第6話 幻想の兵器
意識を取り戻した宗次の目に映ったのは、見知らぬ天井と見知った白衣の美女。
「京子、先生?」
「えぇ、どこか痛む所はない?」
微笑み心配してくる美人保健医に、宗次は首を振りつつ問いかける。
「映助や皆は無事ですか?」
「……君って子は、起きて最初に言うのがそれ?」
自分の事よりも、友人や他人の身を心配する彼に、京子は呆れと感心の混じった笑みを浮かべる。
「大丈夫よ、君が頑張ってくれたおかげで、皆直撃は免れたから」
「そうか、良かった……」
安堵の息を吐きつつ、宗次は改めて現状を理解し、右手で顔を覆った。
「負けたか、悔しいな……」
祖父相手に何千回と味わった敗北だが、それでも慣れる事はない。
悔しさに歪む情けない顔を見られたくないと、掌で隠す宗次に対して、京子は何故か口をポカーンと開けて驚いていた。
「英人君に、負けたと思っているの?」
「えっ、負けましたよね?」
「あっ、うん、負けた事になっているけど……」
不思議そうに聞き返され、京子は言葉を濁しながらも首肯する。
「でも、先に英人君を倒したのは君でしょ?」
「審判は勝敗の宣言をしていませんでした」
「けど――」
「彼は立ち上がり、俺はこうして倒れた。なら俺の負けです」
過程や方法など関係ない、最後に立っていた者が勝者なのだ。
それが、勝負という厳しい世界の掟であり、戦場というこれから宗次達が向かう世界の法則でもあった。
「鍛え直しだな」
祖父に腕を褒められて天狗になっていたが、井の中の蛙にすぎなかったのだと、宗次は深く反省する。
しかし、修行の前に確認しておきたい事があった。
「京子先生、彼の幻想兵器はエクスカリバーなんですよね?」
「そうよ、アーサー王が湖の妖精から受け取った聖剣」
「でも、エクスカリバーは光の刃なんて出しません」
そう、どんな伝承を紐解こうと、聖剣エクスカリバーにあんな巨大ビームソードのような機能は存在しない。
しかし、現実に天道寺英人はアーサー王の聖剣で、光学兵器のごとき攻撃を放った。
「俺の蜻蛉切だってそうです。実在している槍と姿は同じでも別物です、だが確かに存在している」
エクスカリバーが直撃したせいか、少し傷のついた右手の幻想変換器を見詰める。
それを起動すれば、折れたはずの蜻蛉切も完全な形で再び現れるだろう。
「先生、幻想兵器とは何なんですか?」
戦場で命を預ける事になる相棒なのに、得体が知れない不気味な武器。
この疑問が解消されない限り、CEとなど戦えない。
強い思いを視線で伝えてくる宗次に、京子は根負けしたとばかりに溜息を吐いた。
「後々、習う事なんだけどね……いいわ、君の健闘に免じて特別授業をしてあげる」
「ありがとうございます」
美人保健医にハートが飛びそうなウインクをされ、宗次は少し頬を染めつつ身を正した。
「まずは……そうね、君はエクスカリバーが実在すると思う?」
「彼が使っていましたが」
「いえ、そっちじゃなくて、『伝説のアーサー王が使っていた聖剣エクスカリバー』なんて物が、何百年だか何千年だか前に、本当に存在していたと思うかってこと」
「それは……」
「無いわ、そんなファンタジックな魔法の剣なんて、この世界に有ったはずがない」
迷う宗次に代わって、京子は断言する。
エクスカリバーしかり、その所有者たるアーサー王しかり、あくまで伝説の存在、お話として作られた想像の産物。
「けれど……」
「そうね、幻子が見つかり幻想兵器なんて物が発明されたから、『昔も魔法みたいなモノが実在したのでは?』と思いたくなる気持ちは分かるわ。でも断言しましょう、エクスカリバーなんて剣はこの世に存在しなかった」
宗次の気持ちを読んだ上で、京子は重ねて否定する。
その言葉には、研究を重ねた者だけが出せる、自信と確信が満ちていた。
「でも、皆がエクスカリバーという剣を知っている、小説や漫画、ゲームやアニメという様々なメディアを通してね」
「はぁ……」
「誰もが知っているのに存在しない、想像から生み出された夢幻――つまり『幻想』という事よ」
「――っ!?」
なんて事のない説明なのに、何故か宗次の背中をゾッと怖気が走った。
「エクスカリバーは存在しない、でも皆が知っている幻想。それを束ねて現実へと昇華させたのが、あの『幻想兵器エクスカリバー』なの。分かりやすく言うと元○玉ね」
「元……何ですかそれ?」
「そ、そっか、知らないんだ、あははっ」
歳の差を直面させられて、京子は引きつった笑みを浮かべる。
彼女も直撃世代ではないし、宗次の世代でもネットを利用している普通の子なら分かったネタなのだが。
「とにかく、幻想兵器は人々の幻想を集めて形にした武器なのよ。だから、本来の伝承そのままの形とは限らないの。皆が『この武器はこうだ』という想像に、いくらでも影響を受けてしまうのよ」
西暦二〇三一年の世界において、原作のアーサー王伝説でエクスカリバーを知った者など、むしろ少数派であろう。
大半はゲームやアニメでその存在を知る。
