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第68話 悪鬼

 午前五時、朝日は顔を出していたが大勢が眠っている時刻、高々と鳴り響いたCE襲来のアラームで、特高の生徒達は飛び起きた。

 ただ、普段とは少し違い、全員が一度教室に集まるようにとの放送が続く。


「何かあったか?」


 真っ先に寮を飛び出た宗次は、グラウンドに大型輸送ヘリ・CH-47 J チヌークが二台も停まっている事に驚きつつ、教室に向かった。

 そうして、十分ほどして全員が揃ってから、大馬はプロジェクターで黒板に映像を映しながら説明を始めた。


「今から約一時間前、長野県松本市のピラーから大型のCEが出現した」

「うげっ、何やこれっ!?」


 映し出された三十mを超える結晶球に、皆が驚きの声を漏らす。


「この大型CEは約千体の六角柱型を連れて北上中だ。目標は新潟県糸魚川市にある停止中の原子力発電所だと思われる」

「そんな、CEが原発を狙うなんて……」


 有り得ないと再び驚愕する生徒達を、大馬は手を叩いて静める。


「あくまで予想だ。仮にCEの北上が気まぐれや、何か別の目的だったとしても、原子力発電所を守るという想定の元に作戦を進める」


 施設内部に残っているウランを撒かれ、放射能汚染を起こされるという最悪の事態だけは回避しなければならない。


「あまりピラーに近すぎる場所で戦闘を行うと、下手に刺激する事になって何が起こるか分からん。そこで、巨大CEを白馬村まで引き付けてから撃退する」


 長野オリンピックの会場となった、八方尾根スキー場がある事でも有名な白馬村。

 ここも六年前から廃墟となっており、ピラーからは三十㎞以上も離れた山中である。

 山を遮蔽物にして隠れる事も可能であり、巨大CEと戦うには丁度良い舞台であった。


「巨大CEの相手は、天道寺英人にしてもらう」


 やっぱりな、という空気が皆の間に流れる。

 今まで三度現れた小型ピラーよりも巨大な、まるで特撮怪獣のような敵。

 そんな物、例え幻想兵器を持っていても、ただの人間が敵うはずもない。

 怪物を倒すのはいつだって、人間を超えた英雄の仕事なのだから。


「…………」


 宗次だけは一人、自分の力不足を悔やむように沈黙していたが、流石に勝機のない戦いに挑むほど馬鹿ではない。


「ただ、山中を通過するため、六角柱型を何体か討ち漏らす可能性はある。それに、糸魚川市に突如小型ピラーが出現しないという保証もない」


 都合三本を破壊されて懲りたのか、最近は小型ピラーが出現していないものの、可能性は常に考慮せねばならない。


「また、巨大CEは囮であり、この前橋市や他の場所に小型ピラーが現れる可能性も否定できない」


 CEにとって最大の敵、天道寺英人を糸魚川方面に誘導し、その間に他の場所で無防備な市民を襲う。

 原子力発電所を襲うという知能があるなら、この程度の囮作戦は当然思いつくであろう。


「そこで、今回は部隊を三つに分ける」


 巨大CEの相手をする天道寺英人の他、特高で有事に備える留守番と、討ち漏らしから原発を守る守備隊。


「そして、諸君ら一年D組は原子力発電所の守備に回って貰う」

「何やってっ!?」


 映助を筆頭に、皆から驚きと非難の声が上がる。

 現在は停止中でメルトダウンの危険性が無いとはいえ、原子力発電所の近くに行くのは、被爆しそうで怖いと思うのは当然であろう。

 しかし、守備隊は彼らが適任なのである。


「三年A組、特に生徒会長の神近愛璃率いる第〇分隊の面々は、幻想兵器の能力が強すぎて危険なのだ。それこそ、間違って原発に当たればウランが漏れ出しかねん」

「うぐっ……」

「その点、諸君らは幻想兵器の能力こそ派手さに欠けるが、白兵戦能力ならば上級生にも劣らないと確信している。周りに被害を出さず戦う守備役は、諸君らにしか任せられん」

「まぁ、そこまで言われたらしゃあないな」


 正論に続いて賞賛を受けて、映助はまんざらでもない顔で頷いた。

 そんなチョロイ生徒の姿に、大馬は思わず苦笑する。


「とはいえ、原発の守備に向かうのは諸君らだけではない。三年D組、二年D組、あと天道寺英人を除いた一年A組も加わって貰う」

「うげっ、あいつらも?」


 陽向を始め、数人が露骨に嫌そうな顔をするなか、宗次は首を傾げていた。


(天道寺英人の傍に居ないのは、足手まといだからだろうな)


