の実在を、幻想兵器の力を証明した事で、歓喜の熱狂が日本中に轟く事となった。
ネットや雑誌が伝えていたあの情報が真実だったと、いずれピラーさえ破壊して、この戦争を終わらせる英雄は本当に居たのだと。
ここまで公にしてしまえば、今まで情報規制で抑えられてきたテレビ局も我慢の限界である。
議員や大企業の社長というツテを利用して、テレビでも英雄の報道を許可するよう求めてきたのだ。
その許可は既に下りた。現在は午前二時であるため、朝一番のニュースから大型CEを倒した若き英雄・天道寺英人の姿が全国で放送されるだろう。
「まさに偶像だな」
政府の忠告も無視して、ハイエナのように集ってくるマスコミや、馬鹿な野次馬への対応を思うと頭が痛いが、それを超える達成感が綾子を包む。
人々の願望、思い込みを結集して長野ピラーを打倒する『機械仕掛けの英雄』計画が、ついに達成されようとしているのだから。
まだ油断は禁物であるが、次の戦闘で聖剣エクスカリバーの威力を測定し、長野ピラーの破壊に必要なエネルギーを超えていたら、その時こそ最終決戦の幕が上がる。
「長かった……」
戦争開始から六年、あの少女を死なせてしまってから五年近く、ようやく胸を張って墓参りに向かい、そして罪を償う事ができる。
つい老人のような感傷に浸ってしまった綾子に、横から京子が呼びかける。
「先輩、ちょっといいですか」
「だから、ここでは色鐘三佐と呼べ」
お決まりの文句を言いつつ歩み寄ってきた綾子に、京子は目の前のパソコンを指さした。
「これを見て貰えますか」
「何かと思えば、アホの遺品か」
画面に映っていたのは、雑誌記者・金木義男が地面に置いていた事で、光線の直撃を免れたビデオカメラに残っていた映像。
相馬原駐屯地の第12ヘリコプター隊が、原発での怪我人救助を終えた後、回収してきてくれた物である。
「距離が有り過ぎて確証は持てないのですが……」
そう前置きしつつ、京子が見せたのは巨大CEの映像ではない。
それが出現する前に撮られていた、夜の闇に七色の光を放つ長野ピラー。
「ピラーがどうした?」
「……今、距離を算出して補正した画像を重ねます」
不思議がる綾子に答えず、京子はマウスを操作して、もう一つの映像を重ねる。
それは一年前に撮られた長野ピラーの画像を、ビデオカメラの画像と距離、角度を出来るだけ合うように加工した物。
本来であれば、寸分の違いなく重なるべき二つの画像。
だが、片方だけが僅かに小さくズレを生んでいた。
「ピラーが縮んでいるだとっ!?」
そう、昨日撮った映像の方が、一年前の物より低くなっていたのだ。
普段は衛星が撮った真上からの映像ばかりを見ていたため、高さが変わっても気付けなかった。
それに、長野ピラーは元よりスカイツリーを超える全高七百mを誇り、縮んだ高さはおそらく十m程度と、比率にすれば僅か七十分の一の減少である。
幻想兵器の研究者として、長年ピラーの打倒に携わってきた、京子だからこそ気付けた微かな違和感であった。
「映像の補正ミスもあるので、まだ断言できませんが……」
「分かっている、直ぐに詳細なデータを集めさせる」
声を潜める京子にそう言い返し、綾子は相馬原駐屯地に連絡を入れた。
連日の出動にも文句を言わず、第12ヘリコプター隊が様々な角度から撮影した映像を、改めて一年前の物と比べる。
結果やはり、長野ピラーが十mほど縮んだと示していた。
「小型ピラーを生み出したため、と考えるのが妥当か」
まるで物理法則を無視したかのように、CEを無尽蔵に吐き出しながら、ピラーは六年の間に全く変化がなかった。
ならば、ここ二カ月ほどの間に起きた、三本の小型ピラー出現が原因と考えるべきであろう。
何より、長野ピラーが自身を削って小型ピラーを生み出していたと考えるのが、一番納得のいく答えである。
「弱っていると見るべきだな」
原子力発電所を狙う、しかも巨大CEを囮として、人型CEを向かわせるなんて巧妙な作戦を仕掛けられたばかりである、油断は禁物であった。
だが、綾子は己の推測を確認していた。
長野ピラーは弱っている。そして焦っているのだ。
自分を滅ぼしうる英雄・天道寺英人の出現と急激な力の増大に。
「京子、幕僚長に報告してから、このデータを民間に公開しろ」