そして、現代メディアのフィルターを通した聖剣は、視聴者の興奮を煽るため、原作の『折れない名剣』程度では満足できず、もっと強くより派手に描写されていた。
それらの幻想が積み重なり生まれたのが、天道寺英人の『ビーム兵器と化した聖剣エクスカリバー』という事だ。
「つまり、偽物って事ですか?」
「それはちょっと辛辣かしら。元々存在しない夢幻なんだもの、偽物も本物もないでしょ。大体、原作のアーサー王伝説からして、年代によって大きく変化しているしね。知ってる? 有名な湖の騎士ランスロットって、最初は存在しなかったキャラなのよ」
「あぁ、それはどこかで読んだ記憶があります」
ネットが使えずとも、学校の図書館でよく本を読んでいた宗次は、伝説や伝承の類はわりと詳しい方であった。
「十世紀くらいから付け加えられたんでしたか?」
「十二世紀、クレティアン・ド・トロワによって生み出され、十五世紀、トマス・マロリーの『アーサー王の死』で今の知名度を確立したキャラね。ハンサムで最強で女にモテモテという、いわゆるメアリー・スー。今風に言うなら『最強オリ主』かしらね」
元から居たアーサー王やガウェインを踏み台にして大活躍し、ヒロイン・ギネヴィアを寝取り、円卓を崩壊に追い込んだ原因のくせに、大した罰も受けずに生き延びる。
これが古典ではなく、現代で書かれた物語であれば、「ふざけんなクソがっ!」と本を破り捨てられても文句は言えない、最低のキャラクターであろう。
「言ってしまえば、元のアーサー王物語を改悪した二次創作だもの。ランスロットのせいでマロリー版が大嫌いって人もいるしね」
「そうなんですか」
宗次が読んだのはサトクリフ版だけなので、そこまで嫌悪は抱かなかったのだが、世の中には業の深いマニアが存在するのである。
「でも、今となってはランスロットを知らない人の方が少ない。後付けであろうとも、その人気によってランスロットは『存在した』事になってしまった。幻想が新たな幻想によって上書きされてしまったのよ」
「…………」
「分かる? ランスロットと同じように、天道寺英人君の聖剣は、人々の幻想によって上書きされた『最新最強のエクスカリバー』なの。偽物とか本物とか関係なくね」
最初に生み出された原作であろうと、人気や知名度という数の力によって歪められ、それが正当かのごとく扱われてしまう。
それは空恐ろしく、だが止めようもない現実。
「つまり幻想兵器とは、真偽に関わりなく人々の想像によって形成される武器という事なの」
分かったかしら?――と、可愛らしく首を傾げてみせる京子に、宗次はまだ頷き返せなかった。
「先生、幻想兵器は何で有るんですか?」
最初の質問と良く似た、しかしより深い疑問。
それに、京子は固い表情で答える。
「幻想兵器を形成しているのは『幻子』という物質で、それは人の精神に影響を受けて自在に姿を変え、莫大なエネルギーを生み出す……でもね、『どうして幻子にそんな性質が有るのか?』という答えは、まだ人類の誰も出せていないのよ」
「それは危険じゃないんですか?」
問いかけながらも、宗次はその答えに勘付いていた。
そして、京子も彼の予想通りの言葉を紡ぐ。
「危険よ。でも、人類にはもう幻想兵器に頼る以外の道は残されていないの」
「…………」
何のデータも提示されず、ただその道しか無いと言われても、俄かには信じられない。
ただ、京子の瞳には「理由は聞かない方がいい」と、自分を心配するような色が浮かんでいたので、宗次は追及を止めた。
「幻子は不明な点が多く危険ではある。けれど、そんな事を言い出したら、完全に分かっている物の方が少ないのよ。例えば重力とかね」
「重力がですか?」
「そう、物質と物質が引き合う力、私達が今もこうして地球上に立っていられるその力が、どうして発生しているのか、どうやって伝わっているのか、それは未だに解明されていないの」
重力を伝達する素粒子『重力子』の仮設は立てられているが、発見はされていないのだ。
「謎の多い重力だけど、人間はその法則を理解し、利用法も対処法も確立している。それと一緒よ、幻子が謎の粒子でも、幻想兵器も幻子装甲も使えている」
そして役に立つ以上は、戦線に投入せざるおえない。
「怖くなった? なら除隊しても構わないのよ。詳しくは言えないけれど、無理やり戦わせても幻想兵器の使い手は、エース隊員は役に立たない」
おそらく、精神の影響を受けるという、幻子の性質が関係しているのだろう。
そう察しながら、宗次は迷わず首を横に振る。
「先の事は分からないけれど、今はまだ逃げる気はありません」
「そう、嬉しいわ」
京子は表裏のない笑顔を浮かべ、彼の頭を撫でると立ち上がった。
「今の話、本当なら生徒には教えない内容もあったから、他の子には秘密よ」
「はい」
頷いた彼にもう一度笑顔を見せ、美人保健医は去っていった。
その背中を見送り、宗次は少し後悔する。
「この後、どうすればいいんだ?」
ここは保健室のようだが、まだ治療や検査が残っているのか、勝手に出ていってよいのか、退室してもどこへ向かえばいいのか。
真面目な宗次はそんな事に、これまで以上に頭を悩ませるのであった。