 足元で黄色い歓声を上げられても、聖剣の光に巻き込まれて危険なだけである。

 特に今回の相手は見た目からして強そうな巨大CE、普段の数だけ多い六角柱型や動かない小型ピラーと違い、英雄とて周りを気にする余裕はあるまい。

 そのため白馬村には置いておけず、ならば守備隊として有効活用しようという理屈は分かる。

 ただ、学年こそ違えど生徒会長達と同じA組、強力な幻想兵器の使い手だからこそ選ばれたクラスのはずなのに、原子力発電所の守備に配備されて大丈夫なのか。


(そういえば、あいつらの武器は見た事がないな)


 千影沢音姫という例があるから、体術に関しては心配していない。

 ただ、一度も手合わせをした事がなく、練習をしている所さえ見た事がないので、幻想兵器の力量に関しては未知数であった。


(原発の守備を任されたという事は、幻想兵器自体はそれほど強くないのか?)


 ひょっとすると、天道寺英人を囲むためだけのA組であり、三年生や二年生のA組と違い、幻子干渉能力の高さは加味されていないのかもしれない。

 彼がそんな事を考えている間に、大馬は話を締めくくる。


「取り越し苦労で終わる可能性も十分ある、そう気負わず任務に当たってくれ。では、グラウンドに集合!」


 さあ走れと手を叩かれて、一年D組の面々は教室から飛び出ていった。





 午前六時、輸送ヘリによって四クラス約百五十名のエース隊員が糸魚川への移動を終えた頃、そこより南に約三十㎞の地点、木崎湖手前の森に隠れ潜む二つの人影があった。


「凄い、まさかこんな絵まで撮れるなんてっ!」


 興奮に目を輝かせ、迫る巨大CEの姿をビデオカメラで収めているのは、週刊クリエイトの記者・金木義男。


「マジで大スクープっすよ!」


 相棒のカメラマンも恐怖など忘れた顔で、欲望のままにシャッターを切る。

 彼らがここに居たのはほんの偶然。英雄・天道寺英人の戦闘を捉えた写真と動画は大成功を収めたが、次は同じネタを狙うライバルが現れるか、自衛隊に妨害されるだろうと考え、少し対象を変えて英雄の敵、長野ピラーの姿を改めて撮ろうと思い立ったのだ。

 そこで、昨夜の内にバイクでここまで来て、森に隠れながら望遠レンズを使い、一日かけてピラーの様子を撮影しようと思ったのだが、まさか怪獣のような巨大CEが出てくるとは。


