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第67話 汚染

 若き英雄があらゆる週刊誌の表紙を飾った日から、丁度一週間後の月曜日。

 特高の生徒達は再び衝撃を味わっていた。


「おい、これ見たかよ!」


 昼休み、学生食堂でカツ丼定食を食べていた宗次達の元に、剛史と豊生がまたスマホ片手に駆け寄ってきた。


「何や、もうスケコマシの写真なんぞ見とうないで」

「俺だって見たくねえけど、大ニュースなんだよ!」


 剛史がそう言って見せてきたのは、今日動画サイトにアップされたばかりの映像。

 天道寺英人がヘルメスのサンダルで宙を飛び、聖剣エクスカリバーの光でCEの群れを消し飛ばす、まるで幻想のような現実の光景。


「何やこれ、誰が撮ったんやっ!?」

「どうも雑誌記者らしいよ」


 驚く映助に、今度は豊生がスマホでニュースサイトを見せてくる。

 そこには今日発売されたばかりの雑誌・週刊クリエイトで、天道寺英人が実際に戦っている写真がいくつも掲載されており、それが合成ではない証拠として、先程の動画が紹介されていた。


「本物のようだな」

「ですね~、この前の水曜日にでも盗撮したんですかね~」


 天道寺英人以外の人物は、顔にモザイクをかけて隠されていたが、その服装や隊列、背後に見える御代田町の荒れ果てた風景など、どれも宗次達の記憶と寸分違いなく、とても伝聞で偽造できるような合成映像ではなかった。


「凄いですね、もう再生数が二十万回を超えてますよ」

「今日中に百万回突破しそうな勢いやな。どんだけ儲かるんやろ」


 羨ましいと箸を噛む映助の横で、宗次は考え込む。


(これは、大丈夫なのか?)


 入学したその日、映助に見せて貰った動画のように、エース隊員を撮った映像は既にいくつかネットに出回っており、幻想兵器の存在は秘密でも何でもない。

 ただ、普通のエース隊員はあくまで人間の延長線上、CEに対抗できる装甲と武器を持っている特殊な兵士にすぎなかった。

 しかし、天道寺英人の力は、そんな範疇に収まるレベルではない。

 一撃の元にCEを薙ぎ払い、遥か先の地平線まで大地を抉り取る聖剣の光。

 明らかに入学当初より増しているその力が、敵ではなく自分達に向いたら、人々がその恐怖を『認識』してしまったら。


(まずい事になるのでは……)


 宗次の深い懸念とは裏腹に、動画に付けられたコメントは、CEを滅ぼして人類を救う英雄を称える絶賛の嵐であった。





 深夜四時、生徒達が布団の中で夢を見ている間も、特高の地下二階にある指揮所の明りが落ちる事はなく、数名の教員達が欠伸を噛み殺しながらモニターを眺めていた。


「再生数五百万回か、まだまだ伸びるな」

「そうなって貰わないと困るわよ」


 情報操作の担当者達が、例の動画を確認しながら笑い合う。

 彼らは再生数の水増しはおろか、掲示板やSNSを利用した情報拡散すら既に行っていない。

 普通の人々が自分達で情報を集め、勝手に拡散しているのだ。

 その証拠に、動画のコメント欄には外国人からの書き込みも増え、件の動画を無断転載して広めたり、エース隊員や幻想兵器を紹介する英語の動画等まで作られて、世界中にその認識を広めている。