「いいんですか?」
「あぁ、敵は弱っている、倒せるんだという希望の後押しをするなら今しかない」
ジワジワと物資と精神を削られきた、ゆるやかな敗北の時代は終わった。
今こそ人類が反撃に出る時だ、CEを滅ぼすのだという強い思いが、認識が英雄の力となり現実を変える。
「この機を逃しはせん。今度こそ、この戦争を終わらせる」
「……はい」
京子は焦り過ぎではないかと不安を抱いたが、どのみち日本中に広がった英雄への熱は、もはや止められない所まで来ている。
だから、彼女は命令に従い群衆の熱狂にさらなる燃料を投下した。
追い詰められた鼠が猫を噛むように、巨大で恐ろしい化物もまた、身を焼く炎を消すためならば、死にもの狂いで暴れるのだという真理から、無意識の内に目を逸らして。
臨時休校が明けた木曜日、一時間目の授業を終えて廊下に出た担任の大馬を、宗次が後ろから呼び止める。
「先生、少しいいですか」
「どうした?」
「二年生やA組が運ばれた病院を知りたいのですが」
そう問うと、大馬は少し驚いた様子で目を見開いた。
「見舞いか?」
「はい」
宗次は素直に頷き返す。あの人型CEに勝てたのは、二年生達が先に戦って、その実力を暴いてくれた部分が大きい。
最終的に倒したのは彼であるため、嫌味と取られるかもしれないが、一言礼を告げておきたかったのだ。
「しかし、二年だけでなくA組もか」
「はい、いけませんか?」
宗次はどこかの性格が悪い少女以外、一年A組の女子とは一度も会話をした事がない。
とはいえ、共にCEと戦ってきた者達である。お大事にと一声かけても罰はあたるまい。
そう思い首を傾げると、大馬は呆れるべきか褒めるべきか、困ったような表情を浮かべた。
「あれだけ言われておいて、お前はお人好しだな」
「はぁ……」
天道寺英人と戦った件で、A組女子に嫌われているとは聞いたが、それと怪我人の見舞いは別の話であろう。
不思議そうな顔をする宗次に、大馬は苦笑しながらも首を横に振った。
「悪いが怪我人は皆、新潟の柏崎にある病院に運ばれていてな」
最低でも手足や顎の骨を折られて重症、中には折られた肋骨が内臓に突き刺さり、本当に危険な状態の者も居たのだ。
そのため、糸魚川市から群馬県前橋市よりは近い、新潟県柏崎市の病院に運び込まれていたのだ。
「ただでさえ人手が減っている時に、県外への遠出は許可してやれん。見舞いは諦めてくれ」
「そうでしたか」
お手間を取らせてしまったと謝る宗次に、大馬はまた苦笑する。
「その気遣いを、少しは平坂に分けてやれよ」
「はぃ?」
「いや、忘れてくれ。不純異性交遊をされても担任として困る」
そう誤魔化してから、大馬は早足に職員室へと去っていった。
残された宗次も教室に戻ろうとして、前から歩いて来た者達の姿を見て足を止めた。
十一名と三分の一にまで減ってしまった女子に囲まれ、お喋りしながら満面の笑顔を浮かべる少年。
彼は自分を窺う槍使いの事など、壁のシミほども気にせず前を通り過ぎていく。
それに対して思うところは特にない。ただ――
(何故、笑っていられる?)
たった二日前に、自分を好きだと慕っていた――それがまやかしだとしても、好意を向けてくれた少女達が、二十人以上も大怪我を負って今も入院しているというのに。
残った少女達をはべらせて、平然と笑っている。
悲しみ続けても周りを心配させるだけだと、気丈に振舞っているのなら立派である。
だが、あれは違う。純粋に一片の迷いもなく、心の底から喜悦の笑みを浮かべているのだ。
(『あれ』はいったい『何』なんだ……)
聖剣使いと二度目に戦った後、胸に湧いたモノとよく似た、だが決定的に違う恐怖が宗次を襲う。
あの時はまだ、聖剣使いは感情的で視野狭窄ではあったが、人間らしかったように思う。
だが今、目の前を通った『あれ』は、もはや人間ですらないのではないか。
英雄の敗北する姿など見たくない、落ち込む姿など不要。
常に勝利と笑顔という安心を、我々に恵み与えたまえ。
そんな人々の願望を燃料として注がれた、敵を滅ぼす英雄と言う名の機械。
脈絡もない妄想だと理性では分かっても、どうしてもそんな幻想が脳裏から消えず、宗次は怖気に背を震わせるのであった。