「持ってる、やっぱり僕は持ってるなっ!」


 スクープの瞬間に立ち会える運命を、今まで自分を馬鹿にしてきた凡人共とは違う、天に愛された幸運を。

 その証拠に三時間ほど前、CE教の信者が自殺する瞬間まで撮る事ができた。

 続いて巨大CEが現れ、それを倒すためにあの英雄が必ず現れる。

 これほどの幸運、スクープの神に愛されたとしか思えない。


「マジ凄いっすよ、俺ら歴史の目撃者っすよ!」


 興奮して叫び続ける相棒に、金木はニヤリと笑って言い返す。


「違うね、僕らは歴史を目撃するんじゃない、歴史を作るのさ」


 そう、英雄がCEを打ち破るという華々しい物語を、本来ならば卑劣な政府の手によって闇に葬られ、誰にも知られなかったかもしれない伝説を、自分達が作り上げるのだ。

 ネットによって模造、不正していた事が露見して、失墜したマスコミの地位と力を、自分こそが復活させてマスメディアの王となるのだ。


 そんな妄想さえ浮かんでくるほど、脳内麻薬を大量に分泌しながら、金木は一端ビデオを置いてスマホを取り出す。

 この素晴らしいスクープを、ただ写真や動画だけで残すのはもったいない。

 絶対に合成だと疑われない方法、生放送で流すのが最高の手であろう。


「繋がれ、繋がれよ……よし来たっ!」


 アンテナが立った事に歓喜の叫びを上げ、金木は素早く動画サイトの設定を初めて――


 ガササッ。


「うん? 今なにか通らなかったっすか?」

「狸か何かだろう」

「いや、もっと大きかったような……」

「何でもいいさ、それよりスクープから目を離すなよ」


 彼らから少し離れた森の中を、何かが素早く走り抜けたが、金木は気にせず設定を終えて、スマホによるリアルタイム放送を開始する。


「皆さん、これをご覧ください、CEです、巨大なCEが長野ピラーから出現し、北に向かって移動しているのですっ!」


 金木が早口で実況するのに合わせて、視聴者が徐々に増えていき、目にした者達が近くの友人や家族に口で伝え、ネットの掲示板に書き込み、爆発的に広まっていく。

 十分も経つ頃には早朝の突発的な生放送にも関わらず、視聴者は三万人を超えていた。


「あんなビルよりも大きなCE、世界でも初めてでしょう。こんなに巨大なCEを、自衛隊は倒せるのでしょうかっ!?」


『無理だろ』『オワタ』などと流れるコメントを見ながら、金木はさらに声を張り上げる。


「いえ、自衛隊が頼りにならなくても、彼ならきっと、絶対に倒してくれるはずです。そう、あの少年なら、若き英雄・天道寺英人ならっ!」


 それが、彼がこの世に残した最後の言葉となった。

 まだ四㎞以上も離れていた巨大CEのコアから、一条の太い光線が放たれ、金木とカメラマンを貫いたのだ。

 赤い光は精神と記憶を奪い尽くしても止まらず、その膨大な熱量によって肉体さえも蒸発させる。

 後に残ったのは、地面に置いていたため奇跡的に消滅を免れた、動作中のビデオカメラ。

 ネットの生放送中に巨大CEの手で殺された愚かな記者として、彼の名前は確かに伝説となって後世に語り継がれるのであった。





 午前七時、そろそろ白馬村で巨大CEと天道寺英人が決戦を迎えようとしていた頃、一年D組の生徒達は広大な糸魚川原子力発電所の東側に陣取り、来るかも分からぬ敵を待っていた。


「暇やなー、スマホ持ってくればよかったわ」

「怒られるぞ」


 退屈だと芝生の上に寝転ぶ映助に、宗次は苦笑して軽く注意する。

 戦闘中に着信音が鳴ったりすれば気が散るし、連絡はヘッドセットの通信機で行えるため、当然ながらスマホの持ち込みは禁止であった。

 そのため、彼らは一時間ほど前から大騒ぎになっていた、ネット生放送の事故を知らない。

 皆仲の良い者達で集まって、呑気にお喋りをして時間を潰していた。


「それが酷いでありますよ、あのジャパニーズ・クノイチ。お陰で宗次殿の前で赤っ恥をかかされたでありますっ!」

「シャ、シャロちゃん、クノイチも好きなんだ……」

「いや、問題はそこじゃなくてですね~」

「……待って、あの性悪ピンクツインテール、宗次君に粉をかけようとしていたの?」


 陽向達の話が何やらまずい方向に行っているのを感じ、宗次は少し離れながら原子力発電所を改めて眺めた。

 一度も稼働する事無く六年も放置されていた施設だが、流石に危険な放射性物質を扱うだけあり、ヒビ割れなどは全く見当たらない。

 ただ、役目をまっとうする事なく朽ち果てていく、物悲しさだけが漂っていた。

 そんな感傷からか、宗次はふと祖父の言葉を思い出す。


(所詮はただの人殺しの術、太平の世では害でしかない)


 師匠である祖父直々に無価値と断言された空壱流槍術が、CEを相手に振るえる機会を得られたのは、犠牲者の事を思うと不謹慎ではあるが、やはり幸福な事だったのだろう。


(だが、それも何時まで続くか)


 約四百五十名のエース隊員全てよりも、いや自衛隊の全戦力さえ超える破壊力を手にしたと言ってもいい、聖剣使いの英雄・天道寺英人。

 彼がこのまま成長を続ければ、長野ピラーを消滅させ、日本を長い戦争から開放する日もそう遠くはないだろう。

 もちろん、外国にはまだ沢山のピラーが残っており、人々がそう望む限り、英雄は戦いはまだまだ続く。

 だが、宗次はどうだろうか。


(知らない国の、知らない人のためににまで、命懸けで槍を振るえるかと言えば……)