 現代の幻想、希望の光、聖剣エクスカリバーを手にした英雄、天道寺英人こそがCEを滅ぼす救世主だと。


 もはやここまで広がれば、良くも悪くも数名の技術者に過ぎない特高の教員に、噂を止めたり改変する余地など残ってはいない。

 CEの出現による騒乱で二割は減ったと言われるものの、いまだ六十億以上を誇る世界人口。

 その膨大な数の制御不能な混沌の情報量(エントロピー)が、英雄を勝手に作り上げる。

 例えそれが、集合無意識の井戸から這い出てきた、おぞましい怪物になったとしても。


「うん? これは……」


 衛星が捉えた長野ピラー周辺の映像を監視していた職員が、夜の闇に動く光を見つけて声を上げた。


「どうした?」

「いや、また『羊』が来たみたいだ」


 CEが侵攻を開始したのかと、緊迫した声で訊ねてきた同僚に、職員は呆れた声で言い返す。


「なんだ、またか……」


 同僚も嫌そうに顔を歪めながら、手元のパソコンを操作して、闇の中を走る光を拡大していった。

 それは荒れ果てた道路を疾走する、一台の自動車。

 CEに、ひいてはピラーにその命を捧げて天の国へ至ろうなどと唱える、CE教の信者という名の自殺志願者であった。


「そんなに死にたければ、家で首でも吊ればいいものを」


 人類全ての敵であるCEに、進んで殺されに行く愚かな羊に、職員の向ける視線は冷え切っていた。

 戦争開始から六年、特高設立から数えても二年、既に何百、何千人という自殺者を見てきたのだ、もはや揺さぶられる感傷など残ってはいなかった。

 むしろ、怒りや憎しみの方が大きい。


「敵に餌を与えるなど迷惑だ」


 CEの生態、目的はいまだ不明だが、それでも人の精神を奪い取っているのは、食事のようなエネルギー補給のためという説が有力であった。

 その説が本当であれば、CEを信奉して自ら精神を捧げるCE教の信者は、全人類への裏切り者とさえ言える。

 冷めた目で教員達が見守るなか、長野ピラーに向かって突き進んだ自動車は、その周囲を固める何千という六角柱型のCEから光線を受けて、運転手も乗員も全て、望み通り精神的な死を迎える。

 車はそのまま前方に走り続け、一体のCEに衝突して爆発炎上、火葬されて肉体も無事あの世に旅立った。


「交代まであと二時間か……」


 気分が悪くなる物を見てしまったし、早く時間が過ぎてくれないだろうか。

 そう思いながら、眠気覚ましにコーヒーを入れようと、席を立とうとしたその時である。


「待て、これは何だっ!?」


 一人の職員が大声を上げ、指揮所の全員が一斉にモニターへ目を移した。

 それは、CEという謎の物体を見慣れた職員達にとっても、あまりにも異常な光景。

 七色に輝く長野ピラーの中から、結晶体が滑るように這い出てくる。

 それ自体は構わない、新たなCEが生み出される見飽きた絵の一つに過ぎない。


 だが、現れたそのCEが、衛星からの荒い映像でもハッキリと姿形が分かるほど、巨大な物であったのだ。

 もはや球体と見分けがつかないほど、何百もの面が組み合わさった、直径三十mを超える巨大結晶体。

 巨大構造物型タイプ・メガストラクチャー――八階建てのビルを超える超質量が、浮遊しながら動き回るという悪夢の実現。

 だが、真の悪夢はその存在自体ではなかった。


「状況は」


 連絡を受けて飛び起き、指揮所に駆け込んできた綾子に、オペレーターが恐怖と困惑の混じった声で報告する。


「それが、巨大CEは千体近くの六角柱型を引き連れて、北に移動しています」

「北だとっ?」


 モニターに映る巨大な姿にも驚いたが、それ以上の戸惑いが綾子を襲う。


「馬鹿な、今更北に向かった所で、人っ子一人いないのだぞ?」


 六年前の開戦時、突如何万体と溢れ出てきたCEにより、ピラーが出現した長野県はもちろんとして、そこと隣接した群馬、山梨、岐阜、富山、新潟といった七県も多大な被害を受けていた。

 そして、開戦時に比べれば遥かに少数ではあったが、まるで無尽蔵にピラーから生み出され、四方八方に侵攻してくる敵に、自衛隊は手が足りず疲労困憊となっていた。


 そこで政府は、CEが大勢の人間が居る方向に進むという習性を逆用し、東側の群馬と西側の名古屋にしか向かわないよう、富山、山梨、新潟の南側など、大勢の住人を他県へ強制避難させたのだ。

 その甲斐あって、ここ五年ほどCEは群馬か名古屋方面にしか侵攻して来なかったのに、どうして今になって北に向かっているのか。


「どこかの馬鹿共が怪しい集会でもしているのか?」

「いえ、その様子はありません」


 長野ピラーから南側、山梨方面はそのまま東京へ繋がるため、今も自衛隊が厳しい警戒線を敷いているが、北側は手を回す余裕がなく放置されている。

 そのため、CE教の信者や命知らずの馬鹿、スクープ狙いの記者などが、政府の忠告も無視してピラーに向かう道として、よく多用されていた。

 実際、少し前に自殺したCE教徒の自動車も、北から向かって来たものであった。


(さて、どうするか……)


 初めて現れた巨大CEが、本来ならば有り得ない北側へ移動している。

 二つ重なった異常を前に、綾子は深く考え込む。

 ミサイルや大砲といった通常の火器で、あの巨大な結晶を砕く事は不可能であろう。

 結局、小型ピラーさえ破壊できる最強戦力、天道寺英人を投入する以外の手はない。

 ただ、敵の目論みも読めぬ内に、無暗に突撃させる愚を犯したくはない。


(先日の協力するタイプや正二十面体型から考えて、このデカ物も強力な狙撃を行えると見るべきだろうな)