 薄情と責められるかもしれないが、そこまで博愛主義者にも正義の味方にも成れそうにない。

 それ以前に、人々が宗次に戦う事を望まないであろう。

 ちっぽけな槍使いなど居なくても、ピラーを破壊できる巨大な英雄が存在するのだから。


(あぁ、そうだったな)


 かつて、月光が照らす校舎の裏で、性格の悪い少女に言われた言葉が思い出される。


 ――貴方は、天道寺英人に勝てない。何故なら、望まれていないから。


 何のしがらみも無く一対一の決闘を行えば、今でも十分に勝算はある。

 だが、実際に戦えばまた何か横やりが入って、宗次は必ず負けるのだろう。

 人々がそう望んでいるから、『英雄』は絶対に勝つと認識しているから。


(英雄と認識している、か……)


 ふと頭に過ぎった言葉は、真相へと至る足がかり。

 ただ、そこへ辿り着く前に、もっと重大な問題が騒がしい足音と共に走り寄ってきた。


「宗次君、夜中に千影沢音姫と決闘してたって本当なのっ!」

「何?」


 いったいどこで、そんな話になってしまったのか、宗次は戸惑って返事に窮する。

 そもそも、こうなる可能性は十分に考えられたのに、シャロの前で本性を晒した音姫に大して、今更ながら呆れが浮かぶ。


(あいつ、考え無しな所があるからな……)


 思慮が浅いのではない。危険を分かっていてその上で踊る、破滅願望を孕んでいるのだ。

 何のメリットも無いのに、政府の工作員らしき正体を宗次に明かした事からして、悪手としか言いようがないのだから。

 それはともかく、変な誤解をしている陽向に、真相を伏せたままどう言い訳するか、彼が人生で最大級に頭を悩ませたその時である。


「――っ!? 今、戦いの音がした」

「えっ?」


 急に鋭い目つきとなり、宗次は西南の方向を睨む。

 広大な敷地を有し、巨大な施設が立ち並ぶ原子力発電所のため、彼らの位置からは直接見えないが、五百mほど先の正面ゲート付近に、一年A組の女子達が居たはずである。

 その方角から、武器をぶつける甲高い音が響いてきた気がしたのだ。


「まさか、本当に敵がっ!?」


 陽向は驚きながらも耳を済まそうとするが、その手間は不要であった。


『皆、正面ゲートに向かって、早くっ!』


 頭につけたヘッドセットから、京子の悲鳴じみた指示が飛んで来たのだ。


「何やっ!?」

「えっ、CEが出たんですかっ!?」


 突然の事に皆が戸惑うなか、宗次は真っ先に駆け出す。

 陸上選手もかくやという速度で走ったが、それでも到着まで一分は必要であった。

 そして、たった一分で戦場は地獄と化していた。


「あぁ、腕が、腕が……」

「痛い痛い痛い痛い……っ!」


 一年A組の女子が、皆目を見張るような美しい少女達が、血反吐を撒き散らし、手足をあらぬ方向に曲げ、苦悶の呻きを上げながら地面に転がっている。

 無事なのは千影沢音姫を含めた八名と、その背後に隠れた外国人転校生三名のみ。

 宗次が到着するまでの僅かな間に、二十名以上のA組女子を戦闘不能に追い込んだ敵。

 それは、返り血で赤く染まった透明の体を、ゆっくりと宗次の方に向けた。


 指も手首もない棒のような腕、同じように指の無い棒のような足。

 内臓が不要なせいか腰が妙に細く歪で、面はのっぺらぼうのように凹凸が無い。

 ただ、CEの象徴たる球体のコアが、胸の中心で赤い輝きを放っている。

 それは一昔前の3DCGを思わせる、角ばって生物らしい丸みには遠くありながら、四肢を添え二本の足で直立する、宗次達とよく似た形状のモノ。


 人間型タイプ・ヒューマノイド――人の形をした悪鬼羅刹が、血に染まった腕をゆっくりと持ち上げ構えた

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