 CEが宙を舞う聖剣使いの英雄、己の天敵を倒すために進化しているというのなら、それが最も効果的な攻撃方法であるから当然の話だ。

 ただ、先日までの戦闘で得られたデータから推測して、巨大CEの射程が三㎞を超えようと、今の天道寺英人ならばその遥か先から聖剣の光を放ち、破壊する事が可能であろう。


(雑誌でさらに認知が広まったお陰で、『英雄』の力がまた爆発的に増大したからな)


 入学当初より既に百倍近く跳ね上がったエネルギーは、昨日広まった新たな写真や動画の効果で、今もリアルタイムで増えている事であろう。

 長野ピラーの破壊が本格的に視野に入った現状、この巨大CEは英雄の力を世間に示す、良い引き立て役にしかなるまい。

 好機だとむしろ頬を緩める状況。だが、何かが胸に引っかかる。


「北か……」


 綾子は手元のパソコンを操作し、地図とCEの予測進路を表示する。

 巨大CEも他の小型と変わらず、移動速度は人の歩行より少し早い程度。

 このまま七時間ほど北へ直進すれば、日本海に面した新潟県糸魚川市に到着するだろう。


「待て、糸魚川だとっ!?」


 綾子は怖気と気付き、地図をさらに拡大表示した。

 糸魚川市、姫川の下流に位置し、世界的にも珍しい翡翠の産地。

 だが、その町はずれには、十年前から危険すぎる物が存在していた。

 二〇二一年、当時の市長が市民の反対を押し切って着工し、二〇二五年の夏から運転開始を予定していたものの、CEの出現による混乱によって、一度も実際に稼働する事無く停止したまま今も放置されている、糸魚川原子力発電所が。


「まさか、原発を狙う気か……っ!?」


 糸魚川原子力発電所は破棄されて既に六年が経過しており、停止中のため稼働している原子炉と違ってメルトダウンが起きる危険性はない。

 だが、CEとの戦争で手が回らず、今も燃料のウランが残ったままになっていた。

 これを炉心から取り出し撒き散らされたら、深刻な放射能汚染が引き起こされる。

 メルトダウンと違って爆発で広がらない分、その被害は狭く済むであろうが、それでも糸魚川を中心とした半径二十㎞程度は、二度と人が足を踏み込めない汚染された大地と化す。


 いや、それならばまだマシかもしれない。

 もしも、原子炉から奪い取った核燃料を、長野ピラーの周辺に配置されたら。

 英雄とはいえ所詮は人間にすぎない聖剣使いは、二度とピラーに近づけなくなる。

 正確に言えば近くづく事は可能である、その半年後には確実に死ぬだろうが。

 人が生み出した最強のエネルギーである核、その燃料である猛毒をもって、たとえ相打ちになろうとも英雄を殺す。


「CEに、そんな作戦を練る知能など……」


 無い、と言い切れない事こそが恐ろしい。

 前橋市に小型ピラーを出現させての挟撃、同じく小型ピラーを黒檜山の谷底に擬態して隠していた件、正二十面体型、両刃剣型、そして協力しての長距離狙撃と、英雄に対抗した急激な進化。

 それらを鑑みれば、CEが、その本体であるピラーが、知能を獲得していたとして何の不思議があろうか。


(原子炉の情報なら、おそらく六年前から持っていただろうからな)


 歯軋りする綾子は、証拠が無いため口には出さないが、それが真実だろうと確信していた。

 CEは赤い光線で人の精神を、意思を奪って廃人と化す。

 では、人を人たらしめる精神とは何か?

 明確な答えは無いが、その重大な要素の一つが『記憶』であろう。


 赤ん坊として生まれた時から、いや母親の胎内で生命を得たその時から、見聞きし触れた情報の全てが積み重なり、人の性格を作り『個』を確立する。

 CEは間違いなくそれを奪っている。

 襲われて二度と目覚めぬ昏睡状態に陥った者達が、まるでHDを真っ白に消されたパソコンのように、体は生きていて何も出来ない置物と化す事から、その連想は容易い。


 CEは人の記憶を奪っている。その発想は綾子に限らず、誰もが一度は考えつく事である。

 ただ、奪った記憶や精神エネルギーというモノを、何かに使っている様子が全く窺えなかったのと、仮に分かった所で対策も思いつかないため、頭の隅に追いやっていただけである。

 その後回しにしていた問題のツケが、ついに牙を剥いたのだ。


「生徒達を全員叩き起こせ……いや、起こすのは一時間後でいい。その前に相馬原駐屯地に連絡して兵員輸送ヘリ(チヌーク)の準備を要請。総理や幕僚長への連絡も忘れるな!」


 後悔はひとまず後にして、綾子は最悪の事態を防ぐために動き出す。

 だから、やはり彼女は後になって悔いるのだ。

 巨大CEと原子力発電所への襲撃という、驚愕の事態が二つも重なったから、それで終わりだと、三つ目はないと心のどこかで油断していた自分の浅はかさを。

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